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57話 鬱屈

 



 明日香




「進軍開始!!」



 第1師団の団員さんのその声で、考え事をしていたウチはハッと意識を取り戻した。

 敵に遭遇しても怯えずに戦えるだろうかとか、命のやり取りに耐えられるだろうかとか、考えても仕方ない事なのに、ついついそんな事ばかり考えてしまう。


 ウチのパーティーの後ろをついて来ているまゆちゃんせんせーは、既に割り切っているのか他のパーティーメンバーの方に意識を向けているが、目の前の戦闘に足が震えてしまうウチは自分のことでいっぱいいっぱいだった。



「…………風舞」



 アイツにばかり頼らない様にしようと思っていたのに、ついついアイツの名前を口にしてしまう。

 子供相手に喧嘩をしても怖くない様に、圧倒的な力を持っていればいればどんな敵とも戦えるはずと思ってひたすら訓練に打ち込んできたが、それでもやっぱり怖いものは怖い。

 少し前にここの近くの森でセリアンスロープに襲われた時の頃から、全く成長していない気さえしてくる。


 そうして取り留めもない事を考えながら前を進む第1師団の団員さんの背中を追いかけて来たその時だった。



「前方80、敵影3!」



 第1師団の団員さんの声と共に前の本物の兵士達が武器を構える音を聞いて、ウチも慌てて武器を引き抜く。

 大丈夫。まだ初戦だ。

 魔力だって十分に残っているし、そうそう慌てる様なタイミングではない。



「お、最初の敵だな。アドレナリンが出ていないと冷や汗をかくし、やたらに胃が重い気がしてくるけど、それが普通だから焦る事ないぞ。そういう時は甘いものでも口に放り込んどけば少しは気を紛らわせる」



 そんな呑気なセリフと共に、ウチのすぐ横に現れた風舞が口の中にドライフルーツを放り込んでくる。

 危うくいきなり転移して来た風舞を驚きのあまり攻撃しそうになったが、なんとか踏みとどまる事が出来た。



「ほら、お前のパーティー全員分やるから、暇を見て声をかけてやれよ。さっちんとか、今にも死にそうな顔してるぞ」

「うん。マジで死にそう」

「そう言えてるうちは大丈夫だから安心してくれ。それじゃ、後は適当に言われた事だけこなせよ」

「そこはもっと頑張れよとか言うところじゃないの?」

「明日香なんか緊張しすぎて声も出ないのに、そんな事言ったら可哀想だろ? ていうか、頑張んなくちゃいけない時は嫌でも来るから、それまでは怒られない範囲でサボっといた方が後が楽だぞ。ほら、まゆちゃん先生なんかは敵がいるって言ってのに座ってるし」

「あ、ホントだ」

「だって3人だけなら第1師団の人達でどうにでもなるでしょ?」

「そんなに暇なら、今から俺と最前線にでも行きますか?」

「無理無理。そんな事したら普通に死んじゃう。私は近くの敵しか狙わないから、強そうな敵は事前に倒しといてね」

「どうださっちん。あそこまでとは言わないけれど、もう少し気を緩めても良さそうだろ?」

「うん。そうみたい」

「よしよし。それじゃあもう大丈夫そうだな。それじゃ、俺はサボりに行くからまた後で」

「うん。またね〜」

「あっ……」



 風舞にお礼を言おうと思っていたのに、ウチが声をかける前に風舞がまたどこかへ行ってしまう。

 もしかすると、別の場所に配属されている皆のところへ今みたいに声をかけに行ったのかもしれない。



「大丈夫だよあーちゃん。また後でって言ってたでしょ?」

「うん。ありがとさっちん」

「それより、私達にもそのドライフルーツちょうだいよ。なんか急にお腹すいて来ちゃって」

「お、お前……こんな時によくお腹が空いたなんて言えるな。前の方から、戦闘音が聞こえてるんだぞ」

「それならオサムはこれ要らないの? 昨日の夜、私を守るって泣きながら言ってくれて凄い嬉しかったんだから、ちゃんと一緒に生きて帰ろう? だからほら、あ〜ん」

「………あぁ」

「どう? 美味し?」

「…甘い」

「私は高音くんみたいに凄い人じゃなくて、ヘタレだけど一生懸命なオサムが好き。だから、これが終わったらまたデートしようね」

「それ、死亡フラグ」

「オタクすぎて何言ってるのかわかんない」

「お前なぁ……」



 オサムちんとさっちんがそんな会話をしながら、互いの顔に張り付いた緊張を剥がしていく。

 そんな二人のすぐ側では、ケイくんと佳織ちゃんが手を繋いでお互いの緊張を静かにほぐしあっていた。



「なんか、ウチだけボッチな気がする」

「大丈夫よ篠崎さん。私も篠崎さんと同じで…」

「行軍中なのだから静かにしろ!」

「「申し訳ございません!!」」



 危うくまゆちゃん先生に同族認定されそうになったところで、前方にいた敵を倒し終わった第1師団の兵隊さんに怒られてしまう。

 いけないいけない。

 風舞にもっと気を抜けとは言われたけれど、流石に気を緩めすぎた。

 平常心を保たないと……



「って、あれ? もう大丈夫だ」



 先ほどまで嘘みたいに呼吸がし辛かったのに、今はまったく息苦しさを感じない。

 むしろ風舞がくれた柑橘系のドライフルーツのおかげか、頭がスッキリしている様な気さえする。



「ふぅ。それじゃあ、そろそろウチらも働こっか」

「「「「了解!」」」」



 そうして、風舞のお陰でどうにか平常心を取り戻せたウチ達は、引き続き行軍を続けるのであった。




 ◇◆◇




 風舞



 第1師団の小隊と明日香とまゆちゃん先生のパーティーが出陣して早くも1時間が経とうとしていた。

 その間、俺はと言うと……



「これで13……こいつら、なんでこんなにウロウロしてんだよ」



 森の中で一人、ジェイサットの哨戒中の兵を片っ端から片付けていた。

 敵は大体3人1組で行動しているから、15分に1回は戦闘をしている事になる。



『おいフーマ。調子はどうですか?』

「フレンダさんなら言わなくても分かるでしょう? 最悪の気分ですよ」



 やはり人族や魔族と戦うというのは、一戦一戦のストレスが魔物を相手にするよりもかなり大きい。

 舞やローズ達は第1師団と明日香達以外の勇者の警護についてもらっている為に、明日香達の手伝いは俺1人でやらなくてはならないのだが、どうにも気分がのらないのだ。

 対人戦で気分がのるほど俺はバトルジャンキーではないという事でもあるのだが……。



「それにしても、何でこんなに元気がないんですかね?」

『フーマの話ですか?』

「敵の話です」

『あぁ、言われてみればそうですね』



 既に数回の戦闘を繰り返し、ジェイサットの兵士の顔を何度も見ているのだが、そのほとんどに覇気がなく、泥沼の様に濁った目をしている。

 侵略をしてきた兵が澄んだ目をしているのもそれはそれで怖いのだが、やけに敵方の士気が低い様に感じられた。



『おそらく、あの悪魔の仕業でしょうね』

「あいつですか。まぁ、同じ屋根の下にあんな奴がいたらおちおち寝てもいられないか…」

「それは分からなくもないけれど、本人のいないところで陰口を叩くのは、おじさんいけないと思うなぁ」

「っ!?」



 フレンダさんと話している間にすぐそこまで迫っていた気配に驚きつつ、舞のくれた愛剣を構えて意識を切り替える。

 エルセーヌにその存在を確認しているとは聞いていたから、いずれ遭う事になるとは思っていたが、よりにもよってこのタイミングか。



「腕落とし…」

「腕落とし? もしかしてそっち側でおじさんのニックネームが腕落としなの? いやぁ、中々良い二つ名じゃない」

「何の用だ」

「別に用ってほどの事でもないけれど、そろそろうちの本隊とそっちの先遣隊がぶつかりそうだから、その前に軽く話しでもしようかと思ってね」



 腕落としはそう言うと、森の木の根に腰掛けてボリボリと後頭部をかきながら気安く話しかけてくる。

 穏やかな態度から気を緩めそうになるが、この鬼は一度エルセーヌの片腕を落とした宿敵だ。

 一挙手一投足を見逃さない様に、集中して話に臨むとしよう。



「……やだなぁ。おじさんの方には戦うつもりはないんだから、そんな怖い顔しないでよ」

「用がないなら失せろ」

「まったく、せっかちだなぁ。それじゃあ手短に。僕たちの大将は昨日君たちのところに挨拶に行ったベルベッドという悪魔だ」

「嘘つけ」

「嘘なもんかい。こればっかりは本当の事だよ。僕としては今すぐにでもジェンダに帰りたいところなんだけれど、あのお姉ちゃんが中々帰してくれなくてね」

「なら、その悪魔のやりたい事をさっさと済ませれば良いだろ」

「それなら君がベルベッドちゃんの夕飯にでもなってよ」

「断る」

「そう言うと思ったよ。僕だって生きたまま肉を食われるのはごめんだ」



 てっきり俺を倒してベルベッドとかいう悪魔の餌にでもしに来たのかと思ったのだが、腕落としの様子を見る限りだと、どうやらそういう訳ではないらしい。

 こいつ、マジで何しに来たんだよ。



「君はさ、悪魔の知り合いとかいるかい?」

「………ああ」

「それじゃあ分かるかもしれないけれど、悪魔は悪事を働かなければ生きていけない。善良な人間と従魔契約でもすれば、少しは主人の性格に引っ張られるかもしれないけれど、大抵の悪魔は悪を為す快感を我慢出来ないんだよね」

「それはお前の知っている悪魔に限った話だろ」

「いいや。残念ながらこれは通説だよ。悪魔は生まれたその時から悪に対して強い欲望を持ち、それを満たしながらどんどん欲望を強くしていく。まったくもって、厄介な魔物達だよ」

「それを俺に話してどうしたい」

「おじさんがこの前腕を落としたあのお姉ちゃんは、悪魔の血が混じってるでしょ? それなのに君とは上手く付き合えているみたいだから、どうすればベルベッドちゃんと仲良くなれるのか聞いてみたくてね」

「そんなん知るか。自分で考えろ」



 悪魔と仲良くなる方法など、俺が知るわけがない。

 俺はただエルセーヌが大切で、エルセーヌも俺を慕ってくれているから良好な関係が築けているのだ。

 人間関係においてこれをこうすれば確実に仲良くなれる方法などないのだし、この腕落としがベルベッドをどう思っているにしろ、腕落とし自身がその答えを見つけるしかないのだろう。



「やっぱりそうだよねぇ。仕方ない。今日のところはこれで帰るよ」

「本当にただ無駄話をするためだけに来たのか?」

「本当なら転移魔法なんて厄介な魔法を使える君を殺しておきたいんだけれど、それをやったらベルベッドちゃんに殺されそうだからね。我慢しておくよ」

「……………数時間もすれば、俺達はあんたの思い人を全力で殺しに行く。本当に大事なら、死ぬ気で逃げろよ」

「……ベルベッドちゃんは思い人なんかじゃあないよ。ただ、そうだね………仮に君が僕の見込み通りの力を発揮してくれたのなら、勇者に情けをかけられるのも悪くはないかな」



 肩落としはそう言うとヨッコラセっとジジくさい掛け声と共に立ち上がり、まったく俺に目もくれずに森の奥へと去って行った。

 まさか本当に無駄話のために会いに来たとは、流石に予想外である。



『あんな事を言って、戦い辛くはなりませんか?』

「あいつの話を聞いた時点で既に戦い辛くなってましたから、今更どうって事ないですよ」

『そんな適当な……。お前の体は、私の物でもあるのですよ?』

「分かってますよ。でも、俺は勇者である事を諦めたくはないんです」

『それは、一体誰のためにですか?』

「もちろん自分のためですよ。流石に自分の信条を他の人のせいにしたりはしません」

『ふん、フーマのくせに格好つけすぎです』

「はっはっは。イケメンすぎて辛いぜ」

『まったく。そうやってすぐに調子にのるんですから』



 なんて会話をしつつ、腕落としに揺さぶられた感情に折り合いをつけた俺は、未だ野営地で待機している舞達の元へ向かった。

 明日香達が通るルートから離れた位置の敵は粗方倒し終わったし、舞達はそろそろ次の準備に取り掛かっている頃だと思う。



「よっ、今戻ったぞ」

「お帰りなさい。そっちはどうだったかしら?」

「敵のやる気がものすっごくない事は分かったな。こっちはどうだった?」

「こっちも似た様なものよ。雑な密偵が数人来たから、捉えて第1師団の人に渡したわ」

「負傷者はいないか?」

「星宮くんのパーティーの子が少し怪我をしたぐらいね」

「なんでそこでチャラ男の名前が?」

「私とミレンちゃんが出かけようとしたら、彼らがついてくると言ったから手伝ってもらったのよ」

「へぇ……どうだった?」

「3人を相手に6人で勝利といった感じね。圧勝とは言わないけれど、それなりには戦えていたわ」

「なるほどな。で、もう1人の当事者のミレンは?」

「星宮くんが逃げの姿勢を見せた敵を追いかけようとして陣形を崩したから、お説教中」

「あぁ……そら怒られるわ」



 陣形とは仲間を守るためのものである。

 敵を倒すのは味方を守るためという大前提を忘れては、勇者としては到底やっていけない。

 ローズが星宮を叱るのも、得心がいくというものだ。



「そういえば、本隊の行軍予定が今晩に早まったわ」

「明日香達の行軍が予定より早いからか?」

「それもあるけれど、思ったよりも勇者達の消耗が早そうだからね」

『アスカやさっちんという小娘もかなり消耗していましたものね』

「確かに。となると、俺達が砦に乗り込むのは深夜になるんですかね」

「ええ。だいたい日付が変わった直後くらいには砦の内部に侵入している予定よ」

「ふーん。それじゃあ、今のうちにゆっくり寝とくか」

「トウカさんとドラちゃんは既に寝ているわ。私も風舞くんが帰って来るのを待っていたの」

「それじゃあ、軽くシャワーだけ浴びて来るから待っててくれ」

「ええ。お布団を敷いておくわ」



 そうして舞と別れた俺は、汗を流した後に一応歯も磨いた後で小屋の中に戻る。

 今日の舞は戦場という事もあっていつもよりも冷静だったからか、微妙に緊張してしまっている俺がいた。



「お待たせ。色々やってもらって悪いな」

「私の行動は風舞くんの行動みたいなものなのだから、お礼なんて必要ないわ」

「? どういう意味だ?」

「私と風舞くんはいつでも一緒という事よ。ほら、一緒に寝ましょう」

「ああ」



 そうして俺は舞が敷いた布団に入り、枕に頭をのせる。

 舞はそんな俺を満足そうに眺めて軽く微笑むと、俺の腕を抱きながら横に身体を並べた。



「ねぇ、風舞くん。実を言うと、私も少し怖いの」

「………」

「私はお爺様に何度も殺されかけたし、目の前で人が死ぬ光景も見たことがあるから、他の皆よりも多少はそういった事に耐性があるわ。でも、いざ自分が本気でその場に立つとなると、どうしても怖くなってしまうの」

「……命のやり取りって怖いよな」

「怖いわ。本当に怖い。皆の前では平然と振舞っていても、剣の冴えがいつもとは全然違うの。ねぇ、風舞くん。私はどうしたら良いのかしら」



 舞が俺の肩に顔を埋めながらか細い声でそう呟く。

 普段の舞は明るく笑顔を絶やさないでいるからこそ、舞の苦悩の重さが深く感じられる。

 こんな時に何も考えずに俺が守ってやるよと言えれば良かったのだが、生憎と自分の身の程が気になってしまう俺にはそんな事を口にするほどの甲斐性はなかった。



「どうもしなくて良い。舞は舞のままいてくれればそれで良い」

「でも、私は風舞くんにだけ重荷を負わせる無責任な女にはなりたくないの。ごめんなさい。本当は既に自分の中で答えは出ているの。でも、少しだけ風舞くんに甘えさせてもらいたかったのよ」

「男っていうのは、弱っている女の子を見ると保護欲が湧くらしいぞ」

「随分と他人事なセリフなのね」

「俺は舞が自分で思っているよりも強い事を知っているからな。むしろ舞に守ってもらおうと思っていたところだ。舞におんぶに抱っこでいくから、トロトロになるまで俺を甘やかしてくれ」

「ふふ。風舞くんは甘えん坊さんね。ほら、そろそろ寝ないと夜に響くわよ」

「舞がキスしてくれたら眠れる気がする」

「もう、本当にワガママなんだから」



 そんな事を言いながらも、俺の冗談に付き合ってくれた舞が俺の頰にキスをする。

 俺はそんな舞の温もりをしっかりと感じてから、ゆっくりと目を閉じた。



「ありがとう風舞くん。いつも通り、私が風舞くんを守るから、私のことをお願いね」

「ああ。もちろんだ」



 戦場の空気というものは、人の心を揺さぶりやすい。

 敵からの外圧もそうだが、閉鎖された環境での味方の声による内圧も決して無視出来ないほど大きいからだ。

 舞がこうして少なからず弱っているのも、勇者達の暗い雰囲気を確かに感じていたためなのだと俺は思う。


 そう考えると、今回の作戦ではいつも以上に隣に立つ仲間達の事をよく見ておかなくてはならないはずだ。

 最低限、俺の事を見てくれている存在だけは何がなんでも守り抜こう、

 俺はそんな事を考えながら、僅かなまどろみに身をまかせるのであった。

次回、20日予定です。

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