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65話 望まぬ覚醒

 



 舞




 鉄錆にも似た臭いがする。

 これは幾度となく経験した事のある………死の臭いだ。



「土御門家を継ぐ者は何事においても頂点に君臨せねばならぬ」



 それが私がお爺様に初めて会った時に言われた最初の言葉だった。

 両親を幼くに亡くした私は土御門家の元締めであるお爺様に引き取られ、次期頭領としての教育を施される事となった。



「土御門の者は何者にも屈さぬ力が無くてはならぬ」



 と朝早くから武術の稽古をつけられ、



「土御門の者は全てを支配せねばならぬ」



 と帝王学にも似た多岐にわたる学問を学び、



「土御門の者は品性を持たねばならぬ」



 と茶や花や書など様々な道を究めさせられた。

 物心がつく頃には始まっていたこの毎日に私は何の疑問も持たず、ただ淡々と言われるがままに己を鍛えあげてきたが、それでも幼い頃に感じた両親の温もりが私にとっての希望であり弱点であったのかもしれない。


 人は贅沢を知るとそれを求めずにはいられないと聞く様に、私は過酷な鍛錬の日々の中で穏やかで平穏な日々を渇望していたのだと、後に気づかされる事になる。



「立たないと……………」



 地に伏す事は敵に負けを認める事と同義であるとお爺様に教わった。

 お爺様は頂点に君臨する者として生きる残る述として私を鍛えていたが、今の私には守らねばならないものがあり、負ける事は決して許されない。


 体こそはまだ思う様には動かないが、風舞くんやトウカさんやシルビアちゃん達の気配をすぐそこに感じる。

 3人とも私を守ろうと血を滲ませながら戦い、肉を削がれ骨を断たれながらも私のために戦ってくれている。



「立たないと……」



 立ち上がろうという意思はあるのに、思う様には体が動いてくれない。

 いつもは隙あらば精神を支配してやろうと私に強大な力を流し込んでくる妖刀星穿ちや鎧袖一触も死人には用が無いとばかりに力を貸してくれない。


 立たなくてはならないのに、立ち上がって戦わなくてはならないのに、望む様に体が動いてくれない。

 このままでは一番大切な人を失ってしまうかもしれない。


 漠然とそう思い動かない体を恐怖でより硬くしていたその時だった。



『ふぅ。やぁっと繋がった。もう、土御門舞ちゃんってば精神の壁が分厚すぎだよ』



 聞き覚えはないはずなのに、どこか懐かしさを感じる女性の声が聞こえる。

 一度も聞いたことはないはずなのに、この人になら私の内側を見せても良い様なそんな気がしてくる。



『ん〜。そっちの様子は分からないけれどこれまで繋がらなかったのに繋がるって事は、精神が揺らぐほどにピンチだったりするのかなぁ。あんまり長くは繋いでおけないしどうしたものか………』



 私は何も返事をしていないのに話が進んでいくあたり、時間が無いというのは本当の事なのかもしれない。

 一体何の用で接触してきたのかは分からないけれど、こちらとしても手早く済ませてくれるのならその方が嬉しいわね。



『仕方ない。今回は私の方は後にしてあげるか。ええっと、手っ取り早く土御門舞ちゃんのギフトは………あぁ…精神を強く持ちすぎてるから花弁が硬すぎて全然開いて無いのか。無理やり剥がそうとすると魂に負担がかかるだろうし……よし、栄養剤方式で行こう』



 そんな能天気なセリフだったからか気を緩めていたら、突如として体の軸の方から燃える様な熱が生じた。

 全身の細胞そのものが燃えている様な激しい熱を感じる。



『へぇ。土御門舞ちゃんのギフトは神降ろし系なのか。これまた珍しい力を持っているもんだねぇ。それでその肝心の神は……あぁ、こいつかぁ。まぁ、戦闘狂だけど悪い奴ではないし別にいいか』



 熱さに悶える私の中で、そんなぞんざいな声が響く。

 神降ろしとは一体……。



『さてと、それじゃあそろそろ繋いでおくのも限界だから今回はこれで失礼するよ。そうそう、神降ろし系のギフトは一歩間違うと荒神になっちゃうから気をつけてね。それと、風舞をよろしく。んじゃ、待たね〜』



 私が苦しみに悶える中響いていたそんな声が遠ざかって行った直後、今まで押さえつけられていた何かが堰を切ったように溢れ出し、私を飲み込もうと猛威を振るい始める。



「フフ……フハハハハ! 力が、力が湧いてくるわ!!」



 未だ熱に浮かされて意識はぼんやりしているはずなのに私の体は跳ね上がる様に立ち上がり、私の精神を飲み込もうとする星穿と鎧袖一触を強引に引っ張っりあげて全身を圧倒的な力で包みこんでいく。



「良い! 良いわ! 闘争こそ我が本懐! 殺戮こそ我が信条!」



 熱い。

 熱い熱い。

 熱い熱い熱い熱い。



「乾坤一擲! 戦神…………推参!!」



 風舞……くん。




 ◇◆◇




 風舞



 ベルベットと戦い始めて既に数分が経ち死線を何度も超えそうになっていたその時、起き上がる事など決して出来るはずもない彼女の気配が爆発するのを感じた。



「フフ……フハハハハ! 力が、力が湧いてくるわ!!」



 ゆらりと立ち上がりつつ、頭を抑えながらよろめく舞が天を仰ぎながら高々と声を上げる。

 舞はこれまでにも何度か暴走した様な戦い方をする事があったが、今回のそれはこれまでとは常軌を逸している様に感じた。



「ウフフ。神降ろしとは、また珍しい力を持っているのね」

「神降ろし?」

「その身に神を降ろし力を手にする禁忌の異能よ」



 背後から迫る漆黒のオーラを避けようと転移した先で、俺と同じ様に舞から距離をとったベルベットがそう口にする。

 これまで舞が異能を教わっているという話は聞いた事は無かったし、もしかするとたった今新たな力に目覚めたのかもしれない。



『おいフーマ。アンとシルビアを連れて舞から距離を取りなさい。神降ろしとは幻想上の神をその身に宿すギフトの一種ですが、初めての神降ろしで理性を保てる者はまずいないそうです』

「……分かりました」



 フレンダさんの声を聞いた俺は、舞のオーラで吹き飛ばされそうになっていたアンを上手に瓦礫の後ろで回避行動をとっていたシルビアの元へ転移させ、身の安全を優先する様に指示を出す。

 フレンダさんの声が聞こえていたトウカさんの方は既に身の安全を確保しているみたいだし、後はこの隣の悪魔と舞の方に注意しておけば大丈夫だろう。



「良い! 良いわ! 闘争こそ我が本懐! 殺戮こそ我が信条!」



 そう叫ぶ舞の目には、俺たちの事などまったく写っていない様に見える。

 ラングレシア王国の勇者として第1師団の人達と戦う以上、この手は使えないと最初に除外していたが、舞がああなってしまった以上、俺の首一つで収まる可能性があるのなら、もうウダウダと考えてはいられない。



「ベルベット。取引をしようぜ」

「ウフフフ。悪魔の契約は重いわよ?」

「知ってる」

「どうやら私達の事はそれなりに理解しているみたいね。それで、取引とやらの内容は?」

「これをやる代わりに、この場から引いてくれ」



 俺は先ほどベルベットの中でアイテムボックスの中をひっくり返した時でさえも出さなかった小包を取り出してベルベットに見せる。

 俺がこの悪魔と取引をするとしたら、これを使わずには不可能な筈だ。



「悪魔の祝福。悪魔には副作用なく身体能力が強化される特殊な丸薬だ」

「へぇ。どうして貴方がこれを?」

「アセイダルって悪魔と少しな」

「あぁ、最近見ないと思ったらそういう事なのね」

「それで、取引は?」

「却下よ。この場で貴方は殺しておくわ」

「ちっ、だと思った」



 俺の首をかっ切ろうと攻撃したきたベルベットから転移魔法で大きく距離を取り、口の中に溜まった血を吐き出して、剣を構え直す。



『悪魔に取引を持ちかけようとは、気でもふれましたか?』

「あの舞をクロードさん達に見られたら何となく嫌な展開になりそうなので、ダメ元で試してみただけです」

『それでは、次の手は?』

「はい。下でチンタラやってるクロードさんを連れて来ます。砦の中にはまだ何人か強い奴もいるみたいですけど、第1師団の人達なら何とかなるでしょう」

『それもそうですね。せめてあの悪魔だけでも抑えてもらえれば、少しは展開を変えられるかもしれません』

「………ローズは大丈夫ですかね」

『おそらくエリスも一緒でしょうし、今は二人を信じましょう』

「そうですね…」



 そうしてフレンダさんと一先ずの方針を決めた俺は、クロードさんの力を借りに砦の内部に転移する。

 今も戦闘中ではあるはずだが……



「結構接戦ですね」

『ジェットサットの側も腐っても辺境軍ですからね。ある程度は精鋭が揃っているのでしょう』

「そうですか……。えぇっとクロードさんは……」

「呼んだか?」



 少し離れた位置からクロードさんの姿を探していたら、いきなり目の前にクロードさんが現れて心臓が飛び出そうになる。

 この人は転移魔法など使えないだろうに、純粋な体捌きだけで俺の目の前に現れたらしい。



「上で何が起こっているのか、ある程度分かっていますか?」

「ああ。例の悪魔との戦闘で傷ついた少女が暴走しているのだろう?」



 そこまで分かっているのなら何故助けに来ないのかと怒鳴りそうになったが、彼にとっては俺たちなどほとんど初対面の別部隊の人間だし、大事な部下や同僚とどちらを取るのかと問われれば同じ第1師団の面々を取るに決まっている。

 俺はあくまでお願いする側なのだから、冷静に話を進めないと…。



「お願いします。俺達だけではあの悪魔を退ける事が出来ません。力を貸してください」

「俺が力を貸す事は今の勇者に国を守るほどの力はないと多くに知られる事になるが、それでも構わないか?」

「勇者達に泥がかかるというのなら、今後その全てを拭えるだけの働きをします。ですからどうか………」



 人生でこれほどまでに真剣に人に頭を下げたのは初めての事かもしれない。

 そんな自分自身の行動への驚きと共に、頭を下げる事しか出来ない自分の無力さに絶望した。



「俺は今回、姫殿下より勇者の中でもお前達には極力手を貸さない様に命じられていた」

「薄々、そんな気はしていました」

「だが、俺はラングレシアを守るために共に戦う同士を見捨てたくはないし、お前の様な男に頭を下げられて動かないほど非情ではない。だが、一番大切な存在ぐらいは自分でどうにかしろ。そこは男なら、決して他人に任せてはいけない領域だ」

「もちろんです」

「良い返事だ。それなら、後の事は俺たち大人に任せてあいつらを連れて先に離脱しろ」



 最後まで無愛想な物言いだったが、星宮達を指差す時のその横顔に少しだけ優しげな笑みが浮かんでいる様な気がした。

 きっとこういう人だからこそ、ラングレシア王国最強の騎士として多くの人に慕われているのかもしれない。



「それじゃあ、後の事はお願いします」

「ああ。また後で会おう」



 そうして俺とクロードさんは別方向に走り出し、俺は一足先に展望台へと戻って来た。



「フフ…フフフ……フハハハハ!!!」

「くっ……正気を取り戻してくださいマイ様!」

「良い! 良いわ! これでこそ、これでこそ戦よ!」



 そこでは荒れ狂う舞をどうにか正気に戻そうと、トウカさんがどんどん苛烈さを増していく舞の攻撃をいなし続けていた。

 シルビアはその余波からアンを守る様に立ち回っているが、あまり長くはもちそうにない。



『まずはあの二人からですね』

「はい」



 フレンダさんと短く話をした俺は、アンとシルビアの側に転移し、今にも吹き飛びそうな瓦礫の後ろに隠れながら二人に声をかける。



「第1師団の人達が加勢に来てくれる事になった。俺は暴走している舞をどうにかするから、二人は砦の中の星宮達を連れて明日香達と合流してくれ」

「フーマ様は、フーマ様は大丈夫なの?」

「ああ。俺の方は何とかする。ただ、2人に少しだけお願いをして良いか?」

「はい。なんなりと」

「…………ありがとう」



 こんな時でも俺の頼みを聞こうとしてくれる二人に思わず言葉がつまりそうになりつつも、しっかりと礼を言う。

 アンはそんな俺の様子が何かを苦しんでいる様に見えたのか、優しげな笑みを浮かべながら話の続きを促した。



「もう、お礼なんか言わなくっても大丈夫だよ。それより、お願いって?」

「ああ。お願いっていうのはローズの事だ。自分達の安全をしっかりと確保した後に、ローズと会えたら一人でどこかに行かないか見張っといて欲しい」

「……そういう事か。うん、分かったよ。ちゃんと見張っておく」

「二人には苦労をかけてばっかりだな」

「滅相もございません。私達はフーマ様にお仕え出来る事が最上の喜びなのです」

「そう言ってもらえると助かる。それじゃあ、星宮達の側に転移させるから後は任せたぞ」

「うん! フーマ様も頑張ってね!」

「おう。任せとけ」



 そうしてアンとシルビアを送り出した俺は立ち上がり、聞こえているであろうエルセーヌにメッセージを送る。



「エルセーヌ。何としてもローズを無事に連れ帰ってくれ。頼む」



 エルセーヌがどこにいるのかすら分からないために返事など聞こえるはずもないのだが、俺の手の甲に刻まれた従魔契約の紋様が仄かにうずいた気がした。



『それでは、そろそろ参りますか』

「頼りにしてますよ」

『ええ。私がついている以上、決して悲劇では終わらせません!』



 そうして、そんな頼もしい相棒の声と共に俺は走り出し、大切な人を救うために舞の元へ走るのであった。



次回3日予定です。

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