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80話 謎の襲撃者

 


 ビクトリア



 天国のお父さんお母さん、お元気でしょうか。

 ビクトリアは今日も何とか生きています。


 酒場で給仕をしていた私に一目惚れしてくださり結婚を前提にお付き合いしていた吟遊詩人の彼と新婚旅行を兼ねた船旅に出た直後、私の乗っていた船はそこらでは有名な黒髭海賊団に襲撃されてしまいました。

 私は彼と共に一刻も早く脱出様の魔道具が組み込まれた救命用ボートに向かおうとしましたが、彼は大切だと言っていたマンドリンで私を殴りつけて気絶させ、私が海賊に攫われている間に一人で逃げてしまったのです。


 酒場の大将が言っていた自称行商人と自称吟遊詩人だけはやめておけという忠告を素直に聞けば良かったと思った瞬間でした。

 これまでも幾度となく恋をしてきた私ですが、初めて自分の惚れっぽさに腹が立った瞬間でもありました。



「キャップ。女が起きたみたいですぜ」

「そうか」



 気絶している間に海賊船の上に運ばれて目を覚ました私を大柄な男達が見下ろしています。

 別に生娘という訳でもなく初めては10代の頃に経験した私ではありますが、それでもこんなに大勢の男達に性的な目を向けられるのは素直に恐ろしいです。

 幼い頃から私だけが使える不思議な力によると私にいなくなって欲しいと()()人達も一定数いる様ですが、女性に飢えた海賊の多くが私に下劣な視線を向けていました。



「こ、ここは…」

「大人しくしてな。お前は後だ」



 私にいなくなって欲しいと望む一人であるキャップと呼ばれた大男はそう言うと横に立っていた男性を連れて甲板に置かれた大樽へと向かいます。

 どうやら私と共にあの船から運び出された彼らの戦利品の様です。



「って、おいおい。マジかよ」

「………引き摺り出せ」



 意外とクールな船長っぽい大男さんの指示で屈強な皆さんが樽の中身を引き摺り出します。

 そうして出てきたのは………



「黒髪の男?」



 毛布にくるまれたどこか不思議な雰囲気の男の子でした。

 見たところ10代後半みたいですが、気を失っているみたいで樽から引き摺り出されても目を覚ましません。



「キャップ。どうしますか?」

「とりあえず目を覚ますまで待つ。話はそれからだ」



 船長らしき風貌の男性はそう言うと私の方を一瞥して部下に指示を出します。



「とりあえずそこの女は縛っておけ。お楽しみは面倒が済んでからだ」

「うっす」



 指示を受けた男性が私の口元を布で覆い、後ろ手に私を縛り上げます。

 冒険者の方達どころか一般の男性にも腕力で敵わない私は碌な抵抗も出来ずに拘束されてしまいました。

 そうして重そうな手枷を架けられてしまった黒髪の男の子が起きるのを待つことしばらく……。

 ようやく男の子が目を覚ました様です。



「キャップ! こいつ、目を覚ましたみたいですぜ!」

「ようやく起きたか」



 船長さんとその部下の方がそんな会話をしている間に、男の子は周囲を見回して状況を把握します。

 寝ている時は可愛らしい寝顔だったのに、目を覚ましてすぐに不機嫌そうな顔になってしまいました。



「ええっと、ここは一体?」

「ここは我らが黒髭海賊団の船の上だ。坊主」

「なるほど。海賊、海賊ね。それじゃああそこで縛られているエッチなお姉さんは?」

「あの女はつい先程襲撃した船から攫って来た今日の戦利品だ」

「ちなみに、俺はどうしてここに?」

「運び出した樽の中でお前が寝ていた。売られでもしたのか?」

「なるほど……。可哀想だから助けよっと。って、あれ?」

「何をしようとしたのかは分からんが、その手枷は魔法とスキルを封じ込める特注品だ。お前の様な非力な坊主にはどうする事も…」

「ふんっ! お、やっぱりギフトは無効化できないみたいだな」



 男の子の両手首にかけられていた枷がゴトリをと音を立てて手首から落ち、次に気がついた時には男の子は私の目の前にいました。

 その後私はステキな男の子と共に空の旅を楽しむ事になるのですが、その話はまた今度にしておきましょう。

 つまり何が言いたいのかと言うと、その時の私の心は運命の人を見つけた喜びに打ち震えていたのです。




 ◇◆◇




 風舞



 海賊船の船長になって3日目の朝、船長室で目を覚ました俺は今日も今日とて見張り台の上に出て、獲物が通りかかる事を望みつつ、遠くを見つめていた。



「はぁ、暇暇の暇暇暇の暇」

『それではギフトの訓練をしてはいかがですか?』

「昨日張り切りすぎて今朝ケツから血が出たのをご存知でしょう? 回復魔法をかけ続けてるんでもう少し待ってください」

『やれやれ。仕方ありませんね』



 舞達と離れた生活をして既に3日目の今日だが、むさ苦しい男達に囲まれて暮らすのはかなりキツい。

 この世界に来てから良い匂いのする女の子に囲まれて生活していたからか、汗臭い男臭への免疫がかなり下がっているのかもしれない。



「やれやれ。ハーレムも楽じゃないぜ」

『お、おい。流石に男に囲まれて喜んでいる訳ではありませんよね? 価値観や趣味嗜好は人それぞれですが、あまり節操が無いのも如何なものかと…』

「はぁ、どこかに俺を癒してくれる人魚さんとかいないかなぁ」

『おい。そこで無視されてはあり得ないとは思っていても勘繰ってしまうのですが!? 私はフーマにその気があっても受け止めますが、それでもその対応は一抹の不安を感じてしまいますよ!?』



 今日も今日とてフレンダさんは相変わらずお元気である。

 俺がこの女人禁制生活の中で生きていられるのはフレンダさんがいてくれるおかげなのだろう。

 この船にも一応美人な女性が乗船しているにはしているのだが……



「フーマさーん! 朝ごはん出来ましたよー!!」

「はぁ……」

『おいフーマ。ビクトリアが呼んでいますよ?』

「分かってますけど、毒が入ってるかもしれないご飯を出されても食べれませんって。ていうか、身元の分からないスパイの作った料理を食べるなって俺に初めに言ったのはフレンダさんじゃないですか」

『それはそうですが、返事ぐらいはしてやっても良いのではありませんか?』

「確かに。あまり嫌われて襲われたくないですしね」



 なんて言いながら俺はマストの下で手を振るビクトリアさんの前に転移して、申し訳無さそうな顔をしながら遅ればせながら返事をする。



「すみません。ちょっと体調が良くないので、朝食は遠慮させてください」

「そうですか…。お大事にしてくださいくださいね?」

「え、ええ。それじゃあまた…」



 俺はそう言い残して自分で用意したベッドが置かれている船長室へと向かう。

 はぁ、これであの人がスパイじゃなかったら多少腹が痛くても喜んで食べるんだけどなぁ。

 ビクトリアさんは見た目に反してタバコをスパスパしちゃうゴリゴリの暗部の人間だからなぁ。



「あぁ……辛い」

『何も泣くことは無いではありましたんか…』

「だってお腹痛いし、男臭いし、男臭いし」

『フーマにとっては脂汗浮かぶ腹痛よりも仲の良い女性が側にいない事の方が辛いのですね』

「だって…」

『やれやれ。そんなんだからフーマは愚昧だと言われるのです』



 そんな事言ったって、人間は一度与えられた幸福の味は忘れられないものなのだ。

 このままでは女人禁制のこの船にずっといたら何かを悟ってしまうのでは無いかと思ってしまうぐらいには、頭がおかしくなっているのである。



「はぁ、せめてフレンダさんが側にいてくれたらなぁ…」

『これ以上無いほどにすぐそばにいるではありませんか』

「そういう事を言ってるんじゃないですよ。やっぱり肉体が無いと実感出来ないっていうか…………」

『おい。急に黙ってどうしたのですか?』

「肉体あるじゃん!!」



 そういえばそうだった。

 むしろ何故その事に今日の今日まで思い至らなかったのだろうか。



「アイテムボックスに肉体入ってんじゃん!!」

『おい! まさか私の魂の入っていない肉体にふしだらな事をするつもりではありませんよね!?』

「んな訳ないでしょう! ちっ、こうしちゃいられない! おいボブ!」

「…………うっす。何でしょうキャップ」



 俺の呼びかけに数秒で応じて船長室までやって来たボブが姿勢を正して部屋の入り口に立つ。

 相変わらずこいつはやけに従順だよな。

 ビクトリアさんが何かしたみたいではあるのだが、恐ろしくて何をしたのか聞く気にはなれない。

 気がついたら俺もビクトリアさんの言いなりとか嫌だしな。



「って、そんな事はどうでも良いか。ボブ、俺は少し出かけてくるから、引き続き周囲の警戒を頼む。船を見つけても手は出さずに、俺が戻って来るまでは相手の攻撃が届かない位置をウロウロしてくれ」

「了解です。ところで体調が悪いとお聞きしやしたが…」

「もう治った! そんじゃ、俺は行ってくるから後は頼んだぞ」

「うっす。どうかお気をつけて」



 そうして今日もオッサンとお話をした俺はむさ苦しい海賊船を出て草木香るエルフの里へ向かう。

 トウカさんがギフトの修行をするために里帰りをするまで俺もここに来るつもりは無かったのだが、もうこうしちゃいられない。



「スーシェルさんやーい!」

「あれ? やっぱり鬼畜王だ。今日はどんな鬼畜をしに来たの?」

「そんな俺が常日頃から鬼畜みたいなセリフを吐かないでください。俺は今日も人畜です」

「あはは。なるほど確かにそうかもね。それで、今日はカグヤ様に会いに来たのかな?」

「はい。ちょっとお願いがありまして」

「おっけー。それじゃあ英雄様一名、ストレスマッハの里長様の元へごあんなーい」



 そうして俺はぴっちり忍者エルフことスーシェルさんの案内でエルフの里の宮殿をテクテクと歩き始める。

 スーシェルさんのセリフの一部に何だか恐ろしそうな文言が、混じっていた気もするが、きっと俺の勘違いだろう。

 勘違いだと良いなぁ。



「おや? これはまた随分お暇そうな勇者様ではありませんか」



 …………どうやら俺の勘違いではなかったらしい。

 相変わらず口調こそは落ち着いているのだが、その剣幕からは恐ろしいものを感じる。



「えぇっと、何かあったんですか?」

「そうですね。……この里が広く交易を行う様になり、外の方達が多く我らが里へ足を運ぶ様になった事はご存知ですか?」

「まぁ、一応…」

「それでは、我が里の一大事業として私の愛娘の商品が扱われている事もご存知ですね?」

「そうですね。俺もトウカさんグッズ持ってますし」



 ベルベットとの戦闘でアイテムボックスの中身をぶちまけた時もトウカさんの等身大ポスターはしっかりと保持しておいたのだ。

 俺にとってトウカさんグッズはかなり重要な物なのである。



「時にフーマ様はトウカの事を大事にしてくださっていますか?」

「そりゃあもう。俺にとって大事なエルフですから」

「よろしい。それではその言葉に疑い無しとして、私の悩みをお話しましょう」



 良かった。

 ここで仮にトウカさんを大事にしているって即答していなかったらカグヤさんの中で異常に膨らんでいる魔力が俺に向けて発射されていたかもしれない。

 ナイス判断だぞ、俺!



「実はですね。近頃トウカグッズの売り上げが伸び悩んでいるのです」

「……なるほど?」

「我が里の者の多くは元巫にして美しいトウカの恩恵を授かろうと何かしらのグッズを買って行き、里を解放した後は商人共が多くのトウカグッズを買いに来ていたのですが、どうにも最近売り上げが不調でして」

「なるほど……」

「トウカほど美しく器量も良いエルフなどそういる者ではありませんし、私の見込みによればまだまだ利益を出せる余地はあるはずです。そう考えた私は、その余地を探るために市場の声を直接集める事にしました」

『これはあれですね。親バカというやつですね』

「何か?」

「あぁ、一人の母親として共感できるって言ってます」

『おい。私はそんな事は…』

「後でつい最近思い出したバストアップエクササイズを教えてあげますから黙っててください」

『約束ですよ』



 こうして自分の事を棚に上げちゃう系親バカ吸血鬼さんを黙らせ、それに負けず劣らず親バカすぎて自分の娘のグッズを里の一大産業にしてしまったエルフさんの話の続きを聞く。

 というか、もう話のオチは見えたから聞かなくても良いだろうか…。



「コホン。そして私が直々に集めた市場の声によると、人間の来訪者の半数近くがトウカの胸が慎ましいために興味がないとほざいていました。それどころか、トウカグッズの胸を大きくした方が売れるなどとのたまうのです。フーマ様、貴方はこの声をどう思われますか?」

「とても良くないと思います」

「つまり?」

「…………トウカさんは既に完成された美を有しているのにも関わらず、そこを無粋な邪念で汚そうなどとは片腹痛いです」

「そうでしょう!? そうでしょうとも!!」



 あぁ…用があって来たのは俺の方なのに、もう帰りたくなってきた。

 カグヤさんって、娘の事となるとこんなにハッスルする人なんだな。



「失礼。いささか興奮してしまいました」

「い、いえ。どうぞお気になさらず」

「フフ。流石は我が里の英雄様はどの様な場合でも落ち着いていらっしゃいますね」

「どうも…」

「それではそんなフーマ様に一つお聞きしたいのですが、今後トウカグッズの販売を促進する上でどの様な方策をとったら良いと思いますか? そう気を張らずに参考程度にお聞かせください」

「そ、そうですね……」



 そういう質問が一番困るんだよなぁ。

 ここで下手な事を言ったら親バカエルフの機嫌を損ねる事になるだろうし、カグヤさんにお願いがあってやって来た俺にはあまり大層な事は言えない。

 とはいえ、年の功的に嘘をついてもカグヤさんには見抜かれそうだし、ここは正直に言って済ますしかないか……。



「俺は、トウカさんの美しい脚を強調した商品をもっと作ると良いと思います」

「ほう。脚ですか」

「トウカさんのきめ細やかで長い脚はまさしく芸術と言っても過言では無いでしょう」

「脚……脚ですか……………」



 カグヤさんが俺の意見を聞いて何かを考え始めてしまう。

 未だかつてこんなにくだらない話題で緊張する事があっただろうか。

 マジでこれ、何の時間だよ。



「なるほど。確かにそれは盲点でした。流石はフーマ様、御見逸れしました」

「いえ。お力になれた様なら何よりです」

「スーシェル。話は聞いていましたね? 今の話を関係各所に」

「承知いたしました」



 えぇ……そんな適当に話を進めちゃって良いんですか?

 ていうか関係各所って、トウカさんグッズを扱うエルフはこの里に何人いるんだよ。

 国家事業ってカグヤさんの主観的な表現だと思っていたけど、もしかしてマジで国家事業なのか?



「ふふ。そう心配なさらずとも、フーマ様の分もきちんと用意しておきますのでご安心ください」

「ど、どうも」

「それで、フーマ様はどうしてこちらに?」



 こうしてようやく本題に入れた俺はフレンダさんの魂を元の肉体に詰め直してもらった後、つい最近出来たばかりだというトウカさん水着フィギュアをお土産にもらってエルフの里を後にした。

 そしてそんな帰り道…



「長らく娘と会うことも出来なかった反動かもしれませんが、ああはなりたくないですね」



 そんなセリフを吐いていたフレンダさんの真剣な横顔が少し印象的だった。



 ◇◆



 そんなこんなんで保護者にして相棒のフレンダさんを連れて黒髭海賊団の船まで戻って来たのだが、我らが黒髭海賊団の船はというと……



「全員動くな! この船は我々黒の会が占拠した! 我らが神のお怒りに触れたくなくば、武器を捨て投稿しろ!」

「ちっ、どうしますかキャッ……ボブさん」

「クソっ。よりにもよって黒の会に目を付けられるとはな」



 何故か、真っ黒い服に身を包んだ集団に占拠されていた。

 小一時間程目を離した隙にここまで徹底的にやられるとか、お前らはここいらでは有名な海賊じゃなかったのかよ。

 ていうか黒の会ってボタンさんの手紙には載ってなかったはずだけど、一体どこの誰なんだ?



「仕方ありません。とりあえず海賊団の面々を助けるとしましょう」

「あぁ、そうですね。背中は任せたぜ、相棒!」

「ふ、ふん! 精々足を引っ張らない事ですね!」



 そう言ってヒクヒクと動く口元を全然隠せていなかったフレンダさんが目を青く染めて変装用の術を展開させながら、甲板の方に飛び立って行く。

 さて、俺はその間に運動神経が皆無らしいどこぞの諜報員さん助けに行きますかね。

次回28日予定です

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