5話 覚醒?
風舞
実は俺は舞のことをあまりよく知らない。
彼女が祖父との二人暮らしであった事とかなり…というか異常に厳しい家庭で育った事は知っているが、舞がどのような幼少期を過ごしてきたのかは正直なところあまり想像がつかない。
なんでも鎌倉時代から続く知る人ぞ知る名家の生まれであるために物心ついた時には稽古と鍛錬の日々に生きていたとうんざりした顔で言っていたが、その具体的な内容まではあまり話したくないのか、俺に抱きついたりと可愛らしいスキンシップで何度も誤魔化されている。
「あ、マイ様が出てきたよ!」
「相手はまた一般人か。エルセーヌが投下した爆弾はまだ出て来ないのか?」
「オホホホ。二回戦から出場しますので、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
「そうは言われてもな……」
「どうせフーマには爆弾の処理は出来ないのですから、マイを応援する事に集中してやりなさい」
「はいはい。応援してるぞ」
そんな俺の呟きが聞こえたのか唇の動きを読んだのか、舞が嬉しそうに手を振っている。
俺と舞は高校一年生からの付き合いであるために出会ってから一年近くしか経っていないのだが、舞は去年の冬休みの最終日にあった普通ではない出来事が俺を好きになったきっかけだと言っていた。
俺からしてみればあの出来事は俺がみっともなく舞に縋り付いただけの微妙に苦い思い出だったりもするのだが、舞が大事にしてくれている思い出なら俺も大事にしたいと今はそう思っている。
「まぁ、あんなに派手な思い出をつい最近まで忘れてたんだけどな」
「フーマ様、いかがなさいましたか?」
「いや。ちょっと昔の事を思い出していただけだ」
「そうですか?」
シルビアとそんな話をしている間に舞は着実に勝ち進み、そのまま大会は進行してエルセーヌが投下した爆弾さんの試合の時がやって来る。
さて、一体どんな人が………
「……って、人族ですらないじゃん」
「オホホホ。爆弾と呼ぶに相応しいカードですわ」
エルセーヌがそう言って笑みを向ける方向には鋭い目つきで対戦相手を睨みつける鬼の如き形相のというか、鬼そのもののペトラさんがいた。
彼女はアメネアさんの従者で以前スカーレット帝国に赴いた際には共に行動した間柄ではあるが、仲間と呼ぶには少し怪しい立ち位置の魔族である。
「ペトラさんがいるって事はアメネアさんもいるのか?」
「オホホホ。あの路地の先にある馬車でトグロを巻いていますわ」
「マジかいな」
「ペトラさんって、スカーレット帝国の魔族さんなんだよね? あんなに目立っちゃって大丈夫なの?」
「アメネアがこの国に来たのは密約のためではありませんし、そこまで問題は無いと思います。いささか思慮に欠ける行動だとは思いますが、この大会から得られる情報と示威行為の効果が天秤を傾けたのでしょうね」
「なるほど……。フーマ様、あの鬼の人って強いの?」
「ん〜。シャリアスさんと同じぐらいじゃないか? うちのエルセーヌの方が絶対に強い」
「それならば条件次第では私でも勝てそうですね」
「…シルビア?」
あのシルビアが珍しく対抗意識を燃やしたのか、普段ではあまり聞かないようなセリフを口にする。
確かにシルビアとアメネアさんでは良い勝負になりそうな気もするが、ペトラさんに対して何か思うところでもあるのだろうか。
「ペトラは軽装で体の使い方がシルビアとよく似ています。ステータスと経験においてには長く生きている分ペトラが有利ですが、ボタンの技の一部を継承しているシルビアなら確かにわからないかもしれませんね」
「つまり俺の筆頭従者は優秀って事ですね。なんとも頼もしい事です」
「ありがとうございます」
「あらま……」
アンが俺の後ろでブンブンと音を立てている何かを見てちょっとだけ苦笑する。
後ろを振り返れない俺にはシルビアがどんな顔をしているのかは分からないが、アンの反応を見る限りシルビアはかなり上機嫌らしい。
最近はかなり鍛えているみたいだし、誰かに評価してもらいたかったのかもしれないな。
やれやれ、言ってくれれば無限に褒めちぎってやるのに。
「さてと……ペトラさんはあっさり勝ったとして次からベスト16が決まるわけですか」
「マイ様とペトラさんが両方勝ち進んだら当たるのは……決勝になるみたいだね」
「エルセーヌが仕組んだのか?」
「オホホホ。爆弾は適切な位置に設置してこそ最大の効果を発揮するのですわ」
「それじゃあ決勝では爆弾の破片が観客に当たらない様に頼むからな」
「オホホ。かしこまりましたわ」
流石に腕相撲だけで警戒しすぎだとは思うが、舞はもちろんペトラさんも負けず嫌いっぽいからな。
出来る限りの注意はさせてもらうとしよう。
◇◆◇
舞
ここまで何戦かこなしてきて分かった事だが、今回の大会はアームレスリング大会ではなく腕相撲大会である。
そもそも腕相撲大会と銘打って開かれた大会であるために腕相撲の大会である事は当然なのだが、腕相撲ならではの肘を台から浮かせなければ肘を動かしても良いというルールは私としてはかなりやりやすい。
「流石に魔法は使っちゃダメでも魔力を使っても怒られなかったし、かなり緩いルールよね」
合気道を多少かじっている私にとって相手が自分の手を確実に握ってくれている状態は技をかけ放題の状態だし、そこに魔力を使って相手の体に流し込んだ気を一気に弾いても良いとなると、並大抵の相手には負ける事は無い。
流石に合気道を極めた様な立っている力すらも利用して触れるだけで相手を投げ飛ばすという化け物クラスには魔力を使ってズルをしたぐらいでは勝てないだろうが、この大会では今のところは一度も苦戦する事はなかった。
「やはり最後はお前か」
「あら、初対面の相手にお前とは失礼ね」
頭に可愛らしいお面をのせた女性が台を挟んで私と相対する。
風舞くん達の様子を見る限りだと彼女は堅気では無い様だが、その身のこなしと周囲に放つ気配からはそれなりに腕の立つ相手である事が分かる。
「お前はフーマタカネとどういう関係なんだ?」
「恋人よ。風舞くんは私の男と言えば分かるかしら?」
「それではお前の方があの人間よりも強いという事か」
「強い方が相手を支配するという考えはどうかと思うけれど、貴女の知る風舞くんよりも今の私の方が確実に強いわ」
今の私は誰に対しても負ける事は許されない。
風舞くんを救うためにあの自称女神が持ちかけてきた契約における討伐対象の実力は未知数だし、おそらくこんなところで魔族の精鋭一人に苦戦している様では確実に敗北する。
「なるほど。それを聞いて安心した」
「その言葉の意味は聞かないでおいてあげるわ。それと、これは忠告よ。始まる前から全力で構えておきなさい。さもないと貴女は確実に負けるわ」
「随分な自信だな。お前にはそれほどのレベルがあるようには見えないが?」
「私の調整のために全力を出せと言っているのよ。それともここでその仮面を斬り落とせば少しは本気を出せるかしら?」
刀に手をかけて居合の領域に相手を入れ、引き金を引けば仮面を斬れるように意識をもっていく。
流石にこれほどの人前で彼女の仮面を落とすつもりはないが、相手にそう思わせるだけの気迫はしっかりとのせたつもりだ。
「……我が主人から我らの力を見せて来いと言われている。良いだろう、お前の望みを聞いてやろう」
「……と、そういうわけよ。彼女の了解も得られたし、試合開始の前に両手を押さえておくのは止めておいた方が良いわ」
「で、でも……私が手を離したら試合開始ってルールですし……」
「そのプロ意識は素晴らしいけれど、貴女の両腕を吹き飛ばしたくはないわ」
「は、はいぃぃぃ…」
進行役のお姉さんには申し訳ないけれど、自分の身を守るための判断として受け入れてもらいたい。
さて、問題は試合開始前に私の手が握り潰されないかなのだけれど……
「試合開始の合図は?」
「そこのお姉さんにコイントスをしてもらうわ。そのコインが地面に落ちたら試合開始よ」
「良いだろう。それでは私はコインがそこの獣人の手を離れた瞬間に力を入れる」
「ええ。それで良いわ」
そうなるとコインがトスされて地面に落ちる前の2秒間は彼女の攻撃に耐える必要があるというわけね。
修行の成果の見せどころかしらね。
「え、えぇっと……それでは最終試合。決勝は私のコイントスで始めたいと思います! 皆さん、くれぐれもご静粛に………そ、それでは…えいっ!」
コインが司会のお姉さんの手を離れ、それと同時に目の前の彼女が私の手を物凄い力で握りしめてくる。
「ぐっ………神降し!」
流石に素のままでは対処しきれないと踏んだ私はここ最近で精度を上げた神降しを発動させ、右手を守るのに必要な箇所だけに力を注ぎ込む。
相手はそんな私を見て私の手を掴んだまま何らかのスキルを発動させるが、普遍的な世界の理に従った力ならば組成さえ見極めれば簡単に対処できる。
「……ならば!」
おそらくこれがコインが落ちる前の彼女の最後の一手。
彼女の両腕で赤く染まり、とてつも無い熱を放ち始める。
これは世界ではなく彼女自信の理、おそらくギフトの力だ。
しかしこの数瞬の間ならば、私の神降しを破る事は無い。
「ぜぇやぁぁぁ!」
「なっ!?」
キン!
コインの音が伝播すると同時に、私に投げられたと知った彼女が受け身を取りつつ、おそらく本能的に私に反撃を仕掛けてくるが、なんとなくそんな気のしていた私は左手の親指で星穿ちを弾いて前に突き出したままの右手で受け止め、彼女の燃え盛る左手を刀身で行く道を断って防ぐ。
「先に手を離したのは貴女よ」
「……………くっ、この借りはいずれ」
彼女はそう言うと周囲の結界が消えると同時に姿を消し、私はそれと同時に星穿ちを納めて右手を上げる。
「……………しょ、勝者、マイ選手!」
「「「「う……うおぉぉぉ!!!」」」」
少し一般人に見せるには物騒すぎたかと思ったけれど、司会のお姉さんの可愛らしさに救われたわね。
試合が始まる前に少しだけ色目を使っておいて正解だったわ。
「す、凄かったです! 黒い光がピカーってなって気がついたらマイ選手が刀を納めてて、それにいつの間にか目の色も変わってるし…」
「目の色? 何の事かしら?」
「あれ? 変わってますよね目の色……黄色に光ってますよ?」
「……え?」
「………え?」
私の目が黄色に光っている?
そんな事今まで一度も無かったのに、いつの間に私の目は黄色になったのかしら?
もしかしてこの腕相撲大会で覚醒したとか………?
いや、そんなはずはないわね。
今回の大会は最後まで全力を出していないし、覚醒する要素が無いわ。
「……まぁ、それは良いわ。それよりも、優勝商品のドレスをちょうだい。私の大切な人に贈りたいの」
「あ、はい! ただいま!」
私の目が黄色に……。
原因は気になるけれど、目の色が変わるのって憧れだったのよね。
風舞くんも吸血鬼化すると目の色が赤くなるし、これで私にも箔が付くってものよね!
◇◆◇
風舞
腕相撲大会も大盛況のままに終わりスポンサーから優勝賞品を大量にもらったりヒーローインタビューに答える舞を眺めることおよそ30分後、そのヒーローが俺の真ん前で大変整った顔を俺に見せつけていた。
舞の瞳に自分の顔が映るぐらいの至近距離である。
「………別に、変わってないぞ?」
「そんなはずはないわよ! 司会のお姉さんが私の目の色が変わったって言ってたもの!」
「見間違いじゃないか?」
「そんな馬鹿な!」
「試合直後のマイ様はこっちに背中を向けてたし、仮に瞳の色が変わってたとしても私達には分からないよね」
「そんな馬鹿な………」
「マイ様、どうか元気を出してください」
「あぁ………やっぱりよく似合っているわね。流石はトウカさんだわ」
俺の膝の上に突っ伏して目の色が変わっていない事にガッカリする舞が、優勝賞品の高級ドレスに身を包んだトウカさんを見て乾いた笑みを浮かべつつそんな事を口にする。
さっきは「愛する貴女のために優勝して来たわ!」なんてキメ顔でトウカさんにあのドレスをプレゼントしていたのに、目の色が変わっていないってだけで落ち込みすぎだろ。
まぁ、舞の厨二病的思考は理解できるから同情はするけどさ……。
「……フレイヤ。マイの試合中、何か感じた事はありませんでしたか?」
「マイは力を使った」
「なるほど……そういう事ですか。マイ、先程の試合と同じぐらいの深度でギフトを発動させてみなさい」
「ギフトを? フレンダさんがそう言うならやるけれど……」
渋々といった感じで舞が神降しを発動させる。
黒い光という本来あり得る筈のない現象が舞の体から稲光のように溢れているがそれ以外は………
「って、目が黄色になってるぞ」
「え!? 本当!? 鏡鏡……」
「どうぞ」
フレンダさんが持っていた手鏡を舞に向けてその目を本人に確認させてやる。
「おぉぉぉ! これよ、これよこれ! ついに私も目が光るようになったわ!」
「それ、そんなに嬉しいのか?」
「だって風舞くんばかり目の色が変わって羨ましかったんだもの! おぉ……良いわぁ。凄く良い。ありがとうフレンさん! フレンさんには一生感謝するわ!
「ふん。……相変わらず大袈裟な女ですね」
「……………」
「な、なんですか?」
「舞はあげませんからね」
「……何の事ですか?」
この吸血鬼、マジでそういう事なのか?
フレンダさんに舞をとられたくないのもあるけれど、フレンダさんが一番可愛がる相手が俺じゃないのはなんか嫌だ。
ちくしょう、体が動けば肩でも揉んでやるのに。
「見てちょうだいトウカさん! 私の目の色、トウカさんのドレスとお揃いよ!」
「ええ。大変素敵ですマイ様」
「ふふん! トウカさんほどじゃないわ。白を基調した大人っぽいデザインにスリットから覗く黄色のシルク生地がトウカさんの内包する優しさと美しさを引き立てているわね」
「ふふ。お褒めに預かり光栄です」
なんかああいうの、日本にいた頃に明日香がやってたな。
お互いに可愛いって言い合って二人してデレデレする女子特有の謎の遊び。
「マイ様もトウカさんも凄く嬉しそうだね」
「ああ、しばらくはあのままにしておいてやろう。それにしてもこの前は目の色が変わったりしてなかったのに、いつの間に変わるようになったんだろうな」
「ギフトがマイに馴染んだか、マイのギフトの扱いが上達したのでしょう」
「寝たいのに寝れない」
「あぁ……フレイヤさんには舞の力が流れ込むんでしたっけ」
「力が溢れてくる」
こんなに嫌そうな顔の「力が溢れてくる」は初めて聞いた気がする。
舞と従魔契約で繋がっているフレイヤさんには舞の神降しの力が流れ込むのだろうが、そのせいで眠くなれないのがフレイヤさんにとっては不快らしい。
「マイ。そろそろ鬱陶しい」
「えぇ〜良いじゃない。ほら、これなんかドラちゃんに似合いそうよ! よく知らないけれど、高級店のパジャマらしいわ!」
「………仕方ない」
「あ、そこは折れるのですね」
「あの水玉パジャマが気に入ったみたいですね」
「意外と可愛らしいものが好きなんだねぇ」
「……うるさい」
恥ずかしそうな顔で睨まれてしまった俺達はキュッと口をつぐみ、狸寝入りを始めるフレイヤさんを微笑ましく見送る。
それにしてもあの爆弾魔は試合終了と共にいなくなっていたけど、どこで何をしているのかね。
次回、4日予定です




