59話 転移と幻想
シルビア
突如として私とアンの目の前に謎の悪魔が現れた。
まずは小手調べとばかりに黒いレイピアで襲いかかって来たが、私はその攻撃を先ほどエルセーヌにもらったばかりの操糸ナイフでなんとか防ぐ。
ミレン様の攻撃並みに重い攻撃ではあるが、これなら防げないほどではない。
「アンは第1師団の人達を呼びに行って!」
「うん!!」
おそらくアンに呼びに行ってもらわずとも、ラングレシア王国最高の部隊の人達なら戦闘の気配を感じて駆けつけてくれるとは思うのだが、アンを戦場から逃がす意味でも救援を呼びに行ってもらう。
一方のアンはそんな私の考えが分かっていたのか、閃光弾を上に向かって撃ちながら土魔法で作られた壁の向こうに走って行った。
「ウフフ。さて、あの子は助けを連れて来る事が出来るかしらね」
「…どういう意味ですか?」
「じきに分かるから、気にしなくても大丈夫よ」
相手の言っている事はイマイチ理解出来ないが、余計なことを気にしながら戦えるほどこの相手は甘くはない。
フーマ様も悪魔は巧みな言葉で惑わそうとしてくると言っていたし、今はアンを信じて目の前の敵に集中しないと…
「可愛らしいウブな子。そんなに身構えなくても、無造作に殺したりはしないわ」
「御託は結構です。フーマ様の筆頭従者がシルビア。尋常に、参ります!」
「ウフフ。ジェイサット辺境軍事顧問官ベルベッドよ」
昨日の昼間に目の前で見せられた闇を纏う転移で逃げられない様に、初めから鋼糸を使って全力で攻撃を繰り出す。
周囲には木々や柵など糸をかけやすい場所はかなりあるし、上手に立ち回れば数手先には相手を封じ込む事が出来るはずだ。
「なるほど。それなら、こうかしら」
「なっ!?」
糸の結界を作り出すために鋼糸を回そうとした大樹が一瞬にして消失する。
起こった現象だけを考えるのなら、フーマ様の転移魔法によく似ていたが、転移魔法では触れているものしかアイテムボックスに収納する事は出来ないし、地面に深く結びついた木々などを転移させる事は出来ないかったはずだ。
「ならば!!」
動き回りながらも予め地上に用意しておいた陣を起動させ、ベルベッドの体を縛り上げると同時に、体の中で準備しておいた風魔法をゼロ距離で放つ。
いかに転移能力が使えるとは言っても、流石にこのコンボに初見で対応する事は……
「ウフフフ。貴女も良い目をしているわね」
背後からのぬめる様に響く嫌な声が身元に届くと共に、背中に鈍い激痛が走る。
慌てて距離を取り武器を構え直すが、急所に近いところを刺されたのか視界が僅かに赤く染まり始めた。
そろそろアンが助けが来ても良い頃なのだが誰も駆けつけてくれる様子は無いし、出来るだけ早くにこの悪魔を討伐する方法を自力で見つけ出さなくてはならないようである。
「ふぅ……もう一度!!」
「何度でもかかって来ると良いわ」
そうして息を整える事でいくらか平静さを取り戻した私は、再び幾重にも糸の結界を展開しながら強大な敵に立ち向かうのであった。
◇◆◇
アン
シルちゃんにあの悪魔の相手を任せて第1師団の皆を呼びに行った私は、無人の前線基地をひと通り見て回って、私とシルちゃんが陥れられた現実を理解するために、色々と検証をしていた。
「おそらくこれは幻想系の魔法か秘術……でも、私とシルちゃんの近くには第1師団の人達がいたはずだし、こんなにも長い間幻の中に閉じ込められているのはおかしいか……」
自分が幻術にかかっているのか判断するための手法として、自分だけがタネを知っている手品をしてみるという方法がある。
多くの幻術は術者の思考を元にして作られているため、術者の予想の範疇を超える方法で予め決めておいた現象を起こそうとすると、幻術の世界では起こりうるはずの結果がねじ曲がってしまうのだ。
今回の場合だと、私のポケットに入ったコインを軽くトスして、手をクロスさせながらキャッチしてもう一度開くと本来あるべき右手の中にではなく、そう見せかける様に動かしていた左手の中にコインが収まっている。
という事は、間違いなくこの世界は作られた世界なのだが……
「う〜ん。その肝心の脱出方法が分からないんだよなぁ……」
幻術を解く方法で最もオーソドックスな方法は外の人に叩き起こしてもらう事なのだが、既にそれなり以上の時間が経っているし、外部からの救援は難しそうである。
「定期連絡の時間になれば不審に思ったエルセーヌさんあたりがどうにかしてくれそうだけど、ついさっき出発したばっかだし……」
いくら幻術とは言えども、すぐそばで戦っているシルちゃんをあのままにはしておけないし、そろそろ打開策を考えなくては2人揃って殺されてしまうかもしれない。
「えぇっと…考えろ私。あの悪魔の能力は幻術で間違いないはず。となると、昨日の襲撃でも私達は幻術にかかっていた…?」
なんとなくこの状況の本質が分かってきた気がする。
あの悪魔の能力は……
そうして思考の最後のピースを埋めようとしたその時だった。
「シルちゃん…?」
今までに感じた事のないほどに大きな嫌な予感が私の背筋を走り抜ける。
「もう考えている場合じゃないか。待っててねシルちゃん! シルちゃんは私が守る!」
そうして手元の計算結果を放り投げた私は、急いでシルちゃんの元へ向かうのであった。
◇◆◇
風舞
「これはちょっとマズイかもな」
チャラ男こと星宮のパーティーのいるあたりが押されていると思って様子を見に来てみれば、敵に抜け穴だと思われているのか、結構な数の敵が押し寄せていた。
星宮達が落ちても第1師団の皆さんがフォローしてくれるだろうから戦線の維持には問題はないのだが、お姫様あたりにあまり手を出しすぎるなとでも言われているのか、今のところ第1師団の兵が星宮達を助ける様子は全くない。
「おいそこのパリピ! 2メートルぐらい後ろに下がれ!」
「え? 高音パイセン!?」
「俺は下がれって言ったからな!!」
俺はそう言うと共にアイテムボックスから巨石を取り出して、星宮達の目の前に落下させる。
よし、これで少しは時間が稼げそうだな。
「おい、もうへばったのか?」
「……ちょっちキツイかもしれない」
「なら、後ろで待機してる明日香達を呼んでこようか?」
「……いや、俺達はまだ出来る」
星宮のパーティーメンバー達は自分達が勇者たちの中でも落ちこぼれだと思っているのか、悔しそうな顔をしながらそんな事を口にする。
他のパーティーのところにはトウカさんやフレイヤさん達がそれぞれついているし、前線の中央付近の天満くん達のところは第1師団の皆さんのおかげでもっとも火力が高いところだから、相対的にここが敵から見た抜け目になるのは仕方ないと、俺は思う。
だが…
「お前達の先生であるシルビアの、過去は聞いたことあるか?」
「一応…」
「それを聞いてどう思った?」
「友達を助けるために戦ってカッケェって」
「それじゃあお前達がシルビアから学んだことは何だ?」
「それは……」
「心配しなくても、お前達のパーティーは弱くはない。今こうして戦っててキツイのは、やり方が悪いからだ。シルビアはただ剣を振るだけじゃアンを助ける事が出来なかったからって、今は色々な技術を身につけたぞ。そのシルビアが、お前達にちょっと行き詰まっただけで降参するしかなくなる様な教育をするはずがないだろ?」
「俺は、俺たちは…」
そうしてチャラ男達のバイブスが少しずつ上がり始めたその時だった。
「ん? 明日香達だ」
後方で待機していたはずの明日香達が必死な顔で俺たちの元へ走って来る。
もしかして、何かあったのか?
「やっと見つけた! 風舞! アンさんとシルビアさんがいなくなった!」
「姉さんが?」
「あぁ、ここは星宮っちのところか」
「おい、そんな事よりいなくなったってどういう事だ?」
「あぁ…えっとね。ウチが起きてなんとなく皆の様子が気になってウロウロしてたらアンさん達を見かけなくて、それで…」
「要はアンとシルビアを探してもいなかったって事だな?」
「そう、それそれ! 第1師団の人達にも聞いたけど、見てないって!」
「そうか。……よし、チャラ男軍団、俺と一緒にシルビアを助けに行くぞ」
「そんな勝手な行動したらマズイんじゃ…」
「馬鹿野郎! 第1師団のおっさん達と、シルビア達美少女、助けるなるどっちだ?」
「それは、姉さん達の方が助けたいけど…」
「なら、今すぐ助けに行くぞ! 勇者ってのは、美少女助けてなんぼだコノヤロウ!」
「うわぁ……史上最高にクズい台詞だわ」
『まったくですね。歴々の魔王がフーマの様な勇者に討伐されていたと思うとゾッとします」
「…………と、というわけで明日香、ここは任せたから」
「はっ!? ウチらはまだ休憩時間…」
「頼りにしてるぜ! ファイト!」
俺は明日香にそう言い残して、星見達を連れて後方部隊のいる場所へと転移する。
もちろん、ついさっき出した巨石を片付けておくことも忘れずにおいた。
「え!? ちょ、ちょっと待っ!」
「あ、あーちゃん! 目の前の壁がなくなった! やばいやばい! ケイくん防御お願い!」
「あぁ、もう! あいつ次会ったら死ぬ気でぶん殴る!」
転移間際に何か不吉なセリフが聞こえた気がしたが、きっと俺の勘違いだろう。
ちょっと離れた位置からどっかの黒髪美少女が刀を振り回しながら近づいて来ていたから、力を合わせて後は頑張ってくれ!
◇◆
チャラ男達を連れて後方部隊の元までやって来た俺は、チャラ男達をアン達が居なくなって慌ただしくなっている第1師団の人達に話を聞きに行かせ、その間にエルセーヌを呼び出して現在の状況を確認していた。
「私とした事が2度の失態…申し訳ございませんわ」
「まったく、そんな顔すんなよ。それに、オホホを忘れてるぞ」
「しかし…」
「まだシルビア達がやられたと決まった訳じゃないんだ。頼りにしてるから、今後の働きで挽回してくれ」
「オホホ。承知いたしましたわ」
そうしていつも通りの調子をエルセーヌが取り戻したのを確認してから、俺とエルセーヌはアンとシルビアがいたのであろう位置へと向かって調査を始める。
「戦闘痕や争った形跡はないか」
『どうやら無抵抗のままに連れ去られた様ですわね』
「無抵抗のままに……エルセーヌは何か分かった事とかないか?」
「オホホ。………一つだけ気になる事がありますわ」
「よし、言ってみろ」
「あの悪魔の能力……もしかすると転移系ではないかもしれませんの」
「そうなのか?」
俺はてっきりあの悪魔の能力は俺の転移魔法とよく似た能力で、アンとシルビアもどこかに転移させられたと思っていたのだが、エルセーヌが言うにはそうではないらしい。
これは少し、視点を変えて考えてみる必要がありそうだな。
俺はそんな事を考えながら、エルセーヌと共にアンとシルビアの捜索を進めるのであった。
次回、23日予定です。




