25話 患う吸血鬼
風舞
出る杭は打たれるという言葉がある。
雑に説明するとあんまり調子乗ってると痛い目見るぞという意味の有名な表現なのだが、どうやら俺は出すぎた杭だったらしく、久方ぶりに牢屋にぶち込まれていた。
「で、俺が捕まるのは自業自得なんですけど、あんたは何やってんすか?」
「くっ、私をこんなところに閉じ込めようとは、なんたる侮辱!」
片っ端から美人揃いのエルフに声をかけまくってはしゃいでいた俺が投獄されるのは分かる。
だって俺自身調子に乗っていたとは思うし、少々というかかなり出すぎた杭だったとは思うからだ。
しかし、俺の横で一丁前に「くっ」とか言っちゃってる吸血鬼は何故俺と一緒に収監されているのだろうか。
「ちょっとフレンさん。なんで貴女まで捕まっちゃうんですか」
「それはフーマが必要以上に騒ぎを大きくしたからでしょう!」
「確かに美人なお姉さんにチヤホヤされて楽しかったですけど、いくらなんでもエルフの皆さん相手に大立ち回りはやり過ぎでしょう。その上、あっさりやられて捕まってるし」
「それではフーマはあの場を血の海に変えろとでも言うのですか?」
そこに気を使うのなら最初から武力行使に出るなと言いたいのだが、フレンダさんの中では和平交渉でさえも勝敗が明確な真剣勝負に分類されているらしい。
まぁ、エルフの皆さんに一切怪我をさせなかったのは偉いと思いますけどね…
「穏便にお話とか出来なかったんですかって言ってるんですよ!」
「あぁ、はいはい。人間はいつもそうですよね。口を開けば穏便に話し合えだのこれ以上は不毛だの。さっさとどちらかが倒れて勝敗をつければ無駄な時間を使わずに済むのに」
「やべぇ……あまりにも暴力的な考えすぎてフレンさんが何言ってるのか全然分からん。あの不器用ながらも俺を優しく可愛がってくれた吸血鬼さんは幻だったのか。ぐっばい白い世界での楽しい毎日」
「お、おい! それは間違いなく私ですよ!? フーマは私の理解者でしょう! 一度抱いた信頼感を無闇に手離さないでください!」
「…狭い牢屋の中でキャンキャン叫ばないでくださいよ。音が反響してうるさいです」
「お願いします! 私が間違っていましたから愛想をつかさないでください! わ、私はもうフーマ無しでは………」
涙目のフレンダさんが一世一代の告白をしようとしていたその時だった。
いつぞやの様にカツカツとハイヒールの音と共にファーシェルさんが姿を見せる。
「お前は相変わらず牢屋の中でも騒がしいな」
「そう言うファーシェルさんは相変わらず軍人っぽいですね」
「私は現在も軍人だからな。それより、カグヤ様から悪名高い吸血鬼は完全にフーマの言いなりだと聞いていたが……この様子では真実の様だな」
「わ、私がフーマの言いなりなわけないでしょう!」
フレンダさんが顔を真っ赤にしながらファーシェルさんに突っかかる。
何もそんなに怒らなくたって良いじゃないですか。
なんて事を考えながらフレンダさんの方を向くと、小声で何かブツブツ言い始めていた。
なんて言っているのかは聞こえないが、真っ赤になった耳がピコピコと動いてい事だけはよく分かる。
「悪名高い吸血鬼って、カグヤさんに聞いたんですか?」
「ああ。お前達が里を出てすぐにミレンの正体と、そこの吸血鬼とフーマの関係もお聞きしている」
「それじゃあ、俺が捕まっている本当の理由も?」
「女遊びがしたかったのだろう? 生憎だが、私には最愛の夫がいるから相手は出来ないぞ」
「違いますよ! ていうか人妻に手を出すほど俺は落ちぶれてないですから!」
「しかし、お前が最初に声をかけた女性は二人の子供を持つ人妻なのだが…」
「ま、マジかいな……」
「ちなみに、その二人の子供というのは軍属で私の部下でもある」
「もしかして俺が投獄までされたのって…」
「大隊長の母親を性的に襲おうとしたらそうなるのも無理はないだろうな」
「……もう帰りたい」
これだからエルフの里は恐ろしいんだ。
見た目年若いお姉さんでも下手したら息子どころか孫がいたりするし、なんとなく眺めたぐらいではどのぐらいの歳なのか検討もつかない。
「さて、カグヤ様が報告をお待ちだ。あれだけの騒ぎを起こしたのだから、それなりの収穫はあるんだろう?」
「さぁ? 詳しいことはそっちの吸血鬼さんに聞いてください」
「はぁ、早く外の世界に戻りたいとは思っていましたが、こうして外に出ると退屈なあの世界の方が快適だった様に思えます……」
「この現実逃避をしている女が本当にフレンダ・スカーレットなのか?」
「フレンダさーん。釈放ですって。もうその枷を外して良いですよ」
「ん? あぁ、そうですか」
ローズも出来たからフレンダさんもと思ったが何の苦労もなく枷を外すあたり、普段の言動からは想像できないほど優秀な吸血鬼ではあるらしい。
あ、俺の枷も外してくれるんですね。
「ふぅ、ありがとうございます」
「いえ。それより、フーマ。こちらに来なさい」
「はぁ……?」
疑問を抱きつつフレンダさんの元へ向かうと、フレンダさんは何も言わずに俺と腕を組んだ。
「随分と懐かれているんだな」
「おいそこのエルフ。私がフーマに懐いているのではなく、フーマが私に懐いているのです。勘違いしてもらっては困ります」
「そうなのか?」
「俺に聞かないでください」
「ふむ………まぁ、良いか。さて、カグヤ様はこちらだ。付いて来い」
そうして人妻ナンパの罪で投獄された哀れな男子高校生と、何故か一緒になって拘束されたおかしな吸血鬼は、エルフの里の将軍さんの案内で里長様の元へ向かう事となった。
ちなみに、何故か先ほどから俺にべったりなフレンダさんは再び目の色を青くして完全にエルフモードである。
そう言えば、フレンダさんはつい最近まで俺の肉体の感覚を共有していたし、自分の肉体よりも最近は慣れ親しんでいた俺の肉体を無意識に求めてしまうのかもしれない。
しばらく自分の体の中に魂を入れておけばそんな兆候も無くなるのだろうが、それまではこうして俺の身体を触っていたくなったりするのだろうか。
「なんですか?」
「何で腕を組んで来たのかなぁって思ってました」
「フーマは放っておいたらすぐにそこらの女に声をかけに行くではありませんか」
「人を歴戦のナンパ師みたいに言わないでください」
「ふん。良いですから、黙って大人しくしていなさい」
フレンダさんがそう言って俺の腕をぎゅっと締め上げる。
フレンダさんとは結構長いこと一緒にいるのに、何を考えているのかは未だに分からない事の方が多いみたいだ。
ただ、彼女がさっきから微妙に涙目なのを見ると微妙に心が痛んだりもするぐらいには、どうやら俺も彼女の事が大切らしい。
「そろそろお昼ですし、お腹が空いてきましたね」
「まったく、敵地の中でもそんな事を言えるとは、相変わらずフーマはフーマですね。そういうところですよ」
「はいはい。悪うござんした」
なんて軽口を叩きつつ、俺は自分の体を取り戻しても未だに住み着こうとしてくる同居人と共に、草木香るエルフの宮殿を歩くのであった。
◇◆◇
ローズ
昼過ぎ…昼食のためにマユミ達と共にダンジョンから城へと戻って来ると、廊下でばったりと第一王女セレスティーナに出会った。
「あ、こんにちは姫殿下。ご機嫌はいかがですか?」
「皆様のおかげで今日も私は快調でございます。マユミ様もお変わりありませんか?」
「はい。おかげさまで…」
マユミがそんな挨拶をしているのをぼんやりと眺めていると、セレスティーナの後ろに控えていたシャリアスという女騎士に鋭い視線を向けられている事に気がついた。
フウマの話によるとこのシャリアスという人間はソレイドの警備兵であるシャーロットの姉らしいが、彼女は人間至上主義らしく妾の事をあまりよく思ってはいないらしい。
無用な諍いは避けるべきじゃし、ここは大人しくしているのが最善じゃろうな。
そう思っておったのじゃが…
「ん? シャリアスさん、ミレンさんに何かお話でもあるんですか?」
教師として人の視線に敏感なマユミには妾の目論みは通じなかったようじゃ。
「いや、大した事はない。訓練の調子はどうだ?」
「順調ですよ。ミレンさんのおかげで今まで何が足りなかったのか明確になって、成長を実感できる毎日です」
「ならば良い。ミレンと言ったか…今後も良い働きを期待している」
「うむ。心得たのじゃ」
「のじゃ……あぁっ、可愛いなぁ…」
「む? 何か言ったかの?」
「いや、何でもない。姫殿下、そろそろお時間かと」
「そうですね。それでは皆様、失礼いたします」
「はい。それじゃあまた…」
「さようならー」
「さようなら」
シャリアスを伴って去っていくセレスティーナに妾のパーティーメンバーが挨拶を飛ばす。
去り際にシャリアスが何か言っておった気がしたのじゃが、今のは一体……
「ミレンさん、大丈夫でしたか?」
「む? 何がじゃ?」
「シャリアスさんが獲物を見つけた野獣みたいな目でミレンさんの事を見てたじゃないですか。あの人、いつも難しい顔をしていますし、私はちょっぴり怖くて苦手です」
「あぁ、そういう事か。別に大した事は無い。あやつは妾の知り合いの姉じゃし、悪い奴では無いとフーマも言っておったからの」
「極悪人の高音くんから見たら大抵の人は聖人君子に見えると思いますけどね」
「お主のフーマ嫌いも相変わらずじゃな」
「そう言うミレンさんの高音くん贔屓も相変わらずですよ。あんなののどこが好きなんですか?」
「な、何故それをお主が!?」
「え? 何故って何がですか?」
「じゃ、じゃから妾がふ、フウマの事を……」
「いやいやいや。見てれば誰でも分かりますし、ミレンさんってば高音くんのことを好きなのを隠そうとしないじゃないですか。ていうか、ちょいちょい私の前でもフウマが好きなんじゃぁとか言ってますし」
「言ってないわい!!」
「まゆちゃん先生、何の話ししてるの?」
「ミレンさんがどうして高音くんのことを好きなのかって話」
し、しまった。
思わず大きい声を出したせいで他の連中まで妾達の会話に興味を持ってしまった。
このままでは冷静沈着な妾のイメージが……
「あ、それ私も気になる!!」
「僕も後学のために聞いておきたいかも」
「……サオトメは男なんじゃから、フウマの良いところなんて聞いても仕方ないじゃろう」
「でも、高音くんは男の僕から見てもクールでカッコいいし、良いところを学んでおきたいというか…」
「ほらミレンさん。体があまり強くなくて弱気な早乙女くんが自分の意思で気になった事を質問しているんですから!」
「わ、わわ…先生近いです」
「ん? どうかしたの?」
「い、いえ」
はたから見ておればサオトメがマユミの事を好いておるのは一目瞭然なのじゃが、妾がフウマの事を好いておる事も周囲の者には容易に分かる事なのじゃろうか。
しかしフウマのどこが好きなのかなどと問われても、妾自身何故フウマの事を好いておるのか完全に理解しておるわけでもないし……困ったのう。
「それでミレンさん。ミレンさんは高音くんのどこが好きなんですか? 顔ですか?」
「まぁ、顔は確かに好きじゃのう」
「確かに高音くんの顔って結構良いよね〜。天満くんみたいな派手なイケメンじゃなくて、どこにでもいそうな感じ?」
「あぁ…分かる〜。パーツパーツに特徴は無いんだけど、その配置が絶妙みたいなね?」
「なるほどなるほど。ミレンさんは薄味の顔が好みと。それじゃあ他には?」
「他にじゃと?」
「流石に顔だけが好きってわけじゃないんですよね? 何かロマンチックな出会いでもしたんですか?」
「いや、出会いは別に劇的でもなかったのう。森の中で倒れておった妾をフウマとマイが保護してくれたんじゃ」
「それって命の恩人って事なんじゃ…」
「でも、ミレンさんぐらい強ければ森の中で倒れていても問題ないんじゃない?」
「それは確かに……他に高音くんとの思い出で印象的な事とかあります?」
「の、のう……そろそろ勘弁してくれんか? 流石に事細かに説明するのは恥ずかしいんじゃが…」
「えぇぇ……もっとガールズトークしましょうよ〜」
「私もミレンさんの恋バナもっと聞きたいですー」
「ぼ、僕も…」
困ったのう。
妾がフウマを好いておるのは、魔王という立場から離れた妾と共にいてくれる事が理由だとは思うんじゃが、それを言い出したらマイだってフウマと同じ立場であるわけじゃし、マイに対しても恋愛感情を抱いていないとおかしい気がする。
確かに妾はマイの事も好いてはおるが、それはフウマに対する好きとはおそらく別物じゃ。
マイは妾と同性でフウマは異性だからと断じてしまえばそこまでなのじゃろうが、仮にユウキあたりが妾の事情を知った上で共にいてくれると言ったとしても、フウマに対する感情と同じものをユウキに持つとは到底思えぬ。
妾にはフウマでなければならぬ何かがあるとは思うんじゃが、それが一体何なのかは妾には分からんのじゃ。
「しかし、妾とて何故フウマが好きなのかは分からんしのう……」
「そんなの簡単よ。風舞くんが風舞くんだからミレンちゃんは風舞くんが好きなのよ」
たまたま妾達を見かけたのであろうマイがそんな事を言いながら妾の後ろから近づいて来た。
確かにフウマだからフウマが好きだと言うのは分からなくはないんじゃが、妾が知りたいのはその先なんじゃ。
「それじゃあ、土御門さんが高音くんを好きになったきっかけは無いの?」
「日本にいた頃風舞くんが私を救ってくれたのがきっかけと言えばきっかけね」
「ふーん。それより、何でほのかに顔が赤くてツヤツヤしているの?」
「こ、これは別に何でもないわよ??」
マイがそう言ってそそくさと自分の髪を撫で付ける。
確かに言われてみれば妙に色っぽいというか、艶かしい雰囲気を感じるのう。
「オホホホ。そう恥ずかしがる事は無いではありませんの。つい今しがたまで性教育をしていたのですわ」
「ちょ、ちょっとエルセーヌ! 男子もいるのだからそういう事は……」
「「「「「せ、性教育……」」」」」
「オホホ。皆様も興味がおありでしたら手解きしても構いませんわよ?」
「エルセーヌ。あまり羽目を外していると、エルセーヌがクラスの男子を誘おうとしていたって風舞くんに報告するわよ」
「オホホホ。これは失礼いたしましたわ。皆様、今のは軽い冗談ですの。どうか本気にしないでくださいまし」
「そういうわけよ。私は今も清い身体だから誤解しないでちょうだいね」
「別にそこは疑って無いけど………そうだ、良かったら土御門さんも一緒に昼食をどう? あまり土御門さんとはお話した事がなかったし、この機会にと思ったのだけれど…」
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
「よし、それじゃあ早速食堂に行こっか。私、もうお腹がペコペコで…」
「もうそれなりに遅い時間ですしね」
珍しく敬語を使う舞と共にマユミ達が食堂へと歩き始める。
そんな様子を後ろから眺めていた妾の元へ、エリスが音もなく寄って来て遮音結界を張りながら話しかけてきた。
「オホホホ。恐れながら陛下。マイ様と考えが違くても悩むことはありませんわ」
「なんじゃ、聞いておったのかの?」
「オホホ。話の全てを聞いていたわけではありませんが、軽く内容を把握する程度には聞いていましたの」
「ならば話は早い。お主はフウマの事が好きかの?」
「オホホホ。そうですわね。しかし、その感情は恋慕でも友愛でも敬意でも無いと思いますわ」
「では、一体お主の感情はなんだと言うんじゃ」
「オホホ。私にも分かりませんわ。マイ様の様にただご主人様を愛して、他の全てを捨て置いてでも愛に生きる事は私には出来ませんの。私にはお母様がいて、陛下がいて、マイ様やトウカ様やアン様やシルビア様がいて、そしてご主人様がいる。私は皆様の様に踏み込む事はせずただご主人様と共にあり、そして偶にでも良いから私の方を向いていただきたい。それが今の私の感情ですわね」
「まだまだ幼い子供だと思っておったが、少し見ない間に随分と大人になったのう」
「オホホホ。それを言うのなら、陛下は少し見ない間に随分と幼くなりましたわね」
「そうじゃな。おかげさまで、今まで学び損ねた事を振り返る良い機会になっておる」
「オホホホ。焦らずにゆっくりと多くを学んで立派な大人になってくださいまし」
「まったく、あまり調子に乗るでないわい」
「オホホホ。失礼いたしましたわ」
妾とした事がまさかエリスに励まされるとは……………長生きをしてみるものじゃな。
妾が何故フウマの事を好いておるのか明確な理由はやはり分からぬが、まだまだ妾の先は長く続いておる。
エリスの言う様に焦らずゆっくりと…むしろ今のこの気持ちを味わうぐらいの心持ちでも良いのかもしれんな。
妾はそんな事を考えながら小さな胸に甘く苦しい痛みを感じつつ、目映い日の光の差し込む廊下を進むのであった。
次回、5日予定です。
遅くなり申し訳ありませんでした。




