91話 母親と調査結果
風舞
ビクトリアさんとパブロ少年、それにエルミラさんを連れて数日ぶりにハルガ港まで戻って来た俺達は、街の散策を切りの良いところで切り上げて、ボタンさんの隠れ家へとやって来ていた。
久しぶりのハルガはどこか物々しく街行く人の警戒度が以前よりも高かった気がしたのだが、それついてボタンさんが説明してくれるらしい。
「早速だが、この街で何があったのか話を聞かせてもらっても良いか?」
「それは構へんけど…うち達の話、聞かれてもええの?」
「それもそうだな。ビクトリアさん。少しの間、席を外します。くれぐれもこの部屋から出ないでください」
「はい。分かりました」
ビクトリアさんはともかく、パブロ少年やエルミラさんを巻き込むわけにはいかないし、今からする話を彼女たちに聞かせるわけにはいかない。
そんな事にすらも気が回らない辺り、俺は自分で思っているよりも動揺しているらしい。
「それじゃあ場所を変えましょう。ソレイドでも構いませんか?」
「構へんよ」
「私も問題ありません」
「それじゃあ、テレポーテーション」
そうしてハルガからソレイドの我が家まで転移して来た俺達3人はリビングのソファに腰掛け、アイテムボックスから取り出したお茶を片手に話を始める。
「それで、舞やアン達に何かあったんだ?」
「マイはんとシルビアはんはおそらく無事。アンはんとトウカはんとフレイヤはんは正直、うちにも分からへん」
「…………詳しく頼む」
「そうやね。まずはマイはんとシルビアはんなんやけど、二人はディープブルーの任務で短期遠征に出てはるんよ。帰港予定は明後日の夕方なんやけど、ディープブルーの団員に気付かれずに海の上の調査をするのは難しくてなぁ」
「そうか。それで、アン達の方は?」
おそらく舞達の方は無事であるはずだ。
ディープブルーの任務で海に出ているのならそこまで大きなトラブルに巻き込まれる事は無いだろうし、きっと舞なら万が一の事態でも上手く乗り越えてどうにか戻って来るはずである。
問題は、ボタンさんでも消息を掴めていないアン達の方だ。
「アンはん達は、ハルガの裏市場を重点的に調べてはったんやけど、どこかで目をつけられてしもうたみたいでなぁ。途中までは姿を隠して調査を続けはったみたいなんやけど、うちでも消息が掴めなくなってしまったんよ。今はキキョウに痕跡を調べさせてるんやけど、どうにも状況は芳しくないなぁ」
「敵から逃げている間に消息が掴めなくなる事ってよくあるんですか?」
「エリスも何度かそういう事はありました。しかし定期連絡を出来ないほどの事態となると、私達の予測していない何かに巻き込まれた可能性は高いと思います」
「ボタンさんが消息を掴めなくなったのはいつ頃の事なんだ?」
「突然の呼び出しで会談に出かけていた頃やから、一昨日の深夜やね」
「その会談の相手は? とりあえずそいつを絞って話を聞きましょう」
「残念やけど、うちを呼んだ相手はかなりの小物なんよ。話に関しても自分のところで仕入れている品が急激に値上がりしたからうちのところから分けてくれへんかって話やったし、うちを呼ばせた人物までは辿り着かへんやろうなぁ」
「相手は市場をある程度操作できる人物という事ですか。アン達も厄介な人物に目をつけられたものですね」
「となるとキキョウの調査結果を待つしかないって事ですか」
俺には足跡を調べる技術など無いし、ウロウロと動き回ってキキョウの邪魔をするわけにもいかない。
正直なところ、キキョウの調査結果を待つ間にアンやトウカさん達が会いに行った人達に話を聞きに行ったりしたいのだが、知らぬ存ぜぬしか返事が返ってこない相手には会いに行くだけ無駄だだろう。
「フーマはん。うちが呼び出したのに、こんな事になってしもうてごめんなぁ」
「ボタンさんのせいじゃ無いのはわかってるから、謝らないでくれ。もう少し事前に話を聞いておきたかったけど、俺を樽詰めにしなくちゃならないぐらい時間が無かったんだろ?」
「ビクトリアという異分子がいなければ下っ端として海賊船に潜り込むしかなかったでしょうし、二つの船の航海予定を把握した上での判断は見事と言えるでしょう。ですのでフーマの言う通り頭をあげなさい。その男は人に頭を下げられていると自分が悪い事をしている気分になってしまうほどの小心者なのです」
「そういう事です。だからほら、そろそろマジで頭をあげてくれ。さも無いとその柔らかそうな耳を遠慮なくこねくりまわすぞ」
「フーマはんがそれを望むのなら、かまへんよ?」
「それじゃあ遠慮なく…」
「遠慮なさい」
ちょうど目の前にあるボタンさんの耳を触らせてもらおうと手を伸ばしたら、フレンダさんにその手を叩かれてしまった。
「まったく。緊急時なのですから、ハルガに戻ってキキョウの帰りを待ちますよ。あまり作戦本部を開けておくものではありません」
「分かりましたよ。理由はともあれ一区切りついたら樽に詰められた恨みを晴らすつもりでしたし、耳をモフり損ねた分はその時までとっておく事にします」
「フーマはん? うちがフーマはんを樽詰めにしたのには理解を示してくれへんかった?」
「理解はしているけど、感情的には別だ。舞とボタンさんにはそれはもう精神的にくる仕返しを受けてもらう」
「ふ、フレンダはん。うちが少し見ない間にフーマはんに何をしはったん? なんだかフーマはんが一皮剥けた様な気がするんやけど」
「さ、さぁ? フーマも日々成長しているという事ではありませんか?」
フレンダさんに相棒と認めてもらったことで少しだけ自信を持った俺は、もう既に過去の自分ではないのだ。
フレンダさんが恥ずかしがりつつも膝枕をしつつ俺の頭を撫でてくれた時に誓った様に、俺はこれまでよりも心身共に強い男にならなくてはならないのである。
「それじゃあそろそろ戻りますよ。もしかすると既にキキョウが戻って来ているかもしれませんし」
「そうですね。それではそろそろ行きましょうか」
「フーマはん。後で少し記憶を覗かせてくれへん?」
「フーマ。分かっていますね?」
「……一昨日よりも前ならいくらでもどうぞ。テレポーテーション」
いずれローズや舞には報告するというのに、フレンダさんは昨夜の甘い一時はしばらくの間俺とフレンダさんだけの秘密にしておきたいらしい。
やれやれ。そんなに意地らしい事をされてはトキめいてしまいますよ?
そんな事を考えているのがバレたのかフレンダさんに足を踏まれながら転移すると、ちょうどついさっき話題に出たばかりの悪魔の少女がお菓子を頬張りながら座っていた。
まさかの展開に少しばかり驚いていると、ビクトリアさんが俺の姿を捉えて声をかけてくる。
「お帰りなさい。ついさっきこの女の子がやって来たんですけれど、皆さんのお知り合いですか?」
「今帰ったぞ。アンとトウカとフレイヤの行き先が分かった」
「マジかいな。タイミング良すぎかよ」
「ん? どうした人間。久しぶりに私に会えて嬉しいのか? 私は別にお前の事などどうでも良かったぞ」
「こらキキョウ。そういう事は思っても言うたらあきまへんって教えたやろ? それと帰って来て手は洗ったん?」
「うっ……。分かった。洗ってくる」
「ボタンも少し見ない間に一皮剥けましたね。以前よりもますます母親らしくなりました」
「良かったですねフレンさん。初めてのママ友ですよ」
「誰がママですか誰が」
「フーマはん? 後で少し大事なお話があるから確保しておいてなぁ」
「は、はい……」
どうやら俺は二人の琴線に触れる様な事を口にしてしまったらしい。
二人とも年齢はともかく見た目は美女そのものなんだから、そろそろお母さん扱いされても良いんじゃないのか?
女心と秋の空とはよく言ったものだ。
「フーマさん。大事なお話をする様ですし、私達は席を外しておきましょうか?」
「いや、キキョウから聞くのはこの後の行き先なんで聞いてもらっても構いませんよ。むしろその話を聞いて、この後も俺達について来るか各自で判断してください」
「各自で…」
「…………」
薄い笑みを浮かべたままのビクトリアさんは俺達がどこに行く事になろうと付いて来そうな気がするが、10歳前後くらいのパブロ少年や普通の女の子であるエルミラさんが無理に俺達について来る必要は無いと思う。
何か目的でもあるのなら話は別だろうが、戦う力の無いこの二人にはここから先の航海は厳しいものとなるはずだ。
「ふぅ。それで、私は何から話せば良い? 手っ取り早くあいつらの行方から言えば良いのか?」
「そうやね。詳しい話は移動をしながらの方が良いやろ」
「なら、いきなり結論だ。アンやトウカ達の行き先は海賊都市ミッドタウン。海上に浮かぶ、あらゆる欲望を叶えるクソみたいな街だ」
海賊都市ミッドタウン。
聞いた事のない地名だが、悪魔であるキキョウがどう猛な笑みを浮かべながら言うからには、本当に碌でもない場所なのだろう。
「こらキキョウ。クソとか汚い言葉は使うたらダメやろ。今はお客も来てはるんやからもっとお行儀良くなぁ」
「……フレンさん。なんか急に力が抜けちゃったんですけど」
「気持ちは分かりますが、しっかりなさい」
やれやれ。
こんなんで母親扱いはされたくないとは、ボタンさんにも困ったものだ。
それにしても海賊都市ミッドタウンか。
とりあえず詳しい話は本業のボブに聞いてみるとするか。
次回、本日公開予定です




