78話 黙認
風舞
明日香と共に買出しを済ませた俺が日も暮れかけている中、黒髭海賊団の船に戻って来ると、ビクトリアさんが海賊達に何かの指示を出しているところだった。
どうやら何か酷い暴行を受けたりした訳ではない様でにわかにホッとする。
「あ、お帰りなさいお兄さん。買出し? は終わったんですか?」
「ええ、まぁ。それより、むさ苦しい男達の中で大丈夫でしたか?」
「ふふ。皆さん、親切にしてくださいましたよ!」
誘拐して来た女性に親切にする海賊がどこにいるんだよと思って周囲を見回してみると、皆が引き攣った笑みを浮かべている気がする。
どうやらこのセクシーなお姉さんはただセクシーという訳ではないらしい。
「って、あれ? ボブがいない」
「あぁ、ボブさんでしたら体調が悪いから少し寝ると言っていました。必要なら呼んで来ましょうか?」
「い、いえ。結構です」
ちくしょう。
てっきり本当に結婚を目前に旦那に捨てられた不憫なお姉さんだと思っていたのに、どうやらそうでは無かった様だ。
俺と似た様な目的でこの船に乗り込んだどこぞのスパイだったりするのかもしれない。
大方体調が悪いというボブも、このお姉さんに多少痛めつけられたのだろう。
『しかしこの女、体捌きがまるで素人なのはどういう事なのでしょうか。流石にただの一般人ではないと思いますが、これはいくらなんでも…』
「そうなんですよねぇ…」
「ん? どうかしましたか?」
「いや、何でもないです。それより、石鹸を買って来たんで風呂の準備を手伝ってくれませんか? 後で女性用の風呂も作るので、お願いします」
「あぁ、お風呂! 潮風で肌もベタついていたので、凄く嬉しいです!」
ビクトリアさんはそう言うと、柔らかな胸を俺に押し付けて来る。
これはあれだな。
とりあえず彼女の正体について考えるのは後で良いか。
今はこの感覚に身を委ねて…。
『アスカが悲しみますよ』
「さぁ、ビクトリアさん。早速汗臭い男達に石鹸を配りに行きましょう。とりあえず1人一個ずつはあるので、船員を確認しながら配りたいと思います」
「ふふ。お兄さんってば、意外と照れ屋さんなんですね」
「ま、まあ。そうですね」
正直なところ、明日香が悲しむというセリフがこれまでのセリフの中で一番効いた。
ちくしょう。
ついさっき明日香が泣くところを見てしまったばかりに、あんまりハメを外す気にはなれない様だ。
「はぁ、早くこんな仕事終わらせたい」
『そのためには肉塊に身を任せずに務めを全うする事ですね』
「へいへい」
フレンダさんと話をするビクトリアさんが俺を不審に思ったのか首を傾げていたが、まずは甲板で砲台の手入れやら操船やらををしていた海賊達に石鹸を配るところから始める。
いきなり俺が船長をやるなんて言って快く思わない奴もかなりいるだろうし、まずは1人1人挨拶をするところから始めるつもりだ。
まずは元気な挨拶から。新人の基本である。
「よう。ちょっと良いか?」
「あ? 新船長様じゃねぇか」
「その新船長様から差し入れだ。もうじき甲板に風呂を作るからお前も入れ」
頭にバンダナを巻いた舵輪を握るおっさんに石鹸を押し付ける。
あまり舐められると深夜に襲われ兼ねないし、出来るだけ強気にいこう。
「あいよ。風呂なんてかなり久しぶりだ」
「……随分と素直だな」
「海の上では他の助けも無いし、身を削る不要な行動はするべきではない。俺じゃあ新船長には敵わないから、大人しく言う事を聞くのが賢い身の振り方ってわけだ」
「へぇ、海賊ってもっと野蛮なのかと思ってた」
「俺はこの船に乗って長いからな。好き勝手やっても生きていけるなんて勘違い出来るほど若くはない」
海賊になる理由なんて人それぞれだろうが、意外と海賊稼業というのも世知辛い仕事なのかもしれない。
上下関係は厳しそうだし、船の上からしばらくの間は降りる事も出来ないとか、俺からしたら地獄でしか無いな。
「まぁ、良いや。今夜は保存食よりは美味い飯を用意してやるから、ほどほどに頑張ってくれ」
「ああ。ところでアンタは…」
「どうした?」
「いや、なんでもない。石鹸ありがとよ」
「どういたしまして」
そうして1人目との挨拶を終えた俺はとりあえず甲板にいた全員に石鹸を配り終わり、そのまま船内へと足を運ぶ。
って、うわぁ……。
『凄い臭いですね。これは虫でも湧いているのではありませんか?』
「明日は大掃除だな」
入ってすぐにわかるこの汚さ。
こいつらには掃除という概念は無いのか?
「早いところ用を済ませちゃいましょう」
「そうですね。流石に私もこれはちょっと…」
謎の美女ビクトリアさんもこの汚さはキツいらしい。
いや、マジでここに住んでたら体を壊してもおかしくないと思うぞ?
「さてとまずはこの部屋から……って、立て付け悪いな」
「あぁ!? この、何の用だ!?」
「………ファイアーボール」
何かに引っかかって開かない扉を開けようとしたら中から怒声が聞こえたために、とりあえずファイアーボールで扉を吹っ飛ばす。
って、おいおい。
外で働いているやつもいるのにこいつらは酒を飲んでたのか?
「テメェ! 何しやがる!」
「うるせぇよ。貴重品を持って外に出ろ。それ以外は全部捨てる」
「はっ! 誰がテメェみてぇな坊ちゃんの言うことなんか聴くと思って…」
「聞かないなら今度はお前を燃やすぞ」
「い、今出ます!!」
「おっと。これも持って行け」
「あ、あざっす!!」
意外とあっさり折れた下っ端らしき3人組が俺から石鹸を受け取ってワタワタと荷物を纏めて部屋から出て行く。
あ、酒瓶はちゃんと持ってくのね。
「さてと、この船ってゴミの廃棄場所とか決まってるんですかね?」
「基本的には海に捨てちゃうと思いますよ?」
「あぁ……海洋汚染とかは考え無いのか」
『とりあえず魚の餌になりそうな生ゴミは海に捨てて、布類は全て焼却処分ですね』
「そうしますか。はぁ……ばっちぃ」
そうして荒れに荒れていた部屋を掃除する事数分、海に捨てても問題なさそうなものは適当に海に転移させ、金貨やら使えそうなものは残して、汚れた布類は後で洗うなり捨てるなりするために一箇所に纏める事にした。
さて、これを後何度繰り返せば良いのやら…。
◇◆◇
舞
ハルガの自警団ディープブルーは、交易で栄えるこの街の治安維持を担う一大組織である。
ラングレシア王国の西端に位置するこの街は基本的にはラングレシア王国の法に則った統治がされているのだが、より自由な商売と交易を求めて30年ほど前に自治区になったらしく、ディープブルーもその時に発足した組織だと新人研修で聞かされた。
そんな組織の設立に関しての研修を終えた私とシルビアちゃんはと言うと……。
「ママぁぁぁぁぁ!!!!」
「もう。そんなに泣かないでちょうだい。もうすぐきっと向かえに来てくれるわ」
「マイム様。子供に話しかける時は目線を合わせないと……」
「お姉ちゃん怖いぃぃぃ!!!」
「この様に怖がられてしまいます」
「………その様ね」
ハルガは沢山の人が訪れる交易地であるためにかなり人が多く、旅人にとって慣れない地で人が多いという事は当然迷子も増える訳で、私とシルビアちゃんは次から次へと増えて行く迷子の子供達の相手をさせられていた。
孤児院出身のシルビアちゃんは子供の相手も得意らしいが、どうにも子供に好かれ辛い私は思う様にお世話をできずにいる。
むぅ、子供は好きなのに中々難しいわね。
「しかし、まさか最初の任務が子守とは思いませんでした」
「そうね。とはいえ、信用を得るために雑務をこなすのは基本よ。泣き言は言わずに頑張りましょう」
なんてシルビアちゃんの前ではお姉さんぶりたい私の方が、正直なところ泣き言を言いたくてたまらないかったりする。
風舞くんだったらこんな時でも上手に子供をあやせるでしょうに、私はまだまだね。
そんな事を考えながら転びそうになっていた子供を支えてあげたその時だった。
「へぇ、今度の新人ちゃんは2人とも美人さんなんだねぇ」
そんな気の抜けた声と共に、兎耳を生やした女性の獣人がディープブルーの詰所に現れる。
胸元についているあの勲章を見る限りだと、それなりに上の階級の人物らしい。
「ふむふむ。なるほどなるほど。そっちの獣人の子はともかく、そっちの人間の子は子供の相手は苦手みたいだねぇ」
「はい。お恥ずかしながら」
「まぁまぁ、人にはどうしても得手不得手があるだろうし仕方ないよぉ。よぉし、それじゃあ人間の新人ちゃんは私と見回りに行こうか」
「しかし彼女だけでは流石に…」
子供の相手はかなり疲れるのだ。
いくらシルビアちゃんと言えども、一人でこの人数を相手にするのは厳しいと思う。
「それなら心配要らないよ。ヘッジソンくん。君はここに残って迷子の子供のお相手ね。夜までにお迎えが来なかったらいつも通りに」
「了解であります! メイリーさんがお帰りになるまで、ここは私が死守するであります!」
「と言う訳だから、人間の新人ちゃんは私と行こっか」
「……分かりました。シルビアちゃん、ここは任せたわね」
「はい。承知致しました」
出来るだけ多くの情報を得るには別行動をした方が効率的だろうし、少しでも階級の高い人物の方が何かしら有用な話を得られる筈だ。
流石に今日は鎧袖一触を身につけてはいないが、妖刀星穿ちはあるしそこまで大規模な戦闘にならなければ問題無いと思う。
「それで人間ちゃん…」
「マイムです」
「そっか、マイムちゃんねぇ。よろしくぅ」
「ええ。こちらこそ」
かなり眠たそうな話し方をする割には、この人かなり強そうなのよね。
今も握手した手の皮膚が硬かったし、その見た目通りの実力だと思っていると痛い目を見そうな気がする。
こういうタイプを相手にするのなら、自分から会話のペースを掴んだ方が良さそうね。
「メイリーさんはディープブルーに入ってから長いんですか?」
「まぁ、それなりにねぇ。今のメンバーだと5番目ぐらい?」
「もしかして1番は団長さんですか?」
「残念。カーちゃんは2番目だね。1番はルイザのおじさん」
「ルイザさん………ですか?」
カーちゃんはディープブルー団長のカーリー・レイだとして、ルイザの方は聞いた事がないと思う。
1番の古参となると、それなりに偉い人物なのかしら?
「あぁ、マイムちゃんはまだ会った事ないのか。ルイザのおじさんはうちの専属の技師で、装備のメンテをしてくれるんだよぉ。ほら、これもよく手入れしてもらってるんだぁ」
メイリーさんはそう言うと、腰に下げた銃をジャキリと鳴らしてみせる。
そういえばこの街に入ってから銃を持つ人をちらほら見かけるのよね。
見た感じだとかなり簡単な作りの鉛玉を飛ばすだけのものみたいだけれど、この世界の人なら銃弾なんて簡単に避けられるんじゃないかしら?
「あ、銃を見るのは初めて?」
「そうですね。話に聞いた事はありましたが、こうして見るのはこの街に来てからです」
「なるほどねぇ。銃ってある程度の人には通用しないけれど、威力は一定だから一般人を制圧するには都合が良いんだよねぇ。だからほら、私も銃の他にこれを持ってるでしょ? このククリを抜く時っていうのは、それなりに出来る人が相手の時だけだね」
「なるほど。ちなみに魔法の弾丸とかはあるんですか?」
「あるにはあるけど、人に向かっては撃たないねぇ。銃を持つ前にはディープブルーの研修があるんだけど、魔法弾は基本的海以外に向けて撃っちゃいけない事になってるんだよぉ」
「つまり対魔物用って事ですか」
「まぁ、そういう事だね……っと、喧嘩みたい」
そう言うメイリーさんの耳がピクピクっと動き、路地の方に耳が向く。
確かに少し離れたところで戦闘というか、一方的なリンチの気配がするわね。
「私は上を走ってくけど、マイムちゃんはゆっくり来てくれれば良いからねぇ」
「いえ。おそらくついて行けるかと」
「そう? それじゃあ行くよぉ」
やっぱり眠たげな声音と共にメイリーさんが屋根の上までひとっ飛びし、かなりのスピードで走り始める。
見た感じ何のスキルも使っていないでしょうに、かなり早いわね。
ステータス的には私よりも少し上といったところかしら。
そんな事を考えながら走る事数秒、私達は路地裏でタコ殴りにされていた男性以外を全員一撃で無力化し、周囲に異変が無いか確認をして武器を納めた。
「よし。状況終了っと。マイムちゃん中々やるねぇ」
「ありがとうございます。それよりその男性を…」
「おっとそうだった。お兄ぃさん。大丈夫ですか? ディープブルーですよぉ」
「ちっ、ちくしょう!」
私達に助けられた男性はそう言うと、一目散に走って行ってしまう。
…ってあら? 何か落としたわね。
「あぁ、夢の種かぁ」
「夢の種ですか?」
「そう。この黒いお薬を飲むと少しだけ強くなって気分が良くなるんだって。多分、あの男の人はどこかで仕入れたこれをこの人達に売っていたんだろうねぇ」
「………追わなくて良いんですか?」
「別に夢の種は違法じゃ無いしねぇ。他人に迷惑をかけなきゃ良いと思うよぉ」
メイリーさんはそう言うと拾い上げた悪魔の祝福によく似た黒い丸薬を放り捨て、今しがた無力化したうずくまる男達に縄をかけ始める。
ボタンさんにディープブルーは悪魔の祝福の流通に関与していると聞いていたけれど、それはこういう事だったのね。
本来麻薬の流通を取り締まるべきであろう自警団がそれを黙認しているとなると、確かに裏に何かあるのではないかと思ってしまう。
まさか初日からこれほどの事態を目の当たりにするなんて、思ってもいなかったわ。
「さてと、それじゃあそろそろ帰ろっかぁ……って、マイムちゃん?」
「いえ、なんでもありません。行きましょうか」
「うん。それじゃあしゅっぱーつ」
そんな緩い掛け声と共に、悪魔の祝福を求めていた暴漢を連れた私達はディープブルーへの詰所へと戻る。
さて、この後はどう動いたものかしらね。
私はそんな事を考えながら風舞くんのいるであろう西の空の夕焼けを眺めつつ、小さくため息をつくのであった。
次回24日予定です




