34話 色仕掛け
風舞
魔王生活も今日を入れて残すところ2日となった昼時、我が魔王軍は5人揃ってお昼ご飯を食べていた。
昨日は勇者が攻めて来たりその片付けをしたりと色々忙しかったため昼食は各自で摂ったが、交友関係を深めるためには一緒にご飯を食べるのがやはり最善と言えるであろう。
というわけで、今日のお昼はミルフィーユ鍋である。
やっぱり仲良くなるには鍋が一番だよな!
「それにしても昨日は朝早くから攻めて来たのに、今日は平和なもんだな」
「エルセーヌが負わせた怪我が治りきってないんじゃないかな。結局僕のところには誰も来なかったし」
「ちゃんと手加減したんだよな?」
「オホホホ。多少ユウキ様には重い怪我を負わせてしまいましたが、あの面々なら既に回復していると思いますわ」
「それじゃああれだな。エルセーヌがあまりに強すぎて心が折れたんだ」
「そんな訳ないでしょう。心が折れたのなら、何故勇者達は森の中をうろついているのですか?」
「折角遠出したってことで観光じゃないですかね」
「おい。我々は勝たなくてはならないのだから真剣に考えろ」
「分かってますって。俺達がここにいる事は分かっているんですから森の中で偵察って事はないでしょうし、やっているとすれば植物の採取でしょうね」
「何のために?」
「考えられるとすれば薬の調合とか、ロープの製作とかそこらへんでしょうか」
「ふむ」
俺の意見を聞いたシャーロットが腕を組んで何かを考え始める。
いくらロリコン変態女騎士と名高い彼女でも、流石にこの会話の流れで幼女について考え始めたという事はないだろう。
そんな事を考えながら鍋をつついていると、俺の想像通りシャーロットが真面目な話を続けた。
「ユーリア。私は6階で勇者を待ち受ける事になっていたが、私も7階に入れてくれ」
「別に僕は構わないけれど、どうしてだい?」
「煙を焚かれた場合に備えて、6階と7階の間を塞ぎたい」
「あぁ、なるほど。そういう事なんだけど、シャーロットも7階にいても問題ないかい?」
「ああ。二人がその方が良いって言うならそうしてくれ」
まさかあのシャーロットの方からユーリアくんと共に戦いたいと進言があるとは思いもしなかったが、煙幕に備えての判断であれば断る理由もない。
勇者達が森の中で何をしているのかわからないが、森の中で煙の出やすい植物を集めて俺達を燻り出そうとしているの可能性も十分にある。
6階を換気のために空きフロアにするというのは何らおかしくない判断だろう。
「森の中で煙幕の素材を集めているとなると、エルセーヌと戦って正面切って戦っても勝てないと判断したのでしょうね」
「みたいですね。さて、俺達はどう動いたものか…」
「オホホホ。ご主人様があちら側だったらどう攻めますの?」
「そうだなぁ…煙で塔の中を燻すのは俺もやるだろうけど、遠距離から魔法を打って来ないって分かったらとりあえず魔物をけしかけるだろうな。この森の中にはゴブリンの群れがあるみたいだし、女子に薄着で巣の近くをぶらつかせて、興奮したゴブリンを片っ端から塔に突っ込む」
「うわぁ。ゴブリン相手に囮役をさせられる女の子は可哀想だね」
「後はそうだな……お色気作戦とかも良いんじゃないか?」
「オホホホ。確かにご主人様相手には効き目がありそうですわね」
「いやいやいや。本番のグルーブニル砦だって男でギチギチの砦なんだし、お色気作戦は結構いけると思うぞ」
「あれ? そのあたりはシャーロットには秘密なんじゃなかったの?」
「どうせ俺が声をかけた時の話が嘘だって事は相手が勇者なのを知られた時点バレてるから問題ないと思いますけど……どうですか?」
「私は報酬さえ支払われるのであれば細かいところには口を出さないつもりだ。まぁ、報酬が支払われなかった場合はそこの糞虫の首をへし折るがな」
「あぁ、なるほどね」
そこのあたりはシャーロットが欲望に忠実であるおかげで無用な諍いが起きなくて良かったと心から思う。
シャーロットは女騎士っぽい格好をしてはいるが報酬さえ支払われれば動くあたり、意外と傭兵気質なのかもしれないな。
「しかし、実際に勇者達がお色気作戦に出る事などあるのでしょうか」
「さぁ? 俺としては出てくれた方が助かるんですけど……ん? 誰か来ましたかね」
「オホホホ。もしかするとお色気作戦かもしれませんわよ」
「そんな訳ないでしょう。おいフーマ、私が確認して来ますから一階まで転移させなさい」
「お色気作戦だった場合はちゃんと連れて来てくださいよ?」
「万が一にもあり得ないでしょうが、その場合は連れて来てやりましょう」
そう言い残してフレンダさんを転移させ、一階の気配を確認して来てくれるのを冗談交じりの会話をしながらゆっくりと待つ。
流石に勇者達がお色気作戦に出るとは思ないし、これはあくまで仮定の話に過ぎないのだ。
「オホホホ。本当に色仕掛けに来たらどういたしますの?」
「そりゃあ好き放題するだろ。なぁ?」
「僕になぁ? って言われても困るけど、仮にそうだったら面白くはなりそうだね」
「これだから男というやつは…」
「そう言うシャーロットさんだって相手が幼女なら手を出すでしょう?」
「それはそうだろう。据え膳食わねば女の恥だ」
「オホホホ。お母様が戻って来るのが楽しみですわね」
なんて話をしていた俺達は誰一人として勇者達が本当に色仕掛けをしてくるとは思っていなかった。
それなのに……
「おいフーマ。破廉恥な格好をした人間のメスを捕らえたのですが、どうしましょうか?」
「くっ、私を捕まえてどうするつもり!?」
下着姿のまゆちゃん先生がフレンダさんに拘束されて最上階までやって来た。
えぇぇ……あんたマジで何やってんだよ。
◇◆◇
明日香
「あーちゃん。まゆちゃんセンセーが作戦通り捕まっちゃったって」
「りょーかい。さっちんは引き続き手信号の確認をお願いね」
「おけー」
アンさんのパーティーに指導を受けていた寺田っちの提案で手信号を使い始めたが、今のところはしっかりと意思の疎通が出来ている。
手信号では相手が見える範囲でしかメッセージを送れないし、定型文以外のメッセージしか送れないのだが、相手に気づかれずに意思疎通が出来るこれは予想以上に使い勝手が良い。
「それにしても、まさか本当にハニートラップが上手くいくとはね〜」
「どうだろ。取り敢えずは様子見って事で捕まったんかもよ?」
「あーちゃんとしては高音くんがハニトラにかかってない方が嬉しいん?」
「別に。まゆちゃんセンセーが酷いことされないか心配なだけだし」
「ふぅん。でも、私達の中で一番頑丈なのがまゆちゃんセンセーって事になったし大丈夫なんじゃない?」
今回ハニートラップをするにあたって誰が風舞の待つ塔に行くのかという話になったとき、まゆちゃんセンセーは一番年長だし聖魔法で常時自分を回復出来るし近接戦も得意だからという理由で自ら立候補した。
塔の中にウチらが侵入するためのルートを作るために誰かが塔の中に入らなくてはならなかったのだが、それでもまゆちゃんセンセー1人で行かせる事になってしまったのはかなり申し訳なく思う。
「まゆちゃんセンセー、大丈夫かな…」
「高音くんには彼女もいるんだし、流石に大丈夫なんじゃない?」
「でも、アイツは結構アレだからなぁ」
「アレって?」
「結構雰囲気に流されやすい」
「それじゃ、まゆちゃんセンセー次第ではエッチな事しちゃうかもってこと?」
「まぁ、無くは無いと思う」
「それって大丈夫なんかな?」
「大丈夫ではないと思うけど、うーん…」
まゆちゃんセンセーは風舞とエルフの里に行ってから死生観がウチらとは結構違うし、もしかするとハニートラップを成功させるために服を脱ぐぐらいの事はしているかもしれない。
問題はそれを見た風舞がどうするかだけど、アイツは結構シチュエーションに弱いところがあるからなぁ…
「でも、まゆちゃんセンセーは転移魔法陣を仕掛け終わったらすぐに飛び降りて逃げるんでしょ? なら、意外とすんなりいくかもよ?」
「せめて外から気配が分かればもうちょっとマシなんだけどなぁ…」
「まぁまぁ。私達がここで心配しててもどうしようもないんだし、今はまゆちゃんセンセーが無事に逃げ出した時に備えて準備しとこ」
「それもそっか。にしても、浅沼ちゃんが転移魔法陣なんて便利なもの持ってるとはねぇ」
「あぁ…なんかこの前城に悪魔が現れたって話があったじゃん? そん時に悪魔が使ったのが、浅沼ちゃんが城下町で買ってきたスカーフだったらしいんだよね。もちろん浅沼ちゃんはそれに転移魔法陣が描かれているだなんて知らなかったんだけど、マジでついてないよねー。なんか普通の模様の中に紛れ込ませる様に魔法陣が描いてあったらしいよ?」
「それって悪魔が使ってたやつをそのまま使ってるって事? フツーに危なくね?」
「それが、お姫ちんが転移魔法陣のもう片方を回収して来たし、転移魔法陣のパスワード的なのも変えたからお姫ちんにもらった方のマットと合わせてただ便利なスカーフになったんだって。転移魔法陣を起動するのは結構難しいらしいけど、トウカさんに教わったって言ってた」
「トウカさんってそんな事も出来んだ」
「なんか魔法関係は凄い詳しいらしいよ。転移魔法陣を起動する魔力の流し方も結構詳しく教えてくれたらしい」
昨日の晩の作戦会議の時にやけにすんなり転移魔法陣の話が出て来たとは思っていたが、そういった事情のある物だとは知らなかった。
そういえば一時期浅沼ちゃんの元気がなかったこともあったけど、それは自分が原因で悪魔を城内に連れ込んじゃったからという理由だったのか。
「ていうか、さっちん浅沼ちゃんのことめちゃ詳しくない?」
「あーちゃん一人じゃ皆を纏めんの大変でしょ? だから私もあーちゃんみたいに皆の相談聞くようにしてんの。大切な友達だけに無理はさせたくないしね」
「やば。マジでさっちんに惚れそう」
「えぇ…あーちゃんってもしかしてそっち趣味なの?」
「あれ? 何でマジ引き? ウチは普通に男が好きだかんね?」
「でも高音くんのことはなんとも思ってないんでしょ?」
「だってアイツには彼女どころかたくさん相手がいるじゃん。ウチはハーレムとかそういうの普通に無理だし」
「それじゃあ高音くんがあーちゃんだけのものになるとしたら?」
「それでも無いかな。アイツはなんていうか兄弟みたいなもんだから、付き合いたいとかは一切ない」
「ふーん。幼馴染ってそんなもんなのかね」
「そんなもんなんでしょ。ほら、そろそろまゆちゃんセンセーが落ちて来るかもだし集中しとこ」
「あーい。それじゃあ真面目にやりますかね」
そうして、ウチとさっちんの二人は他の皆と同じ様に森の中で息を潜めながら、まゆちゃんセンセーが塔内に転移魔法陣の描かれた布を置いてくるのをじっくりと待つのであった。
まゆちゃんセンセー頑張れ!
◇◆◇
風舞
色仕掛けをする大抵の場合には何らかの目的がある。
それは要人の暗殺であったり、秘匿情報を抜き出したりと色々あるとは思うのだが、目の前で下着姿になっている我らが先生の目的は一向に分からないままだった。
「それで、まゆちゃん先生は何で下着姿なんですか?」
「私がどんな格好していようと私の勝手でしょ」
フレンダさんに捕らえられてきたまゆちゃん先生はさっきからこの調子で、全く俺に対して甘い表情は見せない。
まゆちゃん先生もそれなりに胸があるし下着もセクシーなため見ていて退屈はしないのだが、色仕掛けをするならもう少しウッフーンとかアッハーンとかしたらどうなのだろうか。
これじゃあただ下着姿で捕まった間抜けな女教師にしか見えないぞ。
「おいフーマ。このまま話を聞いていても何も答えないでしょうし、そろそろ拷問でもしましょう」
「えぇぇ…流石に可哀想じゃないですか?」
「オホホホ。拷問とは言っても痛みを利用する他に快楽を利用する方法もありますわよ?」
「へぇ。それはそれは」
「ま、まさかこの私を犯すつもり!? この変態!」
「下着姿でノコノコやってきた先生には言われたくないんですけど」
「4人の金髪美女に囲まれて生活している上に私にまで手を出そうとしている高音くんの方が変態でしょう!」
「4人の金髪美女?」
ここにいる女性陣はフレンダさんとエルセーヌと辛うじてシャーロットだけのはずだが…
あぁ、そういう事か。
そういえばしばらく会わないうちに随分と髪が伸びたもんな。
「そこのエルフは男ですよ」
「そんな適当な嘘が通じるわけないでしょ!」
「ユーリアくん。信じてくれないから自己紹介をしてくれ」
「了解。初めましてまゆちゃん先生。僕の名前はユーリア。僕はおそらくまゆちゃん先生とお知り合いのトウカの弟に当たります」
「え? 嘘!? トウカさんの弟!?」
「はい。僕はトウカ姉さんの実の弟です」
「ま、まじかぁ。男は高音くんだけだと思ってたけど、マジかぁ……」
あれ? 何故か急にまゆちゃん先生が恥ずかしがり始めたぞ?
もしかして、俺なんかには裸を見られても恥ずかしくないけど、ユーリアくんには見られたら恥ずかしいとかそういう事なのか?
何となくそれはそれで悔しいがそれなら……
「よし決めた。ユーリアくんにまゆちゃん先生の拷問を任せよう」
「えぇ!?」
「僕は構わないけど、フーマがやらなくて良いの?」
「構わないの!?」
「俺がまゆちゃん先生に手を出したら後が怖いし、ユーリアくんはそういうの得意だろ?」
「まぁ、苦手ではないけれど」
「に、苦手ではない…」
何でまゆちゃん先生は先程からユーリアくんのセリフを反復しているのだろう。
それにやけに鼻息も荒いし……意外とまんざらでもないのか?
「なら、ユーリアくんの好きな様にやって良いからまゆちゃん先生の目的を聞き出してくれ」
「フーマの命令なら仕方ないね。ちなみに、どこまでならやって良いの?」
「痛いのとか苦しいのとか怖いのとかまゆちゃん先生が嫌がるのは禁止だ。ユーリアくんは顔が良いんだからそっち方面でやってくれ」
「ちょ、ちょちょちょっと待って!! そ、そそそそれはつまり、今から私はゆ…ユーリアさんに抱かれるという事でしょうか!?」
「どうなんだ?」
「それでまゆちゃん先生が喋ってくれるならそうしようかな。ちょうど避妊薬も持ってるし」
「何でそんなん持ってんだよ」
「このぐらい紳士の嗜みだよ」
相変わらず謎の多い男ユーリアくんである。
まぁ、百年近く世界を旅してればそっち方面も上手くなってるよな。
優しそうに見えてもユーリアくんは結構なドSだし。
「それではさっさと情報を引き出して来てください。こんな事で時間を無駄にしたくはありません」
「分かりました。それじゃあまゆちゃん先生、1つ下の階に僕のベッドがあるから移動しましょうか」
「え? えぇ!?」
「オホホホ。腰が抜けて立てないみたいですわね」
「仕方ない。よいしょっと、大丈夫かい?」
「あ……ひゃ、ひゃい……」
あんな恋する乙女みたいなまゆちゃん先生始めて見た。
そういえば20歳は超えているけど、あの人も年頃の乙女なんだよなぁ。
ユーリアくんみたいな超絶美青年に言い寄られたらああもなるか。
「それじゃあ、少しの間よろしくね」
「ああ。あんまりやりすぎるなよ」
「ははは。それはまゆちゃん先生次第かな」
「う、うぅぅぅぅ…」
そんな奇妙な呻き声をあげるまゆちゃん先生をお姫様抱っこしたユーリアくんが綺麗な姿勢のまま階段を降りて行く。
あの調子だと、数分もかからずに情報を引き出して来そうだな。
「オホホホ。見事な采配ですわ」
「そりゃどうも。フレンダさん、まゆちゃん先生がここに来るまでに不審な動きはしていませんでしたか?」
「ええ。特にそういった動きはありませんでした」
「となると、普通に偵察に来ただけですかね?」
「オホホ。勇者の皆様はこの塔の間取りは把握しているはずですわよ?」
「確かに。そのぐらいの情報はお姫様にもらってるか…それじゃあ、あの人はマジで何しに来たんだろ」
「慌てずともしばらく待てばそれも分かるだろう。今は大人しく待つ時だ」
シャーロットの言う様に今は焦っても仕方ないし、ゆっくりと待つとするか。
それにしても、ユーリアくんは一体どんなエッチな拷問をするのだろうか。
まゆちゃん先生には興味ないけれど、ちょっと覗きに行ったら駄目かな?
魔王さんはそのあたりのことがめっちゃ気になってしまうお年頃なのです。
次回17日予定です。




