76話 買い出し
風舞
相手は大した覇気も感じない海賊風情だが、油断と慢心は大敵である事に変わりはないし、初っ端から全力でいく。
とは言っても人数が多すぎて1人ずつ戦うのも面倒だし、全員を先ほどよりも高く転移させれば制圧するには十分だと思う。
「おいお前ら! 全員何かにしがみつけ!」
「なるほど。確かに効果的だな。んじゃ…」
「きゃっ!?」
近くにいたお姉さんを抱き寄せ、船ごと遥か上空に転移させる。
今回は海賊達を無力化するのが目的だし、軽く怖がらせれば十分の筈だ。
「う、うおぉぉっ!?」
「し、死ぬ!」
「やばいやばいやばい!!」
お、何人かしがみついていられずに離れてったな。
海面にぶつかる前には助けてやるから、今はスカイダイビングを楽しんでくれ。
「まさかこれほどとは…」
「ん? 何か言いました?」
「何でもないです! それにしてもお兄さん、すごい人だったんですね! 私、こんなに高いところ初めて来ました!」
「ははは。それは何よりです」
このお姉さん、すごく良い匂いがするな。
それに触れている部分が色々と柔らかいし、かなり役得である。
この接触は必要な事だし、流石のフレンダさんもローズに言いつけたりは…。
『チェック』
………チェックされてしまった。
そう言えばフレンダさんには俺の考えている事を理解できる特殊能力があるんだった。
伊達に一緒にいる時間が長いわけでは無いという事か。
気をつけよう。
「さてと…」
そろそろ良い塩梅だろうという事で船を海面に戻し、落下してくる海賊達を甲板の上に転移させてやる。
よし、大怪我をした奴はいないみたいだな。
「くっ、妙な魔法を使いやがって…」
「確かに珍しい魔法ではあるかもな。それで、お前が船長の黒髭だったか?」
「そうだ。俺こそが黒髭海賊団が船長…」
「そうか。それじゃあ今日からお前は副船長だ。よろしくな、ボブ」
「一体何を……?」
「今日から俺が黒髭をやる。だから俺が船長だ」
「何をふざけた事を!」
「……………お前ら! 俺が船長になったその日には、上手い肉を死ぬほど食わせてやる! それと綺麗な風呂もだ! 存分に水を使って体を洗って良いぞ!」
「肉と風呂? お、おい! その肉は干し肉じゃねぇだろうな!?」
「もちろん生肉だ。焼いても良し、煮ても良しだぞ」
「風呂ってのは、海水なのか?」
「俺が水魔法で出した純粋な水だ。風呂枠も作ってやるから安心しろ」
「お、おい! 騙されるな! そんな都合の良い話…」
「えぇっと、確か羊は……」
ソレイドの上空に転移し、草原で草を食んでいた羊の魔物を連れて海賊船の上に戻ってくる。
どうだ。5秒ちょいで狩りをして来てやったぞ。
「ふ、風呂を張れるほどの水を出すなんて……」
「はいはい。水が欲しいんだな」
「アババババ」
黒髭改めボブの上から水魔法を叩きつけ、余計なことを言う口を閉じさせる。
海賊は一般の港に停泊できないために普通の船よりも物資が不足しがちだと聞いた事があったが、この反応を見る限り本当みたいだな。
流石に羊一匹では数十人規模の大の大人全員の腹を膨らませるのは厳しそうだが、俺がそれなりに有用だと分からせればどうとでも出来るだろう。
「よし、それじゃあ今日から俺が船長って事で。異論があるやつは夜までにかかって来いよ。んじゃ、この羊はやるから後は好きにしてくれ。風呂は石鹸を用意して来るから、少し待っててな」
「あの! その間私は…」
「あぁ……お姉さん、名前は?」
「ビクトリアです」
「それじゃあ全員ビクトリアさんの言う事を聞くように。ビクトリアさんに傷一つつけたやつは海底に転移させるからそのつもりで」
俺は軽く威嚇しながら手短にそう言い残し、色々と物資を揃えるためにラングレシア王国へと戻る。
先ほどのボタンさんの手紙の内容を確認しないとダメだし、フレンダさんと話す時間も欲しかったしな。
「まずは……さっきの手紙の内容を教えてもらえませんか?」
『速読ぐらい身に付けた方が良いと思いますよ』
「優しく教えてくださいね」
『……甘えすぎです。さて、手紙の内容ですが…』
そうしてフレンダさんから語られた内容は、少しだけ海賊船の船長も悪くないと思っていた俺の少年心を容赦なくへし折るほどに悲惨な内容だった。
「つまり、悪魔の祝福の製造場所を掴めるまでは帰って来るなって事ですか」
『言ってしまえばそうですね。マイ達は各自で動いているから、重要な局面で合流されたら困るという事でしょう』
「あぁ、夜には合流出来ると思ってたんだけどなぁ…」
舞もシルビアもアンもトウカさんもボタンさんも今回はそれぞれがどこかに潜入調査に向かっているために、俺が状況も何も知らずに合流しに来たら困るという事らしい。
理屈は分からなくも無いが、そういう事なら先に言っておいて欲しかったと思わなくもない。
「はぁ、そうするとしばらくは独り身なのか」
「何? 舞ちんと別れでもしたわけ?」
「んな訳あるか」
「ちっ、気づいてたか」
お姫様の元へ向かう俺の後ろを足音と気配を潜ませながら近付いて来ていた明日香が後ろから俺に軽くローキックを入れながらそう言う。
こいつは呑気そうで良いよな。
「明日香は今日は暇なのか?」
「まぁ、そんなとこ。皆は休みって事で遊びに行ってるけど、どうにもウチはそういう気分じゃなくて」
「へぇ…」
「あんたは? また何かやばい事に首突っ込んでんの?」
「まぁな。最近ってか、さっき海賊を始めた」
「は? 海賊?」
「ああ。海賊王でも目指そうと思ってな」
「え? ちょっと待って。マジで意味わかんない」
「明日香は馬鹿だなぁ」
「いやいやいや。確かにあんたに比べたらそうかもだけど、いきなり海賊がどうとか言われても…」
なんて明日香がギャンギャン騒いでいる間にいつも扉の開いているお姫様の執務室に入り、軽く頭を下げてお辞儀する。
お姫様はそんな俺と明日香を視界に収めるや否や柔和な表情を浮かべて声をかけてくれた。
「おや、高音様はお出かけになられている頃合だと思っていましたが…」
「ちょっと殿下にお願いがございまして…」
「それって海賊がどうとかに関係しているわけ?」
「高音様。流石に勇者様が海賊になるお手伝いをする事は出来ませんよ?」
「分かってますって」
「どうだか」
「……明日香は茶々を入れに来ただけなのか?」
「ご、ごめん。怒ったなら謝るけど」
「ふふ。高音様の前では明日香様も形無しですね」
「お姫ちん! そういうんじゃないから! ………そういうんじゃないから」
明日香が俯きがちに小さく呟く。
海賊船にビクトリアさんを残して来てしまったためにあまり長居は出来ないが、少しくらいなら大丈夫か。
「明日香。今日は休みなんだろ? これからお姫様にお小遣いをもらって買い出しに行くから少し付き合ってくれ」
「え? でも、風舞は忙しいんじゃ」
「一つの目標を超えたから次にどこを目指せば良いのか分かんなくて不安なんだろ? あまり深くは話せないけど、俺達が何してんのか教えてやるから付き合ってくれ。姫様も、そろそろ明日香には話して大丈夫ですよね?」
「はい。いずれ話せねばならぬ時は来るでしょうし、高音様が必要であるとお考えになるのでしたら問題ありません」
「それじゃあそういう訳で、お小遣いをください。ちなみに俺は海で色々やる予定なんで、その活動資金的なのもくれると嬉しいです」
「殿方が女性と逢引をするのに自分よりも年下の少女に金銭的援助を頼むとは、情けないですね」
『まったくです』
お姫様のメイドであるヒルデさんと、俺のお目付け役であるフレンダさんが、俺が傷つきそうな事を揃って口にする。
確かにヒルデさんの言う事にも一理あるとは思うけど、これはデートとかそういうんじゃないし、勘弁してもらいたい。
上手く言い表す事は出来ないが、俺と明日香はあくまで幼馴染、家族みたいなものなのだ。
「あぁ……それじゃあ風舞。ウチはちょっと着替えて来て良い? これ、私服っていうか余所行きの格好じゃないし」
「別に良いけど、俺が出かけるまでに準備できてなかったら置いてくからな」
「は? 何か言った?」
「つ、次の予定もあるので出来るだけ早くしてくれると嬉しいです」
「りょ。んじゃ、裏門の前で待ち合わせね! 絶対先に行かないでよ!」
「あいあい。なるたけ早くな」
「分かってるって!」
明日香はそう言うと、ドタバタと走り去って行く。
あいつ、お姫様に用があったんじゃないのか?
「高音様は罪作りなお方ですね」
「……俺もそう思います」
「そう思うのでしたら、もっと明日香様を大切にして差し上げてください。高音様方が出かけたのを知ってから、ずっと気落ちしていらした様ですから」
「善処します」
「善処ではなく、遂行してください。勇者様なのですからそのぐらいの事はやって然るべきでしょう?」
「…………」
「返事は?」
「……はい」
「よろしい。さて、それでは活動資金に関しての話ですが…」
「なんだか今日のお姫様、フレンダさんに似てますよね」
『そうですか?』
「こう、お説教する時の話し方とか、有無を言わせない気迫とかそっくりです」
「高音様。他にも似ているところなどあるのではありませんか?」
「他にですか?」
「はい。例えば一部の身体的特徴とか…」
ヒルデさんはそう言うと何かの計算をしていたお姫様の後ろにスススっと進み、後ろからお姫様の平らな胸を弄り始めた。
マジかこのメイド。大国のお姫様の乳を弄るとか、普通なら死刑もんの行動だぞ!?
『あのメイド。次に肉体に戻った時に消しておきますか』
「……俺に免じて勘弁してください。それにほら、お姫様の高貴なエルボーがみぞおちに入ってピクピクしてますから」
「コホン。お見苦しいところをお見せしました」
「い、いえ。それじゃあそろそろ真面目な話を始めましょうか」
「そうですね。それではどうぞおかけください」
そうして俺はお姫様の対面の椅子に腰掛け、当面の活動に必要な物資や行動目標について話を始める。
明日香のお着替えタイムがどのぐらいの時間がかかるのかは分からなかったが、そこのあたりは優秀なお姫様が色々と察してくれたおかげで、結果的には大金をいただいた俺の方が明日香よりも先に待ち合わせ場所につく事となった。
『おいフーマ。あまり遊んでいる時間はありませんからね』
「分かってますって。新しい俺の部下のための道具を色々揃えて、ちょっと元気のない幼馴染を励ますだけですよ」
『やれやれ。これだからフーマは愚昧だと言われるのです』
「そうですか?」
『幼い頃からの友人ほどの財産は大切にしない理由がありません。例えマイとアスカに刺される事になろうとも、2人とも大切にしてやるのが今のお前の仕事です』
「……フレンダさんには敵いませんね」
『ふん。フーマが私に勝てるのはオセロと将棋ぐらいのものです』
そんなフレンダさんの照れ1割、ため息9割のセリフを聞いていると、明日香が土煙が立つんじゃないかと言うほどに勢いよく走って来た。
おいおい、折角良い服に着替えたんじゃなかったのか?
「お待たせ。ちゃんと待っててくれたんだ」
「先に行くと後が怖いからな」
「はいはい。んで、何買いに行くの?」
「とりあえず石鹸100個とモップとタオル」
「は? 何に使うわけ?」
「だから海賊始めたって言っただろ。あいつら衛生観念とか無さそうだったから、とりあえず掃除からだ」
「海賊ってマジだったんだ」
「マジだ。それで良い石鹸屋とか知ってるか?」
「まぁ、一応」
「そういう訳で案内よろしく」
「…………はぁ、風舞に期待したウチが馬鹿だった」
「あぁ、なるほど。折角可愛い服が汚れると大変だし、転移魔法で手早く回った方が良いか」
「……そ、それじゃあまずはあっちの方で」
明日香が俺から顔を背けて城下町の一角を指差しつつ、俺の差し出した手に自分の手を置く。
こいつ、やけに体温高いな。
「ちょっと、あんまり時間ないんでしょ? 早くしてくんない?」
「はいはい。それじゃあ行きますかね。テレポーテーション」
こうして俺はそっぽを向いてばかりの明日香を連れて転移し、海賊稼業のために必要な物資を買い揃えることから今回の一件を始めた。
悪魔供の動きはこの王都にまで及ぶ可能性がありそうだから一勢力である勇者達にもそろそろ知っておいてもらった方が良いと思って明日香に話すことに決めたのだが、この調子で大丈夫なのだろうか?
人と話す時は相手の目を見てってちっちゃい頃に習った……よな?
次回22日予定です




