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50話 野営地の朝

 


 風舞




 フレンダさんに散々文句を言われながらお姫様の執務室に向かうと、部屋の中では俺が来るのを分かっていたかの様にお姫様が面会用のソファに座って紅茶を淹れながら待っていてくれた。



「お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。転移の準備が済みましたので、出発の前にご挨拶にあがりました」

「そうですか。それでは早速…と行きたいところですが、出発前に一杯だけいかがですか?」

「それじゃあお言葉に甘えて」



 お姫様が自ら淹れてくれたのであろう紅茶を向かいのソファーに座っていただく。

 ううん……ちょっぴり濃いな。

 そんな失礼な事を考えつつもお姫様特製紅茶を味わっていると、お上品にティーカップを置いたお姫様に声をかけられた。



「経験豊富な高音様から見て、今回の作戦はいかがですか?」

「…いかがとは?」

「高音様から見て今回の作戦に不足が無いかお聞きしておきたいのです」

「不足なんてないと思いますよ? というより、そういった事は俺よりもシャリアスさんみたいな軍人さんに聞いた方が良いんじゃないですか?」

「もちろんシャリアスにも聞きました。ここにいるヒルデやエスにもです。しかし、皆が口を揃えて不足はないと言うものですから…」

「それなら今のところの不足は本当に無いんだと思いますよ。少なくとも俺から見えている範囲に限った話なら何ら不十分な所は無いと思います」

「高音様から見える範囲に限ってですか…」

「そうです。殿下だって普段から知るべき人に知るべき情報を過不足なく与える様にしているでしょう? 全ての情報があればあらゆる事態に備えられますが、人の処理できる情報量には限界がありますし、上に立つべき人は誰にどのぐらいの情報を与えるのか判断しなくてはいけない。殿下はそれを分かった上でその道のスペシャリスト達に情報を提供してそのスペシャリスト達が問題ないと言っているんですから、本当に何の問題もないんですよ」

「しかし、それは今に限った話なのですよね?」

「ある程度の未来を予測できても流石に限度はありますからね。その時その時で必要になるものは変わってくると思います。でも、俺たちは殿下のおかげで最高のスタートを切れるわけですから、今は胸を張って俺たちを送り出してくれたら良いと思いますよ」



 珍しくもあのお姫様でも弱気になる事はあるらしい。

 いや、このお姫様はローズやキキョウとは違って見た目通り中学生ぐらいの年齢の女の子なのだから、自分の指示に自信を持てなくなる事もあって当然か。

 彼女の年齢を鑑みるにきっと戦争なんて初めての経験だろうし、日々自分の中で葛藤しながら生きているのだろう。



「フレンダさんも、何か言いたい事はありませんか?」

『私から大した事は言えませんが、為すべき時に為すべき事を成せば成るようになります。それでもダメな時はどうしようもないので潔く楽に死ぬ方法でも探しなさい』

「ええっと。とりあえず頑張れだそうです」

「フレンダ様は高音様の中に戻られたのですね」

「どうやら俺の中は居心地が良いらしいですよ」

「ふふ。私も一度お邪魔してみたいものです。そしてフレンダ様、智将と名高いフレンダ様のお言葉、しかとこの胸に受け止めさせていただきます」

「姫様の小さい胸に収めるとは、随分とフレンダ様のお言葉は胸に響いたのですね。おっと、姫様には響くほどの胸は…」

「ヒルデ? 何か言いましたか?」

「いえ。何でもありません」

「まったく。ヒルデには本当に困ったものです」

「ははは。殿下も大変ですね」

『おい、お前がそれを言いますか』



 そんなフレンダさんのお小言をいただきつつも紅茶の最後の一口を飲み終わった俺は、ヒルデさんにからかわれて頰を膨らますお姫様と共に訓練場へと向かった。

 途中やけにキッチリした格好で魂の抜けたフレンダさんの肉体を持って来た舞やトウカさんと合流したタイミングでお姫様をかなり驚かしてしまったが、なんやかんやで俺たちはようやく出発の時を迎える事になった。



「それでは皆様の無事なお帰りを心よりお待ちしております。我らが国の勇者様方に女神ソフィアの祝福のあらん事を!!」



 そうして、俺達勇者及びシャリアスさん率いる増援部隊はグルーブニル砦奪還作戦へと出陣したのであった。

 そういえばお姫様のスピーチにその名前が出てくるなんて、淫乱女神なソフィアさんってこの国だと国教レベルに信仰されてたんだな。

 今度王都の教会にでも行ってみよっと。




 ◇◆◇




 舞




 私達がグルーブニル砦奪還に向けてスエズス運河沖の野営地に到着した日は、風舞くんのアイテムボックスに運ばれて来た物資の確認と、私達人員の確認でその日は終わった。

 勇者の皆は物資の中に含まれていたテントをそれぞれで建てて野営地を作っていたが、私達は風舞くんのアイテムボックスに様々な家具が入っていたため、土魔法とそこら辺から切り出してきた木材を使って簡単な小屋を作ってそこに寝泊まりする事となった。

 風舞くんと同じ様に転移魔法を覚えているミレンちゃんでもここまで大量の物資を運ぶ事は出来ないだろうし、頻繁に出し入れをしていたら魔力切れを起こしてしまうだろうと言っていたが、風舞くんはブツブツと文句を言いつつも全て確実にこなしていたし、相変わらず私の彼氏はチートキャラだと思う。



「ふふ。それでも寝顔はこんなに可愛いなんて、本当にチートキャラよね」

「んん……」



 翌朝になって私に頰を突かれて寝返りをうつ風舞くんを見てほっこりしながら二階建ての小屋を出て朝日を浴びる。

 昨日は日が沈む頃まで雨が降っていたが、今日は雲も少なく強い日差しが照りつけそうである。



「湿度も高いでしょうし、暑くなりそうね」



 なんて事を呟きながら伸びをしていると、先に野営地に陣を敷き先軍の指揮をとっていたユリアス将軍が私の元にやって来た。

 ユリアス将軍はラングレシア王国でも生粋の武人らしく、その剣の腕は完全装備のシャリアスさんと素手で稽古をして圧勝するほどらしい。

 剣の達人ほど剣を使わない方面の伝説が増えていく事を私は幼少から不思議に思っていたのだが、あの白いお髭が素敵な老人の腕が確かである事は嫌でも感じ取れる。



「良い朝ですな。お嬢さん」

「マイ。ツチミカドマイです。ユリアス閣下」

「ほっほっほ。確かに背中を預けて共に戦う仲間にお嬢さんは失礼でしたな。それではマイ殿とお呼びさせていただこう」

「ありがとうございます閣下。して、こちらにはどういったご用件で?」

「昨夜、勇者の皆様には軽く自己紹介をしていただきましたが、それでは共に戦うには不安だという者も中にはおりましてな。簡単な催し物をしたいと思った次第でございます」

「催し物と言いますと、懇親会か何かですか?」

「もちろん懇親会も開かせていただきますが、明日には出場となる我々にはそう時間はありませぬ。となると…」

「なるほど。お互いの技を見せ合おうということですか」

「分かりますかな?」

「その様な目を向けられていればすぐにでも分かります」

「ほっほっほ。これは失礼」



 ユリアス将軍はそう言うと私に向けていた値踏みする様な視線を抑えて優しげな好々爺の表情に切り替える。

 私の経験だと、こういう優しそうな人の方がよっぽど強かったりするのよね。

 油断ならない相手だわ。



「対戦形式はいかがなさいますか?」

「明日に疲労や怪我を残すわけにはいきませんし、選抜5名による徒手格闘術の勝負はいかがですかな?」

「……そうですね。いや、7名でお願いします。我々からは勇者から4名、その他3名を出場させていただきます」

「ふむ。私はあくまでお誘いする立場ですし、マイ殿がそうおっしゃるのであればそう致しましょう。いやぁ、それにしても楽しみだ」

「あまり私達を甘く見ている様なら、忠告をさせていただきます」

「甘く見ているだなんてとんでもない。会話の途中にマイ殿の隙をつこうとしてこうも失敗させられるとは、私も久々に楽しめそうだ」

「それでは今からおよそ2時間後に中央の広場で」

「ほっほっほ。お待ちしておりますぞ」



 ふぅ、これは厄介な事になったわね。




 ◇◆◇




 風舞




「という事で、風舞くんも出てちょうだいね」

「普通に嫌だ」



 野営地にやって来た翌朝、シルビアに優しく揺り起こされて気持ちよく目覚めて着替えをしていたら、何故か戦意に満ち溢れている舞にとんでもない事を言われた。



「嫌だって、どうしてよ」

「だって痛いのは嫌だし、大人相手に戦うとか怖いし」

「風舞くんはついこの間スカーレット帝国で大立ち回りして来たばかりじゃない」

「あれは必要に迫られたから仕方なかったんだ」

「それなら今回だって仕方ないでしょう?」

「そんな事ないだろ。仲良くなるために戦おうとか、脳筋が過ぎると思うぞ」

「仲良くなるというよりはお互いの実力を図るためにイベントなのよ。風舞くんだって少しでも作戦の成功確率が上がるならその方が嬉しいでしょう?」

「それはそうだけど……なんだかなぁ」



 舞の言い分には一理あるし、作戦の成功確率を上げるためと言われれば断り辛くもなるのだが、それでも我儘を言わせて貰えば模擬戦なんてやりたくない。

 だって相手はプロの兵士なんだぞ?

 絶対モノすっごい強いに決まってんじゃん。



「お願い風舞くん。出てくれたら今晩私のおっぱいを好きなだけ触っても良いから…」

「舞、そんなところで何をしているんだ? 他の参戦者を探しに行くぞ」

『呆れ果てるほどに欲望に忠実な男ですね』

「流石は風舞くん! そうこなくっちゃ!」



 なんて二者ニ様の感想をいただいた俺は舞と共に掘っ建て小屋を出て他の参戦者を探しに行く事となった。



「勇者四人で他三人の計七人か。俺と舞で勇者は二人だから、後は勇者二人に他二人」

「ミレンちゃんとシルビアちゃんも出てくれる事になったから、他は後一人よ」

「となると、後はエルセーヌあたりか?」

「オホホホ。お断りしますわ」

「なんでさ」

「オホホ。私、目立つのは嫌いですもの」



 どの口がそんな事を言うんだと言おうと思って振り返ってみたら、エルセーヌはいつものゴシックドレスではなく、動きやすそうな軽鎧を身につけていた。

 頭のドリルヘアも今日はなく、代わりに頭には大きめな茶色い帽子をかぶっている。



「その格好、イメチェンかしら?」

「オホホ。私は本来この様な場に加わる者ではないので、それに見合った変装ですの」

「と言うのは建前で、昨日の昼間に俺達を待っている間に兵士の皆さんを挑発しすぎたから変装する事になったらしい」

「オホホホ。ご主人様にはバレバレですわね」

「まったく…それで、エルセーヌは模擬戦に出てくれないのよね?」

「オホホ。目立つわけにはいきませんもの、申し訳ありませんわ」

「となると後はトウカさんぐらいか?」

「トウカさんは物騒なのは嫌だからって事で断られてしまったわ」

「となるともういなくね?」

「こんな時にキキョウちゃんがいてくれたら嬉しいのだけれど、キキョウちゃんは雲龍でボタンさんとお留守番なのよねぇ」

「だよなぁ」



 キキョウは見るからに悪魔の少女が戦場に立っていると敵だと思われかねないという事で今回の作戦には参加していない。

 ついこの間雲龍で宴会をした後からボタンさんと共に雲龍でお留守番中なのである。

 あいつは徒手格闘戦とか好きそうだからうってつけだったんだけどなぁ。

 そんな事を考えながら野営地の中をうろついていたその時だった。



「む? そこにいるのはフーマとマイではないか」

「あ、シャリアスさんなんてちょうど良いんじゃないか?」

「そうね。彼女なら適任な気がするわ」

「何の話だ?」

「シャリアスさん。この後って、何か用事があったりしますか?」

「特にこれと言ってはないが……」

「よし、これで勇者以外のメンツは揃ったな」

「だから、何の話なのだ?」



 よし、これで勇者を除くメンバーは全員揃ったな。

 後は勇者を二人探して来れば出場メンバーは揃うはずだ。

 さてと、暇そうにしていて血気盛んな奴はいないかねぇ。

次回7日予定です

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