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106話 彼の知らない話

 


 風舞



 倒さなくても良い敵との戦闘は簡単だ。

 思惑が窺い知れずどこにいても悪さをする悪魔だとこういった対処法は使えないが、人族のそれも自警団に属する人達ならばものすごく楽に相手を出来る。



「はい、タッチ」

「ちっ! 近接攻撃はダメだ! 魔法か銃を使え!」



 近接攻撃をしてくる相手には攻撃を避けて触るか、攻撃が当たった瞬間に転移させればどんなに大きくてもかすり傷程度のダメージで戦線離脱させることが出来る。

 もっと楽をするのなら、全ての攻撃を避けずに皮膚が痛みを感じると同時に相手を転移させれば済むのだが、失敗した時のリスクが大きいために、基本的には避けるようにしている。



「くらえ! ファイアー……ランス?」

「魔法って転移させれば強制的にキャンセル出来るんすよ。まぁ、あんまり強力な魔法だと転移させるのに必要な魔力もかなりのものになっちゃうんですけど」



 魔法を撃とうとしている相手は一度転移させて仕舞えばその魔法をキャンセルさせる事が出来るために、近接攻撃をしてくるやつよりもかなり対処がしやすい。

 強力な魔法を無詠唱で撃てるフレンダさんには通じない手段だろうが、自警団の一般兵が使う魔法ぐらいならば、少し集中すれば転移させる程度のものに過ぎなかった。



「一番厄介なのは銃弾だけど、射線に味方を入れる事さえ意識すれば大したことはないか」



 唯一気をつけるべきは先ほどカーリー・レイが見せた様な対魔物用の高威力の銃弾なのだが、俺を仕留めるのには十分すぎるその威力は射線にいる味方にまで通ってしまうためか、対魔物用の高威力の弾ではなく、鉛玉を火薬で飛ばす通常弾しか飛んで来ない。

 ただの鉛玉ぐらいならステータスのある今ならドッジボール感覚で躱せるし、仮に避けられなくても銃弾を転移させてやれば十分に対処できる。


 つまりこの戦闘は俺にとって………



「初めて異世界で俺TUEEEしたかもしれない」



 思わずそう言いたくなってしまうぐらいに余裕の戦闘だった。

 さてと、後は舞とシルビアの方に加勢に行くか。




 ◇◆◇




 舞




「惜しいわね」



 技の冴えは自警団のトップとして申し分なく、それを活かすだけのステータスも経験も確かにある。

 しかし彼女はそこまでだった。



「チッ…」

「レベルを上げるための経験値はより過酷な状況で魔物を倒す方が多く得ることが出来ると聞いた事があるけれど、貴女は武器に頼りすぎているわ」

「それは私がこの銃に見合っていないと?」

「いいえ。貴女はその銃を使いこなしているし、実力そのものは疑う余地はないわ。ただ、貴女の戦い方はつまらないのよ。その銃を起点に組み立てられた戦闘スタイルは隙がなく流石としか言いようが無いけれど、それを超えることはない。言うなれば格ゲーのキャラみたいなのよね」

「何を訳の分からない事を!」

「相性に左右されやすいし、技を全て覚えれば簡単に対処できるという事よ。貴女自身、時間が経つに連れて攻め辛くなってきている事には気がついているでしょう?」



 あまり長い間戦っていても仕方ないし、そろそろかたをつけるために神隠しを発動させる。

 カーリー・レイはそんな私を見て対魔物用の弾丸を放とうとするが、その弾が砲身から飛び出す事は無かった。



「これは何の真似かしら?」



 私は神降しを発動させたまま、倒れゆくカーリー・レイの後ろに現れた女狐に声をかける。



「マイはんが戦ってはるのが見えたから加勢しようと思ったんやけど、大きなお世話やった?」

「ええ。もう少しでボタンさんを斬りふせるところだったわ」



 別に獲物を横取りされたとか真剣勝負に水を差された事に腹が立つわけではないのだが、ボタンさんの行動の意図が読めないところにどうにもモヤっとする。

 そもそも今回は始まりから彼女の行動には不自然なところが多かったけれど、風舞くんと親しい間柄のボタンさんなら信ずるに値すると考えて、不和を生じさせない様に彼女の思惑にのって私は動いていた。

 風舞くんを樽詰めにするという計画もボタンさんから風舞くんを遠ざける事が出来るならと便乗したのだけれど、このタイミングでカーリー・レイの口止めをされるといよいよボタンさんが怪しく見えてしまう。



「あれ? 舞はもう終わってたのか」

「ええ。風舞くんも流石のお手並みね」



 とはいえ悪魔という共通の敵がいる以上、ここでボタンさんと対立するべきでは無いと考えた私は、転移してきた風舞くんに笑顔を見せて星穿ちを鞘に納めた。

 ボタンさんが悪魔と手を組んでいるのなら私達に悪魔に関する情報を流す意味が無いし、私達を政治的に不利な立場に立たせたいのなら他にもっと有効な手立てはいくらでもある。

 おそらくボタンさんはディープブルーと繋がっている何者かに関する情報を私達に知られたくなかったというだけでしょうし、この島でフレンダさんが戦っているあの黒い影を討伐する事に関してはボタンさんは味方でいてくれるはずだ。



「それじゃあシルビアは……」

「申し訳ございません。お待たせしました」

「メイリーさんはどうしたのかしら?」

「首を締めて意識を落としたので、そのままマストに縛っておきました」

「よし、それじゃあフレンダさんのところに向かうか」

「その前に地均しを済ませた方が良いと思うわ」

「アンはんやトウカはん達が島民の避難をしてはるみたいやし、その点は心配あらへんよ」

「そうか。そういえば、ボタンさんは今の今まで何をしてたんだ?」

「海賊船から悪魔の残した痕跡を探したり色々やね。ほら、フーマはんもこれ知ってはるやろ?」

「あぁ、リストか」

「リスト?」

「悪魔の物々交換のリストだ。欲しいものと自分が渡せるものが書かれてる」



 風舞くんがそう言って私に何枚かの羊皮紙を渡してくれる。

 なるほど、ボタンさんが海賊船を調べて来たというのは本当のようね。



「舞?」

「なんでもないわ。これに若い獣人とか書いてあったから少し驚いただけよ」

「なら良いけど……」

「それより次はどうするのかしら?」

「あぁ、そろそろフレンダさんを迎えに行こうぜ。あの吸血鬼、見ていないところでは結構無理するからちょっと心配だ」

「むぅ。風舞くんは本当にフレンダさんと仲良しね」

「それはまぁ…結構一緒に行動してるし」

「何せフレンダはんはフーマはんの相棒やからなぁ」

「え!? 風舞くんの相棒はこの私、ソウルメイト土御門舞よね!?」

「あぁ………あれだ。フレンダさんは仕事仲間で舞は家族みたいな……そんな感じだ」

「つまり職場で不倫しているという事かしら?」

「そ、そういう訳じゃないぞ。それよりほら、フレンダさんピンチかもだから助けに行かないと! なぁ、シルビアもそう思うよな!?」

「はい。フレンダ様ならおそらく無事でしょうが、急いだ方がよろしいかと」

「よし。それじゃあ行くぞ! 舞! 俺について来い!」

「あ、今の凄く良いわ」



 いつもは私が風舞くんを連れ回してばかりだから、風舞くんに手を引かれるというのはかなりグッときてしまう。

 もう、こういうところが風舞くんのズルいところよね。

 本当に、まったくもう…。



「あれ? ボタンさんは一緒に来ないのか?」

「フーマはん達が辛勝した後に新手が来たら大変やろ? うちはディープブルーの残りを片付けつつ様子見をさせてもらうんよ」

「そっか。なら、こっちは任せたぞ」

「あらあら。フーマはんに任されたら気張らへんとなぁ」

「んじゃ、ちょっと行ってくる。テレポーテーション!」



 風舞くんの転移間際にボタンさんが少しだけ私に頭を下げていたのは、風舞くんにボタンさんを不審に思っている事を言わないでおいたからなのかしらね。

 まったく、本当に厄介な女狐(仲間)だわ。




 ◇◆◇




 風舞




 舞とシルビアを連れて再び娼館に戻って来た俺は、娼館の中庭で結界を張って戦うフレンダさんと黒い影の様な謎の人型生物との戦闘を目にした。

 一見すると人型のあれは不定形の生物の様に見えなくもないが、フレンダさんの真紅の槍を剣の様な黒い(もや)で防いでいるあたり、見た目によらず実体を持った存在なのかもしれない。



「風舞くん。あれの能力をある程度把握してから結界に入れてもらいましょう」

「あぁ…分かった」



 一度あいつと刃をまみえた舞が警戒しろと言う相手なのだ。

 俺も出来る限りの準備をしてから戦闘に臨みたい。



「あいつの黒い靄は舞のオーラと同じで、攻防一体型のそれと考えて良さそうだな」

「そうね。私はコスパが悪いからって事で全身を覆ったりはしないけれど、機能的には同じものだと思うわ。ただ、密度は私のそれ以上よ。見た目よりもかなり重い攻撃をしてくると思っておいた方が良いわ」

「黒くて密度が高いとなると、ブラックホールみたいだな」

「ブラックホールですか?」

「ああ。宇宙にはあまりにも重力が強すぎて光すらも吸収してしまう星があるんだ。もともと重力ってのは物体が存在する事で生まれる時空の歪みだって言われているぐらいだから、もしかするとあの黒い靄は密度が高くて光を吸収しているのかもしれない」

「なるほど。流石はフーマ様です」



 この世界には未だ俺の知り得ぬ魔法やスキルが数多くあるが、それでもフレンダさんやアンが魔法やスキルに関して研究している様に、この世界のファンタジーなあれやこれやは体系化した学問として解析出来る。

 そうなるとあれもただ黒い靄という訳ではなく、何らかの理由があって黒い靄の形をしていると考えるのが妥当だ。


 そもそも黒とは光の吸収率が高く、人間に見える光のほとんどを反射しないために見える色だとされている。

 遠近感が狂うレベルで全くもって光を反射している様子のないあの黒い靄がどれ程の光を吸収しているのかは分からないが、吸収した光の多くは熱エネルギーになるのが一般的だ。

 小学校の授業で虫眼鏡で集めた光を黒い紙に吸収して燃やした事があるが、そうなるとあの黒い靄が日光を浴びている今の状態ではそこそこに高温である可能性は十分にある。



「黒い靄…光…エネルギー変換……重力……聖魔法」

「そういえば悪魔には聖魔法が有効だったわね。邪のものには基本的に有効な魔法とされているらしいわ」

「舞も聖魔法が弱点だったりするのか?」

「私が黒いオーラを纏っているところから考えたと受け取ってあげるけど、別に弱点という訳ではないわ。星穿ちも鎧袖一触も呪いの武具ではあるけれど、悪魔の邪とは系統が違うみたいなのよ」

「なるほどな。よし、一通り考え終わった」

「期待して良いのかしら?」

「実際に試してみない事には何とも」

「お任せください。サポートは私が」

「おう。任せたぞ」



 そうしてそれぞれの戦闘準備を終えた俺たちは結界へと近付き、フレンダさんが開いてくれた入り口を通ってその中に入る。



「足手まといになると言ったはずですが?」

「そうならない様に作戦を持って来ました」

「良いでしょう。私は一度援護に回りますから、マイとフーマで相手をしてみなさい」

「行くぞ!」

「ええ!」



 まずは舞と共に左右から詰め寄り、それぞれ黒いオーラを纏った刀と空間断裂を纏った片手剣で黒い影に斬りかかる。

 黒い影は俺と舞の攻撃を無造作に受け止めておそらく反撃を仕掛けてきたが、フレンダさんの出した真紅の槍が黒い影を吹っ飛ばして俺と舞を守ってくれた。



「まったく見えなかった」

「私はなんとか見えたけれど、神降しを使わないと厳しそうだわ」

「感触はどうだった?」

「謎の硬い物質ね。金属とも違うし、ただ硬かったわ」

「そうか」



 舞から聞いた情報を整理しつつ、ソウルブーストを発動させてステータスの底上げをする。

 さて、これで残された時間は刻一刻と減っていく様になったし、無駄なく的確に戦うとしよう。



「フレンダさん! 回復お願いします!」

「まさか……!?」

限定転移リミテッド・テレポーテーション)!!」



 俺の必殺技はインスタントで敵さえ見えていれば必中なのだから、強敵を相手に出し惜しみをする理由もない。

 フレンダさんの攻撃を受けてもなお起き上がる黒い影に限定転移リミテッド・テレポーテーション)を叩き込む。

 ギフトの反動で一瞬で視界が暗くなり体の感覚がスッと抜けたが、限定転移リミテッド・テレポーテーション)が黒い影の体をえぐりとるところは確かに見えた。

 しかし……



「神降し!!」



 いつの間にか俺の前に立っていた舞が眼前に立っていた黒い影の攻撃を弾き、そのまま無数に増える黒い影の猛攻をはじき始める。

 俺はその間にシルビアに回収され、フレンダさんの回復魔法によって飛びかけた意識をなんとか保った。



「ソウルコネクトに似た技を習得した様ですが、私がお前の中にいなければ体力が底を尽きた瞬間に命を落とすのですよ?」

「ごめんなさい。でも、今のでなんとなくわかりました」

「そんな事どうでも良いのです! もっと自分の体を大切になさい!」

「あいだっ!?」



 地面に転がって回復を受けていたところをフレンダさんに蹴飛ばされて無理矢理に起こされる。

 おお、こんな短時間でほとんど全回復してる。

 流石はフレンダさんだ。



「それで、フーマの無駄な一撃で分かった事とは何ですか?」

「はい。あいつには勝てません」

「「…………はい?」」



 シルビアとフレンダさんが同時に首を傾げるというレアなシーンを見ただけでも、軽く死にかけた意味はあったのかもしれない。

 俺はそんな事を考えながら、再び片手剣を握り直して黒い影と戦う舞の援護を始めるのであった。

次回、7日予定です。

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