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22話 外の世界

 


 風舞




「なんだこりゃ」



 ラングレシア王国に戻って来た翌朝、目を覚ますと天国だった。

 もっと正確に言うなら、あられもない格好をした舞とトウカさんとローズとエルセーヌが俺のすぐそばで寝ていた。



「えぇっと、昨日の夜はみんなで飯を食って、それで眠くなった俺は先に寝ることにして……あれ?」



 思い出せない。

 いや、自分で3階の右側の部屋に布団を敷いて寝たのだからそこから先の記憶は無くて当然なのだが、この状況は何だ?

 俺の寝ていた布団の周りに数枚の布団が並べられて、半裸の舞達がその上で気持ちよさそうに寝ている。

 こんなに素晴らしい光景が広がっているのに、俺は何もせずに寝てしまったと言うのか?



「はぁ、しっかり寝て頭はスッキリしてるのに何か損した気分」



 今日ばっかりは自分の体調がかなり良いのがちょっぴり悔しい。

 どうやら昨晩の俺は全くハッスルする事なく、スヤスヤと眠っていた様だ。

 まぁ、身に覚えのない倦怠感があるよりは幾分かマシなんだけな。



「あ、おはようフーマ様。ちゃんと眠れた?」

「ああ。昨日はまだ疲れが残ってたけど、今日は大丈夫そうだ」



 2階に降りると洗濯物を抱えたアンに出会った。

 どうやら皆の洗濯物を早いうちに洗濯してしまうつもりらしい。



「それにしても、昨晩は大変だったよ。誰がフーマ様の隣で寝るか言い争いになって、もうちょっとのところで魔法が飛び交うところだったもん」

「そんな事が……で、決着はどうなったんだ?」

「隣でボタンさんが寝てるんだから静かにしてってお願いしたら、みんな大人しくフーマ様の側に布団を敷き始めたよ」

「流石はアンさん」

「ぬへへぇ。褒めても何も出ないよぉ〜」



 俺の先に階段を降りていたアンの頭を軽く撫でると、アンの耳がくすぐったそうにピコピコと動く。

 おお、今日もフサフサだな。



「ようやく起きましたか。遅いですよフーマ」

「おはようございますフレンダさん。寝癖立ってますよ」

「え? どこですか?」

「冗談です」



 アンと一緒に一階に降りると、昨日の夕飯の残りをつまみながら欠伸を咬み殺すフレンダさんに声をかけられた。

 この様子だと俺が起きる少し前に起きたんだろうな。

 それでも俺よりもかなり前に起きていた様に振る舞うところが彼女らしい。



「まったく………それより、フーマの今日の予定は?」

「今日はソレイドに行って久しぶりに冒険者ギルドに顔を出して、その後はエルフの里に行ってカグヤさんに会いに行きます」

「カグヤに? 何か用があるのですか?」

「フレンダさんが復活した報告をしないとでしょう?」

「それはそうかもしれませんが………はぁ、気が進みませんが私も同行しましょう」

「あれ? フレンダさんはここから出ちゃいけないんじゃないの?」

「それはこの国内に限った話です。ここからソレイドに直接赴く分には、なんら問題はありません」

「そうかなぁ?」

「俺も屁理屈っぽいと思うけど、良いんじゃないか? 怒られたら土下座でもなんでもするだろ。フレンダさんが」

「おい。私のお目付け役はフーマなのですから、謝る時はフーマも一緒ですよ」

「はいはい。それより、アンは朝飯食べたか?」

「ううん。これを片付けてからにしようと思ってたけど…」

「それじゃあ軽く何か作るか」

「良いの!? それじゃあ私、ホットケーキが良い! あ、シルちゃんも起きてるから二人分お願いね!」

「あいよ。それじゃあ作っとくから洗濯頼むな」

「うん! 任せといてよ!」



 アンがそう言って洗濯物と樽を抱えて意気揚々と玄関から出て行く。

 さて、アンが戻ってくる前に焼き上げちゃいますかね。



「おいフーマ。私もホットケーキが食べたいのですが」

「ちゃんとフレンダさんの分も作りますから、ボタンさんの様子を見て来てくれませんか? 食欲があるなら消化に良いものを一緒に作っちゃいます」

「やれやれ。ホットケーキのためにフーマの使いっ走りを任されてやるとしましょう」



 そう言ったフレンダさんはポテトフライを口に放り込みながら立ち上がると、伸びをしながら階段を上がって行った。

 ………………。

 相変わらずフレンダさんは貧乳だなぁ。




 ◇◆◇




 風舞




 ゾロゾロと起きて来た舞やローズ達にもホットケーキを与えて皆で朝食を摂った後、俺とフレンダさんの二人はソレイドの我が家へとやって来ていた。

 ちなみにフレンダさんはソレイドに来るのは初めての事らしい。



「まぁ、フーマの中から見ていたので地理はある程度把握していますがね…」

「それはそうかもしれませんけど、もうちょっと嬉しそうにしてくださいよ」

「ミレイユにどう言い訳をしようかと考えると憂鬱で仕方ありません」



 ソレイユでのフレンダさんはローズが以前やっていた様に様々なスキルや魔法の複合技で自分の目を青くするらしいのだが、嘘や隠し事を看破できるギフトを持つミレイユさんの前では何か別の方法をとってその正体を隠さなくてはならない。

 俺もスカーレット帝国では女装してソウルコネクトをしてとかなり面倒だったし、フレンダさんの苦労もなんとなく分かる気がする。

 今日のフレンダさんには優しくしてあげるとしよう。



「さてと、まずはうちのマスコットキャラクターに会いに行きますか」

「マスコットキャラクターですか?」



 なんて首を傾げつつクエスチョンマークを浮かべるフレンダさんを連れて外へ出る。



「あぁ、そう言えばこんなのもいましたね」

「こんなのって……これでも俺達の唯一のペットなんですけど…」



 俺とフレンダさんの目の前には寝転がったまま若草を食べるファイアー帝王こと、馬車引きの馬が横たわっている。

 見たところ体調が悪い訳では無さそうなのだが、でっぷりと太った体を見るにただ単にナマグサな奴なのかもしれない。



「この馬、誰が世話をしているのですか?」

「舞がミレイユさんに頼んで、冒険者に依頼(クエスト)として世話をお願いしているらしいです」

「報酬は?」

「確か一回分の世話で銀貨3枚だったと思います。舞とローズが暇な日にダンジョンで荒稼ぎした金を冒険者ギルドにプールしてあるので、そこから支払われるらしいですね」

「なるほど。しかし、こいつのためにも別の誰かにやったらどうですか? このままでは馬なのか豚なのか分からなくなりそうです」

「そこのあたりは二人に相談ですね。名前だってあの二人がつけましたし、多分俺よりもこいつに愛着があると思いますから」

「そういうものですか」

「そういうものです。さて、行きましょうかフレンダさん」

「そうですね。まだまだ日差しも強いですし、早いところ移動しましょう」



 そうして、俺とフレンダさんの二人は冒険者ギルドへと向かうのであった。



 ◇◆



 冒険者ギルドは今日も相変わらず、そこそこに人がいる。

 昼前のこの時間帯は冒険者達は既にダンジョンに潜っている頃合いだろうし、雨の日も晴れの日もこの時間帯はこのぐらいだ。



「ミレイユは………いますね」

「言い訳は考えましたか?」

「面倒になったのでフーマに任せます」

「それじゃあ俺の隣の家に住んでる家庭教師って事で」

「フーマが好きそうな嘘ですね」

「やかましいやい」



 なんて事を話しながらまん丸な尻尾を揺らしながらカウンターの掃除をするミレイユさんの方に寄って行くと、ミレイユさんの耳がピンッと立ち上がった。

 その後に僅かに遅れてミレイユさんの体もギギギッと振り返る。



「ふ、フーマさんでしたか。驚かないでくださいよぅ」

「ん? 普通に歩いて来ただけなんですけど…」

「それなら気配を消しすぎです!」



 別に気配を消していた覚えはないのだが……

 あぁ、フレンダさんが結界か何かを展開してたのか。

 俺に軽く目配せをしている。



「すみませんでした。最近色々あったので、気配を消すのが癖になってたみたいです」

「んん? そういう事なら構いませんけれど……。それにしてもお久しぶりですね。皆さんお元気ですか?」

「はい。むしろ元気すぎるぐらいです」

「ふふ、皆さんらしいですね。それでそちらの方は……」

「俺にとてつもない恩があって、それを返すために日夜コスプレをし続ける謎の美女です」

「は、はぁ……。なるほど?」

「まぁ、細かい事は気にしないでください。それより、何か変わった事はありませんか?」

「変わった事ですか……そう言えば、街に来る行商人さんの数が減った気がします」

「え? それって大丈夫なんですか?」

「減ったと言っても数割程度ですし、その分前からいた行商人さんが大目に商品を持って来てくださるのでそこまで困っていませんが、南東方面からの行商人さんはほとんど来なくなりましたね」

「南東方面ですか………」

「フーマさんには何か心辺りはありますか?」

「一応ある事にはありますけど、確信は持てませんね」

「そうですか。まぁ、南東方面で何かあったって話は冒険者ギルドにも上がって来ていないのでそこまで大事では無いと思うんですけどね」



 ミレイユさんがそう言って思案顔から笑顔へと表情を切り替える。

 流石はソレイドの名物受付嬢。

 ただ微笑みかけられただけでもグッと来ちゃうな。



「それじゃあ、他に困ってる事とかありませんか?」

「そうですねぇ…私の専属冒険者さんが中々冒険者のお仕事をしてくださらない事でしょうか」

「……すみません」

「専属とは言っても何か拘束力があったりするわけではないですけど、それでも専属冒険者さんの枠には限りがあるんですよねぇ」

「すみません」

「このままだと私、ラングレシア王国の冒険者ギルドに出張になるかもしれません」

「すみませ……え? 何でですか?」

「冒険者ギルドには専属契約を結んだ冒険者さんが、長期間拠点を移す場合は積極的に同行する様にという決まりがあるんです。私はフーマさん達が頻繁に顔を見せに来てくださるのでその規則からは外れていますが、あまりにもお仕事を受けてくださらないと、本部の査察などが来た際には私のお仕事が不適切だと評価されるかもしれません」

「あぁ……なるほど」



 冒険者ギルドの受付嬢さんは冒険者に依頼を受けてもらったり魔物を狩って来てもらうのが仕事だから、それを出来ていないと評価が低くなってしまうのか。

 専属契約を結んでいる冒険者がまったく魔物を狩っていないというのは、かなりの問題なんだろうな。



「まぁ、近頃はボタンさんもラングレシア王国にいらっしゃるらしいですし、私もそっちに行きたいなぁと思っているんですけどね」

「でも、ここにはミレイユさんの力が必要なんじゃないんですか?」

「それが最近はマシューさんが私の分の仕事まで頑張ってくださるのでそうでもないんです。ついさっきも仕事がなくてお掃除をしていたぐらいですから……」

「それはなんとも………」



 マシューくんは中央からこのソレイドの冒険者ギルドに派遣されて来た優秀な職員なのだが、俺の見たところによるとミレイユさんに惚れている。

 それでマシューくんはミレイユさんに良いところを見せようと仕事を頑張っていたが、そのミレイユさんは仕事が無くなってしまったからと別の支部へ行こうと考え始めてしまったというところか。

 マシューくんの恋の道はかなり大変そうだな。



「あんまり俺が言えた事じゃ無いですけど、ラングレシアに来るなら色んな人と相談した方が良いと思います。マシューくんとガンビルドさんは特に」

「そうですね。とは言え、もう私の中ではほとんど決まっているんです。ほら、私の夢は以前もお話ししたとおり世界を旅する事ですから」

「そ、そうですか」

「だからラングレシアまでの道のりも楽しみなんです! 特にスカーレット海峡は楽しみですね〜」

「スカーレット海峡?」

「魔族領域は人族領域を分断する様に広がっているでしょう? 一応魔の樹海を通れば陸路でもソレイドからラングレシア王国へは行けますが、ほとんどの人族はソレイドからずっと南に行ったところにある港からスカーレット帝国の南にある海峡を越えて東に渡ります。あの辺りの海は内湾で波も穏やかですし、大した資源もないため魔族も手を出さないので比較的安全な海域なのです」

「へぇ、凄いためになりました」

「まったく、このぐらい知っておきなさい」



 今の今までダンマリを決め込んでいたフレンダさんが俺の無知があまりにも気になったのか、分かりやすい説明をしてくれた。

 要はここソレイドから魔の森と魔族領域を突っ切らずに東側の人族領域に行くには海路が一番という事だろう。



「つい話込んじゃいましたね。お仕事の邪魔をしちゃ悪いですし、俺達はそろそろこの辺で。後はガンビルドさんにも挨拶をしたら帰ります」

「そうですか。もう少しお話をしたかったですけど、仕方ありませんね。皆さんにもよろしく伝えておいてください」

「はい。それじゃあまた近いうちに顔を見せに来ますね」

「ふふ。またお元気な姿を見せてくださいね!」



 そうしてユルフワお姉ちゃんタイムをたっぷりと満喫した俺はガンビルドさんに久し振りに可愛がってもらってから冒険者ギルドを後にした。

 フレンダさんは余計なことを喋らない様にと出来るだけ喋らない様にしていたが、冒険者ギルドでその正体を疑われる事も特になかった。



「しかし、マイやボタンに続き今度はミレイユですか。ますます騒がしくなりますね」

「フレンダさんは友達が少ないんですから良いじゃないですか。それとも一人の方が好きなタイプなんですか?」

「別段そういう訳ではありませんが、大事な面々との時間が減るのが嫌なだけです」

「へぇ。例えば?」

「言わなくても分かるでしょう」



 そんな事を言うフレンダさんが横を歩いていた俺の顔をジッと見つめてくる。

 ただでさえ暑くて敵わないのに、フレンダさんのせいで益々熱くなってしまった。



「それより、お腹がすきました。エルフの里に行く前に軽く腹ごしらえをしておきましょう」

「そ、それじゃあフレンダさんの好きな物にしますかね」

「ほう。フーマにしては気がきくではありませんか。それでは、コーラとハンバーガーでお願いします」

「………んなもんねぇよ」

「ふふ。言ってみただけです。フーマが食べたい物で構いませんよ」

「はいはい。それじゃあ適当に屋台を回ってみますか」



 フレンダさんと二人きりなのはもうかなり慣れていたはずなのに、こうして外の世界をフレンダさんと二人で歩くのは、かなり新鮮で悪くない気分にさせられる。

 いつもはフレンダさんの方が負けてばかりなのに、今日ばかりはフレンダさんに負けてしまった気がしてしまう、妙に小っ恥ずかしい昼前の俺であった。




 ◇◆◇




 舞




 風舞くんの作ってくれた朝食をお腹いっぱい食べた後、私は一人で出かけようとしていたエルセーヌに声をかけて、一緒に訓練場へと足を運んでいた。



「オホホ。それで話とはなんですの?」

「分かっているでしょう?」

「オホホホ。仕方ありませんわね」



 エルセーヌがそう言って私の側へ近づき、こっそりと何かを握らせる。

 それを開いてみると、男性物の下着だった。



「これは?」

「オホホ。ご主人様があちらにいた頃に使っていた使用済み下着ですわ。女装している間の物ですので、タイツで蒸れて匂いが濃くなった貴重品ですの」

「なるほど、これは中々……」



 風舞くんの使用済み下着を広げて検分してみる。

 風舞くんってああ見えて結構派手な色の下着が多いのよね。

 そういう見えないところにオシャレなのも素敵だと思うわ!



「うわぁ。見てあーちゃん。変態がいるよ」

「折角見ない様にしてたんだからウチに話を振らないで」



 この後に訓練場で待ち合わせをしていた私のパーティーメンバー達がコソコソと話しているが、これは無視よ、無視。

 それよりも今は真面目な話をしないと。



「コホン。この報酬は後で渡すとして、本題は別よ」

「オホホホ。そうでしたの?」

「ええ。エルセーヌ、私と本気で戦ってちょうだい」

「オホホ。いくらマイ様とは言えども勝負になりませんわよ?」

「それで良いのよ。エルセーヌクラスの強敵と戦って何秒生き残れるのか知っておきたいの」

「オホホホ。しかし私は正面から戦うのを得意とはしませんし、あまり参考になりませんわよ?」

「そこは私と真正面から戦って得意になりなさい。貴女だって同じ失敗を繰り返したくはないでしょう?」

「オホホ。なるほど、マイ様には敵いませんわね」

「……これが正妻と愛人の違いかしら」

「オホホホ。(わたくし)を愛人と認めてくださいますの?」

「風舞くんを生きて連れ帰ってくれたお礼よ。ただ、これ以上を望むのならこの私を超えて見せなさい!」

「オホホ。まずは戦闘力の差を見せつけてやりますわ!」



 そうして私とエルセーヌは黒いオーラを纏う刀と漆黒の剣を向け合い、私達の様子を見ていたクラスメイト達が十分に離れるのを待つ。

 エルセーヌ相手では修羅の型では不足だろうし、初めから天の型で攻めた方が良さそうね。



「オホホホ。その刀に鎧、精神力は私よりもマイ様の方が上の様ですわね」

「良かったら近いうちに鍛え方を教えてあげるわ」

「オホホ。それはそれは、なんとも楽しみですわ」



 そう言うエルセーヌが体内で魔力を練り、一触即発の状況を作り上げて行く。

 エルセーヌは結界魔法の使い手だし、身動きを封じられるのは気をつけないとよね。



「さて、それじゃあ始めましょうか」

「オホホホ。格の違いというものを見せて差し上げますわ」

「言ってなさい。土御門舞、参る!」

「オホホ。エルセーヌ、参りますわ!」



 こうして、私とエルセーヌは数ヶ月ぶりに正面からぶつかり合った。

 エルフの里で始めて出会った時は手も足も出なかったけれど、今の私は前とは違うってところを見せてあげるわ!!




次回3月1日予定です

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