37話 忘れ物
風舞
結局朝方までフレンダさん達と準備やらなんやらをしてそこから眠りについたのだが、勇者達が攻めて来たのは正午を過ぎたあたりからだった。
寝込みを襲ってもそこまでの効果はないと思ったのか、夜の間に張ってあるエルセーヌとフレンダさんの結界を突破出来ないと考えたのかは分からないが、1時間でも多く睡眠をとりたいこちらとしてはかなり都合が良かった。
「それでは後のことは任せましたよ」
「オホホホ。健闘を祈りますわ」
「ありがとう。二人とも、頼りにしてます」
勇者達が接近している為に迎撃の準備を進め、フレンダさんとエルセーヌを塔の外へと送り出す。
さて、後は勇者達を迎え撃つだけだ。
「よし。それじゃあやりますか」
一人になった俺は最上階にそう言い残し、一階へと転移するのであった。
◇◆◇
舞
「いよいよ始まったわね」
私はクラスの皆が続々と塔に入って行くのを眺めながら、腰に差した愛刀の柄に手を触れてそう呟いた。
今日ついに、風舞くんと勇者の皆との決着がついて勇者達がグルーブニル砦の奪還作戦に参加するか否かが決まる。
「マイ様は勇者様方とフーマ様のどちらが勝利するとお考えですか?」
「どうかしらね。贔屓目に見るなら風舞くんだと思うけれど、皆のここ最近の訓練への入れ込みはかなりのものだし、正直なところどちらが勝ってもおかしくないと思うわ」
「それでは、お主はどちらに勝ってもらいたいんじゃ?」
「そうねぇ……風舞くん達と戦いたいから風舞くんと言いたいところだけれど、折角ここまで一緒に頑張って来たんだもの勇者の皆にも頑張ってもらいたいわね」
「なんじゃい。考えることは皆同じか」
「そんな事ないぞ。私はユウキに勝ってもらいたい」
「キキョウちゃんは随分と天満くんがお気に入りなのね」
「あいつは殴っても怒らないし、私の為に謝ってくれるからな」
「うわぁ…ユウキ様、大変そうだね」
「キキョウ。これが終わったらユウキ様にいつもありがとうって言うんだよ」
「シルビアが言うなら仕方ないな。たまにはこの私が褒めてやるとしよう!」
私は風舞くんが勝っても勇者の皆が勝っても、どちらでも嬉しい。
風舞くんが勝ったら私の恋人はこんなにも強いんだぞって自分の事の様に鼻が高いし、やっぱり私の風舞くんはチートキャラだったって嬉しくなる。
一方の勇者の皆が勝っても、つい最近まで一緒に頑張って来た明日香ちゃん達の努力が報われた事に他ならないし、少しだけ下世話な話をすれば勇者の皆がラングレシア王国の戦力として数えられる様になれば風舞くんの労力が減る事にも繋がる。
つまり、どちらにせよ今回の模擬戦は私にとって良い結果しか起こりえないのだ。
「でも、やっぱり欲を言うのなら風舞くんに頑張ってもらいたいわね。ここ数日何度も目の前で楽しそうに戦っているのを見せられると、血が滾って仕方ないわ。あっさり勇者の皆が勝っちゃったら、私達の出番が無くなっちゃうもの」
「お主も中々に戦闘狂じゃの」
「あら、今から武器を用意しているミレンちゃんには言われたくないわね」
「実を言うと、妾も燃える様に体が熱くてたまらないのじゃ。今から夕暮れが楽しみで仕方ないわい」
「今回はあの砦を壊してはならない事になっているのですが、マイ様とミレン様が今からこの調子で大丈夫でしょうか」
夕暮れまで残り5時間弱。
私達が風舞くん達と戦える時までもうすぐである。
ローズちゃんや他の皆には言っていないが、風舞くん達と戦って勝ちたいと思う私は確かにいる。
最近風舞くんはエルセーヌやフレンダさんと3人だけで秘密裏に動いて何度も危ない目にあっているみたいだし、ここらで貴方の彼女も結構強いのよと見直させてやりたいのだ。
ふふふ。こういうのを彼氏を尻に敷くと言うのかしらね。
あぁ、今から風舞くんを叩きのめす時が楽しみで仕方ないわ!!
◇◆◇
風舞
昨日は夜遅くまで…というか今日の朝方まで散々トラップを仕掛けたが、そのほとんどは勇者達にダメージを与えるというよりは俺が攻撃を受けないための障害物だったり勇者を足止めするための物が多い。
俺の目的は勇者達の目を出来るだけ引きつけて背後から迫るエルセーヌ達を気づかせない事だし、攻撃力よりも拘束力を重視した結果だ。
という訳で勇者達を迎え入れた一階は勇者達の攻撃手段を封じるための策を弄しておいた。
「何これ? 木の箱?」
「気をつけて。中には魔物が入っているかもしれない」
恐る恐る正面の扉から入って来た勇者達が部屋の中に所狭しと積み上げられた木の箱を見て不信感を露わにする。
この木の箱はラングレシア王国の北方の村を破壊する時に回収して置いたり、エルフの里で人伝てに要らない物を貰ったりしたものなのだが、中身はかなりマチマチである。
単純に空の箱だったりするものもあれば石ころが入っていたりするものもあるのだが、開けないと中身が分からない箱というのはハッタリにはかなり適している。
「いらっしゃい。思ったより遅かったな」
「やぁ。早速で悪いけれど、討伐しに来たよ」
先頭に立つ天満くんが相変わらずの爽やかな笑みを浮かべながらそんな事を口にする。
天満くんはユーリアくんみたいな可愛い系のイケメンとは違って、正統派の爽やかイケメンだから別に見ていても何も面白くはないんだよな。
って今はそんな事どうでも良いか。
「昨日の夜に何か使える物は無いかと思ってアイテムボックスに入ってた箱の整理をしてたんだけど、どれが火薬の入った箱か分からなくなって困ってるんだ。良ければ探すのを手伝ってくれないか?」
「はぁ? ウチらが何のためにここにいるのか知ってるっしょ?」
「そ、それじゃあセリフを言い換えよう! この箱の中には爆発物もある! 自爆したくなかったら余計な刺激は与えない事だな!」
「へぇ、爆発物ねぇ……」
「な、なんだよ」
明日香が木箱の上に立って両手を広げる俺をじっと見つめてくる。
おそらく明日香の一番強い攻撃はこのガン見だ。
だって物凄く怖いし、冷や汗が止まらない。
「天満っち。皆にファイアーランスの指示を出して」
「この部屋には爆発物があるらしいけれど、良いの?」
「どうせ嘘だし気にしなくて良いって。アイツ、昔から嘘をつく時に出る癖があっから」
「それじゃあ遠慮なく。総員詠唱開始…」
「ちょ、ちょっと待て! お前ら全員明日香の言う事を信じるのか!? 爆発物だぞ? 爆弾だぞ!?」
「僕達はいつでも隣に立つ仲間の事を信じている! 総員放て!!」
「聞く耳持たずかよ! ガッデム!!」
くそぅ。
俺が嘘をついているかどうか分かるなんて、明日香は何で分かるんだよ。
それに天満くんのあのセリフだよ。
隣に立つ仲間の事を信じてるだぁ?
だったら俺の言葉も少しは信じてくれよ!
俺も同じクラスメイトなんですけど!!
「ちっ、嘘が通じないなら2階のクサクサ毒ガス作戦は使えないか」
一先ずは勇者達の攻撃を転移魔法で避けた俺は2階のただ臭いだけの階層を飛ばして3階に転移する。
3階は勇者達の精神を惑わせるためのトラップのある部屋だ。
さて、勇者達がくっさい階層を超えてくるのをのんびり待つとしよう。
「とても暇でござんす」
なんて事を言いながらヒラヒラの下着を眺めつつ待つ事5分ちょい、ようやく勇者達が俺の待つ3階へと現れた。
「よう。2階はどうだった?」
「物凄く臭かったよ。風魔法で換気をしようにも壁や床そのものから臭いが出て来ているみたいだったからね」
「マジ最悪。あんなウザいだけの部屋を作るとかマジウザいわ」
「う、うるさい! それよりも、これが何が分かるか?」
3階の廊下の真ん中で山の様に積まれた下着の中から一枚のブラジャーを取り出し、勇者達に見せつける。
よしよし、奴は俺が何をしようとしているのか気がついたみたいだな。
「何ってブラジャーっしょ?」
「そう。ブラジャーだ。それじゃあ、誰のブラジャーだと思う?」
「アンタのでしょ? よく分かんないけど、しょっちゅう女装してんじゃん」
「あぁ…そういわば高音くんは女装するのが好きなんだっけ」
「別に好きでやってるわけじゃないわ!」
「ていうか、女装が好きでもそうじゃなくても何であんなにたくさん下着を持ってんの?」
「さぁ? 好きなんじゃないか?」
「おい! 今は俺が喋ってるんだから静かにしろ!」
まったく、これだから高校生相手に話すのは苦手なんだ。
もう良い。余計な前置きは無しだ。
「お前たち全員が知っているのかは分からないが、昨日そこにいるまゆちゃん先生がうちのユーリアくんに色仕掛けをしてきた」
「それで?」
「その時まゆちゃん先生が忘れて行った下着がこの中にある」
俺がそう言ったのをきっかけに全員の視線がまゆちゃん先生に集まる。
一方のまゆちゃん先生は顔を真っ赤にしながら両手をブンブン振りつつ釈明を始めた。
「違う違う! 私はあんな派手な下着つけないから! そもそも昨日だって忘れて来てないし! ていうか脱いでないし!」
「ほう。それでは岸辺桜子、お前達は換えの服は持って来ているのか?」
「い、いや? 流石にそんなもの持って来たら荷物が多くなるし…」
「だったらまゆちゃん先生は今ノーブラの筈だ。確かめてみろ」
「え、えぇ!? 冗談だよね? く、岸辺さん!?」
よしよし。
我ながらに良いチョイスだったな。
明日香の側にしょっちゅういる岸辺桜子なら、まゆちゃん先生の乳を揉んでブラジャーをつけているのか確かめるぐらいの事はすると思っていたぞ。
グッジョブさっちん!!
「どうしました? ブラジャーをつけているのなら嫌がる事はないでしょう? 胸を触られたくないなら後ろからホックがあるかどうかを確かめてもらえば良いじゃないですか」
「そ、それは……」
「まぁ、あるわけ無いですよね。だってまゆちゃん先生はユーリアくんとあんな事やこんな事をして窓から逃げて行きましたし、その時に忘れて行ったブラジャーは俺が回収してこの中に混ぜて起きましたもん。さて、まゆちゃん先生の下着はこの情熱的な赤か、それとも魅惑的な紫か、清純な白か、大人な黒か。流石のまゆちゃん先生でも下着は上下合わせるだろうし、今履いている下着と同じ色のものがこの中にあるんでしょうねぇ」
「くっ、こんな事っ!」
「まぁ、流石に俺も鬼じゃないです。俺がここにいては自分の下着を回収できないだろうし、ゆっくりとこの下着の中から自分の下着を回収して来ると良いですよ。それじゃあ、俺は上にいるんでどうぞごゆっくり」
俺はそう言い残して一つ上の4階へと転移した。
ちなみにこれが昨夜フレンダさんに性悪だと言われる原因となったまゆちゃん先生の下着トラップである。
きっと心優しい女子達はまゆちゃん先生に気を使った行動をとり、男子達はそれに従うのだろうが、俺の話を聞いた誰もがこう思っている筈だ。
で、結局まゆちゃん先生はノーブラなの? と。
今は服の上にプレートをつけていたためノーブラかどうかは見ただけでは分からないが、聞くところによると女子というものはブラジャーをつけていないと色々と擦れてしまって痛いらしい。
女子達がまゆちゃん先生にどう気を使うのかは分からないが、俺の見立てだと少なくとも半数以上の男子はあの山の様な下着の中にまゆちゃん先生のブラジャーがあると思っていたはずだ。
まゆちゃん先生がひっそりと自分のブラジャーを回収したらしたで男子達はまゆちゃん先生の下着が何色なのか気になり、逆に回収しなかった場合は現在はノーブラなのかと勘ぐってしまい戦闘に集中できなくなってしまう。
ふっ、我ながらに恐ろしい作戦が思いついたものだぜ。
「まさかシャリアスさんのパパさんから送られて来た大量の下着が役立つ日が来るとはな。ありがとう変態貴族スライス伯爵」
そしてこの下着の山の中にまゆちゃん先生のブラジャーが! 作戦をやってみて分かった事だが、一部女子達の蔑む様な視線がマジでキッツい。
今回はあくまで模擬戦だからこういう事をしたのであって、普段の俺は全ての女性に優しい紳士なのだという事は分かってもらいたい。
ただ……
「………………一応後でまゆちゃん先生にはちゃんと謝っとこ」
後々になってかなり後悔してしまう、かなり情け無いクズ野郎な俺であった。
◇◆◇
エルセーヌ
「オホホホ。ご主人様が例の作戦を決行した様ですわね」
「あぁ、あの最低な作戦を本当にやったのですか」
ご主人様に塔の外に送り出された後、私達は森の中でご主人様の様子を探っていた。
ご主人様と主従契約を結んだ際にひっそりとご主人様の声がいつでも聞こえる様にする魔法を仕組んでおいたため、現在は特に別の魔法を使わずともご主人様の様子を知ることが出来るのである。
「オホホホ。どうやらそれなりに後悔している様ですわね」
「後悔してもらわなくては困ります。まったく、貴女の主人なのですからしっかりと躾けておきなさい」
「オホホ。私はそんな残念なご主人様でも何ら構いませんもの。それより、いよいよご主人様が本格的に戦闘を始める様ですわよ」
「ようやくですか。1階から4階までのくだりが本当に必要だったのでしょうか」
「オホホホ。ご主人様の格好良いところはこれからですし、細かいところには目を瞑っておきましょう。それより、ご主人様が7階まで上がったら私達も突入するという事でよろしいですわね?」
「ええ。子供達にこれ以上侮られるわけにもいきませんし、最小限の力と簡単な魔法だけで圧倒しますよ」
「オホホ………お、お母様! 後ろに赤いスカートの小さい女の子が!!」
「きゃあぁぁ!? ど、どこですか!? 私の後ろですか!? もしかしてフーマの聞くだけで呪われるという話は本当に……」
「オホホホ。気のせいでしたわ」
「………………エリス。勇者達の前にここでお前に上下関係というものを叩き込んだ方が良さそうですね」
「お、オホホホ。お母様? 流石にその数の槍を受けたら私は死にますわよ?」
お母様が一瞬で私の周りに展開した無数の槍が私の弱点という弱点を突き刺せる位置で浮遊している。
お母様は結界魔法の扱いが極めて上手だが、実際にはギフトを使った戦闘の方が恐ろしく強力である事を無理矢理に思い出させられてしまった。
「エリス。今からお前が泣いて謝るまで尻を叩きます。私のギフトの毒で当分は椅子にも座れない様にしてあげますから、しっかりと反省しなさい」
「お、お母様。私が間違っていました。だ、だから許して?」
「オホホホ。お前が間違っているから躾けてやるのです。さぁ、覚悟しなさい!!」
あぁ、ご主人様。
ご主人様が後悔しているのと同じ頃に私もかなり後悔しています。
オホホホ。どうか早く私達に出番をくださいまし。
そうでないと、私のお尻が、お尻が大変な事になってしまいますわ!!
次回21日予定です




