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102話 調整

 


 風舞




 舞とシルビアをねんねんころりやした後、転移魔法の消費魔力を出来るだけ節約するルートを決めた俺はこれまでに訪れた事のある各国をまわった。

 まずは最も事情を把握しているラングレシア王国のお姫様相手に警戒を呼びかけ、次にエルフの里で身内であるトウカさんから昨今の悪魔の動きを考察を交えながら解説してもらい、かなり久しぶりに訪れたレイズニウム公国でボタンさんの名前を仄めかしながら公爵さんを脅して、最後にエルミラさんがお世話になるソレイドでガンビルドさんに悪魔の祝福の一件はまだ続いている事を知らせた。


 その誰もが俺達の話を聞き入れ、腰を上げてくれた事には感謝しかない。

 備えあれば憂いなしという言葉を国家単位で実現するのはかなり大変だろうに、子供の忠告を聞き届けてくれる大人達ばかりで素直に嬉しかった。


 そしてこれが最後…。



「エルセーヌ、悪魔の動きに備えろ。それとローズを頼む」



 俺は遠く離れた地で今も戦っているエルセーヌとローズに声を届け、その渦中に飛び込む覚悟を決めて準備を進める。

 未だ敵の規模は見えずようやく見え始めた悪魔の目的すらも朧げだが、この場での俺達の動きがこのランバルディア大陸の今後を大きく左右する事には違いない。



「そう緊張する事はないわ。各国の防備は各国の責任だし、私達のこの戦いは未来を良い方には動かせども、決して悪くする事はないわ」

「起きたのか」

「ええ。まさか日が沈むまで目を覚まさないとは思わなかったけれど、せっかく風舞くんに会えたのに寝ているなんて勿体無いでしょう?」



 舞がそう言いながら俺が飲んでいた紅茶を手に取り、寝ている間に乾いた喉を潤す。

 寝起きにしては鎧袖一触も星穿ちも纏っている様だが、これからどこかに出かけるのだろうか?



「ふふ。私の格好が気になるのかしら?」

「もうすぐ夕飯なのに、今から出かけるのか?」

「ええ。ここ数日の私の修行の成果を風舞くんに見てもらいたいのよ。風舞くんも自分の力量の確認ぐらいはしておきたいでしょう?」

「それはそうだけど、ここはどうするんだよ」

「トウカさんやドラちゃんがいるし心配はないわ。皆には既に話してきたから、付き合ってちょうだい」

「それじゃあ、適当に場所を変えてやるか。場所はどこが良い?」

「ラングレシア王国の訓練所にしましょう。ソレイドよりは近いし、明日香ちゃん達の様子も気になるわ」

「あいよ。ほら、行こうぜ」

「ふふ。やっぱり生風舞くんは暖かいわね」

「生じゃない俺に会った事があるのか?」

「ええ。乾燥して店頭に並んでいたわ」

「八つ橋じゃあるまいし…」



 そんな無駄口を叩きながらも俺と舞は訓練所に転移し、相変わらず一人で素振りをしていた明日香を見つける。

 あいつもあいつでかなりストイックだよなぁ。



「訓練中にいきなり出て来ると攻撃しそうになるから勘弁して欲しいんだけど」

「勘弁して欲しいのはこっちの方なんだけど、元気だったか?」

「まぁ、そこそこ」

「あら? 明日香ちゃん、徒手格闘術でも習ったの? なんとなく足さばきが変わった気がするわ」

「まぁ、武器が戦えない状況でも戦える様に一応ね。第1師団の人に教えてもらってる」

「へぇ、それじゃあ第1師団の人達も城にいるのか」

「ジェイサットの脅威は一先ず沈静化したから、これまで通り各地で防備に当たるんだって」

「あの人達も大変そうね。それより、今から風舞くんと軽く模擬戦をやるからここを使いたいのだけれど、構わないかしら?」

「え? 舞ちんと風舞で?」

「ええ。決戦前の調整みたいなものね」

「よくわかんないけど、やるならちょっと待って。皆を連れて来る」

「本当に軽くしかやらないぞ? この後夕飯だし」

「良いからちょっと待ってて! ウチが戻って来る前に始めてたらぶん殴るから!」



 剣を腰に納めた明日香がそう言ってドタバタと走り去って行く。



「ふふ。それじゃあ始めましょうか」

「そしたら俺が殴られるんですけど?」

「もしも殴られたら痛いの痛いの飛んでいけ〜ってやってあげるわ」

「そこは守ってあげるわ! の方が嬉しいんだけど」

「ふふふ。これから戦おうって相手に守ってもらおうだなんて、風舞くんは随分とおかしな事を言うのね」

「戦うって言っても、軽い運動程度だよな?」

「……………あ、枝毛」

「ちょっと舞さん!? 俺は嫌だからな! こんなところで怪我したくないからな!」



 どうしよう。

 舞がちょっと見ない間に戦闘狂に……って元からか。



「そんなことより、風舞くんはモラクスとかいう悪魔を倒したのよね?」

「そんな事って……」

「絶対に怪我をしない戦闘訓練なんて意味がないでしょう?」

「それはそうだけど…………。はぁ、モラクスなら倒したぞ」

(さき)に話した通り私も区長の側近になっていた悪魔と戦ったのだけれど、レライエという名前だったのよ」

「……やっぱりソロモンの72柱か」

「ええ。このままいくと、残り70柱分の悪魔と戦う事になるのかしらね」

「憂鬱だな」

「私と戦うのとどちらが憂鬱かしら?」

「それはま……ものは容赦が無いからな」



 もう少しで舞の方が怖いって言うところだった。

 途中で舞の手が星穿ちにかかっている事に気がつかなかったらばっさりいかれてたかもしれない。



「心配しなくとも明日に残る傷をつけるつもりは無いわ」

「俺は防御力がかなり低いから軽い一撃でも重傷になるから気をつけてくれ」

「風舞くんの一撃は火力が高すぎるからお互い様ね」

「舞は鎧着てんじゃん」

「この鎧、見ての通り部分鎧だし防御力はそこまでではないの。どちらかというと攻撃アップ系の装備と言えば分かりやすいかしら」

「星穿ちみたいな謎の力があるのか?」

「そんなところね。さて、そろそろ明日香ちゃん達が来そうだし準備をしましょう」



 舞はそう言うと星穿ちを抜いて俺から数歩離れ、穏やかな表情を殺し闘志を燃やしながら振り返る。

 俺はそんな舞を見て内心ため息をつきつつも、舞からもらった片手剣を取り出してゆっくりと構えた。



「いつも通り禁じ手なしの真剣勝負よ。有効打を入れた方が勝ちで良いわね?」

「ああ。賭けはどうする?」

「短期戦だし、今晩相手の体を好きなだけ触って良い権利にしましょう」

「……………ソウルブースト」

「フレンさんは今はいないんじゃなかったのかしら?」

「これは俺のギフトの力だ」



 この前のモラクスとの戦闘でローズやフレンダさんの使う血を使った武器を生み出した時になんとなく出来そうな気はしていたのだが、ギフトの力で自分の体を吸血鬼に近い状態に持っていくことは一応出来なくは無いみたいだ。

 人間の体よりも半吸血鬼の状態の方が魔法を使いやすいし、短期決戦なら消費の激しいこのモードも使えなくはないだろう。



「それなら私も最初から本気で行くわ。……神降し!」



 星穿ちと鎧袖一触から漆黒のオーラが吹き出し、それが舞を包んだかと思ったらその中から修羅が顔を出す。

 神降しを扱いきれずに暴走したのはつい先日の話なのに、もう実用化までに持って来ていたのか。



「説明はいるかしら?」

「いいや。さっさと始めよう」

「明日香ちゃん。合図を」

「え? ………あ、うん。分かった」



 ギャラリーを連れて来た明日香が開始の合図を出す準備をしている間に舞は居合の構えを取り、俺はその舞に片手剣を向ける。


 今の舞相手には限定転移(リミテッド・テレポーテーション)の使用までを視野に入れた戦略が必要となるはずだ。

 おそらく舞は試合開始直後に一撃で俺を仕留めようと飛び込んでくる。

 だから戦闘開始と同時に舞を転移させて………………いや、それでは駄目か。


 確かに今の舞は神降しを習得する前とは比べ物にならないほどの魔力を放っているが、注目するべきは神降しによる効果ではなく、神降しを我が物とした事実だ。

 以前、舞が星穿ちの精神を蝕む呪いを抑え込む術を持っていると言っていた様に、俺の前に立つ彼女は人並み外れた頑強な精神を持っている。

 その舞が神降しを扱えずに暴走したのは、精神の頑強さが足りなかった為だと断じて良いのだろうか。


 舞の神降しはおそらく彼女のギフトだ。

 ギフトとは人の根幹を成す魂そのものであり、神降しは舞にとって最も扱いやすく彼女の生き様に即したものである。

 それにも関わらずギフトの力に耐えきれず暴走したとなると、それは舞の精神の頑強さが足りなかったのではなく、扱い方を間違っていたと考えるのが妥当であるはずだ。


 それでは舞が神降しを使いこなせるように至った変化はなんだ?

 彼女の魂に、精神にいかなる変化があったのかを導き出せなければ、俺はこの試合で敗北する。


 成長とは変化だ。

 心構えの変化でその顔つきが変わる様に、精神の変化は舞の外面にも何かしらの変化を起こしているはずだ。

 これまでは舞の動きを潰し最善手を打つ事を考えてきたが、それだけではもう今の舞には敵わない。

 舞の動きを潰すのではなく、舞の動きを組み込んだ上でシナリオを組み上げてそれ通りに事を進めろ。



「双方準備は……出来てるか。それじゃあ……始め!」



 開始の合図が出る。

 しかし、舞も俺もまだ動かない。


 試合開始と共に舞の抜き身の刀が僅かに閃いたが、あれは俺に向けられたものではない。

 彼女は転移魔法によって自分の動きを切り取られ、隙を晒す事を警戒している。

 一方の俺も転移魔法で自分の体を動かせば硬直によって取り返しのつかない隙を晒してしまう。


 一見すると双方ともに動けない状態に見えるが、それは魔法が無い世界だったらの話だ。



「ケラウノス!」



 魔法の扱いに関しては半吸血鬼と化し、元々の魔力の循環スピードが人よりも速い俺に軍牌が上がる。

 舞の鎧は魔法耐性が高くはあるが、それでも先ほど彼女の言った様にその衝撃までもを軽減できる訳ではない。



「ガハッ!」



 ソウルコネクトのステータスアップによってフレンダさんがいつもは軽減してくれるダメージがもろに体を破壊し、口の中が吐き出した血で鉄の味になる。

 ケラウノスは俺にとっても負荷が大きくHPの割合で言うと一気に俺が劣勢となったが、俺の肉体を傷つけるほどの魔法は舞にとっても十分に大ダメージとなる。



「豪鉄!」



 しかし舞は俺の攻撃を避ける事はなかった。

 いいや、正確には今の攻撃を舞は自ら受けに行った。


 舞は俺のソウルブーストの効果を正確に把握していない。

 舞には風魔法と縮地を複合させた特殊な高速移動方があるが、少しでも避ける素振りを見せればケラウノスの当たる位置に再び転移させられる可能性があった。

 転移魔法はあらゆる魔法とスキルを中断させるために舞はケラウノスのルートに自ら突っ込む事で俺の流れをずらし、そして眩い光を放つケラウノスの影に隠れる事で俺の視界から一瞬姿を消すことに成功した。



「絶地!」



 ケラウノスを正面から受けながらも素早さを増した舞の刀が居合の軌道に乗って俺に迫る。

 今から魔法のために魔力を動かすほどの暇はないし、俺には舞の一撃を受け切れるだけのスキルはない。

 ならば他に切れる手札は…



「そこまでだ」



 俺と舞の間に何者かが介入し、戦闘が中断される。

 それと同時に最後の一手を決めに行っていた俺と舞はともにその場に倒れ、それぞれの強化状態を解除した。



「フーマの最後の血液による一撃はマイの脊髄を切り裂いただろうが、同じ様にマイの一撃はフーマの首を跳ね飛ばすだけの威力を持っていた。よって……アスカ」

「あ、引き受け! ……で良いんですよね?」

「細かいところを評価するならフーマはマイの二の太刀に備えて片手剣に何らかの魔法を纏う準備を進め、マイは黒いオーラで動きを封じ二の太刀を確実なものにしようとしていたが、あのままでは双方ともに命を落としそうだったのでな。戦士の戦いに無粋だとは思うが止めさせてもらった」

「クロード先生。それより二人ともすぐに治療しないとヤバくね?」



 声の主はすぐ側に立っているはずなのに、意識が朦朧としているせいか声が遠くに聞こえる。

 舞もそんな俺と同じ状態なのか、目の前で地面に倒れながら俺の顔を見て少しだけ笑みを浮かべていた。



「少しは強くなったと思ったのに、風舞くんは相変わらずチート野郎ね」

「舞こそケラウノスを正面から受けるとか、ズルすぎるだろ」

「風舞くんみたいに計算しながら戦ってみたのだけれど、読みは私の負けだったわ。最後の血液を使った一撃は全く反応できなかったもの」

「それを言うなら、俺も舞の技の冴えには驚いたぞ。あんなの、来ると分かっていても防げる気がしない」

「ふふ。久しぶりに思いっきり戦えて最高だったわ」



 そう言いながら曇りなく笑う舞の顔を見ながら俺は気を失い、次に目を覚ましたのはそれから僅か数分後の事だった。

 どうやら勇者達の回復魔法の練習台にされた俺と舞は急速に傷を癒され、意識が落ちてから脳がスリープモードに入る前に叩き起こされたらしい。



「あ、起きた」

「こんなに暴力的な回復魔法を受けたのは初めてだ」

「治療してやったんだから文句を言うなし。それより、怪我は大丈夫なわけ?」

「体力は全回復してるのに、余計なリジェネがかかっているから少し鬱陶しい」

「ちょっと高音くん? 回復してもらっておいて、一番に言うことがそれなのかな?」

「ありがとうございます。まゆちゃん先生のお陰で助かりました」

「あ、あれ? 意外と素直?」

「俺だって日々成長していますからね。まゆちゃん先生の様に漫然と暮らしてはいないんです」

「ちょっと見直した私が馬鹿だったわ!」

「ふふ。山田先生は相変わらずね。それとクロードさん、お久しぶりです。城にいらっしゃる第1師団の団員とは貴方だったのですね」

「ああ。面白いものを見せてもらった。こいつらの良い刺激にもなっただろう」

「ちょっと! だから頭を叩かないでください!」

「高音くんに勘違いされたら困るもんね〜」

「そーいうんじゃないし!」



 明日香が第1師団最強のクロードさんに頭をポンポンされながらさっちんにからかわれている。

 ラングレシア王国最強の騎士に稽古をつけてもらえるなんて、羨ましいな。



「さてと、風舞くん。名残惜しくなる前に早く帰りましょうか」

「そうだな。それじゃあ明日香、クロードさんにあんまり迷惑かけんなよ」

「うっさい! 変な顔でこっち見んな!」

「俺、変な顔してるか?」

「風舞くんにしては珍しく慈愛に満ちた表情ではあるわね」

「ほら、あーちゃん。舞ちんと高音くん戻っちゃうから早くバイバイって言わないと」

「篠崎さん。遠距離恋愛では別れる前に印象が大事だと女王陛下も仰っていたし、僕もここは頑張った方が良いと思うよ」



 相変わらず恋バナが大好きらしい天満くんが明日香に謎のアドバイスをしている。

 どうやら天満くんはあの淫乱女王様と未だに交流があるらしい。

 よくあのヤバ神様と恋バナなんてする気になるな。



「風舞くん。少しは明日香ちゃんにも興味を持ってあげてちょうだい」

「ん? ああ、そうだな」

「ほらあーちゃん。正妻さんからも許可が出たから!」

「だぁぁぁああぁぁ、もう! ちゃんとまた帰って来てね! バイバイ!」

「お、おう。バイバイ?」

「ふふ。明日香ちゃんは可愛いわね」

「ま、舞ちんまで……ふ、風舞! いつまでも見てないで早く帰れ!」

「はいはい。それじゃあ、またな」



 そうして俺と舞は騒がしかったラングレシア王国から転移し、真っ暗な海に浮かぶ怪しい光の溢れる島へと戻って来た。



「おかえりなさいませフーマ様。調子はいかがでしたか?」

「ボチボチだ。舞は大分強くなってたぞ」

「おかえりなさいませマイ様。調整は出来ましたか?」

「ええ。風舞くんの仕上がりはなかなかのものよ」



 俺と舞は明日共に戦うであろうパートナーの仕上がりを互いに評価しながら、それぞれの従者に迎えられて船内に入る。

 舞との試合によって自分の力が増した事は実感出来たが、未だにフレンダさんと再会出来ていない事が、俺の心の中にしこりを残していた。

次回、30日予定です

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