44話 忠誠と恩義
風舞
リディアさんに昼食をご馳走していただく事になった俺達は、すぐそこにあるのだという彼女のお屋敷に案内してもらっていた。
お屋敷のある場所は俺達がいた魔の樹海の一角から1時間ほど東に徒歩で移動した場所だったのだが、流石は領主様のお屋敷という事だけあって、お屋敷の目の前には小さくはあるものの立派な村が広がっていた。
そしてそんな村を守る様に建っているお屋敷の一室で俺とフレンダさんとシルビアの3人は腹ペコの腹を鳴らしながら、席を外したリディアさんが戻って来るのを待っていたのだが、多少暇だった事もあったので折角だしフレンダさんに気になっていた事を聞いてみる事にした。
「そういえばフレンダさん」
「なんですか?」
「フレンダさんが今日の訓練先をここに指定したのって、リディアさんに会うためだったりもしたんですか?」
「何の話です」
「いやいや。だってあのフレンダさんが数時間戦っているだけで他の人に気付かれる様な場所を訓練場所に指定するわけないですし、本当は俺たちの訓練がてらリディアさんに会いに来たんでしょう?」
「ふん。フーマの考えすぎです」
「なら良いんですけど、俺とフレンダさんの仲なんですから、次からは気軽にお願いしてくれても良いんですからね」
「まったく……相変わらずフーマはお人好しですね」
「まぁ、もちろんタダでとは言いませんけどね。それと、溜まっているコスプレの負債も早く支払ってください」
「おい。お前は最後に余計な事を言わないと死ぬ呪いにでもかかっているのですか?」
「もちろんシルビアはいつでもどこでも何でもお願いしてくれて良いからな。シルビアのお願いなら何でも聞いちゃう」
「あ、ありがとうございます」
「そしてこの扱いの差ですよ…」
なんてお話をしながら待つこと数分、リディアさんが数人のメイドさんと共に戻って来た。
って……あれ?
メイドさんは普通の女の人だな。
リディアさんみたいに小さくないし、もしかしてサキュバスじゃないのか?
「お待たせ…しました」
「構いませんよ。それでは参りましょうか」
「はい。人間…私は、フレンダ様と…内密な話があるから……」
「あぁ、構いませんよ。積もる話もあるでしょうし、俺とシルビアはここで待ってます。シルビアもそれで良いか?」
「はい。問題ありません」
「リディア。ですからフーマは私の…」
「フレンダさん。俺達はお客さんなんですから我儘言っちゃダメですよ。それに、配下の人達は大切にするべきです」
「はぁ、フーマがそう言うなら良いでしょう。1時間ほどで戻りますから、大人しくしているのですよ」
そうしてフレンダさんとリディアさんを笑顔で送り出した俺はシルビアと共にもう一度ソファーに腰掛け、アイテムボックスから適当な料理を取り出す。
さて、他に気になる事と言えばリディアさんが置いて行った二人のメイドさんなのだが……
「あのー。どうかしましたか?」
「ふふ。ソワソワしちゃって可愛い」
心なしか、どこぞの淫乱女王様と同じ空気感を感じる。
何というか、俺が元々知っていたサキュバスに似た様な雰囲気を感じるのだ。
それに、短髪のメイドさんも片目を前髪で隠した長髪のメイドさんも二人とも舌舐めずりをしてるし…
「差し支えなかったら教えてもらいたいんですけど、お姉さん達はサキュバスなんですか?」
「ええ、そうよ」
「私達は正真正銘のサキュバスだわ」
「それじゃあ、リディアさんもサキュバスなんですよね?」
「ふふ。そうね〜」
目の前のエッチな雰囲気の人達はサキュバスで、リディアさんもサキュバス…。
この世界のサキュバスは全体的にちっこくて断じてエッチではない種族だと思っていたのだが、果たしてどっちなんだ?
まったく分からん。
そんな事を考えながら出来立てホヤホヤの状態の料理をテーブルに出していると、隣に座っていたお腹を空かせたシルビアに声をかけられた。
「フーマ様……」
「あぁ、気にせず食べて良いぞ。良いですよね?」
「ふふ。どうぞご自由に」
「だってさ。俺も食べるから、遠慮せずに食ってくれ」
「それでは、いただきます」
「おう、いただきます」
そうしてシルビアと共にサンドウィッチを食べ始めた俺は、再びメイドさん達の様子を確認し始める。
まず、メイド服自体は一見すると普通のクラシックなスタイルなのだが、肩甲骨のあたりで大きく肌を露出させている。
そして二人とも、大変綺麗な背中をしていらっしゃった。
「分からん」
「どうかなしましたか?」
「ああ。ほら、リディアさんは帝国で最強のサキュバスだって聞いていたけど、アンと同じぐらいの身長だっただろ? それで俺はてっきりサキュバスは全体的に小さい種族だと思ってたからさ…」
「なるほど。言われてみれば確かにそうですね」
「シルビアはサキュバスについて何か知っている事はないか?」
「私も魔族の一種族だという事以外は特には…」
この世界で生まれた時から暮らしているシルビアでも知らないとなると、サキュバスは結構謎に包まれた種族なのかもしれない。
先ほどからサキュバスメイドのお姉さん達がガン見してきているし、折角だからお話を聞いてみるか。
「あのー。サキュバスって、どんな種族なんですか?」
「どうって?」
「その、サキュバスに始めて会ったものでして」
「みたいねぇ。でも、お兄さんも人間ってどんな種族かって聞かれても答え辛いでしょう?」
「まぁ、確かに」
俺自身、仮に人間ってどんな種族か問われてもなんて答えれば良いのか分からない。
そんな質問にまともに答えられるのは哲学者とポエマーなトウカさんぐらいだろう。
質問の仕方を変えてみるか。
「それじゃあ、サキュバスって羽が生えたりするんですか?」
「フーマ様。いくら何でもそれは…」
「え? だってほら、背中を露出しているし普段はしまっておいて飛びたい時にニョキッと…」
「ふふ。フーマ様は相変わらず冗談がお上手ですね」
「えぇ…俺は結構真面目に羽が生えると思ってたんだけど…」
「生えるわよ」
「は、生えるんですか?」
「ええ。ほら」
「なっ…」
おぉ、普段は表情だけは凛々しいシルビアが本気で驚いた顔をしている。
俺は薄々そんな気がしていたからそこまでの驚きではないけれど、人型の生き物の背中からコウモリみたいな羽が生えてきたら驚くよな。
「あの、もし良ければ羽が収納されるところを見せてもらえませんか?」
「ふふ。欲しがりねぇ」
そう言いつつも髪の長い方のサキュバスメイドさんが俺の目の前までやって来て、背中をじっくり見せてくれる。
見せてくれてはいるのだが…
「あ、あの……近すぎやしませんか?」
「よく見えた方が良いでしょう?」
サキュバスメイドさんがそう言いながら俺の目の前でお尻をフリフリする。
俺が見たいのは背中だったはずなのだが、視界の殆どがサキュバスメイドさんのお尻で埋まっていた。
そしてお尻を向けられているはずなのに、めっちゃ良い匂いがする。
なんてこったい。
「それじゃあ行くわよ」
「は、はい」
「ん。んんっ〜〜。ふぅ、どうだったかしら?」
「ど、どうって言われても…」
エッチだった以外の感想なんて何も浮かびやしない。
視界の殆どをお尻でふさがれて喘ぎ声に似た何かをあげられれば、エッチだった以外の感想が出るはずもないだろう。
というより、肝心の羽の方はまったく見えなかったんですけど。
「す、凄かったです。スーッと背中に溶け込んでいく様な感じで」
「ふふ。そちらの獣人さんには満足いただけたみたいね」
「お、俺だって満足ですよ?」
「あら、そう? なら良かったわ」
サキュバスメイドさんはそう言うと、スタスタと元の位置に戻って行く。
リディアさんは性的な目で見られるのが嫌いみたいだったし、その従者であるメイドさん達にも俺が性的な目で見ていたと知られるわけにはいかない。
あくまで俺は紳士的に振る舞わねばならないのだ。
「はぁ………早くお話終わんないかな」
「フーマ様?」
横に座っていたシルビアに怪訝な顔をされてしまったが、先ほどついた男好きだなんて嘘がバレないか気が気でない俺は、ため息をつきつつアイテムボックスから取り出したコップに水を注ぐのだった。
フレンダさん、早く戻って来ないかなぁ…。
◇◆◇
フレンダ
フーマやシルビアと別れたその後、私はリディアに案内されて屋敷の食堂に来ていた。
先ほどまで随分と腹が減っていたはずなのだが、目の前の食事に対してあまり気が進まないのは、この後にリディアからされるであろう話を分かっているからなのかもしれない。
リディアの様子が気になってフーマの訓練場所をここの近くに指定したのに、いざこうして対面すると気後れするとは、私もまだまだですね。
「ふぅ…」
「フレンダ様…どうか…なさいましたか?」
「なんでもありません。それより、私と二人きりになったという事は何か話でもあるのですか?」
「はい。……今後の、スカーレット帝国に……ついてです」
「……そうですか」
やはりというか何というか、リディアの望む話題は私の想像していた通りのものだった。
彼女は私とお姉様に確かな忠誠を誓い、他の者が謀叛を企てている間はとある策に嵌められて身動きを封じられていたらしい。
私が結界に我が身を封じお姉様が消息を絶った後は、領内に閉じこもり他の幹部とは交流を絶っていたらしいが、現在の情勢では正直なところ私としてはリディアに何かを望む事は何もない。
「私は…既に、叛逆者共に攻勢を仕掛ける準備が……出来ています。後は…陛下とフレンダ様のご指示さえあれば……」
「リディア。先に言っておきますが、私は現在の帝都を取り仕切る連中に牙を向けるつもりはありません」
「彼奴らは…フレンダ様や陛下に忠誠を誓っておきながら叛逆した…罪人です。それなのに…」
「確かにあの者共はお姉様や私に忠誠を誓ってはいましたが、それと同時に私達は力こそがモノを言う魔族です。謀叛を企てられその席を追われたとあれば、私やお姉様に彼らを恨む資格はありません」
「それでは…フレンダ様は、帝都にお戻りになるおつもりは…」
「ありません。今の帝都はアメネアがうまく纏めていますし、私が仮に帝都の表舞台に立とうものなら国民に動揺が走ります。それに、今の私にはやるべき事があるのです」
「やるべき事……ですか?」
「はい。今はまだ言えませんが、いずれお前にも知らせる時が来るはずです」
この大陸に巣食う悪魔に関してはまだリディアに言う事は出来ない。
流石に無いとは思うのだが、彼女が悪魔と通じていた場合には私達の動きが漏れてしまう可能性がある。
敵味方の判別がしっかりと出来ないうちには、どうしても出来ない話なのだ。
「私では…………フレンダ様のお役に立てませんか?」
「……リディア。私はお前にも帝都に戻り国民を守るために動いてもらいたいと思っていますが、それは出来ませんか?」
「彼奴らは……陛下とフレンダ様に刃を向け……ました。私は……彼奴らを……信じられません」
「そうですか。それならば、今のお前は自分の領民をしっかりと守る事に集中しなさい。詳細は話せませんが、激動の時代がすぐそこまで迫っています。私の様に、後になって後悔してはいけませんよ」
「フレンダ様は……後悔して…いるのですか?」
「そうですね……。あのクーデターを通して私は、久方ぶりに自分の無力さを思い知らされました。お姉様の元にお仕えして多少国を大きくしたからと、少し調子に乗っていたのかもしれません」
「そんな……フレンダ様は、大変優れたお方で…」
「ふふっ、お前は相変わらず私に甘いですね」
「そ、それは!」
「何も慌てる事はありませんよ。ただ、あの頃の私はやはりいささか調子に乗っていたのです。もう少しお姉様の真意を汲み取る努力を怠らず、もう少し周囲の者の心情を読み取っていればあの様な自体には陥りませんでした」
「しかし、フレンダ様は……」
「お前の言いたいことも分かります。しかし、今の私はあの椅子に座っていた頃よりもより多くのものが見えているのもまた確かです。お前を始め国民に大きな負担をかけているのに無責任なと思うかもしれませんが、少なからず私は謀叛を起こされて良かったと思っているのも事実です」
「フレンダ様…」
私は帝国の国民も、今の生活のどちらも大切だ。
スカーレット帝国にアメネア達ですら対処できない問題が起これば今すぐにでも国民を守るために帝国に戻るだろうが、フーマやエリスやトウカ達との生活も今は心から悪くないと思っている。
私にはどちらも大切で、政治家としての私も一人の吸血鬼としての私も、どちらも間違いなくフレンダ・スカーレットなのだ。
そのどちらにも優劣はつけられないし、どちらも捨てるつもりはない。
そしてその生き方を無自覚ながらも支えてくれるフーマを、私は守ってやりたいと心から思っている。
「お前からすると今の私は腑抜けて見えるかもしれませんが、少なくとも一年以内には帝都に戻り色々と決着をつけるつもりです。仮にその時になってもお前が私達に忠誠を誓ってくれているのなら、その時は私とお姉様とリディアであの時の様に城の庭園でお茶でもしましょう」
「フレンダ様は……帝国を、私達を捨てたわけではないのですね」
「はい。それだけは確実に」
「分かり……ました。フレンダ様を、信じます……」
「お前には苦労をかけますね」
「いえ……。フレンダ様には、私達サキュバスを救ってもらった恩があります……から…」
リディアはそう言うと、手元の皿に視線を落としてゆっくりと食事を始めた。
どうやら私に気を使って食事を共にしてくれるらしい。
まったく、この子も相変わらずお人好しですね。
全てのサキュバスを守るために単身で城へと乗り込んで来たあの頃のまま、何も変わっていません。
「フレンダ…様?」
「リディア、近頃のお前たちの話を聞かせてはもらえませんか? 折角の食事なのですから、何か楽しい話でもするとしましょう」
「は、はい。それじゃあ……」
そうして、私は弱々しくも誰よりも強いサキュバスの少女と共に穏やかな昼食を過ごし、かつての日々に僅かな思いを寄せるのであった。
次回31日予定です




