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85話 花園の祭壇

 


 風舞



 意地悪な大人フレンダさんと別行動をしてはいるものの、最終的に目指すところは同じであったために、俺たちもフレンダさんと同じ通路に入って探索を再開する事となった。

 とはいえ、同じ道から入ってもアリの巣の様に分岐している洞窟を進むからには、ルートの違いも出てくるわけで、現在の俺たちは何故か黒の会の居住区らしき場所を突っ切っていた。

 それも全速力で。



「走れ走れ! 相手はプロじゃないから、無視して突っ走ればどうとでもなる!」

「フーマさん。私、もう……」

「ボブ。頼んでも良いか?」

「うっす」



 ボブがビクトリアさんを軽々と持ち上げ、そのまま先頭をひた走る俺の後に続く。

 いきなり俺達海賊が現れた事で黒の会のメンバーは動揺しているが、戦闘員はあまり多くないのか、俺達の足を止めようとする者はいない。

 彼らの侵入者に対しての適切な判断が追い付く前に、この居住区を抜けてしまえば特に問題はないはずだ。



「居住区を抜けたら外に出るんだったか?」

「はい。上が大きく開いた、縦穴に出るはずです」



 ボブが尋問によって聞き出してくれた情報を頼りに道を選択し、ただひたすらに突き進む。

 フレンダさん達は気配を隠しているのか感知出来ないが、おそらく最深部への進行度は同じぐらいのはずだ。



「ビクトリアさん。彼らに洗脳の様子は?」

「特にそれらしきものは無いですね。動揺が8割、恐怖が1割、好奇心が1割って感じです」

「なるほど。ボブ。もしもの時はここの人も連れて避難しろ。こいつらも悪魔の被害者なだけで、俺達の敵じゃない」

「……分かりやした」

「そう嫌な顔をするな。出来る限りで良い」

「うっす。すいやせん」



 海の上で生きる海賊にとって、余計な人員は食い扶持を減らす足手まといにしかならない。

 俺の言う事を聞いてくれているとは言えボブが海賊である事に変わりはないし、その根本的な考え方にまで口を出す事は出来ない。

 非情かもしれないが、俺と黒髭海賊団双方のメリットにならない行動は出来るだけ慎むべきなのだ。

 そんな事を考えながらひた走り、俺達は無事に居住区を抜ける事が出来た。



「ふぅ。全員いるか?」

「はい。追手もいない様です」

「なら良し。ここから先はかなりキツくなるだろうから、ボブの判断で引き返すタイミングを判断してくれ。命第1、利益第2、情報第3だ」

「うっす。ありがとうございます」

「気にすんな」



 そんな話をしつつ足を動かした俺たちは、日光の差し込む深い縦穴に到達した。

 島をざっくりと上から見下ろした時には気が付かなかったが、直径30メートルほどの大穴がぽっかりと空いており、上に茂る木々の隙間から日の光がこぼれ落ちている。



「綺麗……」



 ビクトリアさんも思わずそう呟くほどに地の底は神秘的で、一面の花畑も相まってかまるで聖域の様にも感じられた。

 しかし…。



「キャップ。この花は意識を刈り取るために使われる毒花ですぜ。それにそこ…」

「人骨か。石の祭壇らしきものもあるし、ここが贄を置く場所で違いなさそうだな」



 周囲を軽く見渡すだけでも花畑に埋もれて人の骨がいくつも見つけられるし、意識を刈り取る毒草というと、俺にはかつて麻酔に使われた朝鮮朝顔が思い出される。

 もしかすると、モラクスも何時ぞやにソレイドで戦ったアセイダルの様に人を使った実験でも行っているのかもしれない。



「悪魔はどうしてこうも勉強熱心なのかね」

「人間ほどでは無いと思うが、どうだろうか」

「………はぁ、お邪魔してるぞモラクス」



 ちくしょう。

 今の今まで祭壇を見ていたのに、モラクスらしき悪魔に声をかけられるまでその存在に気が付けなかった。



「キャップ。あれが悪魔ですかい?」

「顔を見てくるだけで腹が立ってくるし、間違いないだろうな」

「これが悪魔…」

「あぁ、ごめんよ。僕の家に泥棒でもやって来たのかと思って警戒してしまった。……これでどうだろう。少しは嫌悪感は晴れたかい?」



 悪魔特有の見ているだけで精神を掻き毟られる感覚がいくらか緩和され、モラクスの容姿に意識を向ける余裕が生まれる。

 褐色の肌に銀色髪、そして頭に生える羊にも似たねじ曲がった黒い角。

 あの角が無ければ女性受けしそうな整った顔立ちも相まって、大衆の彼に対する心象は良さそうな気がする。



「へぇ、そんな事も出来たのか」

「あまり練習しようとする悪魔もいないけれど、人の中で暮らすには必要な技能だからね」

「是非とも普段からそうして欲しいものだ」

「はっはっは。少なからず集中が必要な技能だから勘弁しておくれ。それより、こんなところまで一体何をしに来たのかな? 君達は見たところ、海賊と………? 君は善性の極致に立つものではないのかい?」

「色々と訳ありでな。俺がここに来たのはハルガに出回っている悪魔の祝福の出所を調べるためだ」

「悪魔の祝福……。あぁ、これの事か」



 そう言って手の平を俺に向けたモラクスの手からザラザラと悪魔の祝福がこぼれ落ちる。

 どうやらとぼけたり余計な話をするつもりはないらしい。



「それを作ってるやつに心当たりは?」

「これを作ったのは僕だよ」

「へぇ……それじゃあお前をぶっ殺せば万事解決するのか」

「君の言う万事がどこまでを指すのかは分からないけれど、おそらく君の目的は叶わないだろうね」

「どういう意味だ?」

「これが何から出来ているか分かるかい?」

「さぁ?」

「ならば教えてあげよう。これの主原料は一定以上の魔石でその他にも色々と必要ではあるけれど、呪術さえ使えれば比較的簡単に作れる。ほら、僕をここで殺したとしても万事は解決しないだろう?」

「そうか……。だが、だからといってここでお前を見逃す理由はないな。お前を殺しても万事は解決しないというなら、一事を積み重ねて万事にするまでだ」

「やれやれ。荒事は苦手だから避けたいんだけどなぁ」

「……嘘つけ」



 鳴りを潜めていた嫌な雰囲気を一気に放出し、俺の精神を容赦なく揺さぶってくる。

 抑える事が出来るからには激しくする事も出来るのだろうとは思っていたが、それを直に受けるのはかなり事が違った。



「フーマさん。これはマズいかもしれません」

「ちっ……」



 ビクトリアさんの声で頭を抑えてよろめくボブ達に気がつき、彼らを船の近くまで一人ずつ転移させる。

 この間にモラクスに襲われれば俺は何の抵抗も出来ないだろうが、後ろにいるボブ達を放っておいて戦う事も出来ないし、この場での選択肢はこれしかないはずだ。



「僕は待つほど優しくないよ?」

「だろうなっ!」



 ククリナイフを手に襲って来たモラクスの攻撃を転移魔法で大きく距離を取る事で躱し、比較的に意識を保っているビクトリアさんに大声で指示を出す。

 洗脳やマインドコントロールが専門だとは思っていたが、こういった事にまで耐性があるとは、この場においては頼もしい限りである。



「皆を安全な場所まで!」

「はい! ご武運を!」

「逃すと思うかい?」

「お前の相手は俺だ」



 ボブ達に襲いかかろうとしたモラクスの行く手を阻み、舞からもらった片手剣を握って僅かばかりに戦意を上乗せする。

 大丈夫だ。

 この気配はフレンダさんも掴んでいるし、まだ慌てるほどの状況ではない。



「転移魔法の相手がこんなに面倒だとはね」

「安心しろ。俺ほどの転移魔法の使い手は他にいねぇよ」

「ならばここで後顧の憂いを絶っておくとしよう」



 そうして俺は悪魔の祝福の出所に関する情報に頭を重くされながらも、モラクスという強大な悪魔に向けて牙を剥く。

 ………。

 俺の方から離れておいて図々しい事は分かっていますが、お願いしますフレンダさん!

 マジで早く助けに来て!!




 ◇◆◇




 フレンダ




 フーマと離れてしまってから、ベラベラとうるさい三人組を黙らせつつ暗い洞窟を進んだ私は、研究室らしき小部屋へとたどり着いていた。

 呪術の気配の濃い方へ進み、途中からは魔法で隠蔽された道を選んで進んでいたのだが、どうやら当たりを引いたらしい。



「ふむ。これが悪魔の祝福のレシピですか。これなら私でも簡単に作れそうですね」

「ま、マム。こんな気味の悪いとこ早く出やせんか? この部屋、どうにも血生臭くて…」

「喋る暇があったらさっさとこの部屋の物を袋に詰めてしまいなさい。まさかその程度の雑用もこなせないとは言えませんよね?」

「で、でもぉ…」

「先ほどイカの魔物から助けてやった恩を忘れたのですか?」

「ふ、粉骨砕身頑張ります!」

「ふ、フンコツサイシンってどういう意味だ?」

「死ぬ気で働かねば仕置きするという意味です」

「ふ、フンコツサイシンって怖いな!」



 そうしてフーマにトンチンカンと呼ばれていた3人がドタバタと部屋中の物を片っ端から袋に詰めて行く。

 さて、彼らが袋詰めしている物は後ほど解析するとして、私はこの間に気になっていた情報を得るとしましょう。



「リスト、リスト………。ありました」



 以前エルフの里で接触した悪魔の組織に関わっているらしき男が『リスト』という言葉を口にし、つい先日フーマと対峙したベルベットと腕落としも『リスト』と言っていたからには、悪魔共通の隠語として何かしらの意味のあるものだとは思っていたが、モラクスという名の悪魔もその『リスト』に一枚噛んでいるらしい。



「見たところは商品のリストの様ですが………これは」



 そうして私が『リスト』について嫌な予測を立てたその時だった。


 フーマにかけておいた限りなく薄い結界が破られたのを感じる。

 念のためにと感知用に張っておいたのだが、逃げ足ばかりは異様に早いフーマが攻撃を受けるとはタダ事ではないと思う。



「お前たち。私は用が出来たので、ここは任せましたよ」

「任せたって、俺達を置いて行くって事ですかい!?」

「それとも私と共に悪魔と戦いますか?」

「え、遠慮しておきやす」

「この部屋にあるものは一通り覚えましたから、一つでも漏れがあったら後で仕置きをしますからそのつもりで」

「あ、ちょっとそっちは!」

「何か?……キャッ!?」



 床板の木が腐っていたのか、思わずよろめいてしまう。

 壁に手を付いたために何とか転びこそはしなかったが……。



「マム。こちらはお任せください」

「お、おい。何故そこでいきなりヤル気を出すのですか」

「俺、一生マムについて行くっす」

「ですから何故好感度が上がっているのです!」

「だって偉そうにしていた癖に、あんな可愛らしい一面を見せられちゃあ……なぁ?」

「解語之花ってやつですね」

「カイゴノハナってどういう意味だ?」

「マムは最高って意味だ」

「なるほど! カイゴノハナって……ぶがっ!?」

「それ以上は言わないでよろしい!」



 まったく。

 フーマといい、何故人間共はこうも私に対して馴れ馴れしいのでしょうか。

 確かに帝国にいた頃よりも今の私の方が愛想は良いかもしれませんが、それでも限度というものがあるでしょうに。



「これはモラクスという悪魔を華麗に討伐する他ありませんね」



 そうして私は密かに立てた威厳アップ計画を果たすために、フーマ気配のする方向へ全速力で走るのであった。

次回、6日予定です。

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