83話 暗き底へ
風舞
一度狙撃兵を制圧したからか、遠巻きに監視されるのみで特に何の抵抗も受けなかった俺達はぐんぐんと森の中を進み、明らかに人の手が加えられた洞窟の前まで来ていた。
洞窟の奥からは冷たい風が吹いており、入り口の正面に立っているだけで肌寒くなってくる。
「どうしますか?」
「罠が怖いですけど、道なりに先に進みましょう。流石に水攻めとかはやる気にならないです」
「確かに水攻めをすると中の人が全滅しちゃいそうですもんね」
「それもありますけど、重要な情報の書かれた資料をダメにはしたくありませんからね。一部屋ずつしっかり確認しながら先に進むとしましょう」
「うっす。それでは松明は俺達にお任せくだせぇ」
「おう。守りは任せとけ」
そうして黒髭海賊団の面々と共に、黒の会の本拠地であろう洞窟に踏み込む俺達一行。
大分下の方から人の気配がするあたり、かなり巨大な建造物らしいが、ここは着実に進んで行くしか無いだろう。
「はぁ、皆は何をしてるのかね」
俺は先の見えない洞窟にため息をこぼしつつ、そんな事を呟くのであった。
◇◆◇
舞
ディープブルーにてメイリーさんの下について初めての任務は、短期間の遠征だった。
近頃ハルガの近くの海域で台頭し始めたビーハイブ海賊団が今回のターゲットらしい。
「んー。やっぱり少し肌寒いわね」
「もう夏も終わりですし、私もそろそろ冬毛が生える頃ですからね」
「それじゃあ、シルビアちゃんの尻尾はもっとモフモフになるのかしら?」
「ええ。冬毛の方が柔らかいので」
「ふっふっふ。ブラッシングは任せてちょうだいね」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。私はモフリストの名を返上した覚えは無いもの!」
「流石はマイム様です」
ディープブルーの魔船という大型の魔道具の甲板で私とシルビアちゃんは曇って薄暗い空の下、身を寄せ合いながら雑談に興じている。
帆船だったら色々とやることがあって大変なのだろうが、魔船では一人が船を操って後の人は魔力を送り込んでおけば良いし、船に乗っている間はかなり退屈なのだ。
「お、流石は期待の新人なだけあって緊張はしていないみたいだねぇ」
「「お疲れ様です」
「はいお疲れー。それでどう? 緊張はしているかな?」
船室から出てきたメイリーさんが懐から取り出したタバコに火をつけながらこちらにやって来る。
タバコを吸う女性って、なんだか大人っぽいイメージがあるのよね。
風舞くんは吸う女性と吸わない女性どちらの方が好きなのかしら。
「私は少し緊張しています」
「へぇ、あんまりそうは見えないけれど緊張してるんだぁ。マイムちゃんはどう?」
「私はあまり。緊張には慣れていますので」
「そっかぁ。マイムちゃんは慣れちゃったタイプかぁ」
「……何か問題でも?」
「あぁ、別に慣れるのが悪いとは言って無いよ。事実マイムちゃんはそれほどの力を持って今日まで生き残っている訳だし、それはそれで1つのスタイルではあるだろうからね」
「他にもやり方があるという事ですか?」
「そうだねぇ。緊張に慣れているっていうのは精神の痛みに慣れているとも言えるから、精神の痛みに鈍感になっちゃうんだよ。例えばほら、マイムちゃんは勝算のある戦いからはどんなに苦しくても絶対に逃げたりしないでしょう?」
「そうですね。逃げないと思います」
やればできる事をやらない理由は無いし、多少痛かろうが辛かろうが、利益のためにはやり遂げて当然だと思う。
流石にコスパが悪すぎるものには手を出さないけれど、それしか選択肢が無いのなら最後までやり抜くはずだ。
「物語の英雄ならきっとそんな戦い方でも大丈夫なんだけど、私達はあくまでもただ人だからね。自分の心の痛みは自分が一番分かっていてあげなくちゃいけないし、自分の心の痛みに気が付けない人には他の人の痛みにも気が付けない。少し説教臭く聞こえるかもだけれど、若いうちに聞いた話は年をとっても頭に残っているものだからね」
「分かりました。心に留めておきます」
「うんうん。それじゃあ面倒な話はここまでにして、お仕事のお話だ。ついさっき放ったソナーによればそろそろビーハイブの船が見えるはずだから、二人とも準備をしておいてね」
「そういえば、まだ作戦を聞いていないのですが…」
「迫る大砲は叩き落とし、全速前進。何か質問は?」
「いえ。問題ありません」
「よろしい。それじゃあ今日も張り切って行ってみよー!」
そんな気の抜けたセリフと共にタバコを海に放り投げたメイリーさんが去って行く。
自分の心の痛みに気が付けないと、他の人の心の痛みに気が付けないとは、なんとも含蓄のある言葉ね。
そういえば私に神降しだなんて力を授けて行ったあの女性も私の精神は硬いみたいな事を言っていたし、もっとしなやかな精神を持った方が良いのかしら。
「マイム様。準備はよろしいですか?」
「ええ。少し迷惑をかけるかもしれないけれど、よろしくお願いするわね」
「はい。お任せください」
そういうシルビアちゃんの尻尾が少しだけ嬉しそうに揺れているのを見て、ついつい私の口元が緩んでしまうのを感じる。
柔よく剛を制すと言うし、このリラックスを常に感じながら戦える様に、私も頑張らないとね。
土御門舞バージョン2目指して、精一杯頑張るわ!
◇◆◇
風舞
「へっくしょい!」
「ぬわっ!? な、なんすか!?」
「悪い。多分、俺の彼女がまた変な事を言ったんだと思う」
黒の会の本拠地らしき洞窟に足を踏み入れて数分、いきなり鼻がむず痒くなってしまった俺は盛大にくしゃみをしていた。
そんな俺に呆れながらも、フレンダさんがハンカチを差し出しながらこちらに近づいて来る。
「まったく。これは一応潜入調査なのですから、もっと緊張感をもってください」
「すみません。ハンカチ、洗って返しますね」
「当然です。やれやれ。これでは私の相棒と認めるにはまだまだですね」
俺がフレンダさんを相棒と呼んでから、フレンダさんも相棒という言葉に意識が向いているのか、そんな事を口にしながらため息をつく。
常に俺の前を歩きながらもこうして後ろを振り返っては付かず離れずしてくれるあたり、フレンダさんに認められたいという欲がますます出てくるから、ズルいと思う。
フレンダさんは胸は無いくせに、魔性の吸血鬼なのだ。
「さて、それじゃあ探索を再開するぞ」
「了解です」
そんなボブのダンディな返事と共に俺達探索組の調査は再開し、暗い洞窟の中を着実に進んで行く。
方向的にはこちらで合っていると思うのだが、何分松明が無くては隣に立つ人物の顔も分からないぐらい暗いために、細心の注意を払う必要があるだろう。
そうして集中を高めつつ下へ下へと進んでいたその時だった。
「ん? 水の音がするな」
「近くに水脈があるのかもしれませんね」
「何か人の痕跡が掴めるかもしれませんし、とりあえずそっちの方に行ってみますか」
こうして次の目標を決めた俺達が水の方向に近づいて行くと、思ったよりも早くに水脈を見つける事が出来た。
海水の匂いも無く、いきなりがぶ飲みを始めたトンチンカンに特に異変は無いあたり、地下水が流れ込んでいる場所であるらしい。
それなりに開けた場所だし、ここなら散開して調べた方が効率が良さそうだな。
「よし。とりあえずあの三馬鹿は放っておいて、ここのあたりを重点的に調査しよう。孤島もそれなりに水不足には悩まされるだろうし、何かしら人の痕跡が掴めるはずだ」
「うっす。よし、ここからは三人一組で行動だ。何か人の痕跡を見つけたやつは直ぐにキャップかマムを呼べ!」
「マム?」
「フレンさんの事じゃないですか?」
「やれやれ。こんな怪しい仮面の女に敬称をつけるとは変わった者達ですね」
なんて事を言いながらも案外まんざらでも無さそうなフレンダさんがカツカツと足音を鳴らしながら水脈nの近くを歩いて行く。
さて、それじゃあ俺も探索をするかね。
「って、どうかしましたか?」
「私もフーマさんと行動して良いですか?」
皆が散り散りに行動したのにも関わらず、最後まで俺の前に立っていたビクトリアさんがそう言いながら近づいて来る。
これはあれか。
いよいよ俺にもボブと同じ術をかけようという訳か。
「…………良いですよ」
「そう心配せずとも、ここで坊やに手を出すつもりは無いわ。私に戦う力が無い事はもう知っているでしょう?」
「そう言って安心させておいて後ろからグサリとか嫌ですからね」
「仮にそんな事したら、後で好きなだけ胸を触らせてあげるわ」
「即死しない位置に刺してくれません?」
「坊や、手首の関節外れているの?」
そんなどうでも良い冗談を言い合って剣呑な雰囲気を誤魔化した俺とビクトリアさんは二人揃って調査を始める。
基本的には足跡を探しつつ、どこかに横道が無いかを探すのがこの場での調査の目的だ。
「そういえば坊や。恋人がいるのね」
「まぁ。俺には勿体ないぐらいの良い彼女がいますね」
「そう。どんなところが好き?」
「そんなの聞いてどうするんですか?」
「私ぐらいの年になると若い子の話を聞きたくなるのよ」
「そう言うビクトリアさんだってまだまだ若いじゃ無いですか」
「私は今年で40よ」
「マジで!?」
40って、ほぼ俺の母さんと同い年だぞ?
み、見えねぇ…。
「一応聞いておきますけど、ビクトリアさんって人族の人間ですよね?」
「ええ。そうよ」
「はぁ〜。美魔女ってマジでいるんだ」
「もう私の事は良いかしら? 先程の質問に答えてちょうだい」
「あぁ、俺の彼女の話ですか?」
「そう。例えば、その恋人を好きになったきっかけは?」
「言わないとダメですか?」
「嫌と言うのなら、ここで坊やに乱暴されそうになった演技をしても良くってよ?」
「おぉ、流石は美魔女」
やる事がエゲツないな。
そんな事をされた日には、さしものフレンダさんでも俺を許してはくれないかもしれない。
……いや、それは無いか。
「まぁ、話しますよ。とは言え、大した話でも無いですよ?」
「構わないわ。暇つぶし程度に気軽に話してちょうだい」
何故ビクトリアさんが俺が舞を好きになった話に興味を持つのか分からないが、俺はとりあえず舞と初めて会った高校二年生の春の話をした。
そもそもは俺の一目惚れから始まった恋だったし、ビクトリアさんもそれで満足してくれるだろう。
「なるほど。確かに、圧倒的な美しさを持つ女性に微笑みかけられたら普通の坊やなら恋に落ちるわよね」
「まぁ、その時の笑顔は彼女の被った猫だったんですけど、俺はどちらかと言うと今の開放的な彼女の方が好きなんですよね」
「それなら次はその彼女の二面性を知る事となったエピソードを話してもらおうかしら」
「あの、流石に恥ずかしいんで勘弁してもらっても良いですか?」
「嫌というのなら、ここで坊やに〇〇〇された演技をしても良くってよ?」
「さっきよりも酷くなってるし…。すみません。話は少し待ってください」
「誤魔化そうとしても…………分かったわ。フレンさんを呼んで来れば良い?」
「はい。お願いします」
俺の真剣な顔を見て冗談では無いと悟ったビクトリアさんがフレンさんのいるであろう方向に走って行く。
さて、後はその間にたった今見つけたこの人一人通れそうな隙間を走って近づいて来る何者かをどうにか出来るかどうかなのだが…。
「やるしか無いか」
俺はそんな事を呟きながら片手剣を抜き、目前に迫る謎の影の気配を感じつつ重心を落とすのであった。
次回、1日予定です!




