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3話 血と汗の成果

 


 舞



 私は血の滲む様な努力をした事がない。

 幼少より叔父様の元で育てられた私は血と汗を流す事など日常茶飯事だったし、叔父様の教育は私の意思に依らず、ただ機械的に繰り返されるだけのものだった。

 それはおよそ努力と呼べるほどに高尚なものではなかったと思う。



「……カハッ」



 全身を強打されて軽く飛びかけていた意識をギリギリで取り戻し、気管に溜まった血を吐き出して軋みを上げる体をなんとか引きずり起こす。

 死地において相手が待ってくれる事などあるはずもないし、このまま転がっていても私が動かなくなるまで嬲られる事は私自身が一番よく知っている。



「グオォォォ!!!」



 エンシェントドラゴンの幼体が立ち上がる私を見て煩わしさを嘆く様に咆哮を上げる。

 連戦続きで既にろくな魔力も残っていないが、相手も既に満身創痍。

 次の一撃を入れた方がこの先を生きながらえる事が出来る。



「………神降し!!」



 猛き神の力を我が身に降ろし、その力を押さえ込むのではなく把握して全身に馴染ませる。

 私の肉体はその強すぎる力に耐えられずに崩壊を始めるが、回復魔法で常時回復させておけば数秒意識を保つぐらい造作もない。



「グルアァァァァ!!」

「…………斬」



 止めていた呼吸を再び動かし、体内に酸素を取り込んで余計な力を放出する。

 エンシェントドラゴンの幼体は未だに私に斬られた事に気づかずに牙を剥いているが、既に勝敗は決した。

 キン、という音と共に星穿ちを鞘に納めると、それと同時にエンシェントドラゴンの幼体の首が落ちる。



「お疲れさまぁ。まさか本当にやり遂げるとは思わなかったわぁ」



 私の契約相手が甘ったるい声を吐きながら、大して感情のこもっていない声でそんな事を口にする。



「私がやり遂げなかったらそのまま見捨てていたくせによく言うわ」

「それは当然よぉ。私は女神ですものぉ、願いに対する対価を支払えない俗物に手を差し伸べるわけがないでしょう? 神は万人の欲望に対して平等でなくては務まらないわぁ」

「それなら私の修行に付き合ってくれたのはどういう風の吹き回しかしら?」

「邪魔な虫の駆除と、ツチミカドマイちゃんを育成してあの荒神を討伐してもらう可能性を上げる事が、貴方のお遊戯に付き合う手間に見合っただけよぉ」

「神様に期待してもらえるなんて光栄だわ」

「ふふふ。そう言うのならもう少し可愛らしい表情を作る努力をなさぁい」



 そうは言われても、どうしても目的の読めない相手というのは警戒せずにはいられない。

 こうして私を鍛えている以上、その契約内容そのものを疑ってはいないが、契約を履行した結果、私達に何か不利益が生じる可能性があるのではないかと勘ぐってしまう私もいる。



「明後日にはここを出て荒神の討伐に向かうわ。契約の内容は忘れていないわね?」

「ええ。ツチミカドマイちゃんが見事荒神を討伐してきた暁にはぁ、しっかりと力を授けてあげるわぁ」

「……一つ良いかしら?」

「答えてあげるかは質問によるわぁ」



 私はこの自称女神と、風舞くんの体を治療する方法を教えてもらう代わりに「荒神」と呼ばれるとある人物を討伐する契約を結んでいる。

「荒神」は私と同じ神降しのギフトを持つとある人物が暴走した成れの果てらしいのだが、現在は彼女によって王都より東に行った位置にある神殿に封印されているらしい。



「それでは聞くけれど、荒神を私に討伐させる理由はあるのかしら? 貴女ならそれこそ赤子の首を捻る様なものでしょう?」

「別に理由など無いわぁ。自分でやるのが面倒だから貴女にお願いするだけよぉ。まぁ、あまり外で力を使いたく無いというのもあるけれど、ツチミカドマイちゃんが望む様な深い理由は持ち合わせていないわぁ」

「そう。貴女に語るつもりがないならそれで良いわ」

「うふふ。今日は前夜祭でしょう? 私に構っていないで、私の子供達のお祭りをタカネフウマくんとゆっくり楽しむと良いわぁ」

「ええ。元よりそのつもりよ。それと…」



 私は女王ソフィアにそう言い残して特殊な部屋の出口へと向かい、扉の前で振り返って女神ソフィアに頭を下げる。



「今日までお世話になりました。貴女の期待に応えられるよう、誠心誠意努めさせていただきます」

「うふふ。礼儀正しい子は好きだけれど、私に礼など要らないわぁ。貴女は自分の大切な人を救う事だけを考えなさぁい」



 そんな彼女の言葉と共に私の周囲の世界が歪み、気がつけば私は離宮のすぐそばに立っていた。

 どうやら彼女の部屋から追い出されてしまったらしい。



「さてと……」



 私は今日までの修行の成果を確認するためにステータスカードを取り出して自分の状態を把握する。


 ◇◆◇


 マイ ツチミカド


 【レベル 】683

 【体力】103/4321

 【魔力】29/4258

 【知能】2347

 【攻撃力】4632

 【防御力】3495

 【魔法攻撃力】2618

 【魔法防御力】2672

 【俊敏性】4226


 【魔法】

 風魔法LV4、水魔法LV4、土魔法LV2、火魔法LV3、雷魔法LV4


 【スキル】

 身体操作LV4、ランバルディア共通語、剣術LV10、見切りLV10、槍術LV3

 格闘術LV10、縮地LV10、威圧LV8、内丹術LV10、魔力感知LV5、魔力操作LV4、

 毒耐性LV6、麻痺耐性LV5、呪耐性LV7、弓術LV3、豪胆LV4


 【称号】 異世界からの来訪者、勇者、阿修羅の使徒


 【ステータスポイント】3651


 ◇◆◇



「まぁ、一週間程度じゃこのぐらいよね」



 軽く確認を終えた私はステータスカードを服の中にしまい、自分の体の状態を確認してから離宮の扉をそのまま開ける。

 どうやら女王様が私の汗と血を綺麗に流してくれたらしく、今日は修行の事を皆に隠すためにお風呂に入る必要は無いようだ。



「お帰り舞。今日も徹夜だったのか?」

「まぁ、そんなところよ。そういえば車椅子を手配したから、今日の夕方には使えるはずよ」

「おぉ、ありがとな。これでお姫様抱っこ生活から解放される」

「私は風舞くんに合法的に触れなくなって悲しいわ」

「はいはい。んで、夕方には使えるって何かあるのか?」

「デートよ。折角のお祭なのだから一緒に楽しみましょう」

「俺は外に出ちゃいけない事になってるんだけど……」



 風舞くんが申し訳なさそうな顔を浮かべながら私の誘いを断ろうとする。

 まったく……風舞くんは相変わらず遠慮がちね。



「心配せずとも私が守ってあげるわ」

「でも、俺は動けないし…」

「だから私が守ってあげると言っているでしょう? それとも風舞くんは今日のために前倒しで仕事を終えてきた私に我慢しろと言うのかしら?」

「そういう訳じゃないけど……」



 そう言う風舞くんの視線が一瞬だけフレンダさんの方にチラリと動く。

 あぁ、なるほど。そういう事ね。



「フレンダさん。私のステータスを覗いて見てちょうだい」

「よろしいのですか?」

「ええ。フレンダさんにだけ、特別よ」

「……わ、分かりました」



 あら? 別に他意は無かったのだけれど、フレンダさんが少し慌てている気がする。

 フレンダさんなら看破のスキルを持っているだろうから、私のステータスを覗けると思っただけなのだけれど……。



「これは………」

「ええ、そういう事よ。これなら問題ないでしょう?」

「………分かりました。しかし、出かけるのは日が暮れてからです。マイも徹夜のまま出掛けたくはないでしょう?」

「そうね。フレンダさんの言う通りにさせてもらうわ」

「どういうことだ?」

「乙女には準備が必要なのよ。風舞くんがトキメキすぎて思わず踊り出しちゃうような準備があるから、私は少し失礼するわね」

「あ、ああ………」



 未だ状況を飲み込めていないらしい風舞くんが首を傾げながら私の顔をマジマジと見つめる。

 ふふ。大丈夫よ風舞くん。

 風舞くんは私が守るわ。



「……舞」

「何かしら?」

「なんか……ありがとな。舞が俺の彼女で本当に良かった」

「もう、そういうセリフはデートの最後まで取っておいてちょうだい。それに、風舞くんを守っているのは今はフレンダさんでしょう? ちゃんとフレンダさんにもお礼を言わないとダメよ」

「あぁ、そうだな。ありがとうございます」

「ふん。今更何を言っているのですか? ほら、歯を磨いてやりますから早く口を開けてください」

「あれ? もしかして照れてるガモガモゴモゴ」

「ふふ。それじゃあ、私はもう行くわね」

「ふぁあ、おやひぅふぃ」

「おやすみなさい。夕方には起こしてやりますから、ゆっくりと休むのですよ」

「ええ。ありがとう」



 そうして私は風舞くんとフレンダさんに見送られて二階の寝室へと向かう。



「ふぅ……俺の彼女で良かっただなんて、ちょっと泣きそうになっちゃったわ」



 私はそんな事を呟きながら、倒れる様に布団に入って眠りにつくのであった。

 あぁ……久しぶりに良い夢を見れそうだわ。




 ◇◆◇




 風舞




 舞とデートをする事になったその日の夕方頃、明日香が離宮を訪ねて来た。

 なんでも俺達…というか俺に対して連絡事項があるらしい。



「というわけで、シャリアスさんが乗ってる馬車には絶対近いちゃダメだから」

「というわけってどういうわけだよ」

「なんか、スカーレット帝国のお偉いさんがその馬車に乗ってるらしくて、騒ぎを避けるために放っておいてくれって」

「へぇ……帝国からの使者が今日来るって事か」

「そゆこと。まぁ、アンタは離宮の中にいるから関係ないだろうけど、一応ね」

「あぁ、それなんだけど……これから舞とデートなんだよな」

「はぁ!? え!? アンタ、自分の立場とか身体の事分かってんの!?」

「オホホホ。堪えてくださいましアスカ様。ご主人様が死んでしまいますわ」

「あぁ、そうだった……」



 危うく俺を襟絞めにしそうになった明日香がエルセーヌに止められてギリギリで踏みとどまる。

 俺の事を心配してくれてはいるのだろうが、その明日香が攻撃して来ちゃあ世話がないだろうに。



「まぁ、あれだ。転移魔法は使えるし、一撃目を舞が防いでくれればすぐに戻って来れるから心配ないだろ」

「でも、その様子だと変装もせずに出かけるんしょ? 何? 街中で騒ぎになりたいわけ?」

「オホホホ。その点は心配ありませんわ。ご主人様とマイ様には認識阻害の結界を薄めに張りますの。おそらくご主人様がご主人様だと気がつく者はいませんわ」

「それでも、今のフーマは転んだだけでも死んじゃうし……」

「心配要らないわ!」



 星穿ちを腰に差しつつも、しっかりとおめかしをした舞が一歩一歩踏み締めながら階段を降りてくる。

 どうやら貫禄的なアレを演出しているらしいが、俺はそれよりもうっすらと化粧をした舞に目を奪われてそれどころでは無かった。



「風舞くんはこの私が責任を持って守るわ」

「それにデートとは言えども私達も同行します。これだけ戦力を揃えれば問題無いでしょう?」

「フレンさんまで………あぁ、もう! 分かった。そういう事なら分かりました! ったく……こういう事は先に言っといてくれないと困んだよね」

「悪いな明日香。でも、明日香がこのタイミングで来てくれて良かった」

「え? それってウチも一緒に…」

「俺は構わないけど、仕事は良いのか?」

「は、はぁ!? 別にウチは何も言ってないし! ちょっとモテるからって何調子乗ってんの!? ウチは見ての通り忙しいから、デートでもなんでも好きにすれば!? それじゃ、ウチはもう行くから! お茶ご馳走様!!」

「あ、ちょっとアスカ様! 剣忘れてるよ剣!」



 何故か捲し立てる様に俺を怒鳴りつけた明日香を追ってアンが両手で剣を抱えて離宮から出て行く。

 やれやれ。相変わらず騒がしいやつだな。



「ごめんなさいね風舞くん。始めは二人で行こうと思ったのだけれど、私一人だと車椅子を押すだけで手が一杯になっちゃうし、勝手に皆も誘ってしまったわ」

「いや。俺は連れて行ってもらう身だから構わないぞ。それに、折角のお祭りなんだから皆で行った方が気兼ねなく楽しめるだろうしな」

「しかしマイ様、本当によろしいのですか? マイ様は…」

「あら、野暮な事は言うものではないわ。私はその話を誰にもしていないし、トウカさんだって風舞くんと一緒にお祭りを楽しみたいでしょう? 私の従者なら、風舞くんのことで遠慮をしてはダメよ」

「分かりました。それではマイ様のおっしゃる通りにさせていただきます」



 そうしてトウカさんが舞に頭を下げたが、舞はそんなトウカさんの頭をすぐに上げさせて俺の元へトウカさんを連れて来た。

 どうやら俺に舞と同じくおめかしをしたトウカさんを褒めろという事らしい。



「すごく綺麗です。今日のトウカさんはいつにも増して色っぽいですね」

「フフ、ありがとうございますフーマ様。しかし、次はマイ様のお力を借りずにそう言わせてみせますので、覚悟しておいてくださいね?」

「……は、はい」

「オホホホ。ご主人様、顔が真っ赤ですわよ?」

「まったく、今からその調子では先が思いやられますね」

「フフフ。やはりフーマ様は可愛いらしいお方ですね」



 そうして一頻(ひとしき)りからかわれた後、明日香に剣を渡したアンが戻って来たタイミングで俺たちは離宮を出るのであった。


次回、31日予定です

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[一言] ??「やったで、出番ゲットした。まずは常駐サブキャラの位置になるんだ!」 夜な夜な叫んでる少女Aがいるとかいないとか。
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