92話 不穏な招待
風舞
「本当に付いて来て良かったのか? 数日分の生活費ぐらいは出してやっても良かったんだぞ?」
「どうせ行く当てもありませんし、フーマさん達に何かあったらその後が困りますから」
パブロ少年がそう言いながら船の行く先に目を向ける。
ボタンさんのところでアンやトウカさん達の行く先を知った俺達は再び黒髭海賊団の船に乗り込み、海賊都市ミッドタウンへと向かっていた。
海賊都市ミッドタウンは複数の海賊やら悪党やらによって作られた人工の島であるらしく、数年に一度この海域の海賊達で集まっていくつかの催し物が開かれるらしい。
催し物とは言っても自警団の警備情報の共有やら美味しい商売に関する情報交換がメインではあるらしいが、一般的な市場には出回らない物が数多く取引されるとボブが言っていた。
「しかし、これから行くところは悪い大人達を練り固めた様な連中が互いに落とし合う様なこの世の終着点だぞ?」
「おいフーマ。あまり子供を怖がらせるものではありませんよ。幼いとはいえ、男には引けない場面がある事ぐらい分かっているでしょう?」
「それはそうですけど……」
パブロ少年が俺達に付いて来たのは、おそらくビクトリアさんが今回の船旅に同行する為だ。
一体この二人の間にどの様なやり取りがあったのかは見当もつかないが、パブロ少年はビクトリアさんの身をかなり案じているらしい。
「それよりも気にするべきはエルミラの方です」
「それって、エルミラさんの家族を殺したのが海賊かもしれないって話ですか?」
「そこまではわかりませんが、ミッドタウンが彼女にとって深い意味を持つ場所である事に変わりは無いでしょう」
「後はビクトリアさんに任せるしかないですかね」
エルミラさんはキキョウの口からミッドタウンという名を聞いてからふさぎ込んでしまい、現在は船長室でビクトリアさんととも休んでいる。
家族を目の敵で殺されたというエルミラさんは初めて会った時から世界に絶望した様な暗い目をしていたが、俺達がミッドタウンに向かうと知ってからはその目の奥に昏い炎を灯している様に感じられた。
フレンダさんの言うように、いくらかは気にしておいた方が良いかもしれない。
「しかしあの女は何者なのでしょうね。ボタンはビクトリアについて何か言っていませんでしたか?」
「特に何も言ってないですね。というより、まだ記憶を読めていないみたいです」
「ビクトリアの戦闘能力は皆無だと言うのに、おかしな話ですね」
「ビクトリアさんは人の考えを表情とか指先の些細な動きととかから読み取っているみたいですし、ボタンさんの悪だくみする顔を見て警戒しているんじゃないですか?」
「確かに日頃からボタンは悪そうな顔をしていますものね。警戒されて当然です」
「あらあら。フレンはんはうちの事をそう思ってはったん? 共に死線をくぐった仲だというのに、酷いわぁ」
「ボブとの話はもう済んだのですか?」
「ああ。それなら……」
「キャップ。妖狐と知り合いだなんて聞いてねぇですよ」
船室でボタンさんと大人のお話をしてきたボブが心なしかゲッソリしている気がする。
海賊にまでその悪名が広まってるとは、ボタンさんは流石だな。
相変わらずの女狐っぷりである。
「あらあらあら。うちとフーマはんは知り合いだなんて他人行儀な仲やあらへんよ?」
「キャップ……」
「おい。なんでそこで可哀そうな者を見る様な目をするんだよ」
「相手はこの海で生きていくなら生半可な気持ちで手を出してはならないと言われている妖狐ですぜ? キャップの様な坊ちゃんが相手を出来る存在じゃねぇんですよ」
「やはり悪名高いではないですか。名は体を表すとはまさしくこの事ですね」
「フレンさんがそれを言いますか」
「あまり首を突っ込みたくなくて聞いていなかったんすけど、そっちの仮面のエルフも実はタダものではないんですかい?」
「フレンはんはうちの親友の妹はんで、フーマはんの相棒やよ」
「それなら妖狐ほどではないんですね。安心しやした」
「おいフーマ。フーマに威厳が無いせいで私まで甘く見られるのは癪なのですが」
「そんな事俺に言わないでくださいよ」
「人間は強さのわりにかなり弱く見えるから仕方ないだろ。実際私よりも弱いし」
「ボタンさん。あいつ、俺のこと弱そうって言いましたよ。年長者は見習えって叱ってやってください」
「あらあらあら。うちは子供の喧嘩に口を出す様な野暮な真似はせんよ? それに、キキョウはフーマはんよりも一桁多く生きてるしなぁ」
「このガキが100年以上生きてる……。キャップの知り合いの女はゲテモノしかいな…ガフッ!?」
うっかりと口を滑らせたボブがフレンダさんとボタンさんとキキョウに吹っ飛ばされて海面と水平に飛んでいく。
まったく。ボブを回収しに行くのはどうせ俺の役目なんですから勘弁してくださいよ。
「この匂い。そろそろ目的地みたいやね」
「はぁ………。本当に浮いた島なんだな」
ボブが吹っ飛ばされたという残念な出来事から気持ちを切り替えて顔をあげると、途轍もなく巨大な浮島が波で上下しているのが見て取れた。
実際にこうして海賊都市ミッドタウンを見るまでは、海賊達が集まる時にだけ使われている小さな島かと思っていたのだが、流石にあの規模の島を年単位で放置しているという事は無いだろうし、現地住民の様に長期間あの島に滞在している人もいるのかもしれない。
というよりあの島が人工的に作られたとか、ちっとも信じられないんですけど。
東京ドーム20杯分ぐらいあるんじゃないのか?
「ボタンさん。俺はミッドタウンについてよく知らないんだけど、何か気をつけておいた方が良い事とかあるのか?」
「そうやねぇ。とりあえずあらゆる犯罪に気をつけのは当然として、悪党に目立つ様な事は避けるべきやろうなぁ」
「具体的には?」
「どこぞの海賊船を乗っ取って船長をやってはるのは問題やろうなぁ。この手の悪党は仲間意識とは言わずとも新参者に厳しいのが普通やし、ミッドタウンに滞在する間は下っ端として行動した方が良いと思うんよ」
「それじゃあボブを回収して来ないとか」
「それと、フーマも変装した方が良いのではありませんか?」
「……またですか」
「その黒髪は悪党にとっては天敵の象徴やからなぁ。船長はんを拾って来たらウチが腕によりをかけて最高の女にしてあげるんよ」
「別に女装じゃ無くても良くないか?」
普通に金髪にして目の色を変えるとかで良いじゃん。
なにかと理由をつけて女装させられる俺の身にもなって欲しい。
男子高校生のハートはガラスの様に脆いんですよ?
「美人であればあるほど声をかけられるから情報を仕入れ易いやろうし、やり返したとしても海賊にもプライドがあるから大事にはならへんやろ? 使える手を使わへん手はないんよ」
「諜報員に女性が多いのはそういう理由ですね。男の方が女よりも強いなどという考えは排斥されて然るべきですが、悪党ほどプライドは高いものですからフーマがひ弱に見えれば見えるほど強引な手段を使いやすくなるでしょう」
「それじゃあフレンさんもミッドタウンでは仮面を外したらどうですか?」
フレンダさんだってかなりの美人なんだし、使える手を使わない手がないなら、それこそ男を釣る役割をやってもらいたいものである。
あれだけ大きい島なら中には貧乳好きも一定数いると思いますよ?
「私はスーツに着替えてフーマの護衛をやります」
「普通逆じゃないですか?」
「私が仮面を外せない事ぐらい分かっているでしょう? あの島に魔族と裏取引をしている者がいないとは言えないのですから、つべこべ言わずに着替えなさい。そこまで女装が嫌と言うのなら、フーマの体を作り変えて差し上げましょうか?」
「ボブを拾って来まーす。ボタンさん、メイクの準備よろしく。それとそのヤバそうな薬は要らないからしまっておいてくれ」
「あらあらあら。こんな事もあろうかと持って来ておいたのに、機会が無さそうで残念やわぁ」
「フーマさんも、大変そうですね…」
年上の女性にいじめられていたらボブに引き続きパブロ少年にまで哀れな者を見る目を向けられてしまった。
パブロ少年、俺みたいな青年にはならない様に気をつけるんだぞ。
俺はそんな事を考えながらこの後の展開にウンザリしつつ、怖いお姉さん達に吹っ飛ばされた哀れなボブの救出に向かうのであった。
◇◆◇
舞
海賊達の始末を終えて数日ぶりにハルガに戻って来た私達を待っていたのは、暖かい歓迎でも素晴らしい働きっぷりへの賞賛でもなく、ハルガの自治区長からの呼び出しだった。
どうしてハルガの区長が接点のない私達を呼び出すのかは分からないが、それほどの大物からの呼び出しとなると自警団に所属している私達は招待を断る事も出来ず、直属の上司であるメイリーさんと自警団長のカーリー・レイと共に区長の屋敷へと直行する事となった。
「マイムちゃん。もしかして何か悪い事をしたのぉ?」
「私がこれまで真面目に職務を全うしていた事はご存知でしょう? 顔すらも知らない区長に呼び出される理由など、心当たりがありません」
「区長は先日の港での暴動についてお前達に聞きたい事があるそうだ。獣人とエルフと銀髪の女の3人組に心当たりはないか?」
「ありませんね。そもそも、そういった調査は自警団の仕事では?」
「なんでもその3人組が区長の屋敷から機密書類を盗み出したらしいが、そんなものは建前だろうな」
「カーちゃんは本当に区長さんが嫌いだよねぇ」
「まさか。我々の生活があるのは区長様のお陰だ」
カーリー・レイが苦虫を噛み潰した様な顔をしながらそんな事を口にする。
私達が海に出ている間にアンちゃん達とこの街の区長との間にどの様な一悶着があったのかは不明だが、区長の方から呼び出してくれると言うのなら今後の動き方の指標となる情報が手に入る可能性は大いにある。
ここは招待を無視するのではなく、あえて誘いに乗った方が賢明だろう。
「とにかく、区長の言うことには逆らうな。基本的には分かりませんと答えろ」
「分かりました。他に何か気をつけるべき事は?」
「区長の部屋では何があっても攻撃だけはするな。お前達が妖狐と共に何をしようとしているのかは知らないが、それだけは守れば大事にはならない」
「……気がついていたのね」
「あんまり私達を舐めちゃあダメだよぉ。変装するなら顔の骨格ぐらいは変えないと。ねぇ、ツチミカドマイちゃん?」
「マイ様……」
「彼女達にその気はないみたいだし、ここでやりあう必要はないわ。それよりも今は目の前の問題を片付けましょう。正体がバレた以上、上から待ったがかかる前に片付ける必要があるし、ここからは効率重視で行くわよ」
「かしこまりました」
「ヒュー。流石は新進気鋭の勇者様は違うねぇ。カーちゃんでもタイマンだと勝てないんじゃない?」
「ふん。どうだかな」
私達の正体がバレていた事には少し驚いたが、ここは自治区と言えどもラングレシア王国の領内である事に変わりはないし、私やシルビアちゃんの人相書きが出回っていたとしても何ら不思議ではない。
しかしディープブルーの彼女達に私の正体がバレていたとなると、区長も私が勇者である事を分かって呼び出したと考えた方が良さそうね。
「さて、ここが区長の屋敷だ。くれぐれも問題は起こさないでくれよ」
「相手の出方次第よ」
「ちっ、じゃじゃ馬娘が」
「シルビアちゃん。念のため暗器の準備をお願い。この屋敷、少し臭うわ」
「承知しました。メイリー様。こちらをどうぞ」
「私にくれるの? これは、煙玉かな?」
「魔力を込めて地面に叩きつければ、一時的に気配を散らす事が可能です。万が一の場合にはお使いください」
「わお。カーちゃん。この娘達、ドンパチする気満々だよ?」
「………もう知らん」
カーリー・レイはそう言いながらため息をついているが、屋敷の中に人ならざる気配がある事に気がついているからか、腰に下げた銃に手をかけながら気配を研ぎ澄ましている。
どうやらお相手は自分が区長であるために刃向かう者はいないとでも思っているみたいだけれど、悪魔と手を組んでおいて無事で済むと思っているのかしら。
権利と政治だなんてものは勝者のみに許されたお遊戯に過ぎないのに、随分と甘い考えでいるみたいね。
「さてと、準備は良いかしら?」
「はい。いつでも行けます」
「カーちゃん、カーちゃん。なんだか面白くなってきたね!」
「お前まで興奮してどうする。私の敵になる様ならその頭をぶち抜くからな」
今日までの遠征でこの街の本部にいたカーリー・レイはともかく、メイリーさんには私達の実力は十二分に把握させたし、土壇場になって裏切られても大丈夫な様にそれなりに準備はしてきた。
ボタンさんがあえて仕事の少ないところに私を送り込んだのは分かっていたし、自らの訓練にも一切手は抜いていない。
神降しというこれまでの私には無かった力の扱い方もなんとなく分かってきたし、フーマくんのいないこの状況でも悪夢相手に遅れをとる事は無いだろう。
「さぁ、ショータイムの始まりよ!」
さて、この私がただ無闇にこの数日を過ごしていた訳ではないという事を証明して見せるわ!!
次回、14日予定です。




