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93話 スタイル

 


 舞



 あまりこういった事を言うと脳筋だと風舞くんには言われるかもしれないが、私は戦闘中に理論立てて戦う事はほとんどない。

 これまでの戦闘は経験と直感でどうにか乗り越えて来れたし、私自身それが一番自分に合った方法だとも思っている。


 とはいえ、それでは敵わない敵がいる事を私は知ってしまった。

 これまで通り魂に火を灯し、恐怖を押さえつけて己を一振りの刀と化す様に戦っているだけでは、ベルベットの様な絶対的な強者には敵わない。

 感情とは外的要因によって起こる精神的な作用であるために、より敏感なセンサーを手に入れるには恐怖を含めあらゆる感情を押さえつけている訳にもいかないのだ。


 だから私は新たな戦い方を身に付けることにした。

 力と激情により恐怖を押さえつけ魂を燃やすだけでは不足するのなら、自分の心の在り方を客観的に捉えて無駄にしている力の全てを引き出す。

 きっとそれが神降しを使うのに必要なスタイルなのだろう。


 そしてその戦い方で私を超える力を持ち、常に私の先を行く存在がいつも私の隣にはいた。


 彼はいつも冷静だった。

 自分の力が相手に劣ることを理解しているから持てる全てを使い、足りない分を別のところから強引に持って来て、明らかに格上の存在を倒し続ける。

 自分の力を相手に届くまで高めるのではなく、自分の力を相手に有効な力に変換して一撃必殺の刃を作り出す。


 そんな事を平然とやってのける彼はいつも自分の全てを出し切るからボロボロで、それでいて私では到底成し得ない様な功績を無数に残していく。

 近頃は流石にベースとなる部分が不足しすぎて感情を燃やす私に似たスタイルに集中しているみたいだけれど、あくまでも彼の本質は分析と己の全てを使った戦闘能力の昇華にあるのだと私は思う。



「ふふ。また頼んだら手合わせをしてもらえるかしら」

「マイ様?」

「ごめんなさい。なんでもないわ」

「そうですか?」



 少し自分の考えに没頭し過ぎたのかもしれない。

 まずは目の前の些事をさっさと片付けるとしよう。



「……であるからして、マイム君とシルビア君には先日の暴動事件に関する嫌疑がかかっている。何か申し開きはあるかね?」

「私は常に自分の信条に従って生きてきました。これ以上語るべき言葉は持ち合わせていません」

「それでは事件への関与を認めると?」



 ハルガ自治区が区長イブラ・グロリアが醜悪な笑みを浮かべながら私の顔を覗き込む。

 前の世界でも何度か見たことがあるのだけれど、どうして無駄に権力を蓄えた小悪党は小太りな上に似た様な笑い方をするのかしら。



「それよりも先に、一つグロリア区長にお聞きしたい事があるのですがよろしいですか?」

「私に? 良いだろう。何でも聞くと良い」

「それでは遠慮なく。この私との会談に単身で赴くに余裕綽々なのは良いけれど、護衛が悪魔というのはどういうつもりなのかしら?」

「な、何をっ!?」

「私が勇者と知っておきながら悪魔を護衛にするとは良い度胸ねと言ったのよ三下」



 被っていたウィッグを脱ぎ捨てて革張りのソファーから立ち上がり、区長に向けて刀を向ける。

 ここまで散々彼の下世話な話に付き合ってあげたのだし、そろそろ好きにさせてもらっても良いわよね。



「おい! この私にこんな事をしてタダで済むと思っているのか!」

「確かにやり方としては乱暴だとは思うけれど、私は風舞くんほど人間が出来ていないのよ。お姫様からストップがかからない以上貴方を潰しても彼女がしっかりとアフターケアをしてくれるでしょうし、安心してその席から降りてちょうだい」

「くっ。この政治も知らぬ小娘が!」

「利権を売り捌いて小金を稼ぐ事は政治とは言わないわ」

「知った様な口をきくな! おいお前たち! これはどう見ても反逆罪だ! この女を拘束しろ!」

「はいはーい」

「ちっ。クソが」



 メイリーさんとカーリー・レイが揃って私に向けて銃口を向ける。

 分かってはいた事だが彼女達が私に手を貸す理由などありはしないだろうし、こうなってしまうのも当然かもしれない。

 お役所仕事は大変そうね。



「マイ様。こちらはお任せください」

「ええ。任せたわよ」

「この逆賊め! ディープブルー最強の私達二人を一人で相手にしようと言うのか!」

「メイリー。あまり調子に乗るな」

「えぇ〜。だって、こんなに強そうな子と戦える事なんてそうそう……って、うわおっ!?」

「容赦なしか…」



 メイリーさんとカーリー・レイが話している間にシルビアちゃんがその首を鋼糸で跳ね飛ばそうとし、それをギリギリで躱した二人に片手剣で追撃を仕掛ける。

 ディープブルーの二人は今のところ様子見として本気を出すつもりは無いみたいだし、あっちはシルビアちゃんに任せておけば大丈夫そうね。



「ちっ、この役立たずどもが!」

「はいはい。ほら、貴方には聞きたいことがあるから移動するわよ。それとも、そろそろ自慢の切り札を喚び出すのかしら?」

「くそっ! こうなったら止むを得ん! 来い! レライエ!!」

「お呼びでございますか主様」

「侵入者を拘束しろ!」

「ふむ。レライエとは、確か矢傷を悪化させる狩人の悪魔だったかしら。とはいえ私の世界の伝承の通りの悪魔がこの世界に存在するはずがないし、近似した力を使えるというぐらいでしょうね」

「これは恐れ入りました。確かに私はレライエの名を冠するのみの悪魔でございます。しかし、力に関しては貴方様の知るそれを上回る事が可能かと」

「おい! いつまで無駄話をしているつもりだ! 契約を忘れたのか!」

「貴方には後でゆっくり話を聞いてあげるから黙っていてちょうだい」



 私はそう言いながら区長の鳩尾に拳を入れて気絶させ、レライエと名乗る長身の男性の悪魔に刀を向ける。



「さて、区長と契約するほどの悪魔だもの、周回遅れの私が巻き返せるぐらいの情報は持っているのよね?」

「さて、どうでしょうか」

「そう言うと思ったわ」



 悪魔を相手に問答などするだけ無駄だし、集中を深くするためにも余計な会話で思考を乱す訳にはいかない。

 あくまで冷静に、そしてスマートに戦わないと。



「土御門舞。推して参るわ」




 ◇◆◇




 風舞




「ん? 今のなんですか?」

「何がですか?」

「いや。なんか遠くの方で空気が響いたみたいな感じがしたんですけど…」

「気のせいではありませんか? それよりも、そろそろ着港するのですから声を変えなさい」

「はぁ………分かりましたよ」



 なんとなく遠くの方で凄まじい力が一瞬だけ響いた様な気がしたのだが、フレンダさんやボタンさんにそれに気づいた様子はないし、俺の勘違いなのかもしれない。

 それよりも今は目の前のこの島か。



「なんとなくスラムに似てますね」

「治安維持の行き届いていない地域などどこも似た様なものです。それよりも船長、件の催し物とはどのぐらいの期間開かれるのですか?」

「お、おう。三日後から一週間後までの五日間だ」

「フレンさんが殴り飛ばしたから船長が怯えているじゃないですか」

「いや、俺はあんたが一番怖ぇよ」

「……。何か言いましたか、船長?」

「いや。なんでもない」



 ボブがそう言って俺からサッと目を逸らす。

 これはあれか?

 俺が美しすぎるあまりに照れているのか?

 フレンダさんよりも怖い奴扱いされるのは気にくわないが、男に好かれるというのもそれもそれで嫌だな。



「そしたらフーマはん。うちとキキョウはしばらくの間好きにさせてもらうんよ」

「あれ? 一緒に行動しないんですか?」

「うちはそれでもかまへんけど、それなりに有名なうちらがいたら船長さんの立場が悪うなるやろ? 一応これは潜入調査なんやし、その時までは大人しくしておいた方が良いと思うてなぁ」

「なるほど、それもそうですね。それじゃあ、また」

「あぁ、そうそう。キキョウが調べたアンはん達の動向についてはフレンはんに話しておいたんよ。一部うち達の推測もある不鮮明な情報やけど、それなりに信憑性は高いやろうから役立てておいて貰えると嬉しいわぁ」

「分かりました。色々とありがとうございます」

「気にしいひんでええんよ。うちとフーマはんの仲なんやし、それにうちのためでもあるからなぁ…」

「ボタンさん?」

「なんでもあらへん。そしたら、またなぁ」



 ボタンさんはそう言うと甲板からカランと飛び降り、下駄を鳴らしながらキキョウと共に島の奥へと去って行く。

 女性が意味深な発言をしたら誰かに助けてもらいたいという合図だと俺に教えたのは他ならぬボタンさんなのに、あのセリフはどういう意味だったのだろうか。



「おいフーマ。今は余計な事に頭を回している場合ではないでしょう? 私達も早速アンやトウカの捜索に向かいますよ」

「そうですね。船長、道案内を出来る人を貸してください」

「キャップが船長に戻っても、元キャップの方が偉そうだよな」

「功成名遂と言うし、黒の会を潰した元キャップには敵わないんだろ」

「コーセーメースイってどういう意味だ?」

「キャップには何の手柄も無いって意味だ」

「なるほど。コーセーメースイって悲しいなぁ」

「言われてますよ?」

「もう放っておいてくれ。ウェイブ。二人を案内してやれ」

「うっす」



 どうやら俺とフレンダさんの案内はベテラン操舵手のウェイブさんがやってくれるらしい。

 彼は海賊としてはともかく船乗りとしては優秀みたいだし、碌でもない扱いを受ける事は無いだろう。



「それでは案内は任せましたよ」

「よろしくお願いします」

「ああ。任せておけ」



 かくして、俺とフレンダさんはウェイブさんと共に海賊都市ミッドタウンに上陸するのであった。




 ◇◆◇




 舞




 これは私の知る世界のレライエの話なのだが、レライエは矢を媒介に傷を治癒したり逆に傷を悪化させたりする能力を持っている。

 媒介する物が必要な相手にはそれを使わせずに完封するのが最も楽な戦い方なのだが、未だ私は刀を構えたままその場から一歩たりとも動いていない。



「見た目に反して随分と大人しい戦い方をするのですね」

「失礼ね。大和撫子とは得てして奥ゆかしいものなのよ」

「ほう……それではこちらから仕掛けさせていただきましょう」



 マントにタキシードといういかにも紳士らしい格好をした男性の悪魔が私に向かってボウガンを向け、風魔法の矢を次々に飛ばしてくる。

 見たところあのボウガンそのものは魔道具では無いみたいだが、杖やロッドの様に魔法の扱いを補助するための道具なのかもしれない。



「連射性能はそこそこ。威力は高め。切り落とす事も出来そうだけれど、感知に引っかからないと一撃で腕を飛ばされそうね」



 相手の策を踏み潰す様に戦うのではなく、万が一から億が一の可能性にまで視野を広げ、あらゆるパターンに備え戦闘の筋道を立てて行く。

 一つのルートから樹形にパターンを広げていくと幹を崩された時点で足が止まってしまうが、幹を何本も生やして並行してプランを進めておけば最悪の場合は避ける事が出来る筈だ。


 …………フーマくんはこんな事を毎回やっているのかしら。

 これだからチート野郎と呼びたくなるのよね。



「大見得を切った割には防戦一方ですね」

「戦神とは言えども、荒神が如く無闇に力を振るうわけが無いでしょう?」

「世迷言を」



 レライエの攻撃の密度が増し、次々に壁や柱を砕き屋敷を倒壊させる。

 このままでは無関係の一般人まで巻き込みそうだし、そろそろ星穿ちぐらいはまともに使った方が良いかしらね。



「修羅の型 起動」

「これは!」



 妖刀星穿ちに魔力を叩き込み黒いオーラを纏わせながら風の矢を叩き落とす。

 今の私では理性で戦うスタイルと感情を燃やすスタイルを上手に両立させられないために妖刀星穿ちの精神侵食をモロに食らってしまうが、私の精神が呑まれる前に相手を倒せば良いだけの話だ。



「さて、そろそろ行かせてもらうわ」



 ここまでの数秒でレライエの攻撃が基本的にボウガンから放たれる事は分かり切っているし、とりあえずボウガンを破壊する事に集中する。



「甘いですよ!」



 レライエは私が接近するや否や風の矢の連射速度を上げたが、速度を上げる分威力が落ちた矢など全て斬りふせるに容易い。

 そしてボウガンでの攻撃に限界があると見てとった悪魔が次に動く手となると……



「ここです!!」



 死角からの不可視の矢が首筋に迫る気配を察知する。

 風魔法をメインに使う相手だからこそ魔力を使わない不可視の攻撃を切り札にしているとは思っていたが、タイミングも角度も私の想像を超える事はなかった。

 さて、想定していた通り縮地に風魔法を合わせて避けるとしましょうか。



「絶地」

「消えっ!?」

「多少視線を固定したぐらいで私の知覚範囲が狭まる訳が無いでしょう? 顔に考えが出過ぎなのよ」

「なっ!? いつの間に!」



 レライエは背後からの私の声を聞いて慌てて振り返ろうとするが、体勢を立て直すのを待つほど私は甘くはない。



「土御門舞流剣術奥義 壱の型 燦き!」

「ガァッ!!」



 派手に飛んで行った割には命を刈り取った手応えがない。

 どうやら私に斬られるのと同時に後方に飛んだらしい。



「ふぅ。もう少しだけ大人しくしていてちょうだいね」



 私はそんな事を呟きながら星穿ちを鞘に納め、あばら家と化した区長の屋敷から外に出る。

 あら? いつの間にか屋敷の前の広場に人混みが出来ているわね。



「どりゃぁぁぁ!!」

「ちっ、ちょこまかと」



 あっちはシルビアちゃんが上手く受け持っているみたいだし、メイリーさんとカーリー・レイが茶番に付き合ってくれている内に私はレライエをどうにかしないとよね。



「くっ。この私がこの様な……」

「貴方、本来はその姿じゃ無いのでしょう? ボウガンの扱いに比べて足元が疎かすぎるわ。大方ケンタウロスの様な人馬が本来の姿だと思うのだけれど、どうかしら」

「小娘ごときが…」

「ほら、場所を変えるわよ」

「あまりこの手は使いたくはありませんでしたが仕方ありません。貴女の様な異分子をこの場で、この場…………で?」



 今の今まで私の目の前にいたレライエの首が何の前触れも無く落ちる。

 てっきりグロテスクな変身の一環なのかと思ったのだが、そのまま魔石を残して黒い霧となって消滅してしまった。



「神降し!!」



 一体誰がどうやってレライエを殺したのか分からない以上、その凶刃が私に向く可能性が無いとは決して言えない。


 備えろ。

 備えろ備えろ備えろ備えろ。


 レライエの首が滑り落ちたという事はその攻撃は鮮やかな斬撃であるはずだ。

 魔力の気配が一切しなかった事を考慮するに、その攻撃は遠隔からの魔法によるものではない。

 一瞬で殺されたレライエすらも死因が分からない様子でだったし、その攻撃は普通では思いも寄らぬ位置からのものなのだろう。


 研ぎ澄ませろ。

 あらゆる音を聞き、あらゆる匂いを捉え、視野を広げ、空気の流れを読む。


 過程はどうあれレライエの首が落ちた事は物理的現象なのだし、その結果に至るまでの前兆は必ずあるはずだ。



「そこっ!!」



 背後に感じた違和感を感じとり最適な行動を瞬時に判断して、妖刀星穿ちを敵の攻撃に噛み合わせる。

 神降しによって反射速度を上げておかなければ私もレライエと同じ様に首を転がしていたかもしれない。

 そう思わせられるほどに受け止めた攻撃は重く、そして鋭かった。



「……………」

「……はぁっ。はぁはぁ……はぁ………ふぅ」



 正体不明の攻撃を仕掛けて来た相手の気配が遠ざかった事を感じとった私は神降しを解除し、呑まれかけていた精神を落ち着けて妖刀星穿ちを鞘に戻す。

 振り返りざまに一瞬だけ見えた斬撃は私の星穿ちが放つ黒いオーラによく似た漆黒の刃であったが、その密度も重さも私のそれとは桁違いのものだった。



「あんなのがいるだなんて、聞いて無いわよ」



 頭を酷使し過ぎたためか目眩がする私はそう言いながらズキズキと痛む頭を押さえつつシルビアちゃんの元へ向かう。

 非常に不本意な結果ではあったが、レライエという区長と契約していた悪魔は討伐出来たのだし、後は一般市民を相手に適当なスピーチでもして、メイリーさんやカーリー・レイが武器を納められる様な落とし所を作れば一先ずは私の仕事にも区切りがつくはずだ。



「それにしても、悪者をこらしめて悪魔をやっつけても黒幕の尻尾も掴めないだなんて、なんだか上手い様に手の平の上で踊らされている気がして嫌になるわ。あぁ……早く風舞くんと合流して癒してもらいたい」



 私はそんな事を言いながら垂れる鼻血を拭いつつ、ここ数日の間に仕入れたハルガの法律をネタに原稿草案を組み立てるのであった。

次回、16日予定です

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[気になる点] …舞さんの知識の源泉も、もしかして厨二…ゲフンゲフンッ! そ、そんなことありませんよね? 一般教養ですよね?
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