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97話 食い逃げ吸血鬼

 


 フレンダ



 フーマに要らぬもの扱いされて数時間後、私はミッドタウンの酒場で一人酒を飲みながらフーマの愚痴をこぼしていた。



「まったく。この私がいなければ何もできない幼子の癖に、この私が弱いですって?」

「おいおい。これであの仮面の姉ちゃん10杯目だぞ」

「何か?」

「「「ヒィっ!」」」



 有象無象相手に息巻いてみたところで何の気晴らしにもならない。

 こんな時はフーマがいてくれれば気が紛れるというのに……



「はぁぁぁぁ………次を持って来なさい」

「好き勝手に飲むのは構わねぇが、金はあるんだろうな?」

「当然です。財布は確かに…」



 私はそう言いながら懐に手を伸ばし、その途中で財布はフーマに持たせていた事に気がつく。

 そうだった。

 基本的に小物はフーマに持たせていたから、今の私は一文無しだった。



「まさか金が無ぇって言うんじゃねぇだろうなぁ?」

「ツケにしておいてください。それよりおかわりを」

「おうおうおう。金が無ぇのに、飲めるとでも思ってんのか?」

「ではどうしろと?」

「金が無ぇなら話は単純だ。体で払え」

「はぁ…吸血鬼(アルカディア)の鬼牙(・ルーン)

「な、なんだ!?」



 店主を壁に貼り付けにしてみたところで、やはり何の気晴らしにもならない。

 これ以上は酒は出せないと言うし、そろそろ立ち去るとしよう。



「おい! 待て! 金を払え!」

「後で払うと言っているでしょう」

「おい! ふざけんな! おい!」



 そうして私は騒ぐ店主を他所に酒場から出て、行く当てもなくミッドタウンを彷徨い始める。



「おい! キルストの野郎が死んだらしいぞ!」

「それだけじゃねぇ。屋敷の奴らも全滅したらしい」



 フーマは私の力は要らないと言ったのだ。

 今の私には戦う理由も頭を働かせる理由も無いし、このままお姉様の元へと向かって嘗ての様に力を振るうのも良いかもしれない。



「大魔帝の右腕が昼間から食い逃げとは落ちたものだな」

「ふん。何の用ですか?」



 先ほどから私をつけていた少女に声をかけられ、内心腹を立てながらもゆっくりと振り返る。



「あの獣人は私に好きにして良いと言った。作戦だの人命だの知った事か。この島に集まる海賊やら悪魔やらを片っ端からぶっ殺すから、暇そうなお前に手伝わせてやる」

「………良いでしょう。久方ぶりに力の限りを尽くしたいと思っていたところです」



 キキョウ如きに良いようになって使われるのは癪だが、今の私にはこのぐらい自由奔放な相手の方が向いている気もする。

 それにキキョウが自分の悪心に……。

 いや、今の私は自分の好きに行動することに決めたのだから余計なことは考えないでおこう。



「それならついて来い! この私が最強だという事を証明しやる!」

「精々私の足手まといとならない様に気をつける事ですね」



 どうせフーマは見ていないのだし、私は私の思うがままに行動すれば良い。

 ふん! フーマが私の功績を泣いて讃える未来が目に見えますね!




 ◇◆◇




 舞




「これは一体何の真似かしら?」



 区長のイブラ・グロリアを連れて自警団の詰所へと戻って来た私を待っていたのは、遠征からの帰還を喜ぶ声でも、区長を捕らえた賞賛でもなく、自警団の精鋭による包囲網だった。

 てっきり彼らを縛っていたのは区長だと思っていたのだが、私の読みはかなり浅かったらしい。



「お前達はこの街に余計な波紋を起こした。これ以上我らの邪魔をすると言うのなら、拘束させてもらう」

「あら、おかしな事を言うのね。それじゃあまるで汚職まみれの区長とつるんでいた様に聞こえるわよ?」

「なるほど。お前は何も知らないのか」



 カーリー・レイはそう言うと自分の銃に一発ずつ弾を込め始める。

 これはまずいわね。

 流石にこの距離で対魔物用の弾を避けられる自信は無いわ。



「おっと。少しでもおかしな真似をすれば脳漿が吹っ飛ぶよぉ〜」



 まさかこんな展開にとは思っていなかったから、メイリーさんには普通に背中を向けちゃってたのよね。

 仕方ない。今はカーリー・レイから少しでも情報を引き出す事にしましょうか。



「とりあえずこれは渡しておくわね。イブラ・グロリアの警護をしていた悪魔の魔石よ」

「……それなりにやるとは思っていたが、まさかお前が悪魔を仕留めるとはな」

「賞賛は嬉しいのだけれど、トドメを刺したのは私じゃ無いわ」

「何?」

「黒い影の様な見た目をしていたわ。それと、かなり禍々しい気配だったわね」

「………何が目的だ?」

「私は勇者ですもの。これ以上どうしようもないと言うのなら、お世話になった人達の役に立とうと思っただけよ」

「やはり勇者の考える事など分からん」



 カーリー・レイがそう言って私に銃を向ける。

 私の横に立つシルビアちゃんは後ろからメイリーさんに銃を向けられているし、こうなったら一か八か神降しを発動させてあたり一帯を吹き飛ばす事を覚悟してでも……



「スーパー・ヘッジソンただいま戻ったであります! おや、これは一体何をして…」

「神降し!!」「アイアンウェブ!!」

「ちぃっ!!」



 カーリー・レイの放った銃弾が私の頬を擦り、詰所の屋根を吹き飛ばす。

 直前で銃身を斬り上げて弾の軌道は大幅に変えたのに、それでも傷を作られるとはやはりえげつない兵器ね。



「マイ様!」

「ええ!」

「逃がすな! 撃てっ!!」



 轟音と閃光の渦巻く詰所の窓からシルビアちゃんの作り出した脱出ルートを潜って飛び出し、そのまま気配を消しつつ街の雑踏に紛れ込む。

 これは、シルビアちゃんがいなかったら逃げるのは難しかったかもしれないわね。

 流石はディープブルーの精鋭と言ったところかしら。



「ディープブルーの皆の初動が遅れたのは糸のお陰かしら?」

「はい。敵意を向けられると同時に万が一に備えておきました」

「魔力を使わずに自在に罠を張れるだなんて、そんなのチート能力じゃない」

「カーリー・レイが引き金を引くよりも先に攻撃を仕掛けたマイ様には敵わないかと」

「ふふん! それなら私の事をお姉様と呼び敬っても…」

「マイ様。このまま海へ出てよろしいですか?」

「あぁ……うん。そうね」



 シルビアちゃんったら、この二人旅の間にすっかり逞しくなっちゃって、嬉しいような悲しい様な複雑な気持ちになしまう。

 少女3日モフられれば刮目して見よとはよく言ったものね。



「さてと、ここまで来れば十分かしらね」

「私の知覚範囲にも自警団の皆さんの気配はありませんし、おそらくは」

「それにしてもシルビアちゃんのそれ、どうやって海面に立っているのかしら?」



 私は風魔法を足の裏から噴出しながら海面をひたすらに蹴り続けているからこうして沈まずにいられるのだけれど、シルビアちゃんは一切の魔力を放出せずに海面に立っている。

 私と違って体力も魔力もそこまで消耗していないみたいなのよね。



「海中に気泡の入った網を作り出してその上に立っています」

「普通、そんな事まで出来るものなのかしら?」

「練習したら出来ました」

「そう。お姉様と呼んでも良いかしら?」

「ダメです。それより、この後はどうしましょうか?」

「むぅ……ディープブルーの潜入調査はもう出来ないし、風舞くん達と合流するのが良いと思うわ」

「それでは……」

「シルビアちゃん?」



 急にシルビアちゃんがどこか遠くの方を向いて固まってしまった。

 あっちに何か見えるのかしら?



「……何も無いわよね?」

「分かりましたフーマ様。マイ様、フーマ様の居場所が分かりました」

「え? もしかして風舞くんの匂いを掴んだのかしら?」

「いえ。直接フーマ様のお言葉が頭の中に…」

「風舞くんの声が、直接頭の中に?」

「はい。その通りです」

「愛する私ではなく、シルビアちゃんの頭の中にフーマくんの甘い声が直接?」

「甘いかは分かりませんが、フーマ様らしい威厳ある声でした」

「ふふ。ふふふふふ………良いわ。風舞くんがその気なら、私にだって考えがあるわ」

「マイ様?」

「行くわよシルビアちゃん。今すぐ風舞くんの元へ向かって、私の存在を忘れられなくなるまで脳髄に愛情を刻み込んであげるわ!!」



 シルビアちゃんが確かに頼りになる女の子だという事は認めるけれど、それでも私という彼女には一切連絡をよこさないなんて、風舞くんは一体何を考えているのかしら。

 まさかとは思うけれど、この数日の間に見知らぬ女性を助けてチヤホヤされている間に、私というパーフェクツな恋人の事を忘れた訳じゃないわよね?

 ふふふ。待っていなさい風舞くん。

 今すぐに私が迎えに行ってあげるわ!




 ◇◆◇




 風舞




「敵襲か!?」

「な、何すか元キャップ。まさか悪魔が攻めて来たんすか?」



 とてつもない殺気を感じて瞬時に戦闘態勢に移行したのだが、周囲にそれらしい気配は無いし、どうやら俺の思い過ごしらしい。

 少々気を張り詰めすぎて疲れているのかもしれない。



「いや、俺の勘違いみたいだ」

「なら良いんすけど、船にいるなら少しぐらい働いてくだせぇよ」

「トンチンカンが働けば良いだろ。ていうか、そもそもお前達だって働いて無いじゃん」

「俺たちの仕事は買い出しと夕飯の準備っすから、昼間は基本的に暇なんすよ」

「美味佳肴な料理を作るのが我らの使命」

「ビミカコーってなんだ?」

「物凄く高級な肉って意味だ」

「なるほど! ビミカコーって素晴らしいな!」

「違ぇよ。美味佳肴は豪勢で美味い料理の事だ。サメの丸焼きしか作れないお前達には一生作れない代物だな」

「そこまで言うなら元キャップが飯を作ってくだせぇよ」

「見て分かるだろ? 今の俺は忙しい」

「忙しいたって、座ってるだけじゃねぇっすか」

「そんな事ないぞ。ほら」

「うわっ!? 髪が伸びた!」

「なるほどな。髪を伸ばすのはそこまで負荷がかからないのか」



 フレンダさんに大見得を切り、ボタンさんにアン達の救出を任せてしまった俺ではあるが、船にこもっている間にただ昼寝をして過ごすほど愚かではない。

 今もフレンダさんが考案してくれたギフトを使いこなすための訓練の最中なのだ。



「髪なんか伸ばして、いよいよ本物の女になるつもりっすか?」

「んな訳ねぇだろ。自分の力に出来ることを把握するため実験だ」

「それじゃあ髪を伸ばす力が必要になる時が来るんすか?」

「さぁな。ギフトを使うのは……ペッ……こっちの訓練でもあるからな」

「元キャップ、風邪でも引いてるんすか?」

「風邪じゃ血は吐かねぇだろ」



 これがギフトの訓練をするにあたってフレンダさんが俺に与えた課題の中で最も難易度の高い課題だ。

 俺のギフトは俺の望む現象を思いのままに引き起こすチート能力だが、その現象の難易度が高ければ高いほど俺の体にかかる負荷は大きく、習得していない魔法を使えばどこかしらの内臓が深く損傷する。

 そのギフトを今よりも使いこなすためには、自分のギフトの中でも比較的に反動の小さくなる行動を知り、反動を出来るだけ小さくする訓練を積む必要があるのだが、俺はその中でも後者の訓練を重点的に行っていた。



「俺が強い時間はかなり短いから、それを少しでも伸ばさないとなんだよ」

「どういう事っすか?」

「電池切れはこりごりって話だ。それより、お前達の考える最強はなんだ?」

「いきなりなんすか」

「参考程度にな。馬鹿と天才は紙一重って言うだろ? 良いから適当に答えろ」

「最強とは疾風怒濤の事だ」

「シップードトーってどういう意味だ?」

「物凄く強いという意味だ」

「なるほど! シップードトーって強いな!」

「お前達に聞いた俺がアホだった」



 もう少しまともな意見を期待していたのだが、トンチンカンには難しすぎる問題であったらしい。

 やれやれ、なんとなく人の意見を取り入れたい気分だったのに、そう思い通りにはいかないか。



「最強とは、いかなる相手を前にしても決して破れる事のない方を指すと思います!」

「ビクトリアさんは結界に閉じ込められても元気ですね」

「ふふ。住めば都という言葉もありますからね」



 結局ビクトリアさんはフレンダさんによって結界に閉じ込められたまま、今に至るまで一度も外に出ていない。

 こうして結界越しに会話は出来るため意思疎通は可能なのだが、彼女は俺の質問にはマトモに答えようとはしないために、ただの無駄話相手と化していた。



「それで、誰を前にしても決して破れないってのは、防御力の話ですか?」

「私の様な女の話を聞いてくださるのですか?」

「結界の中も暇でしょうからね。何か悪い事を考えないぐらいにはガス抜きに付き合ってあげますよ」

「それではフーマさんに飽きられない様に真面目な話をするとしましょう。私の考える最強は貴方です。貴方こそが最強であり、数多の敵を打ち滅ぼす存在なのです」

「褒めたって、俺はそこから出してあげられませんよ?」

「分かってますよ。ただ、そんな最強のフーマさんに忠告するとすれば、自ら背負った重荷に潰されない様にしてください」

「俺は人助けが趣味なんです。人の楽しみを奪おうとしないでください」

「その遊びは身を滅ぼしますよ?」

「大事なのは身体じゃなくて精神なんでしょう? そんなに俺のことが心配なら、昨晩何をしていたのか教えてくれませんか?」

「と、殿方にはとてもお話出来る事ではありません」

「「「エッチだ……」」」

「ふん!!」

「がひっ!」「ぶぼっ!」「ぐげっ!」



 アホな事を抜かしたトンチンカンを蹴り飛ばしつつ、邪魔者のいなくなった甲板で声を潜めてビクトリアさんを睨みつける。



「あんたの目的が何かは知らないが、俺の知り合いに手を出すならお前を潰す」

「そう睨まずとも、どうせ私はここから出れないわ。それよりも、船に乗っているのなら少しでも情報収集をした方が良いのではなくって?」

「あの人達は長くキルストに苦しめられてきた。その過去を俺に掘り起こせと?」

「正義感溢れる坊やには難しかったかしら? フレンとかいう女に嫌いな物を全て食べてもらっていたら大人にはなれないわよ」

「ちっ。分かった」

「ふふ。随分と素直なのね」

「お前の言うことには一理あるし、俺はまだビクトリアさんを悪人とは決めつけていない」

「あら、結界が無ければ抱きしめてあげたいセリフね」

「お前みたいな年増に抱きしめられても嬉しくないわい!」



 そうして何となく身内の半数近くから袋叩きになりそうなセリフを吐いた俺は船内に入り、ビクトリアさんの言う通りにキルストに虐げられてきた女性達にこの島についての話を聞きに行く。

 ボブやウェイブさんに海賊都市ミッドタウンについての説明は受けてはいるが、この島に住んでいた彼女たちからはまた違った角度からの情報を得られるはずだ。



「アンとシルビアにメッセージは送ったし、訓練もやって、情報収集までしてる。それなのにこの焦燥感。あぁ……フレンさんに落ち着けって叱られたい」



 そんな情けないセリフを無意識に吐いてしまうぐらいには、俺は追い詰められてしまっているらしい。

 今回はボタンさんの指示で散り散りになっての作戦であるために、全員揃わねば敵の正体も見えて来ない事など分かっているのだが、それでもこのもどかしさはどうにかならないものだろうか。



「悪魔の祝福をばら撒いている奴がいて、そいつらは丸薬に込められた呪術で人々を操って強制的に従魔契約を結び、力を吸い取るのが黒幕の目的……な気がする。しかし、それならレイザードは何をしたかった? ベルベットは? 分からん。ちっとも分からん」



 俺は海賊達の中でも悪魔の祝福に関わっているやつらを全てふん縛ってその影をうろつく悪魔を捕まえるのと、この島へとやって来ているアン達と合流するためにここにいる。

 アンの救出はおそらくボタンさんがどうにかしてくれるために、俺は海賊達をいかに効率良く始末するかを考えれば良い筈なのだが、何となく俺の見えているそれは大きな盤面のごく僅かな一端でしか無い様な気がしてしまうのだ。



「はぁ。早く舞や皆に会いたい」



 結局考えたところで何も思い浮かばなかった俺は、いろんな意味を含むそんなセリフを吐きつつ、パブロ少年がせっせと働く船長室のドアを開けるのであった。

次回、24日予定です

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