46話 ありのままで
風舞
なんとなく寝苦しくて目が覚める。
寝つきはあまり良くないが朝は結構スッキリ起きられる俺にはそれなりに珍しい出来事だ。
さしもの舞とて起こし方に難はあれども俺の睡眠を妨害する様な事はないし、最近は秋が近づいて過ごしやすい気温になった事も考慮すると、ものすんごい珍しい気がしてくる。
「まぁ、だからなんだって話なんだけど」
そんな事を呟きながら体を起こすと、すぐに寝苦しかった原因が判明した。
上向きに寝ていた俺の体の上で、ローズが器用に丸くなって寝ていたのである。
昨晩は遅くまで晩酌をしていたみたいだし、酔っ払って俺の布団に入ってしまったのかもしれない。
「んんぅ〜」
俺が起きた事で寝心地が悪くなったのか、コロリと俺の上から降りて掛け毛布を体に巻き始める。
まだ起きるには早いのだが、ローズに毛布を奪われてしまった以上、無理をして二度寝をする必要もない。
「起きるか」
俺は横で窓から差し込む光を浴びて顰めっ面をする舞を眺めながら、出来るだけ音を立てない様に転移魔法で一階へと向かった。
「うわおっ!?」
「きゃっ!?」
ソファーの上に転移してのんびりしようと思っていたのだが、タイミング悪く俺が転移して来たのと同じタイミングでちょうど座ろうとしていた人がいたらしい。
この薔薇っぽい香りにこの金髪は……
「おいフーマ。朝から何をしているのですか?」
「フレンダさんって胸はあれですけど、良いお尻してますよね」
「ふん!」
俺としては最上の褒め言葉だったはずなのだが、俺の上に腰掛けたフレンダさんはお気に召さなかったのか、立ち上がりつつもギフトの力でソファーごと俺を吹っ飛ばそうとする。
とはいえ、フレンダさんのすんばらしいお尻パワーですっかり目を覚ましていた俺は、射出されるソファーから結構すんなり抜け出す事が出来た。
「はぁ…フーマは朝から元気ですね」
「そう言うフレンダさんは元気ないですね。二日酔いですか?」
「……大人には色々あるのです」
「軽めのスープでも作りましょうか?」
「……お願いします」
二日酔いのフレンダさんはそう言いながらソファーにどさりと座り直し、背もたれに体重を預けながらぼんやりと天井を眺め始める。
この調子だと、昨日の夜は随分と飲んだらしい。
「髪が湿ってましたけど、シャワーでも浴びたんですか?」
「ええ。つい先程浴びたところです」
「今朝は少し肌寒いですし、そのままだと風邪ひきますよ」
「ある程度は乾かしましたから大丈夫です」
「まったく…」
「そんな事より、今日は奪還作戦の説明会でしたか?」
「はい。昼前にって事らしいですけど、フレンダさんはどうしますか?」
「当然私も行きますよ」
「当然なんですか」
「当然です」
態度こそはだらしないが、フレンダさんの優しさに少し笑みを浮かべてしまう。
さて、お湯も湧いたし後は干物魚とクズ野菜を入れて塩を振ってっと…
「フーマ一人で行かせると碌に話も聞いて来ないでしょうからね」
「そんな事だと思いましたよ。ほら、シェフの気まぐれスープです」
「ありがとうございます」
そんな他愛もないいつも通りのやり取りをしつつ、俺も近くの椅子に腰掛けて水の入ったグラスを傾けながら欠伸をかみ殺す。
いつもならそんな俺を見てフレンダさんが茶々を入れてくるところなのだが、今日のフレンダさんはスープを飲みながらしみじみとした顔をしていた。
「あぁ〜。体に染み渡ります」
「………そんなに二日酔いキツイんですか?」
「ですから違うと言ったでしょう」
「にしてはなんか大人し過ぎやしませんか? お婆ちゃんみたいですよ?」
「まったく。私ほどの女性を老婆扱いするのはフーマぐらいでしょうね」
「体調が悪いなら無理せずに寝ていても良いんですよ? 俺は一人でもちゃんと出来ますから」
「だから違うと言っているでしょう。確かに多少昨晩の酒が残ってはいますが、少し頭が重い程度です。あと数時間もすれば自然と良くなります」
「なら良いんですけど、それなら何か悩み事でもあるんですか?」
「今日のフーマはやけに私を構いますね」
「そりゃあ俺の事を一番よく知っているだろうフレンダさんがおかしかったら心配ですし」
長らく俺と肉体を共有して共に行動した上でもこうして俺の事を大事にしてくれている人との関係は、人生経験の浅い俺でも大切にしなくてはならない事ぐらい簡単にわかる。
それに、気丈で猛々しいあのフレンダさんの悩み事となると、俺も早めに何らかの対処をしておかないと、後々手痛い損害を被りそうな気もするのだ。
例えるなら、総理大臣が地球に迫る隕石をどうしようか悩んでいるみたいな感じだ。
要はフレンダさんの悩みが何なのかぐらいは知っておかないと、何も知らないままにバッドエンドを迎えそうな気がするのである。
そんな俺の視線を感じたのかフレンダさんは一度目を閉じて逡巡しつつも、結局は俺のお願いにのる事を選んだ。
「……良いでしょう。私とフーマの付き合いもそれなりですしね」
「な、なんかそう言われると照れますね」
「おい。私だって自分で言っていて思ったのですから、余計な事は言わないでください」
フレンダさんはジト目でそう言いながらマグカップを置くと、俺とフレンダさんを包む様に結界を張った。
どうやら彼女の悩み事は周囲の人には聞かれたくはない事らしい。
「まぁ、こうして口に出して言ってしまえば悩みという程の事ではありませんが……昨晩、私とお姉様とエリスは今後の身の振り方について話していました」
「というと……スカーレット帝国に関してですか?」
「それも含めです。エリスはともかく、私とお姉様はどちらにせよこのままというわけにもいきませんし、どこかで一度決着をつける必要がある…とそういった旨の話です」
フレンダさんの言うどちらにせよとは、スカーレット帝国での政権を取り戻すにしろそうでないにしろという意味だろう。
つい昨日リディアさんに会って改めて実感した事だが、ローズとフレンダさんは国の上層部に寄ってたかって反逆されたものの、彼女達に政権を取り戻して欲しいという勢力は少なからず存在する。
帝国内で強い権力を持っている者の腹の底までは推測できないが、つい先日帝都に行った時に市民の多くがローズが統治していた頃に戻りたいと嘆いていたあのセリフも、吸血鬼の姉妹に政界復帰を望む確かな声である事に違いはないだろう。
「フレンダさんはどうしたいんですか?」
「どうしたいとは、またザックリした質問ですね」
「少し考えたんです。もしかするとローズもフレンダさんも俺達が重荷になって自由に動けないんじゃないかって。ローズは俺や舞とずっと一緒にいると言ってくれましたけど、それがあいつを縛る鎖になっているんじゃないか…とか」
「そうですね。私達が昨晩話したのもその様な話でした。仮にフーマ達と出会っていなかったら私達は間違いなく帝国の最上位に返り咲く事を目標に動きます。ただ、今の私達はフーマ達と出会いました」
「もし……もし、俺達が重荷になっているのなら見捨てる……はちょっと嫌な言い方ですけど、自分のことに集中しても良いんですよ?」
「やれやれ、相変わらずフーマは愚鈍ですね」
「俺は結構真剣に考えて話してるんですけど」
「ならば愚昧とも付け加えてやりましょう」
フレンダさんのはそう言って立ち上がると、椅子に座っていた俺のすぐ側までやって来て、俺の頭に手を置いて軽く微笑みながら再び口を開いた。
「お前は既に私にとってもお姉様にとっても大切な存在なのです。フーマは私達の心根が良いからお前達によくしてやっていると思っているかもしれませんが、少なくともただの人間のクソガキに私が何の見返りもなくこうして共に行動するわけがないでしょう?」
「俺、フレンダさんに何もあげてないですよ? しょっちゅう餌付けはしてますけど…」
「ですから、それを親愛と呼ぶのではないですか? 自分のことよりも特定の存在のために行動したいと思う気持ちはフーマならよく分かるでしょう?」
「それは……まぁ」
「何はともあれ、私が帝国で再びあの椅子に座るとしても、フーマは私のそば付きとして働かせますから何も心配する事はありません」
「なら良いんですけど…」
「おや? てっきり生意気な口を叩くと思ったのですが、やけに素直ですね」
「だって、普段はバリバリ仕事をこなすフレンダさんが俺の前では甘々でコスプレ大好きってシチュエーションはそそるものがありますし」
「まったく、お前にはマイがいるでしょうに」
「もちろん舞がいない生活なんて考えられないですけど、それはそれとしてフレンダさんはもっと自分のポテンシャルを信じて良いと思いますよ」
「やれやれ……何故私が励まされる側になっているのでしょうか」
フレンダさんのはそんなセリフと共にため息をつきつつも、俺の頭をクシャっと撫でてくれる。
俺にとってこの世界で一番の恩人は誰かと問われれば、真っ先に浮かぶのはこの吸血鬼の名前なのだろう。
なんてそんな感傷に浸りつつフレンダさんに頭を撫でられて少しだけ笑みを浮かべていると、そのフレンダさんの手が急にピシリと固まった。
どうしたのかと思いフレンダさんの顔を見上げて、冷や汗を垂らす彼女のその視線の先に目を向けると…
「のうフレンダよ。お主、昨晩はその気は無いと言ってはなかったかの?」
「お、お姉様! これは違うのです! フーマの頭に沸いていた小虫を払っていただけでして…」
「俺の頭は虫が湧くほど汚いんですか…」
「オホホホ。それにしては、随分と楽しそうにご主人様の頭を撫でていましたわね」
「そ、それは……」
階段から降りて来たローズとエルセーヌに問い詰められたフレンダさんがガチで焦った顔をして慌てている。
こんなにフレンダさんが慌てるところなんて始めて見たかもしれない。
「オホホホ。智将と名高いお母様も大したことないですわね」
「エリス……謀りましたね」
「オホホ。目的のために手段を選ぶなというお母様の教えに従ったまでですわ」
目的?
エルセーヌの目的とは一体なんだろうか。
流石のに苦しむフレンダさんが見たいだなんてことは無いと思うのだが……
そんな事を考えながら腕を組んで仁王立ちをしていたローズの方に視線を向けると、そのローズがため息をついて力を抜きながら口を開いた。
「はぁ……もう良い。別にお主がフウマと何をしていうようが妾には関係のない事じゃし、一々口出しするのも馬鹿らしいしの」
「お姉様……」
「そんな事より、久しぶりにフレンダの作る朝食が食べたいのじゃが、頼めるかの?」
「は、はい! ただいま取り掛からせていただきます!!」
フレンダさんはビシッと敬礼をしながらそう言うと、パタパタと台所の方へ走って行ってしまう。
フレンダさんって、料理とか出来たんだな。
「オホホ。作戦失敗ですわね」
「そうなのか?」
「オホホホ。中々上手くはいきませんの」
「俺は何をすれば良い?」
「オホホ。ご主人様はどうかそのままで。ホシミヤ様風に言うのなら、レリゴーですわ」
「なんでそこでチャラ男風に言ったのかも俺の世界の雪の女王についてエルセーヌが知っているのかも謎だが、とりあえず頷いておこう」
「オホホ。くれぐれも、細心の注意を払ってくださいましね」
「おい。ありのままでじゃなかったのかよ」
「オホホホ。ありのままのご主人様で、本気を出してくだされば良いのですわ」
「はいはい。よく分かんないけど、とりあえず了解した」
きっとエルセーヌは俺に何かを成し遂げて欲しくて、そのヒントを俺に与えている。
彼女が俺に一体何を望んでいるのかは分からないが、それはエルセーヌが俺のためを思って課した試練に他ならないのだろう。
ならば俺は…
「さてと、ローズ。折角だし久しぶりに頭を洗ってやろうか? ついでに髪も軽く切ってやるよ」
「む? そうかの?」
「ああ。最近はローズと一緒に過ごせる時間があんまりなかったし、久しぶりにどうでも良い雑学を披露し合おうぜ」
「お、お主がどうしても言うのなら仕方ないの。折角の誘いを断るのもあまり良くないし、お主のお願いに付き合ってやるとするかの」
「よしきた。なら、舞達が起きて風呂場が混む前にサッサと行こうぜ」
「やれやれ。お主はせっかちじゃのう」
なんて話をしながら、俺はローズと共に風呂場に向かう。
エルセーヌが俺に課した試練が一体何なのかは分からないが、それでも昨日の今日で俺に話しかけてきたのには何らかの意味があるだろうし、フレンダさんから聞いた昨日の晩酌での会話の内容を考慮すれば、「ローズに関する何か」が試練の内容である事は嫌でも分かる。
そして俺がそんな考えの元に動いている事は既にローズも気づいているだろうし、後は如何にしてローズの本心を読み取って行動するか、要は俺の人間力が問われている。
あんまり人に気を使うのは得意な方ではないのだが手遅れになって後悔しないためにも、ありのままで本気を出すことにしよう。
「あぁ!! 砂糖と塩を間違えました!!」
っと、その前に…フレンダさんの料理を手伝う方が先かもしれない。
俺は意気揚々と風呂場へと向かって前を歩くローズのつむじを眺めながら、遠くから聞こえてくる騒音にため息をこぼすのであった。
◇◆◇
風舞
フレンダさんの涙ぐましくもそれなりに美味しかった朝食を済ませた後、俺とフレンダさんと舞は予定通りお姫様との作戦会議に向かっていた。
作戦会議とは言っても既に決まっている作戦を俺が聞くだけなのだが、こういうのはモチベーションが大事だし、自分が指揮官の腹づもりで会議に臨ませていただく所存である。
「それで、何故マイまでいるのですか?」
「明日香ちゃん達が構ってくれないから暇なのよ。それに、私は一度聞いた話とは言えども、こういった事は何度も確認しておいた方が良いでしょう?」
「確かにそれもそうですね」
「あれ? フレンダさんは舞には優しいんですね」
「そうなの?」
「ああ。俺が舞と同じセリフを言った場合、一度で覚えられないとはフーマは愚鈍ですねって言われる」
「マイはフーマとは違って細部まで把握した上で更に理解を深めるためにもう一度話を聞きに行くのです。一度で大まかな流れ程度しか把握できないフーマとは次元が異なります」
「な? 俺にはすごく厳しい」
「少しだけ風舞くんが誇らしげなのは彼女としてモヤッとするけれど、私には叱るところが無いんじゃないかしら」
「そういう事なんですか?」
「いいえ。マイはうるさいですね。それと落ち着きがありません。やれば出来るのは分かっていますから、普段から最善を尽くしてください」
「良かったな。マイも叱ってもらえたぞ」
「なるほど。風舞くんが少しだけ誇らしげな顔をしていた理由が分かった気がするわ。お説教でありながらも私の事をキチンと理解してくれている。普段の態度からはあまり想像できないその優しさとのギャップがグッとくるのね」
「流石は舞。瞬時にそこにたどりつくとはやるな!」
「ふふん! 崇め褒めちぎると良いわ!」
「何でしょうか。フーマだけの時やマイだけの時と比べると、二人揃った時は10倍疲れる気がします」
保護者様のそんなセリフを舞と一緒に聞き流しつつ、多忙なお姫様が到着するのを待つこと数分。
お姫様はきっかり時間通りに会議室へと現れた。
今日はヒルデさんとエス少年も一緒である。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「いえいえ。俺たちが早くに来すぎただけですから」
「挨拶もほどほどにして、早速本題に入ってください。人族の美辞麗句は素晴らしいものですが、時に生産性を低下させることぐらいセレスティーナなら分かっているでしょう?」
「フレンダ様の仰る通りですね。それでは早速本題に入りましょう。高音風舞様。5日後に迫るグルーブニル砦の奪還作戦についてご説明いたしますので、どうかお聞き逃しのない様に願います」
フレンダさんのセリフを聞いて軽く笑みを浮かべたセレスティーナ第一王女がソファーに腰掛けつつ俺に向かってそう口にする。
なんとなくふと思ったのだがフレンダさんとお姫様って互いの事を認めあっているのか、意外と相性が良さそうなんだよな。
それに一部似たところもあるみたいだし……
「高音様? どうかなさいましたか?」
「い、いや! なんでもないです! 集中させていただきます!」
「この場はフーマの為の場なのですから、キチンと集中なさい」
「は、はい。すみません」
「ふふ。構いませんよ」
そんな感じで俺の謝罪を受け入れてくれるお姫様に内心ホッとしていると、俺の右隣りに座っていた舞がひっそりと耳打ちしてきた。
「女性は胸への視線に敏感なものよ。その大小に問わずね」
流石は俺の彼女様は、俺の浅ましい考えなどお見通しらしい。
流石にフレンダさんもお姫様も貧乳だから互いにシンパシーを感じているなんて考えは失礼だったかもしれないな。
よし、ちゃんとお姫様の説明に集中しよっと。
そうして俺はそんな事を考えながらも、グルーブニル砦奪還作戦の作戦会議に臨むのであった。
次回3日予定です




