108話 選べない選択肢
風舞
アン達を探すためにミッドタウンを上から見下ろして見れば、人の流れからすぐに彼女達の居場所を掴むことができた。
どうやらアン達は海賊船を使ってこの島の人達を避難させようとしているらしく、反抗する人には多少手荒な手を使いつつも手際よく船へと誘導している。
「アン。調子はどうだ?」
「この島の人達を避難させようとしているんだけど、治安が悪くてちょっと大変かも」
「歯向かってくる奴が多いのか?」
「そういう人はトウカさんとフレイヤさんに眠らせてもらってるからそこまで面倒では無いんだけど、船まで運ぶのが大変なんだよね。それと、船に運んだ後も少し心配かな」
「人が多い船で悪さしないかって事か」
「うん。一応考えはあるんだけれど、それにはフーマ様の協力が必要で…」
「俺に出来ることならなんでも言ってくれ」
しっかり者のアンに頼ってもらえるなんて事は早々ないし、力になれるのなら最大限協力させてもらいたい。
俺はアンのためなら何だってするぞ。
「それじゃあ、あそこのおじさんの身柄を保証してくれないかな」
「あそこのおじさんって、髭坊主のあのおっさんか?」
「うん。娼館の顔役だった人なんだけど、この島がなくなったら間違いなく処刑されちゃうでしょ? 勇者であるフーマ様に悪人を逃す手伝いをしろって言うのはいけない事だと思うけれど…」
「わかった。おーい。そこの娼館のおっさーん」
「あのおじさんの協力が得られれば事を進めやすいかなって……あれ? フーマ様?」
「フーマ様は既に向かわれましたよ」
「もう! 話ぐらい最後まで聞いてよ!」
申し訳なさそうに頭を下げていたアンが俺の姿を見つけて後ろから走って来る。
まぁまぁ、俺の手際を見てなさいよ。
「すみません。少し良いですか?」
「貴方が勇者ね」
「はい。貴方は娼館のオーナーだと聞いていますが、間違いありませんか?」
「ええ。そうよ」
「それでは話は早い。この島から島民を残らず怪我もなく脱出してくだされば貴方達を新天地に転移させてもらいますので、協力してもらえませんか?」
「勇者と聞いていたけれど、随分と腰が低いのね」
「気に食いませんか?」
「いいえ。協力させてもらうわ。逆らったらこの場で殺されそうだしね」
「え? あぁ……はい」
「ほら貴方達! 仕事よ!」
髭坊主のおっさんはそう言うと周囲に立っていた黒服に指示を出して島民の避難誘導を手伝い始める。
……ふっ、俺の鋭い眼光に恐れをなしたか。
「フーマ様、この島の娼館の顔役が相手だからって警戒してたら無意識に目つきが悪くなっちゃったんだね」
「そ、そんな事ないぞ。俺はかなりワルだからな。盗んだバイクで走り出したりもするし、日頃から三白眼だ」
「そっか。私は優しいフーマ様が好きだったけれど、フーマ様は悪い人だったんだね…」
「ちょ、ちょっと待て! 俺が浅はかだったのは認めるから幻滅しないでくれ!」
「もう。仕方ないなぁ」
「あぁ……焦ったぁ」
「ふふ。これではどちらが歳下か分かりませんね」
「うっ……」
「それよりもフーマ様。何か要件があっていらしたのでは?」
「そうでした。トウカさんとフレイヤさんを舞が呼んでます」
「そういう事でしたか。アン様、こちらはお任せしてよろしいですか?」
「はい。ミレイユさんもいますし、こっちは大丈夫です!」
「アン。危ないことがあったらすぐに逃げるんだぞ?」
「そう心配しなくても、フーマ様のおかげで私のレベルはこの島の殆どの人よりも高いから大丈夫だよ」
「それでもだ。擦り傷一つしてたら当分は俺と手を繋いで行動させるから注意しておけ」
「はいはい。フーマ様も傷一つして帰って来たら凄く心配するから、無事で帰って来てね?」
「おう。任せとけ」
かくして近頃バブみ急上昇中のアンに見送られながら、俺はトウカさんとフレイヤさんを連れて終わりの見えない戦場へと戻るのであった。
◇◆◇
フレンダ
千年も生きていれば無限に再生し続ける魔物の10匹や100匹討伐した経験は当然ある。
そういった魔物は一撃で塵も残さずに消滅させるか、再生能力に干渉して自爆させるのが基本的な戦い方だ。
フーマは以前暴走したアセイダルという悪魔を氷漬けにして討伐していたと言っていたが、無限の再生能力は決して無敵の能力ではない事はフーマでも分かっている事だろう。
「この時間になっても反応がないとなると、当ては外れましたか」
限りなくそれを見つける可能性は低いとは思っていたが、案の定ビクトリアとキキョウは港を破壊する指示を出す悪魔を見つけられなかった。
ミレイユの話を盗み聞いた時にこうなる可能性は十分に覚悟していたが、このままでは間違いなくスカーレット湾の交易は大ダメージを受ける。
先ほど私が討伐した悪魔どもは悪魔の祝福に紛れ込ませた人を暴れさせるという丸薬を使って騒ぎを起こそうとしていたが、それが別組織の悪魔に露見してしまい、おそらく丸薬に関する口封じのためにこの黒い影がこの島までやって来た。
仮に私達が全滅すれば港への被害はなくなるのかもしれないが、そんな不確定の選択肢を選ぶつもりはないしフーマを死なせるつもりは微塵もない。
あの影をこの場に縛り付けてつつ、被害を最小限にする。
これはそういう戦いだ。
「マイ。そろそろ変わりますよ」
「大丈夫よ! 二人は私が守るわ!」
「……そうですか」
しかしフーマの体の中にいた時間が長かったからか、マイの姿を見るだけ鼓動が早くなるのはどうにか出来ないものだろうか。
私の考えを読んでフーマを外に出したように頭の回転が速い娘だとは思うが、これでは私までマイに好意を持っているように錯覚してしまう。
条件反射とは恐ろしいものですね。
「フレン様。何かお考えがあるのですか?」
「何故そう思うのですか?」
「フーマ様が何かをお考えになる時のお姿とよく似ていましたので」
「まさかその様なところにまで影響が出ていたとは…」
「フレン様?」
「いえ。それよりもシルビア。一つ頼まれてはくれませんか?」
「はい。承知しました」
さて、筋書きは私の方でやっておきましたから、仕上げは任せましたよ。
◇◆◇
風舞
トウカさんとフレイヤさんを連れて舞達の戦う結界まで戻って来たら、結界のそばで物陰に隠れていたキキョウに声をかけられた。
「おいそこの人間。お前の仕事はそこの中にはないぞ」
「どういう事だ?」
「これを読め」
そう言ってキキョウに渡された手紙をトウカさんと一緒に並んで目を通す。
この几帳面な字はフレンダさんのものか。
「悪魔の目的はスカーレット湾の交易を破滅させる事………ですか。フーマ様、いかがいたしますか?」
「舞やシルビアが心配ですけど、フレンダさんの指示に従いましょう。俺は俺の意思で今のフレンダさんを信じます」
「フーマ様は本当にフレンダ様と仲がよろしいのですね」
フレンダさんに全ての責任を負わせまいと自分の意思である事を主張したら、トウカさんにジト目を向けられているしまった。
今のトウカさんは俺が海を見せるという約束を反故にしたためか、少しだけ俺に厳しい気がする。
「理性的な判断です。他意はありません」
「別に咎めるつもりはありません。ただ、少しだけ嫉妬してしまっただけです」
「あの…埋め合わせの機会とかはいただけたり……」
「もちろん。この件が終わり次第フーマ様には埋め合わせしていただきます。マイ様が何をわめこうと絶対です」
「承知しました」
どうやらトウカさんに見捨てられたわけでは無い事がわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな甲斐性なしな俺の元に、何故か結界の中にいたはずのシルビアがやって来た。
「シルビア? 中で何かあったのか?」
「フレン様にフーマ様のお手伝いをする様に申し付けられました」
「それでは私とフレイヤはマイ様の加勢に向かわせていただいてもよろしいですか? 主人の呼びかけに応じないわけにはいきません」
「分かりました。どうかご無事で」
「ふふ。フーマ様との約束がありますもの、当然ですよ」
トウカさんはそう言って優雅に一礼すると、すぐ横で立ちながらに寝ていたフレイヤさんを連れて結界の方へと走って行く。
「さてと、それじゃあ行こうか」
「はい。お供いたします」
「待て。私も連れて行け」
「別に構わないけど、ボタンさんと一緒じゃなくて良いのか?」
「オバハン獣人は忙しいから、放っておいても問題ない」
「なら良いけど……」
そうしてボタンさんの様子が気になりつつもキキョウの手を取って転移しようとしたその時だった。
「フーマ様。どなたかこちらに走って来ます」
シルビアのその指摘で少し意識を集中してみると、見知った気配が俺たちの方へ走って来る。
こんな時キキョウなら早く行けとか言いそうな気もするが、俺の手を握ったままこちらへ走って来る人物の方を向いてただ黙っていた。
「……ビクトリアさん。今まで何をしていたんですか?」
「少し野暮用を済ませていただけよ。わざわざ事細かに説明する必要があって?」
ビクトリアさんはそう言いながら、僅かに乱れた呼吸を整えて俺の前で立ち止まる。
シルビアは俺の表情を見てビクトリアさんを敵だと判断したのか、俺の手を離してビクトリアさんと俺の間に割って入った。
「貴女は?」
「フーマ様の筆頭従者シルビアです」
「そう、私はビクトリア。フレンさんの指示でフーマさんの手伝いをするように言われているわ」
「…………」
「あら、嫌われてしまったみたいね。それよりも坊や、早く港へと向かいましょう。あまり時間が無いのではなくて?」
「ビクトリアさんも付いて来るんですか?」
「フレンさんに手伝うように言われたと言ったでしょう? 魔族である彼女には逆らいたくないのよ」
「知ってたんですか?」
「私と合流してから仮面をとっているし、自ら魔族だと話してくれたわ」
「分かりました……。改めてよろしくお願いします」
「そう警戒せずともとって食ったりはしないわ。というより、私にそんな力が無いことは坊やもよく知っているのではなくて?」
だからこそ怖いんだよとは口に出さずにおいたが、ビクトリアさんが相手では俺の考えている事など筒抜けである様な気がしてしまう。
フレンダさんの指示だという事にはそこまでの疑いはないのだが、ビクトリアさんが本当に俺に協力してくれるのかは甚だ疑問だ。
とはいえ本当にフレンダさんの指示である可能性もある以上、私情でフレンダさんの計画をズラしてしまう事だけはなんとしても避けたい。
結局のところ、今の俺にはビクトリアさんの同行を断る事など出来ないのだ。
「シルビア。俺の側から離れるなよ」
「はい。フーマ様は私がお守りします」
そう言って笑みを浮かべてくれる頼りになる従者の暖かい手の温もりを感じながら、俺はキキョウとビクトリアさんを連れてスカーレット湾西の港湾都市へと転移するのであった。
次回、11日予定です




