79話 謎の美女
風舞
海賊達の部屋を掃除しがてら歯向かって来るやつを片っ端から相手してやっているうちに、すっかり日は暮れ夜になってしまった。
全ての船室を周り入ってすぐの部屋をゴミ箱にして軽く掃除は済ませたが、明日以降にも拭き掃除やらなんやらをする必要がありそうで今からげんなりする。
そんな汚れの温床とも言える海賊達はと言うと…
「あぁぁぁ……骨身に染みるぅ」
「え!? そんなにやばい傷があるんすか!?」
「馬鹿野郎。体の芯がじんとくるって意味だ」
「なるほど?」
子供みたいにはしゃぎながら俺の用意した巨大露天風呂に入っていた。
俺とビクトリアさんで掃除をしている間に邪魔でしかなかった海賊達をとりあえず風呂に突っ込んでおこうという作戦は成功だったらしい。
「おいお前ら! タオルも新品を用意してやったから、風呂から出たらちゃんと体を拭いてすぐに洗濯に出せよ! 部屋に持って帰ったやつは髭と髪の毛を全て毟るから覚悟しておけ」
「「「「うっす!!」」」」
なんだかんだで従順になった海賊達が俺の出した指示に返事をする。
その中には初めて会った時からは想像もつかないほどに従順になりすぎている元船長のボブも混ざっているのだが、俺は他の奴らの様にあいつをぶん殴ったり燃やしたりはしていない。
ビクトリアさんに案内されて船長室に向かった時には、ボブは既に俺に従順になっていたのだ。
『一体何をしたらああなるんですかね』
「物凄く怖い事でもあったんじゃないですか?」
『例えば?』
「美人さんが化けの皮被った何かだったとか」
『そんなおとぎ話じゃないんですし』
「俺からしたらこの世界のほとんどはおとぎ話なんですけどね…」
なんて話をしながら汚れた手を念入りに洗って気持ち的にさっぱりしてからマストの上の監視台へと転移する。
この海賊船の中でも比較的綺麗だったここは俺のお気に入りの場所となりつつあった。
「それじゃあ、今後の方針を教えてください」
『そうですね。フーマがやるべき事は主に二つ。悪魔の祝福を載せている船の責任者に話を聞くことと、悪魔の祝福を流通させる海賊の始末です』
「海賊の方は簡単そうだから良いとして、悪魔の祝福を運んでる船って一般の船ですよね? それって見分けがつくもんなんですか?」
『それこそ転移魔法の出番でしょう。目の前を船が通ったら転移魔法で潜入し、悪魔の祝福があるならば襲いかかり、無いならば見逃せば良いのです。せっかくこうして手足を手に入れたのだから、上手に活用するのですよ』
「なるほど。んで、1番の問題はこいつらが悪魔の祝福を使っているかって事なんですけど………って、ビクトリアさんが登って来ました」
監視台から顔を出した下を覗くと、相変わらずセクシーなビクトリアさんが一本のロープを使ってえっちらおっちらと登って来る。
どうやら見た目通りの筋肉しかないらしく、一本のロープを登るのにかなり苦戦しているみたいだった。
「まったく、普通に声をかければ良いのに」
俺はそんな事を言いながら監視台に繋がれていたロープを切断して、ビクトリアさんをロープごと監視台の上に転移させる。
ビクトリアさんは自分の身に何が起こったのか分かっていないらしく、目をパチクリさせながらロープを握っていた。
「どうかしましたか?」
「なんだか高いところに登っているなぁって思いまして…」
「なるほど」
頰をかきながら子供っぽい笑みを浮かべるビクトリアさんは純粋に可愛いらしいが、この美人さんがただの美人さんである可能性はかなり低い。
互いに間合いを測りながら動くの面倒だし、ビクトリアさんの目的を聞いて早めに協力体制を築いてしまった方が何かと都合が良いだろう。
「俺は最近この海で流通している悪魔の祝福って麻薬をどうにかするためにこの船を利用する事に決めました。ビクトリアさんの方も自分の素性を隠す気は無いみたいですし目的が一致しているなら手を組みませんか?」
「目的って…何のことですか?」
「いくらあいつらが俺を恐れているとは言ってもついさっき俺に殴られるまで言う事を聞かなかった連中が、こんなに美人なお姉さんに手を出さないわけがないでしょう? 戦闘は素人みたいですけど、何かしらの技術はあると思っているんですが…」
「…………。まぁ、いくら坊やと言っても流石にそこまでマヌケでいてはくれないわよね」
ビクトリアさんはそう言うと先ほどまでのポワポワした雰囲気から眼光鋭いいかにも裏社会の人っぽい顔つきになって話を始める。
あ、タバコも吸っちゃうんですね。
「御察しの通り、私はとある組織の諜報員よ。目的は貴方とほぼ同じ、悪魔の祝福…ここらでは夢の種と呼ばれている麻薬の製造元を突き止める事だわ」
「ほぼ同じって事は、違いところもあるんですか?」
「そこまで話すほど私は貴方を信用してはいないわ。今後の働き次第では教えてあげるから、せいぜい頑張る事ね」
『この女、信用していないという割には随分と大きな態度をとりますね。フーマに殺されるとは考えていないのでしょうか?』
「確かに…」
「何かしら?」
「どうして俺に正体を明かす気になったんですか?」
「坊やは一つ勘違いしているわね」
「…勘違いですか?」
「ええ。別にこの私は私の正体…この場合は本性といった方が良いかしら? とにかく、今の私は本当の私ではないの。貴方に合わせてそう演じているだけよ」
「それは、俺が高慢なお姉さんが好きだと思われていると言う事ですか?」
「そうとも言うわね」
『お、おいフーマ。まさかお前は私のことを…』
別にフレンダさんの話は一切していないのだが、何故かフレンダさんが俺のセリフに食いついてしまった。
ていうか、自分が高慢だって自覚あったんですね。
ただ、フレンダさんは実際かなり優秀だから高慢では無いと思いますよ。
いやいや、ホントマジで。
「なんとなく分かりました。それじゃあしばらくの間は俺がビクトリアさんの身の保障をしますので、情報操作やら交渉やらはお任せします」
「見ず知らずの女性にそんな事を任せるなんて、随分と甘いのね」
「美人さんと仲良くしておいて損した事はありませんからね」
「随分と口のお上手な坊やだこと」
ビクトリアさんはそう言うとマストにタバコを擦り付けて火を消し、吸い殻を俺に渡して立ち上がる。
ん? 俺に背中を向けたまま動かないけれど、どうしたんだ?
「下ろしてくれても良くってよ」
「もしかして自力じゃ降りられないんですか?」
「美人と仲良くしておいて損はないんじゃなかったかしら?」
「はいはい。分かりましたよ」
やけに自信満々に俺を頼ってくるビクトリアさんを下に転移させ、俺は彼女からもらった吸い殻を海に放り投げてため息をつく。
「やれやれ。俺の唯一の癒しはどこぞの諜報員さんだったか。超悲しい」
『おい。それは私に失礼ではありませんか?』
「フレンダさんが癒しだなんて、面白い冗談ですね。もしかして今夜はメイド服を着て俺を甘やかしてくれるんですか?」
『そうですか。死にたいんですね。そうですか』
「そうやってすぐに腹を立てているうちは癒しキャラにはなれないと思います」
『まったく誰のせいだと…』
「はいはい。悪うござんした。それより、フレンダさんはビクトリアさんの事をどう思いましたか?」
『はぁ……。偶然か狙ってかは分かりませんが、フーマというイレギュラーと手を組むところまで持って来た行動力は侮れませんね。気を抜いている隙にあの女の掌の上に乗せられたいたなんて事態にならない様に注意が必要でしょう』
「しばらくは大人しくしていてくれるのを願うばかりですね」
『まったくです』
そんなありもしない可能性を願いつつ気を入れ直した俺は、監視台から降りて自分のために念入りに片付けた船内の一室へと向かう。
あぁ、舞やアン達に会いたいなぁ…。
◇◆◇
アン
きっとフーマ様なら今頃自分の生活スペースを無駄に快適にしているんだろうななんて思い始めた夜半過ぎ、ようやく最後のお客様を追い出し…もといお見送りした私達は、1日の激務を終えてため息をついていた。
「はぁ、どうしてお金持ちの人って私みたいな小さい子供にまで手を出そうとするんだろう。物凄く疲れちゃったよ」
「ふふ。アン様はすごく人気でしたものね」
「おかげさまで沢山お話は聞けましたけど、流石にこれを毎日となると身が保つかどうか…」
「もう嫌。マイの方が100倍まし」
あんまり口が得意では無いからか、手を出そうとしてくるお客さんから逃げ回るしかなかったフレイヤさんが机に突っ伏しながらため息をこぼす。
お客さんに攻撃しないというボタンさんからの要望は3人とも何とか果たしたが、代わりに精神的な疲労感は途轍もない事になっていた。
「あらあらあら。皆はん随分とおつかれやね」
「もうこんなお仕事は勘弁です。いくら情報を得るためとは言え、平気で足を触ろうとしたり尻尾を触ろうとしたり、私はお人形さんじゃありません!」
「あらあら。アンはんはかなり上手に接客してた思うたけれど、本当は嫌だったん?」
「だって、知らない男の人は怖いし…」
「ふふ。いくら大人びているとは言ってもアン様はまだまだ子供ですからね。そう思うのも無理はありません」
「そう言うトウカさんは大丈夫だったんですか? なんだか沢山の男の人に言い寄られていたみたいですけど…」
「私からすればお店にいらしていた方はほとんど子供も同然といった方ばかりでしたからね。そう大した事はありません」
でした」
なんてトウカさんは少しだけドヤ顔をしながら言っているが、途中でボタンさんがサポートに入らなければあのまま知らない男の人達にどこかへ連れて行かれそうになっていた気がする。
ボタンさんが肩をすくめているし、やっぱり私の思い違いという事は無いだろう。
とは言え、トウカさんはやりきったみたいな清々しい表情をしているし、余計なことは言わない方が良いよね。
「アンはんは大人やねぇ」
「私がしっかりしないと困っちゃう人が身の回りに沢山いるもので…」
「アンはん……」
どうしよう。
ボタンさんに本気で可哀想な顔をされてしまった。
で、でも! 私のご主人様も幼馴染も凄く良い人なんだよ!?
時々二人ともおかしな行動をするというだけで………。
「はぁ……」
「アン様? お疲れでしたら、今日はお休みになりますか?」
「ううん。最低限情報の共有はして、明日からの方針を決めちゃいましょう」
「眠い。早く終わらそう」
机から顔を起こして背筋を正したフレイヤさんのそんなセリフにより、私達は今しがた得たばかりの情報を共有するために一つの机を囲む。
他の従業員達は後片付けを済ませて既に帰ってしまったし、ボタンさんのお店で誰かに話を聞かれる心配は無いだろう。
「それではまずは私がお聞きしたお話ですが、この街では現在悪魔の叡智と同じ特徴を持つ麻薬が広く流通している事がわかりました。悪魔の祝福…この街では夢の種と呼ばれるそれは服用者もさる事ながら、扱う商人もかなりの人数いる様です」
「私も聞いた。表の市では出回らないけど、裏には出所も分からないぐらい沢山いるらしい」
「私も似た感じですね。いくつか悪魔の祝福を扱っている商会やら人物やらは聞いたけど、大元を叩かないと意味がないみたいです」
これは私が相手をしたお客さんから聞いた話なのだが、この街で悪魔の祝福が違法にならないのは、この街に永住する人よりも短期間滞在する人の方が圧倒的に多い為らしい。
これがどこかの国の都市やなんかだと市民の多くが使い物にならなくなるために規制がかかるのだろうが、人の出入りの盛んなこの街では悪魔の祝福を使われたところで、すぐにその人は出て行ってしまうために都市の運営に問題は無いというのだ。
「とは言えそう簡単に尻尾を掴める組織が大元ならボタンさんが潰しているだろうし、私達が狙うとすればこの街で行政を担う人物になるのかな……」
「あらあら。前々から思ってたんやけど、考え事をするアンはんはフーマはんそっくりやねぇ」
「そうかな? フーマ様はもっと凛々しくありませんか?」
「私もちょうどボタン様と同じ事を思っていましたし、実際アン様の思案する姿はフーマ様によく似ていらっしゃると思いますよ」
「そ、そうかな?」
フーマ様に似ていると言われるのはなんだか悪い気はしない。
というより、むしろ誇らしいとすら言えるかもしれない。
ちょっとはフーマ様に近付けているって事なのかな?
そう思って少しだけ上機嫌に尻尾を揺らしていたからだろうか。
「ふふ。アン様は可愛らしいお方ですね」
その様子を見つめられていたトウカさんに微笑みを向けられながらそう言われてしまった。
「も、もう。あんまりからかわないでください。それより、明日からの方針です」
「ふふ。そうでしたね。この街で行政を担う人物に接触してみるというお話でしたか?」
「はい。ラングレシア王国のお姫様に力を貸してもらえれば良いんだけど、この街は自治区としてこれまでやって来たから干渉は難しいみたいだし、そうなるとやっぱりこの街で一番偉い人に直接会いに行くしか無いと思うんです」
「しかし、この街を取り仕切るとなるとかなり多忙なお方でしょうが、私達に面会は出来るのでしょうか」
「その点は心配あらへんよ。取り次ぎまでやったらうちが責任をもってさせてもらうんよ」
「取り次ぎ以上はボタン様のお力を貸していただけ無いのですか?」
「うちも皆はんと一緒に行きたいのは山々なんやけど、うちは顔が広すぎてあまり派手には動けへんのよ」
「他の国とも深い交流があるボタンさんが政治的な話に加わると、この街とボタンさんの仲良しな国の仲が悪くなってしまう可能性があるって事ですか」
「流石はアンはんやね。とは言え、皆はんに協力を頼んでうちもただ指を咥えて待ってるだけにもいかへんし、この街の権力を切り崩す準備はしっかり進めておくんよ。せやから、アンはん達はフーマはんやマイはんの動きに合わせて、上手にウチを使うてなぁ」
「うん。フーマ様達に恥じない様に頑張らせてもらうよ」
「そうですね。今回はフーマ様やマイ様と共に動く訳ではありませんし、私達従者もそれなりに出来るという事を証明して差し上げましょう。………って、フレイヤ。私達の話を聞いていましたか?」
「眠い………」
「まったく……。ボタン様、私とフレイヤはお先に失礼致します。アン様、先に隠れ家へと戻ってお風呂の支度を済ませておきますので、頃合いを見てゆっくりとお帰りください」
「うん。ありがとうございます」
「ふふ。私達3人のリーダーはアン様ですもの。このぐらいの事は当然ですよ」
トウカさんはそう言うと、既に半分寝ているフレイヤさんを連れてボタンさんのお店を去って行く。
私の命の恩人でもあるトウカさんにリーダーだと言ってもらえた事は、少しだけプレッシャーを感じもするが、それ以上に身が引き締まるのを感じる。
トウカさんやボタンさんも私に期待してくれているし、自分の出来る事を精一杯やろう。
私はそんな事を考えながら、憧れのフーマ様に追いつける様に明日へ向けた準備を始めるのであった。
次回、26日予定です




