89話 後始末
風舞
モラクスとの戦闘の疲れと身体の中に微妙に残っている毒のせいで体調が悪かった俺は、戦闘の次の日の昼頃まで熟睡したまま一度も眼を覚ます事はなかった。
本来なら未だ成長期の体がすっかり睡眠をとれた事を喜ぶべきなのだろうが、目を覚ましてすぐに目の前に知り合いの顔があったりすると、素直に気持ちの良い目覚めを喜べなかったりもする。
「あぁ、はいはい。このパターンね。俺は経験者だから分かる。これは罠だ」
俺の横で丸くなって眠るビクトリアさんを冷めた目でガン見しつつ、彼女を残してベッドから這い出て甲板に上がる。
既に昼という事もあってか特に指示もなくフリーだった海賊達は、昼寝やらカードゲームやらで適当に時間を潰していた。
「おはようございやすキャップ」
「おう。そろそろ船を出すから準備をしておいてくれ」
「分かりやした。キャップはどちらに?」
「趣味を少々」
「面倒はごめんですぜ?」
「分かってる」
そうして俺は抱き枕にされて痺れまくっていた右腕を振りながらボブと別れ、適当に寝癖を直しつつ洞窟へと向かう。
モラクスがいなくなった以上ここに住む人たちの収入はなくなったわけだし、生贄にされるというデメリットこそあれどもモラクスの庇護下にあった黒の会のメンバーは新しい生き方を探さねばならないはずだ。
この島でも自給自足は出来なくは無いだろうが、普通の帆船では越える事の出来ない海流に包まれている以上、ここに住んでいても待っているのは緩やかな破滅だけだろう。
「というわけで、皆さんを島の外に届けます。訳ありの人は西の人族領域へ、家族がいる人は出来るだけその近くまで送るので、それぞれ要望を言ってください」
昨日の夜に知り合った絵描きの少年に人を集めてもらった俺はこの島に住む黒の会を集めて、昨日の夜に考えていた内容を細かく説明する。
彼らが自分達の長であるモラクスを殺した俺をどう思っているのかは分からないが、やるからには最後まで好きな様にやらせてもらおう。
「船長様。我々は行く当てもなく、他にどうする事も出来ないためにこの島へと流れついたのです。今更追い出されたところでどうする事も…」
「ちなみに、おたくのところの戦闘部隊は多分まだ生きています。とはいえ、ボロくて汚い船に乗っているので、助けを待つだけ無駄です」
「ですから我々は行く当てなど…」
「はぁ。聞いてなかったのか? お前達はこの島から追い出す。犯罪を起こしたやつは反省して新しい人生を始めろ。あらぬ罪を着せられたやつは俺に仕返しさせて新しい人生を始めろ。金が無くて逃げて来たやつは、一緒に稼げる方法を考えてやる。逃げるならこんな悪魔にエサにされるだけのクソみたいな島じゃなくて、胸張って笑える楽園まで逃げろ。分かったな?」
「そ、そんな……」
「1時間後に逃げようが隠れようが駄々こねようが全員転移させるから、大事なものがあるやつはきちんと荷物をまとめておけ。何もやりたい事が無いやつは美人なら俺のメイドにする。他の奴らは基本的に今日から海賊だからそのつもりで」
俺はそう言い残し、居住区から姿を消した。
何を暗い顔してこれまた暗い洞窟で暮らしているのか分からないが、自分達を縛る悪魔がいなくなった以上、そろそろ救われてもらわねば困るのだ。
まだ20も生きていない子供に世間知らずなセリフを吐かれて腹が立つかもしれないが、今の俺は海賊なのだから理不尽な要求をされても文句は言わないでもらいたい。
『おはようございますフーマ。今日はやけに上機嫌ですね』
「そりゃあ、新しいメイドさんが増えるかもしれないんですから当然ですよ」
『まさか昨日の晩に私が言った冗談を間に受けたのですか?』
「フレンさんがどうしても行く当てのない人はどうしたらって俺の問いに、フーマのメイドにしてはいかがですか? と言ったんですから、文句は言わないでくださいね。それと、マイに怒られそうになったらキチンと庇ってください」
『私はそんなつもりでは無かったのですが…』
「そんなつもりはないで許されたら裁判官は要らないんですよ」
『やれやれ。フーマのメイドになりたいだなんて物好きがいない事を祈りましょう』
「ふっふっふ。俺の魅力が火を噴くぜ!!」
割とガチでメイドさんが欲しいなぁなんて言っていたのに、期待している事を隠しつつぴったり1時間後に戻って来ると、なんか黒の会のやつらが目をキラキラさせて近づいて来た。
「俺は家を作る職人になりてぇ! いつか自分の家を自分の手で作るのが夢なんだ!」
「私はお花屋さんになりたい! 綺麗なお花に囲まれて幸せな生活を送るの!」
「俺は鍛治師に!」
「私は女優に!」
「僕は冒険者に!」
おいおい。
先にさっきまで揃って未来に絶望した顔をしていたのに高々1時間目を離しただけでこんなに明るくなるのか?
俺が密かにメイドさん候補に挙げていた美人なお姉さんも女優になりたいとか言ってるし……。
まぁ、良いと思うよ女優。デビューしたら応援に行かせていただきます。
「はいはい。一人ずつ聞きますから一列に並んでください」
『フーマにそれぞれに適した居住地を決める事など出来るのですか?』
「俺は人脈だけでここまで生きて来ましたからね。知り合いに全てを押し付けるつもりです」
『やれやれ。情けないセリフですね』
「というわけで、頼りにしてますね」
『竜の背に乗るゴブリンとはまさしくこの事ですね』
「ははは。超強そう」
なんだか異世界ことわざで馬鹿にされた気がする。
とは言えこの人数を捌ききる事など俺には出来ないし、細かいことはフレンダさんに任せて俺は指示通りに手足口を動かす事にしよう。
そうして「これ、フレンダさんを先に自分の体に戻して全部任せた方が楽なんじゃね?」と思い始めた頃、ようやく長蛇の列を作っていた人達の今後の行き先を粗方決める事が出来た。
「ふぅ。こんなものですかね」
『大半はソレイドに送ればどうにかなりそうで良かったですね』
「ラングレシア王国行きは女優志望のお姉さんと大工志望のおっさんだけですかね」
『はい。とりあえずソレイドの方から送ってしまいましょう』
「うぃーっす。それじゃあソレイド行きの人は集まって下さーい」
ガヤガヤと自分達の将来について話す人達を集めてソレイドの草原に片っ端から転移させる。
一番しっかりしてそうなお爺さんにガンビルドさん宛に書いた手紙を渡しておいたし、後は彼が上手いことやってくれるだろう。
この前会った時に悪魔の祝福騒ぎでどこも人手不足だって言っていたし、是非とも頑張ってもらいたい。
「で、お姉さん達は今晩送るんで、しばらく待っていてください」
「分かったわ」
「おう。何かやる事があったら言ってくれ」
「助かります。そんで次は、そこで一般人のフリしてるビクトリアさん」
「あ、あははは。バレてましたか」
バレていたも何もソレイド組の人達が転移する前に口々にビクトリアさんにお礼を言っていたし、気がつかない訳がない。
おそらく黒の会の人達が急にやる気になったのも彼女が原因なのだろう。
「残りの5人は?」
「一番右が目の前で家族を殺されて世界に絶望している18歳の女の子。あそこの3人はこの前フーマさんがやっつけた戦闘部隊に家族がいる人達です」
「最後の一人は、絵描き志望の男の子か」
「家族がいないけれど他の大人と一緒に行ったら絵を描けないんじゃないかと悩んでいるみたいですね」
「そうですか。とりあえず全員連れて島を出ましょう。まずは戦闘部隊の奴らと合流します」
俺に絵描きの知り合いがいれば良いのだが、生憎とそんな知り合いはいない。
それにもう一人の、俺よりも一つ歳上の女性をどうするかだよな。
暗殺者ばりの暗い目をしているし、当分はビクトリアさんにメンタルケアを任せて面倒を見るべきか?
『私は反対ですよ。あまり他人の事情に首を突っ込むべきではありません。それにフーマの好みでもないでしょう?』
「それはそうですけど、でもなぁ……」
俺が最後まで面倒を見れる自信は無いし、おそらくそうしていられる時間もあまり多くはない。
仮に彼女が復讐を望むのなら手伝ってやる事は出来そうだが、それで彼女が救われるのかと問われれば、素直に頷く事は到底出来ないだろう。
「はぁ、どうしたもんかね」
『相変わらずフーマは甘いですね』
「スウィートボーイフーマと呼んでください」
『ふん。つまらない冗談ですね』
初めから俺が黒の会の人達の今後に手を貸す事に乗り気ではなかったフレンダさんに手厳しい評価を俺にくださる。
自己満足だとは分かっているが、何となく一人たりとも見捨てたくは無かったのだ。
「スウィートボーイフーマさん。私は心優しい貴方が素敵だと思いますよ」
「…………あの、その呼び方はやっぱりやめてくれません?」
「えぇ〜。可愛らしくて良いと思いますよ。ね?」
「は、はい」
ちくしょう。
子供を味方につけるとはビクトリアさんも狡い事をする。
とはいえ、ビクトリアさんの助けが無ければこんなに上手くいかなっかた気がするし、あまり強くは言えないのが厳しいところである。
「まぁ、なる様になるかね」
俺はそんな事を呟きながら悪魔の支配した島を出て、次なる目標へと船を動かすのであった。
◇◆◇
アン
「そっちに逃げたぞ! 追え!!」
ハルガの区長さんのところでお話を聞いた後、手がかりを頼りにこの港の深みへと迫っていた私達は、どこで虎の尾を踏んだのか、気付けば尋ね人として追われる身となってしまっていた。
「アン様。返り討ちには出来ますが、流石にこの規模で騒動を起こすと…」
「他の組織にも目をつけられちゃいますか……」
「なら、隠れる?」
それも確かに一つの手ではあると思うのだが、隠れていては掴んだこの情報をフーマ様に届ける事は出来ないだろうし、潜伏先で見つかったら今度は逃げる事すらも出来ないだろう。
「トウカさん。船、乗ってみたくありませんか?」
「なるほど。それも良いかもしれませんね。フーマ様に人生で初めて海を見せてもらうという約束をしていたのに、当人はすっかり忘れてしまっている様ですし、私の今回の初めてはこのままアン様にお預けさせていただきます」
「あはは。これはフーマ様に自慢出来そうですね。それじゃあこのまま港まで走って適当な船を出て海に出ましょう」
「行き先は?」
「海賊都市ミッドタウン。そこが次の目的地です!」
フーマ様の従者として、多少追われたぐらいで立ち止まる事なんて決して許されない。
待っててよねフーマ様!
今回の私は守られるだけの従者じゃないってところを見せてあげるんだから!
◇◆◇
フーマ
黒の会の戦闘部隊に有り金を全て渡して見送った後、俺は船長室にてボブと今後の方針の打ち合わせをしていた。
戦闘部隊の奴らは金と数日分の食料があれば後はどうにか出来るという事だったのでその通りにしてやったのだが、他人のために金を出す俺のやり方に首をかしげる奴は多かったらしい。
「キャップ。本当に良かったんですかい?」
「そう心配しなくても、お前らの分の稼ぎはまた用意してやる」
「そういう訳じゃねぇんですが」
「どうした? 俺みたいな正義の味方に憧れたのか?」
「ちっ…………次もよろしくお願いしやす」
「おう。お疲れさん」
相変わらず礼儀正しいボブが軽く俺に頭を下げて船長室から出て行く。
有り金を叩いたとは言っても全て俺のポケットマネーだから誰も文句は言って来ないのだが、フレンダさんにも「そこまでやりますか」と呆れた声で言われてしまった。
だってやるからには最後までやりたいじゃんね。
後はラングレシア王国に送る予定の二人と、暗い目をする女性と絵描き志望の少年だけだし、最後まで頑張れ! 俺!
というわけで、船長室に呼び出していた女性と少年の話を聞くところから始める。
「とりあえず名前を聞くか。少年、名前は?」
「パブロです…」
「パブロって、あのパブロか?」
「ど、どのパブロですか?」
「いや、なんでもない」
若いのにやたら絵が上手いなぁとは思っていたが、パブロさんだったか。
そりゃあ絵が上手いわけだわ。
「それでそっちの方は?」
「エルミラ」
「……それじゃあエルミラさん。やりたい事とか行きたいところはありますか?」
「別に…」
こんなんどうすりゃ良いんだよ。
暗すぎて全然会話のリズムを掴めない。
『有り金全てを放り捨てても解決しない小娘など、それこそ捨ててはどうですか?」
「この鬼め」
『鬼ですが何か?』
フレンダさんはさっきからというか黒の会のハローワークを初めてからしっかりと手伝ってはくれるもののずっとこんな調子だし、方針決めに関してはあてに出来ない気がする。
こうなると他に頼れるのは……
「って、ビクトリアさん。何で今日も俺のベッドで寝ようとしてるんですか?」
「最近は毛布にくるまって寝ていたんですけど、一度この快適さを知ってしまうと我慢できなくて」
「え? お二人はそういう関係だったんですか?」
「違うぞパブロ少年。あそこのお姉さんは実は40歳の独身だ」
「それ、年齢まで言う必要ありましたか?」
「……用が無いならもう良いですか?」
「別にこの部屋に居たくないなら構いませんけど、他のやつらはあれでも海賊ですから寝ているところを襲われても知りませんよ?」
「別に構いません」
「………ビクトリアさん。ヘルプ」
「エルミラちゃん。今日のところはこの部屋で一緒に寝ませんか? どこで寝ても同じなら、出来るだけ安全な場所で寝た方が良いと思いますよ?」
「……分かりました」
どうやらビクトリアさんの言うことならとりあえず従ってくれるらしい。
今度からエルミラさんと話したい時はビクトリアさんに中継してもらうとしよう。
「それじゃ、俺は残りの二人を送る仕事があるんで失礼しますね。パブロ少年も遠慮せずにベッド使って良いからな」
「は、はい。ありがとうございます」
「それじゃ、行って来ます」
「行ってらっしゃい!」
「行って…らっしゃい」
「………」
そんな三者三様の挨拶をもらった俺は船長室を出て甲板へ向かい、女優志望のお姉さんと大工志望のおっさんをラングレシア王国の王都まで送り届ける。
お姉さんは王都の劇場で修行するって言ってたし、おっさんの方は難民街の事を話してやったらかなり興味を持っていたから後は大丈夫だろう。
「それじゃあ次はフレンダさんの魂を体に戻してもらいますかね」
『こんな時間から訪ねて大丈夫でしょうか』
「こんな時間って言ってもまだ子供だって起きてる時間ですし大丈夫だと思いますよ。ていうか、フレンダさんの生身の肉体に膝枕してもらいたいんで今すぐに行きます」
『しかし、船長室は譲ってしまったではありませんか』
「今日は外泊っていうのは…」
『明日の朝まで船が残っていれば良いですね』
「………それじゃあ船ごと安全な場所に転移します」
『はぁ、分かりました。船には結界を張ってやりますから、今日は外泊しましょう。やれやれ。フーマの変態性にも困ったものですね』
「ひゃっほう!! 今晩は最高の夜だぜ!!」
「ん? もしかして風舞?」
「て、テレポーテーション!!」
王都の路地でコソコソしていた俺によく見知った幼馴染が声をかけてきた気がしたが、きっと気のせいだろう。
明日香達の近況も気になるが、これからお楽しみというところを邪魔されるわけにはいかないのだ。
さて、今晩はフレンダさんの生足をじっくり堪能させていただこうかね。
次回、10日予定です。




