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67話 気遣いの女

 


 風舞



 グルーブニル砦での作戦後、次に俺が目を覚ましたのは作戦翌日の夕方の頃であった。

 最近は目を覚ましたらすぐそばに誰かがいてくれる事が多かったのだが、今日はそんな淡い期待に反して独りぼっちの目覚めだった。



「腹減った」



 俺はそんな事を呟きながらみの着の身のまま急ごしらえらしき質素な病室を出て砦の中の廊下を歩き始める。

 砦の中には勇者達や第1師団の面々の穏やかな気配を感じるし、どうやら俺が眠っている間にイレギュラーな事態が起こったなんて目も当てられない状況にはなっていないらしい。



「ふふふふ〜ん」

「オホホホ。随分と上機嫌ですわね」

「そう見えるか?」

「オホホ。見た目だけを言うのなら」



 適当な鼻歌を歌いながら人の多そうな方へ歩いていると、エルセーヌがいつも通りに何の予兆もなく現れて話しかけてくる。

 良かった。エルセーヌは特に変わりはない様だな。



「舞とミレンはどうしてる?」

「オホホホ。マイ様とトウカ様は王都にて療養中、ミレン様は個室でお休みなさってますわ」

「体調でも悪いのか?」

「オホホ。私はいつでもご主人様への愛を患っておりますの」

「エルセーヌの頭が悪いのは分かったけれど、ミレンの話だ」

「オホホホ。つれませんわね。別に、ミレン様の体調は悪くありませんわ」

「そっか……」

「オホホ。どうなさいますの?」

「こういうのは早けりゃ早い方が良いだろ。ミレンの部屋に案内してくれ」

「オホホホ。承知しましたわ」



 そうしてローズに面会する事に決めた俺は行き先を変更してローズのいる一室へと向かう。

 ローズの部屋の前まで来た俺はエルセーヌに目配せして席を外してもらい、ノックもせずに扉を開けて部屋の中に入った。



「ノックぐらいはしても良いのではないかの?」

「あわよくば着替え中に出食わせればと思ったんだが、服はちゃんと着ているみたいだな」

「やれやれ。お主は相変わらずじゃな」



 窓際の椅子に腰掛けていたローズがそう言いながら立ち上がり、ドアの前に立っていた俺を招き入れる。

 今のところはおかしな様子はないが、どう話を進めたもんかね。



「それで、妾に何か用かの?」

「まぁ、そうだな。最近ローズの様子がおかしかったから、悩みでもあるんじゃないかと思って聞きに来た」

「………随分と率直に話すではないか」

「俺がローズの様子がおかしいって思ってる様に、ローズも俺が何かを気にしている事に気がついてるだろ? 余計な問答を省略しただけだ」

「余計な問答か……」



 俺の言葉を反芻する様にそう呟いたローズはベッドに座っていた俺の横に座り、少しだけ目を伏せながら話を始める。



「妾はの……これでも千年を生きて来た吸血鬼じゃし、大人としてそれなりの分別もあるつもりじゃ」

「ああ」

「じゃから妾の個人的なプライドのせいでお主に不快な思いをさせたくはないし、此度の戦において妾はお主ら全員を危険に晒す行動をとった訳じゃし、出来るだけありのままを話そうと思う。じゃが、それでもじゃ。妾のどこかでお主やマイに甘え過ぎているのではないかと声がするのじゃ」

「俺や舞がもっとローズの力になりたいと思っていたとしても、甘えていると思うのか?」

「お主らが妾を大切にしてくれているからこそじゃよ。妾は自分の不甲斐なさに腹が立つのじゃ」



 俺と舞はローズにもっと頼って欲しい、力になりたいと思っているが、

 ローズの方は逆に俺たちに甘えるわけにはいかない。もっと自分でどうにかせねばと思っている。

 互いが互いの事を思って大事に思っているのに、その両方が悪い方向にすれ違ってしまっていた。



「妾はの。お主らを失う事が怖いのじゃ。これまでは人族相手にこの姿の妾を大魔帝と結びつける者はいないと思っておったからこそ力を振るい戦ってこれたが、死闘になりどうしてもギフトの力を使わねばならぬ場で、それもその相手が魔族だと妾は途端に恐ろしくなってしまう」



 なんとなくそんな事だろうとは思っていたが、改めて当人の口から聞かされて事の内容を重く理解する。

 これまでの俺はローズの威風堂々とした姿しか見てこなかったが、それはローズが俺に気を使って弱みを見せまいとしてくれていたからこそなのかもしれない。

 尚もローズの話は続く。



「妾の正体が大魔帝だと知られた途端に弱体化した妾をこの際に捕えて処刑してしまおうと考える者が現れるのではないか。帝国にて妾の帰還を望む者がこのラングレシアに戦争を仕掛けるのではないか。そしてその渦の中で、お主やマイを失うのではないかと、妾は考えてしまうのじゃ」



 俺達がローズを何としても守り通してみせると言える事ならば言ってしまいたい。

 だが、俺はローズの知る上位者達の戦争に参加した事はないし、その熾烈さも残酷さも全くと言って良いほどに理解できていない。


 仮に俺たちに残された時間がもっとあれば少しは話は変わってくるが、悪魔達の動きが活発化してきている以上、俺たちが判断を下すべき日は刻一刻と迫っている様に感じる。

 それならば悪魔の一件を見ないふりをして別大陸にでも逃げてしまえばと思いもしたが、この大陸に住む人々を見捨てたという事実は今後の俺達の人生に暗い影を落とすだろうし、何よりもローズがスカーレット帝国に決着をつけないままでいる事を認めるとは思えない。



「妾は、お主やマイ達と共に在りたいと思っておる。じゃが、それも妾の我儘なのかもしれぬ」

「それは違う。それだけは違うって事は俺でも分かる。俺はローズが一緒にいて欲しいって思ってるから一緒にいるんじゅない。俺がローズと一緒にいたいと思っているから、一緒にいるんだ」

「それでは! それでは何故お主はあの時妾ではなく………」



 顔を伏せていたローズが立ち上がり、涙をたたえた顔で俺を見下ろしながら叫ぶ。

 ローズは途中で言葉を止めたが、その先は嫌でも分かってしまった。

 何故ローズが腕落としに苦しめられている間、ローズの助けではなく舞の方に向かったのかと言いたいのだろう。

 俺は、俺は………



「すまぬ。こういった事を言いたいわけでは無かったのじゃ」

「……ごめん。俺の方こそ、タイミングが悪かったみたいだ」

「…………すまぬ」

「……それじゃあ、また後で」

「うむ。また……」



 俺は何も言えなかった。

 初めてあんな顔するローズを見た。

 俺は、俺は……



「オホホホ。酷い顔ですわね」

「どうしよう。俺、嫌われたかもしれない」

「オホホ。魔王様はご主人様を愛しているからこそ、ああして悩んでいらっしゃるのですわ」

「………俺には舞がいて舞には俺がいるから、ローズ(自分)がいなくなっても大丈夫なんじゃないかって事か?」

「オホホホ。そうですわね。ただ、ご主人様にもっと大切にされたいという思いも確かにありますの」

「………俺、どうすれば良いと思う?」

「オホホホ。こればかりは当人達の問題ですので、私にはどうする事も出来ませんの。そもそも、マイ様にかまけて魔王様を蔑ろにしていたご主人様にも、いくらかの責はあると思いますわよ?」

「だって……ローズとそういう話をするのは舞とのそれとは違ってすごく恥ずかしいし……」

「オホホホ。魔王様は私やトウカ様とは違って待ちを楽しめるタイプではありませんのよ? ご主人様が魔王様の事を想っていると言うのなら、早めに行動に移す事をオススメいたしますわ」

「…………分かった」

「オホホ。私で良ければいつでも相談にのりますの。是非とも頑張ってくださいまし」

「ああ。ありがとなエルセーヌ」

「オホホホ。恐縮ですわ」



 エルセーヌはそう言い残して、いつもの様にフワリと姿を消す。

 そんなエルセーヌの消えた後には、ラベンダーの様な淡く優しい香りだけが残っているのであった。




 ◇◆◇




 ローズ




「何をやっておるんじゃ妾は」



 フウマが妾の部屋を訪ねて来たその後、妾は自らの言動を悔いて1人部屋の中で俯いていた。

 そんな妾の元へ訪れる来訪者が1人。



「オホホホ。ご主人様、かなり落ち込んでいましたわよ」

「じゃろうな。妾がフウマの立場じゃったら酷く傷ついたと思う」

「オホホ。魔王様は、今後どうなさるおつもりですの?」

「………妾は一度スカーレット帝国に戻ろうと思っておる」

「オホホホ。これ以上ご主人様を傷つけるおつもりなら、私は許しませんわよ」

「そうではない。悪魔の件が激化する前に、帝国の方のケジメを付けようと思っただけじゃ」

「オホホ。今の魔王様に何か出来る事があるとでも?」

「無いじゃろうな。じゃから、妾の持っておった全権をアメネアに渡そうと思う」

「オホホホ。その決断は少し時期尚早だと思いますわ。少なくとも、お母様やそれこそご主人様やマイ様に相談するべきだと思いますの」

「じゃが……」

「オホホ。こればかりは魔王様の意思は聞いていませんわ。出来ないと言うのなら、私が無理矢理にでもそうさせますの」

「お主は……強いの」

「オホホホ。魔王様が弱すぎるだけですわ」



 今ばかりはエリスの本心を隠さずに口にする性格が、罰を求める妾には心地良いものに感じる。

 いや、もしかするとエリスは妾を気遣ってこの様な態度をとっているのかもしれない。



「オホホ。それではご主人様も起きた事ですし、いつまでも部屋に閉じこもっていないで外に出ますわよ」

「お、おい。どこに連れて行くつもりじゃ」

「オホホホ。いつまでもそのだらしのない顔を下げられていても迷惑ですし、まずは化粧でもしてご主人様に会いに行きますわよ。折角マイ様がいないわけですし、今こそご主人様にアピールするチャンスですわ」

「じゃが、妾は一体どんな顔をしてフウマに会えば…」

「オホホ。殿方は弱っている女性に頼られるとコロッと行くものですわ。存外、マイ様よりも先に進めるかもしれませんわよ?」

「それはそれでマイに申し訳ないんじゃが……」

「オホホホ。いくらハーレムとは言えども恋は戦争ですわ。さぁ、まずは湯浴みから参りますわよ。魔王様ってば、引きこもりっぱなしで焼きそばみたいな臭いがしますの」

「そ、そこまでずけずけと言わんでも良かろう! 妾は自分で歩けるから担ごうとするでない! お、おい! 聞いておるのか!? 妾は自分で歩けると言っておろう!」

「オホホ。子供の我儘に一々付き合っていられるほど私は暇ではありませんの。フウマ様を傷つけた罰と思って大人しく担ぐれていてくださいまし」



 そうして無理矢理エリスに担がれた妾はろくに抵抗も出来ぬまま、風呂場へと連れて行かれて勇者達に揉みくちゃに洗われる事となった。

 未だ妾にはやるべき事が多く考えねばならぬ事も山積しておるが、エリスの気遣いによって少しだけ前を向く事が叶うのであった。

次回、7日予定です。

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