90話 嫌な予感
風舞
モラクスとの戦闘でソウルコネクトを使った以上、フレンダさんの記憶の追体験が来るんだろうなと思っていたが、案の定その機会がやってきた。
今回のフレンダさんは今とそう見た目は変わらず、ローズの右腕としてバリバリと仕事をこなしていた頃の記憶らしい。
「ふむ。人族を東西に分断させたままでは、いずれ戦火を招く事になるという事か」
「はい。よってあの海の魔物を間引き、食糧不足による生息地の移動を促してはいかがでしょうか」
「しかしそれでは東西の港に魔物の被害が出るのではないか?」
「陸上に揚がる能力のない魔物は残し、陸上に被害を出せる魔物を討伐目標にする事で被害は抑え込めるかと」
「ふむ。それでは生態調査から始める事になるのか」
「海岸の形状により魔物の被害は少ないとは言え、我が国にも無関係の海洋ではないと判断し既に調査は開始しております。こちらが一次調査の報告書です」
「流石はフレンダじゃな。お主の先見の明には日々驚かされる」
「恐悦至極でございます」
あ、フレンダさんの耳がローズに褒められてピクピクしてる。
この頃のフレンダさんもローズの事が大好きなんだな。
なんとも美しい姉妹愛である。
「そういえばフレンダよ。あの海この海と呼び続けるのもどうかと思うし、そろそろ名を付けようと思うのじゃが、何か良い案はないかの?」
「そうですね……シンプルに南海など如何ですか?」
「ふむ。地味だとは思うが、分かりやすくはあるか……。いや、しかし…」
「陛下?」
「いや、なんでもない。それでは今回の件は次の幹部会で議題にあげるとしよう」
「はっ。ありがとうございます」
「うむ。もう下がって良いぞ。夜遅くまでご苦労じゃったな」
「いえ。陛下もどうぞご自愛ください」
「そうじゃな。今夜はこれが片付き次第休むとしよう」
「それがよろしいかと。それでは失礼致します」
フレンダさんはそう言うとローズに頭を下げて執務室を後にし、廊下の窓から外に目を向けて一つ息を吐く。
どうやら今日のフレンダさんも忙しい一日を過ごしたらしい。
あの海に名前もついていない頃となると、帝国が出来てからあまり時間の経っていない頃の記憶なのかもしれない。
「今日は秘蔵のボトルを開けてしまいますか」
そうして少しだけ楽しみな顔をするフレンダさんにほっこりしたぐらいで今回の追体験は終わり、俺は再び深い眠りへと入るのであった。
◇◆◇
風舞
俺にとってフレンダさんは尊敬できるお姉さん……的な女性だ。
一人っ子で母親と二人暮らしだった俺からしてみれば、姉がいればこんな感じなのかもしれないと思う相手でもある。
実の姉がいる人からしてみれば、こんなに素敵な姉はいないと言われるかもしれないが、彼女が頼りになるお姉さんである事に変わりは無いのだし、個人的な意見としては見当はずれでもないだろう。
そしてそんな素敵なお姉さんに膝枕してもらって添い寝までしてもらった次の日の朝はというと……
「まさか昨日はあんな事までさせられるとは、人生で一番の失態です」
俺はフレンダさんにチクチクと文句を言われ続けていた。
昨日はモラクスとの戦闘で早々に倒れてしまったという引け目もあってか俺のお願いを片っ端から叶えてくれたのだが、そのボーナスタイムが終わってしまえは昨日の甘々なフレンダさんはどこかへ行ってしまった様である。
「そんな事言ったって、昨日はフレンダさんだってノリノリだったじゃないですか。膝枕してくれたし、添い寝もしてくれたし、俺が寝るまで撫でてくれたし」
「先の二つはフーマの指示でしょう!」
「後の一つはフレンダさんの自発的行動ですけどね」
「そ、それはそうですが………しかし! もう二度とこんな真似はしませんからね!」
「えぇ……」
「ざ、残念そうな顔をしないでください。私が悪いことをしている気分になるではありませんか」
「フレンダさんって結構ローズと似てますよね」
「そうでした……。フーマと添い寝までして、お姉様に何と言えば…」
フレンダさんがローズという名前を聞いて現実に引き戻されたのか、また頭を抱えてウンウンと悩み始める。
真面目なフレンダさんは昨夜の事もローズに報告するつもりらしい。
エルセーヌを通じて既にローズの耳に入っていそうな気もするが、悩んでいるところに水をさすのも悪いし、そこの辺りの話は黙っておくとしよう。
「言わなきゃ良いんじゃないですか?」
「そういう訳にはいきません!」
「さいでっか」
「そういうフーマはどうなのですか? マイやお姉様に言えるのですか?」
「言えませんよ。言える訳ないです」
「フーマ……」
「というか、どうせ舞やローズに会ったら即バレして怒られるんですもん。自白する必要もないですね」
きっと今回も舞に会ったらすぐにあらぬ罪とある罪の両方で怒られるのだろう。
それなら自分の好きに暮らした方が良いんじゃね? とか思ってしまうダメ男まっしぐらな俺である。
「はぁ、早く舞達と合流したい」
「怒られると分かっているのにですか?」
「だから早く怒られて楽になりたいんです」
「それなら初めから不貞を働かなければ良いのではありませんか?」
「それはそうですけど…」
「はぁ、フーマに相談しようとした私が間違っていました。私がしっかりしなくては…」
フレンダさんが自分の中で気持ちを整理し始めている一方で、俺は現在も内心にはしっかりと罪悪感の持続ダメージを受けたりもしている。
しかしきっと舞なら、フレンダさんの太ももが素敵すぎたのだと正直に弁解すればきっと許してもらえ……たら良いなぁ。
「「はぁ……」」
そうして二人揃って賢者モードになってしまった俺たちは、暗い顔しながら身支度を整えて黒髭海賊団の船へと戻る。
船ではビクトリアさんが中心となって甲板で洗濯をしていた。
「あ、お帰りなさい。随分と遅いお帰りですね」
「ちょっとやる事がありましてね」
「強い後悔と弛緩…それに反省。なるほど、そういう事ですか」
「分かるんですか?」
「おそらく私でなくても分かると思いますよ」
「ふん。余計な邪推はしないでください」
「分かりました。それで今日の予定は?」
黒の会に関する騒動はひと段落したし、この次に出来る事と言えば以前の様に周囲の船を襲って悪魔の祝福に関与しているかを調べる事になるのだが、少なからず情報を掴んだ今なら一度ハルガに戻っても良い気がする。
他の皆を邪魔しない様に気をつければ、ハルガに戻っても特に問題は無いはずだ。
「今日はオフにしましょう。一度ハルガに戻って諸々の用事を済ませて来ます」
「帰りは遅くなりますか?」
「おそらく昼には戻って来ます。フレンさんは留守を任せても良いですか?」
「いえ。私もフーマに同行しましょう」
「それじゃあそういう事で、俺達は行って来ます。船には引き続き結界を張ってもらうので、襲撃に関しては安心してください」
「ちょっと待ってください」
ビクトリアさんはそう言うと俺の腕を引いて船内に入り、そのまま船長室まで俺を連れて行く。
どうやら二人きりになって話したい事があるらしい。
「どうかしましたか?」
「どうしたもこうしたも無いわ。私に海賊の相手どころか、子供の相手までさせるつもり?」
「す、すみません」
「別に謝ってほしい訳ではないわ。それで、どういうつもりなのかと聞いているのだけれど」
「どうしたら?」
「直ぐに答えを求めるものではなくってよ」
そうは言われても男子高校生に過ぎない俺に齢40の大人の女性の心中など察せられるはずもない。
おそらくこの船の上で人間関係の緩衝材に使われるのが嫌なのだろうが、だからと言って俺にどうしろと言うのだろうか。
いっそのこと、ハルガに一緒に来てもらうか?
「なら、一緒にハルガに行きますか?」
「子供達をこの船に残して?」
「あの二人も連れて行きましょう。人の目に問題があるなら、変装させます」
「そう都合の良い変装などあるはずが無いでしょう」
「あぁ………見てみます?」
こと変装に関してはアンに仕込まれた最低限の技術があるし、ギフトの力なのかは分からないが元々手先が器用な俺にとってメイク自体はそこまでハードルの高いものではない。
流石にアンに敵うほどでは無いが、街を歩いても違和感のないぐらいには仕上げられるだろう。
「とまぁ、こんな感じなんですけど」
「し、信じられない」
「おいフーマ。いつまで話し込んでいるのですか?」
ビクトリアさんが女装した俺を見て驚愕している間に、フレンダさんがパブロ少年とエルミラさんを伴って船長室までやって来た。
俺が船長室に入ってから10分は経っているし、心配して見に来てくれたのかもしれない。
「はぁ……なるほどそういう事ですか」
「フレンさんはビクトリアさん達が一緒でも大丈夫ですか?」
「はい。この二人の変装には私も手を貸しましょう」
「それじゃあエルミラさんはこっちに来てください。パブロ少年はフレンさんの方で」
「あ、あの。一体どういう事ですか? それにお姉さんは?」
「フーマだ。ついさっきも会っただろ?」
「えぇ!? もしかしてそういう魔法があるんですか!?」
「あるにはありますが、フーマのそれはただのメイクですよ」
「でも、声も女の人の声でしたよ?」
「やってみたら出来ただけです。ほら、エルミラさんも化粧をするんでこっちに来てください」
「……変態」
「………だって、これしか変装技術持ってないし」
俺だって他に変装技術やら変装道具があればそっちを使うのだが、生憎アンが教えてくれた技術も俺にくれた道具も女装用のそれしかないのだ。
だからあの、エルミラさん。
その心底軽蔑した顔をどうかやめてくれませんか?
「……終わりました」
「最悪」
「………パブロ少年は」
「こちらは既に済んでいます。目の色を変えただけでも十分に印象が変わりますね」
「それじゃあそれで良しって事で。ビクトリアさん、いつまでも驚愕していないでそろそろ行きますよ」
「は、はい……」
そうして金髪碧眼から金髪緑眼になったパブロくんと、野暮ったい茶髪で暗い雰囲気から少し前髪を整えてナチュラルメイクで大人っぽい落ち着いた女性へと変貌を遂げたエルミラさんと共に、俺達はハルガへと転移した。
パブロくんとエルミラさんは久しぶりの外の世界に落ち着かないのかビクトリアさんの側から離れようとはしなかったが、ボタンさんに見つけてもらうまでの間にいくらか落ち着いた様である。
「それにしても、なんだか騒がしいですね」
「元から騒がしくはありましたが、なんだか物々しい雰囲気ですね。何か事件でもあったのでしょうか」
「実はそうなんよ。ここでは話せへんし、少ししたら隠れ家まで来てくれへん?」
「分かりました」
市場を眺めるビクトリアさん達を見守っていた俺とフレンダさんに姿もなく話しかけて来たボタンさんの気配が遠ざかり、人混みの中にその気配すらも消えて行く。
俺が海で海賊として活動している間に、どうやら只事ではない何かがこの街で起こっていたらしい。
「皆は無事ですかね」
「自分の従者や恋人ぐらい信じてやりなさい」
「………はい」
ただ単に俺の感知できる範囲内にいないというだけの事なのだろうが、ハルガに戻って来て15分は経つのに舞やシルビアやアン達の気配が一切感じ取れない。
もしかすると気配を隠して行動している可能性もあるが、それを考慮しても非戦闘員であるアンの気配を感知出来ないのは嫌な予感を増長させていた。
「まったく……。気休めかもしれませんが、あのボタンがマイやアンに危機が迫っているのに、フーマに第一に報告しない事など無いはずです。フーマは仮にも私の相棒なのですから、悲観するのではなく今後のために頭を使いなさい」
「それって……」
「ふん。これでも私はフーマに期待しているのです。昨夜は散々甘やかしてやったのですから、それに見合う働きをしてもらわねば困ります」
フレンダさんはそう言うと人混みに流されかけていたエルミラさんの救出に行ってしまう。
アンや皆に何かあったのではないかと心配ではあるのだが、それと同等ぐらいにフレンダさんが俺を認めてくれていた事が物凄く嬉しくもあった。
「そうだよな。きっと皆は大丈夫。俺もやるべきをやらないと」
そうして決意を新たにした俺は、少し先を歩くビクトリアさん達と合流するために足を早めるのであった。
次回、12日予定です




