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88話 戦利品

 


 風舞




「………気持ち悪い」



 モラクスとの戦闘に勝利して気を失った後、目を覚まして一番最初にこぼしたセリフがそれだった。

 これまでも激しい戦闘の後は倦怠感や軽い頭痛はしていたのだが、ここまで体調が悪いのは初めてな気がする。



「キャップ。目が覚めたんですね」

「ボブか。俺はどのくらい寝てたんだ?」

「ざっと5時間ぐらいでしょうか。キャップがボロボロで転移して来た時は驚きやした」

「悪かったな。それと、治療をしてくれてありがとう。お陰様で命拾いした」

「キャップにはまだまだ活躍してもらわねぇと困りやすので」

「正直な事だな。ビクトリアさんにも、そう唆されたのか?」

「気付いてやしたか」

「別段隠す気もなかっただろ。プライドよりも、実利を見るべきとか言われたのか?」

「そんなところです。それで、この後はどうしやすか?」

「もう夜も遅いだろうし、今晩はこの島で停泊しよう。モラクスは倒したから、もう安全の筈だ」

「うっす。それではその様に」



 ボブはそう言うと、一礼して船長室から出て行く。

 俺が目を覚ますまでずっと看病をしてくれていたのだろうか。

 あいつ、良いやつだな。



『おいフーマ。流石に私の股に顔を突っ込んで怒られそうになったから起きるというのはどうかと思うのですが』

「別にそんなんじゃないですよ。いつまでも看病させたら悪いなぁと思っただけです」

『ふん、物は言い様ですね。それで、まだ本調子とはいかない様ですが、この後はどうしますか?』

「モラクスがいきなり弱くなった……というか、従魔契約の効果が弱くなった原因を調べに行きます」

『あぁ、その件ですか』

「多分、黒の会の面々に何かあったと思うんですけど、そんな動きをする人物と言えば一人しか心当たりがありませんからね」

『フーマなら問題ないと思いますが、一応気をつけてくださいね』

「それは遂に相棒として認めてくれたって事ですか?」

『変態が相棒というのはちょっと…』

「えぇ……コスプレにどハマりしているフレンさんには言われたくないんですけど」

『ふふっ、冗談です』



 俺が去る間際まで競泳水着タイツなんてマニアックな着合わせを披露してくださっていたフレンダさんの笑い声を聞きつつ船長室を出て、半袖短パンというラフな格好で甲板に出る。

 ボブの献身的な介抱から推察するに、俺が起きて来たのを知った海賊達は暖かく迎えてくれるんだろうななんて甘い期待を抱いていたのだが、こいつらは薄情なもので、戦利品らしきものを山分けするのに夢中になっていた。



「次はこの黒い短剣だ! 悪魔の持ち物だから呪いの品かもしれねぇが、切れ味は中々のものだぞ!」

「俺の剣、刃こぼれしてるし手をあげてぇが…」

「やめとけやめとけ。今回は一人一品なんだぞ? あれなら普通のナイフの方がマシだ」

「でもよぉ、もうじきミッドタウンに行くんだろ? なら、上手いこと言って高く売れんじゃねぇのか?」

「あんな不気味なナイフ誰が買うんだよ」

「それはそうだが、でもなぁ…」



 どうやら今は真っ黒いナイフの引き取り手を決める時間らしい。

 あのナイフは以前エルセーヌを暴走させたナイフに似ている気がするが……。



『フーマ。あのナイフ、欲しいです』

「はいはい。そのナイフ、俺がもらおう」

「キャップ。目が覚めたんすね」

「まぁな。というわけで、ここからは俺も参加だ。船長の品数は?」

「……6品です」

「ちなみに、そっちに寄せられてる書類とか瓶とかは?」

「あっちは使い道が分かんないものっすね。後で欲しい奴が適当に持ってきます」

「なら、そっちも全部もらうな」

『ありがとうございます。後で解析しますね』

「おいーっす」

「誰と話してるんすか?」

「フレンさん。今は俺の中にいるんだ」

「は? 意味わかんねぇ」

「最近、お前らの遠慮が無くなってきたよな」



 仲良くなったと言えばそうなのだが、俺は仮にも船長なのだからもう少し優しくしてくれても良いと思う。

 まぁ、フレンダさんが俺の中にいると言って一発で信用してくれる人なんてそうそういないか。



「ほら、次の品を出せよ」

「うっす。次はこの肉塊っすね。何の肉かは分かんないっすけど、焼けば食えると思いやす」

「「「うぉぉぉぉ!! 肉!!」」」

「あぁ、海賊は地上の生き物を食える事がそう無いから、生肉とかは人気なのか」

『しかしあれ、人の肉ではありませんか? 骨が男性の大腿骨にしか見えないのですが』

「それ、人のおっさんの肉だぞ。ちなみに太もも」

「「「…………」」」

「……次の品はこれだ! 何かの宝石の球! このサイズは中々お目にかかれないぞ!」



 良かった良かった。

 我らが海賊団には人の肉を食いたがる奴はいないらしい。

 しかし、人の肉と知った時のこいつらのガッカリした顔はかなりの物だったな。

 今回はこいつらに救われたし、後で生肉を用意してやるか。



「さて、それじゃあ俺はそろそろ行くわ」

「キャップはまだ3品っすけど、もう良いんすか?」

「もう欲しい物は出たからな。ちょっとビクトリアさんを探して来る」

「金よりも女とは、キャップも中々っすね」

「そういうんじゃねぇよ。で、ビクトリアさんは?」

「さぁ? 気が付いたらいなくなってやした」

「薄情な奴らめ」

「手を出したら殺される女なんてどうでも良いっすからね」

「薄情な奴らめ」



 さほど大事な事でも無いのに、思わず同じセリフを繰り返してしまった。

 こいつらに聞いてもビクトリアさんの行方が分からないのならここに用は無いし、さっさと探しに行くとしよう。



「どこにいると思います?」

『居住区でしょうね。戦闘が終わった後に何をしているのかは分かりませんが、彼女一人だけ船にいないとなると、モラクスへの力の供給を減らしたのは…』

「ビクトリアさんって事になりますかね」



 最悪の展開を想像するのならビクトリアさんが黒の会のメンバーを片っ端から殺して回ったところに俺が出くわすことなのだが、彼女が悪人には思えない俺はそんな事は無いだろうと甘く考えてしまっている。

 だからだろうか、ビクトリアさんをなんとか見つけてあの光景を見てしまった俺は、口をあんぐりさせるしか無かった。



「ビクトリア、にじゅっしゃい! いっぱいおしゃけを飲みみゃす!!」

「「「「うぉぉぉ! ビクトリアちゃぁぁぁん!!!」」」」



 なんか、俺の知っているアラフォーの女性が歳を偽って黒の会の皆さんと酒を飲んでる。

 なんだこれ、何をどうしたらこうなるんだ?



『とりあえず、素面の人物に話を聞いてみてはいかがですか?』

「それもそうですね」



 フレンダさんの指示に従って、とりあえずマトモに話を出来そうな人を探してみる。

 先ほど居住区に来た時には皆が侵入者に敏感に反応していたのに、今はほとんどの人が俺がやって来た事に気が付いてないな。

 酒の力がすごいのか人の心を操る術を持つビクトリアさんがすごいのかは分からないが、とりあえず現状を知るためにも誰かに話を聞いてみるとしよう。

 おっ、ビクトリアさんをモデルに絵を描いているあの少年に声をかけてみるか。



「なぁ、少し良いか?」

「あ、貴方は?」

「あそこで呑んだくれてるお姉さんの知り合いだ。ここで何があったか聞いても良いか?」

「は、はい…」

『おいフーマ。子供相手に高圧的ではありませんか?』

「フレンさんに言われたかないんですけど……」

『そうですか。しばきますね』

「理不尽!」

「ひぃっ!?」

「あぁ……ごめんごめん。それで、何があったんだ?」

「は、はい。そのですね…」



 そうしてかなり上手な絵を描いていた少年が、俺たちがここに走りこんで来たあたりから話を始めてくれる。


 その少年が言うには、俺達がここを通り過ぎた後、海賊達が避難しろと叫びながら引き返して行き、それに困惑してどうするか話し合っていたら胸が苦しくなってきたらしい。

 この少年はその前にビクトリアさんと一度会っていたらしいが、黒の会のメンバーが苦しんでいる時に救世主のごとく現れたのはビクトリアさんだったそうだ。

 ビクトリアさんは大人たちに話を聞いてまわると、全員を一箇所に集めて目を閉じて深呼吸する様に言ったらしい。

 そうしているうちにどこかから不思議な香りが漂って来て、ビクトリアさんの指示に従っているうちに胸の苦しさは収まり、皆でビクトリアさんにお礼を言っている間に宴会はが開かれ、この惨状になったそうだ。

 うわぁ、ワインをボトルごと一気飲みしてるよ。



『フーマが転移させた花を上手く利用して、何らかの儀式を行ったのでしょうか』

「あの花は麻酔の原料で催眠作用もありましたし、その可能性は高そうですね。ちなみに、ビクトリアさんの指示を聞いている間に、魔力の流れを感じ取ったりはしなかったか?」

「ぼ、僕は魔法を使えないので…」

「そうか」

「で、でも。体の中から何かを外に出した覚えはあります」

「あまりよく覚えてないのか?」

「はい。途中で急に頭が痛くなって気を失ってしまいまして」

「なるほどな。ビクトリアさんが集団催眠をかけて、魔力を体外に放出させたっぽいですね。この少年の頭痛も、魔力欠乏の症状でしょう」

『私もフーマと同意見です。それで、ビクトリアはどうしますか?』

「放っておいても大丈夫そうですし、明日にでも回収に来ましょう。なぁ、少年。宴会が終わったら大事な話があるから船に戻る様にビクトリアさんに言っておいてくれ」

「わ、分かりました」

「おう、よろしくな。それと………いや、この話は後で良いか」

『フーマ?』

「何でもありませんよ。それじゃあ、手のかかるお姉さんをよろしくな。それとその絵、かなり上手いと思うぞ。今度俺の仲間の絵も描いて欲しいぐらいだ」

「……ありがとうございます」



 そうして俺は絵描きの少年にビクトリアさんを任し、ガヤガヤと騒がしい居住区を後にする。

 モラクスが魔石になって消えるところまでは確認したが、魔石の回収はまだだったし、とりあえず花畑に向かうとしよう。



『おいフーマ。寝ていなくても大丈夫なのですか?』

「なんですか? 膝枕したりないんですか?」

『そうではなく、毒が若干残っているのか体調が優れないでしょう? もう少し休んだ方が良いのではありませんか?』

「やる事を済ませてからじゃないと、眠るに眠れないんですよ。フレンダさんも、俺と遊んでたんじゃ魂の調整に集中出来ないでしょう?」

『やはり分かっていましたか』

「いつもお世話になってます」

『ふん。お互い様です』



 こんな体調でウロついてモラクスの実験動物にでも出くわしたらムシャムシャと丸かじりにされそうな気もするが、魔力が回復するまではしばらくかかるだろうし、死後の事はどうでも良いと言っていたモラクスが時限式のトラップを仕掛けるとも思えない。

 やはりやる事は先に済ませてしまってからの方が、気分的にも楽なはずだ。



「そういえば、フレンさんは俺と離れている間何してたんですか?」

『モラクスの研究室を調べていました』

「あぁ。それで船に怪しい道具やら資料があったんですか」

『ええ。リストに関する書類もありましたよ』

「リストって、腕落としとかエルフの里での謎の男が言ってた隠語ですよね? どんなものだったんですか?」

『リストという言葉の通り、基本的には品物の目録と思ってくださって問題ありません。具体的には、自分の必要な品と代わりに差し出す品を記した一枚の羊皮紙がリストの正体です。悪魔は金銭に価値を見出していないでしょうから、互いに取引をする時に使用するものなのでしょう』

「要は欲しい物リストって事ですか?」

『言ってしまえばそうですね。モラクスの研究室には数種類のリストがありましたから、名のある悪魔のリストは広く知られているのかもしれません』

「ちなみに、そのモラクス以外のリストに名前は書いてあったんですか?」

『いえ。どのリストにも名は記されていませんでしたから、基本的にリストに名は記さないのだと思います』

「それじゃあ、特に収穫は無しですか」

『それがそうでもありません。リストの中には、魔力1000以上の人間と記された物もありました』

「悪魔が人身売買をやってるって事ですか?」

『モラクスの物らしきリストは差し出す物のほとんどが人間や獣人でしたから、人身売買で自分の欲する品を集める悪魔もいるという事です』

「嫌な収穫ですね」

『まったくです』



 悪魔のリストの内容を聞いて軽くげんなりしてしまったが、モラクスの持っていたリストの品を用意してそのリストの持ち主の元まで持って行く事が出来れば、警戒心が高く中々尻尾を掴む事の出来ない悪魔の懐まで潜り込めるかもしれない。

 未だ悪魔の組織の全貌は掴めていないのだし、臭いものに蓋をするのではなく、上手く活用する方法を考える方が得策だろう。



「そういえば、この前エルフの里で会った奴は悪魔では無かったんですよね?」

『はい。おそらく人族……だと思います』

「自信ないんですか?」

『そういう訳ではありませんが、どうにも』

「ははぁ〜ん。さては、俺よりも早くに倒れた事を気にしてるんですね」

『そ、そういう訳では……あります』

「慰めてあげましょうか? 膝枕で」

『いえ。マイに知られたら何と言われるのか分からないのでやめておきます』

「相変わらずプライドが高いですね」

『格好とはつけるためにあるのです。自らの行いに胸も張れない様な者に成せる大義などありません』

「ですって。俺はフレンさんを信じてるので、もっと自分の考えに自信を持って良いと思いますよ」

『ふん。フーマのくせに生意気です』



 ちゃんと励ましてあげたのにこの言い様とは、相変わらず高慢なお方である。

 しかしこれでこそフレンダさんなのかもしれない。

 フレンダさんはとことん自分に厳しく、他人にはもっと厳しく、身内にはすごく優しいお方なのだ。



「それで、この前里で会ったという男が人族だって事は、悪魔とつるんで商売している奴らがいるって事ですよね?」

『悪魔の技術は私ですら眼を見張る物もありますから、取引したい物も多いのでしょうね。とはいえ、その慣れの果てがジェイサットの現状なのですが』

「ジェイサットはやっぱり悪魔の手に陥ちてるって事ですか?」

『ボタンから聞いた話やエリスの報告から推察するに、間違いなくそうでしょうね』

「それじゃあ、ラスボスもそこにいるんですかね」

『可能性は十分にあります』

「どうします? 今日から一個ずつ、どでかい岩石でもジェイサットに降らせますか?」

『そこに住む魔族を巻き込みたいならどうぞ。とはいえ、そんな事をしたら私はフーマを軽蔑します』

「それじゃあやめておきましょう。フレンさんには嫌われたくないですからね」

『相変わらず調子の良い男ですね』

「今、俺の事良い男って言いました?」

『はい。調子ばかり良い男と言いました』

「やれやれ。そんなんだからフレンさんは高慢ちきと言われるんですよ」

『…………言われませんもん』

「あ、なんかすみません」



 この反応は、どうやら本当に言われた事があるらしい。

 何かしらのトラウマを刺激しちゃったか?

 ちょうど花畑にも付いた事だし、さっさとモラクスの魔石を回収しちゃおっと。



「あ、良かった良かった。ちゃんと魔石ありましたよ」

『ふん。良かったですね』

「いやぁ、モラクスが復活しれたらと思うとゾッとしますね。さて、魔石も回収してアイテムボックスに詰めた事ですし、研究室でトンチンカンの取りこぼしを回収して船に戻りますか」

『好きにすれば良いのではありませんか?』



 ど、どうしよう。

 あからさまにフレンダ様の機嫌が悪くなってしまっている。


 そう言えば俺はフレンダさんの機嫌の取り方をバストアップエクササイズとかバストアップマッサージを教える以外に何も知らないけれど、フレンダさんは何をしたら喜んでくれるのだろうか。

 今回は俺の失言が原因だし、出来るだけ誠実な方法でお詫びさせていただきたい。

 とは言え、今のフレンダさんに聞いても素直に教えてくれる事は無さそうだし……。

 マジでどうしようか。


 俺はそんな事を考えながら素っ気ない返事しかしないフレンダさんに声をかけ続けつつ、洞窟の中を歩き回るのであった。

次回、9日予定です。

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