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84話 洗脳の手引き



風舞



狭い岩の割れ目からぐんぐんとこちらに近づいて来る気配がある。

速度的にはレベルのあまり高くない普通の人間が走って来ているぐらいなのだが、それとは別に何か異質な雰囲気を感じる。



「頼むからホラー展開はやめてくれよ」



俺はそんな事を言いながら目前に迫っていた何者かの攻撃を受け止め、その正体を目にした。



「あぁあぁぁあぁぁぁ」



現れた獣人の男は虚ろな目をしながら、まるでゾンビさながらに腕を振り下ろして俺を攻撃してくる。

ゾンビらしく力は強いが別段素早い攻撃でも無かったために、難なく避けて思いっきり腹を蹴飛ばした。



「どうやら少し遅かった様ですね」

「いや、そうでもないみたいですよ」



つい今しがた蹴り飛ばした男を皮切りに、こちらに続々と近づいて来る気配を感じる。

それも一方向からではなく多方向から来るあたり、かなり面倒くさそうだ。



「ボブ、戦闘準備を。忙しくなるぞ」

「うっす。お前達! 黒髭海賊団の腕の見せどころだ!」

「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」



そうして黒髭海賊団の面々が戦意を高めると共に、老若男女問わず虚ろな目をした集団が一斉に襲いかかって来た。



「フレンさん。これってやっぱり呪術ですか?」

「はい。ふーマやお姉様から聞いていた悪魔の祝福の気配と似ていますね」

「その気配から術者の気配を感じ取れませんか?」

「敵の数が多すぎて探るに探れません。まずは目の前の有象無象をどうにかするしかないでしょう」

「あぁ、たるい」

「私より多く討伐出来たら1つだけお願いを聞いてあげますから、やる気を出してください」

「……………ふぅ」

「お、おい。まさかこんな事にギフトを使うつもりですか?」



そんなフレンダさんのセリフが辛うじて聞こえなくなるぐらいまで集中を高め、視界に入った敵を一気に転移させる。

転移魔法では一度に1つの対象しか転移できないが、ギフトを使えばこのぐらいの事も出来るのか。

ただ、あまり集中しすぎると反動に気付かずに即死する可能性があるためにそこそこを保たなくてはいけないのが面倒なところでもある。



「次…………って、あれ? もういないのか?」

「お疲れ様ですフーマさん。一瞬でほとんどの敵を転移させちゃうなんてそんな事も出来るんですね」

「まぁ、あんまり使えない技ですけどね。それより、フレンさんは何人ですか?」

「……4人です」

「へぇ、それじゃあお願いを聞いてもらえそうですね」



あまりよく覚えていないが確実に4人以上は倒しているだろうし、これで何か1つだけお願いを聞いてもらえそうな気がする。

ふっ、やる気を出した甲斐があったぜ。



「それよりもフーマ。先に回復をしてあげましょうか?」

「あ、すみません。お願いします」



フレンダさんがギフトによって傷ついた俺の体を回復魔法で癒してくれる。

複数を同時に転移させるのはそれなりに難しい事だったみたいで、感覚的に体力の半分を削られた気がする。

仮に俺の目の前に体力のゲージがあったら半分ぐらいは削れている事だろう。



「さて、これでお願いは叶えましたし、先に進みましょうか」

「まさか今のでお願いを聞いた事になるんですか?」

「フーマがお願いしますと言ったのでしょう?」

「えぇ………ずっる」

「ふん。何とでも言いなさい。それより、呪術の残滓が途切れないうちに先に行きますよ」



フレンダさんはそう言うと、虚ろな目をした集団の現れた通路の1つに入って行ってしまう。

ちくしょう。

してやったりみたいな雰囲気を出しやがって。



「ボブ。襲って来たやつで意識のあるやつを一人連れて来てくれ」

「マムを追わなくて良いんですかい?」

「……トンチンカン。お前達はフレンさんの方に付いて行け」

「えぇ、あのエルフ。ちょっと怖いんすけど」

「嫌なら壁の中に埋め込むぞ」

「「「行ってきやす!!」」」



そうしてトンチンカンがフレンダさんの入って行った方の道を進んで行く。

俺はあんな卑怯な手を使う吸血鬼さんには負けないからな!

なんとしても自分の力でフレンダさんを超えて悔しがる顔を拝んでやる!



「よし。ありがとうボブ」

「いえ。この程度なんでもありません」

「あうぅぅ……」



ボブの連れて来てくれた男の前に腰を落とし、視線の高さを合わせて顔を覗き込む。

意識は朦朧としているみたいだが、あまり顔色は悪くないな。

日常的に悪魔の祝福を摂取している中毒者って訳じゃないのか?



「さてお兄さん。こちらの言葉が分かるか?」

「あぁあぁ……」

「キャップ。流石に無理じゃねぇですか?」

「……ビクトリアさん。どうです?」

「反応はしていますけど、理解できているかは分かりませんね」



近頃ビクトリアさんの特技はマインドコントロールか何かじゃないかと思って声をかけてみたのだが、想像以上に頼もしい返事が返って来て少しだけ驚いてしまう。

この世界で何か不思議な出来事があるとついつい魔法やスキルを疑いがちだが、俺のもといた世界で出来た事がこの世界で出来ない理由は無いし、あらゆる方法を疑った方が良いはずだ。


例えば虚ろな目をしながらも反応があるというのなら、眼球運動のある睡眠状態––REM睡眠に酷似した状態だと言えるだろう。

眠った人を起こす方法には色々あるだろうが、一番脳に反応が行きやすい方法はやはりこれだと思う。



「サンダー」

「グッ…ガァアァァァァ」



俺に雷魔法で電気を流された男が数秒間悶え、そのままガクリと項垂れてしまう。

一見気を失った様に見えるが、おそらくこれで上手くいった筈だ。



「おい。聞こえるか? 聞こえているのなら返事をしろ」

「うっ……あぁ」

「よし、良い返事だ。ボブ。後は任せたぞ。この場所のトップと前後の記憶、後は夢の種について聞き出してくれ」

「うっす。お前ら、こいつを立たせろ」

「了解です」



これ以上の尋問は素人がやるにはやり過ぎてしまう可能性があるし、プロの海賊達に任せておいた方が良いだろう。

それに俺には他にもやる事があるしな。



「ビクトリアさん。ちょっと」

「構いませんよ」



ビクトリアさんを呼び出し、少しだけ彼女について知るためにこの時間を使う。

ここから先は俺にとっても危険な舞台になりそうだし、背後の安全を確保するためにこのぐらいはやっておいた方が良い筈だ。



「まさか電気を流して目を覚まさせるとは、なかなかやるわね」

「人は電気仕掛けの生き物ですからね。このぐらい普通です」

「それで、私を呼び出してどうするつもりかしら?」

「ビクトリアさんの特技に関する話です。美人な女性に弱い俺は兎も角、疑ぐり深いフレンさんにまで放置されているからには人の懐に入るのが得意みたいですけど、その力の精度はどのぐらいなんですか?」

「その私がそう易々と自分の手の内を晒すと思って?」

「それじゃあ質問を変えます。さっきの集団を見る限りどうにも何かしらの命令を受けて動いていたみたいですけど、そんな事って出来るんですか?」

「どういう意味……いいえ。この場合は意図といった方が良いかしら。私に何を言って欲しいの?」

「おそらくこの島には悪魔がいます。そしてその悪魔は悪魔の祝福を媒介に人を操っている。今のところは雑魚ばかりなので大した苦労も無いですが、この後もそうとは限らない。簡単に洗脳を解く方法があるのなら教えてください」

「なるほど。そういう事ね。とは言え碌な魔法を使えない私から言えることはそれを除いた話になるわよ?」

「構いません」



仮に呪術に限った話なればフレンダさんの方で対処できるだろうし、問題はそれ以外の人を操る方法の方だ。

こうしてフレンダさんと別行動しているからには、別の道で彼女の後を追う必要があるだろう。



「人を操るというと大仰に聞こえるけれど、基本は行動の基となる感情を理性をもって動かしているの」

「というと?」

「例えば、街の地図が大きく描かれた看板の前で泣いている子供がいたらどうするかしら?」

「とりあえず声をかけて、可能なら道案内をしますね」

「それが行動の基となる感情を理性をもって動かすという事よ。特定の人をより綿密に動かすには道徳観や慣習への深い理解が必要だけれど、その積み重ねで多くの人を動かす事も出来なくはないわ」

「対処法はあるんですか?」

「固定観念や道徳観に囚われない事ね。何度もアプローチをかける事で人の根幹を成す部分も動かせるから、常に自分を問い疑う事である程度は対抗できるわ」

「それでもある程度なんですね」

「現に私に気を許している坊やには、よく分かる話ではなくって?」

「なるほど」



人の感情は第一印象に左右されやすいと言うし、一度抱いた心情を動かすにはかなりのファクターが必要だ。

今回の相手であるモラクスは生贄を主とする悪魔として有名だし、その悪魔に捧げられる条件を踏まない様に動かなくては、先程の虚ろな目をした男の様に起きているがままに目覚めない状態になる可能性は十分にある。

固定観念を疑うとは、なんとも言い得て妙な話だろう。



「さて、そろそろボブさんのお話も終わった頃ですし戻りましょうか」

「相変わらず凄い変わり様ですね」

「こんなもの、自慢にもならないわ。生きるのに必死で身につけた能力よ」

「すみません。詮索しすぎました」

「ふふ。今のも感情を理性をもって動かした1つのケースですね。さぁ、フレンさんにこれ以上先を行かれないためにも急ぎましょう!」



そう言って俺と腕を組んだビクトリアさんの手が少しだけ震えていたのは、演技なのか彼女の本意なのか、つい今しがた彼女の手のひらで転がされた俺には判別出来なかった。

とは言え、一縷でもビクトリアさんが怯えている可能性があるのなら、男として先を見据え胸を張るのが俺の仕事でもあるわけで…。



「まぁ、いつも通り痩せ我慢を重ねるか」



俺はそんな事を誰にも聞こえない声量で呟きながら、ボブの報告を聞くために暗い洞窟を歩むのであった。





次回3日予定です

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