13話 繚乱の九尾
風舞
アメネアさん救出作戦決行日。
俺とエルセーヌとボタンさんは城にほど近い貴族の屋敷からスカーレット帝国の玉座のある帝城を見上げていた。
「いよいよだな」
「オホホホ。緊張していますの?」
「ああ。さっきから手汗が止まらない」
「フウマはんがこれまで超えて来た修羅場に比べてれば楽な仕事なんやないの?」
「楽かどうかは分かんないけど、今まではノリと勢いだけで乗り越えてきた感があるから、こうやって自分でテンションを上げないといけない状況だとやっぱり緊張するんだよ」
「そしたら興奮剤でも飲む?」
「いや。なんか怖いからやめとく」
今回のアメネアさん救出作戦はペトラさん達と同時に開始する。
即席の協力関係のため一緒に城に潜入することはしないが、同じタイミングに仕掛ける事で少しでも成功の確率をあげようという訳である。
エルセーヌによるとペトラさん達は二正面作戦を決行するらしく、内部協力者によって開かれた門から一気に突入し城内に混乱をもたらす突撃班と、その騒ぎに乗じて城内に潜入して地下牢に向かう潜入班の2つに分けるそうだ。
アメネアさんが処刑囚として捕まっている今、アメネアさんの配下であるペトラさん達が二正面作戦を行える程の人数がいる事に驚いたが、なんと序列第4位のセイラム将軍の配下が突撃班に混ざっているらしい。
ここ数日の間にボタンさんとエルセーヌがそうなる様に仕向けたそうだが、これでセイラム将軍と序列第3位の宰相レイザードの対立構造が確定的なものとなったと言っていた。
アメネアさん救出後の事を考えての作戦らしいが、恐ろしい作戦を思いつくものである。
「オホホホ。そろそろ時間ですわね」
「ああ。ペトラさんの突撃部隊が派手にかますのと同時に城内の隠し部屋に転移。それで間違いないな?」
「そうやね。ただ、一度も行った事のない室内に転移するのはかなり難しいと思うんやけど、本当に大丈夫なん?」
「フレンダさんの説明と記憶の追体験で城内の間取りと距離感は掴んでるから多分大丈夫だ。2人にも命を張らせちゃって悪いけど、俺を信じてくれ」
いくらボタンさんとエルセーヌの2人でも頭が壁にめり込んだりしたらタダで済むとは思えない。
転移事故を起こさない様に昨日は一日中練習を繰り返したが、2人の命はまさしく俺にかかっているのだから油断はできないだろう。
「……お、オホホ」
「ん? どうかしたか?」
「オホホホ。なんでもありませんわ。ただ、日頃のぞんざいに扱われているせいか、少しだけご主人様にときめいてしまっただけですの」
「へぇ………安心しろ。エルセーヌは俺が守る」
「オホホホ。や、やめてくださいまし。なんだかむず痒いですわ」
「俺がエルセーヌの剣となり盾となろう」
「お、オホホホ。そろそろ勘弁して欲しいですわ」
おぉ、珍しくエルセーヌが本気で恥ずかしそうにしている。
なるほどなるほど。
エルセーヌはこういう王道なセリフが好きなのか。
今度君の瞳に乾杯とか言ってみよう。
「フーマはんフーマはん。うちには何にもないん?」
「そうだな……ボタン、頼りにしてるぞ」
「あぁ〜。呼び捨ても良いなぁ」
なんてやりとりをしていたその時、どこからともなく現れた突撃班が城門を開けて城にカチコミをかけ始めた。
どうやら内通者との手引きはうまくいったらしい。
「ううんっ。それでは私達も行きましょうか」
「あらあらあら。凛々しいまま可愛らしいなんて最高やねぇ」
「オホホ。一粒で二度美味しいですわね」
「はいはい。それじゃあ準備は良いですか?」
「もちろん。いつでも大丈夫やよ」
「オホホホ。ご主人様とならいつでもどこへでも行けますわ」
「……それでは行きます! テレポーテーション!!」
さて、長かった帝都での生活もここを乗り切れば一先ずの決着がつく。
全身全霊をもって今回の作戦に挑むとしよう。
2300時、作戦開始!!
◇◆
「成功……したみたいですね。2人とも怪我はありませんか?」
「オホホホ。私達は無事ですわ」
「流石はフーマはんやね」
一先ず城内への侵入は成功した。
敵の待ち構えている場所に転移した場合、術後の硬直の間に首を刎ねられかねないが、見渡す限り敵影はない。
現在位置は城の3階にある資材室のデッドスペースを使った6畳ほどの隠し部屋だ。
ここはエルセーヌとフレンダさんぐらいしか知らない隠し部屋らしいのだが、建築家の口に戸は建てられないし、転移魔法で侵入した時点でこの位置を捕捉されている可能性は十分にある。
今すぐに気配を遮断して移動を開始しなくては……その時だった。
ズガン!!!
何者かが隠し部屋の天井をぶち破って、移動しようとしていた俺達の背後に降り立った。
薄暗い部屋の中に上階の光が差し込み、粉塵の中の襲撃者の姿を照らす。
「まさかこんなところに隠し部屋があったなん……ガフッ!?」
「な!? よくもっ!!」
「オホホ。見敵必殺は基本ですわ、この三下」
「グッ!!」
天井を破って突っ込んできた小柄な鬼の片方を一番近い位置にいたボタンさんが蹴り飛ばし、その後ろに転移させられたエルセーヌがもう1人の小鬼の腹を黒い剣で薙ぎ払う。
既に侵入を知られた今となっては一刻一秒も惜しい。
俺達3人は一先ずは行動不能となった小鬼の兄弟を残して隠し部屋を後にした。
隠し部屋の出入り口は本棚の真裏だったらしく、俺達が無理に後ろの扉を押した事で本棚が倒れる。
「知り合いですか?」
「オホホ。一方的に知っているだけですわ」
「あらあら。そうこうしている内に第二陣やね」
正面から騒ぎを聞きつけた兵士が鎧の音を響かせながら走って来る。
このペースで敵に遭遇するなら気配を消して隠密行動をするのは厳しそうだな。
「プランBですね。壁と床を含む障害物を全て蹴散らしながら地下牢に直進します」
「オホホホ。了解ですわ!!」
まず先陣を切ったのはエルセーヌだった。
重心を限界まで低くして急接敵した彼女が回る様に漆黒の剣を払って数人の兵士を離脱させる。
健在の敵はそのエルセーヌを仕留めようと剣を振るうが、ボタンさんがそこに駆け込んで掌打で鎧の兵士を吹っ飛ばした。
そのままのペースで走っていた俺は彼女達に追いつくと同時に煙玉をばら撒いて煙幕を張り、エルセーヌとボタンさんを連れて少し先の廊下へ転移する。
煙幕に気をとられている兵士達の真後ろなら硬直の間に攻撃をくらう事もない。
馬鹿正直に全員を相手にする必要はないし、さっさと先に進もう。
「今のは序列第8位の私兵やね。あの鎧には見覚えがあるんよ」
「となるとこの調子で行けば宰相の他にも強敵はいそうですね」
「オホホホ。血が滾ってきましたわ!」
予めこの城に序列3位のレイザード将軍と序列第7位の腰巾着ことリライズ辺境伯がいる事は分かっていたが、第8位までいるとなると厄介だな。
序列第4位のセイラム将軍が自宅にいる事は確認しているし、自分の領地にこもっているらしい第5位が現れる事はないだろうが、第6位であるアメネアさん以外の序列上位が現れるとかなり面倒な事になる。
「どうか強い敵はいませんように」
だから俺はそんな事を言いつつ目の前の壁を空間断裂で切り裂いた。
廊下の曲がり角を切り裂いた先の大部屋は誰もいなかったのか、灯すらついていない。
「この先は回廊やね。間違いなく敵がぎょうさんいるやろうから気をつけてなぁ」
「了解です! ディメンションソード!!」
ディメンションソードこと空間断裂を纏わせた片手剣で再び壁を切り裂き、真ん中が吹きっ晒しになっている回廊に入る。
後はここを飛び降りれば一息に一階まで行けるのだが、ボタンさんの言う様に回廊の真ん中には沢山の兵士がひしめいていた。
この回廊は正門から地下牢に向かう場合でも必ず通るし、防衛の上では大事なポイントなのだろう。
「さっきと同じ鎧を着た人達ですね」
『序列第8位のメリーリスは魔法騎士です。フウマの戦い方を王道に正した様なセリアンスロープですね。ちなみにメスの猫です』
「へぇ。そりゃ為になる情報をどうも!!」
一手目から全力だ。
吹きっ晒しの中央にアイテムボックスから取り出した燃える巨石を転移させて落下させる。
これを止めるには魔法を使うのがベストだろうが、魔法の威力は魔法攻撃力と込める魔力の量によって左右される。
知能が高ければ魔力を込めるスピードも上がるのだが、落下まで数秒とないこの距離でこの質量を止められる者はそうそういない。
「ただ、そうそういないだけで止められる人もいるんですよね」
「陛下の居城を無断で踏み荒すとは賊め! この私が成敗してくれる!!」
ドロドロと溶け出すほどに高熱だった巨石がバラバラに切り崩されて回廊に散らばる。
スピードを落とされかつサイズの小さくなった溶岩なら一般兵でも簡単に避けられるらしく、思った以上の損害を出せなかった。
「あらあら。ここはうちが残った方が良さそうやね」
「そんなに強そうな相手なんですか?」
「本気を出せば瞬殺やろうけどそうするともう動けなくなるやろうから、そこそこの力で戦って3分といったところやろうか」
「そうですか……フレンダさん。あの騎士の特徴は?」
『頭が悪く直感で動きます。それとマタタビ酒が好物です』
「どうぞ。マタタビです。それとあいつアホです」
「ありがとう。大事に使わせてもらうんよ」
「はい。ご武運を」
「オホホホ。任せましたわ」
口元を扇子で隠しながらユラユラと尻尾を振るボタンさんを尻目に、エルセーヌを連れて回廊の先へ転移した。
「逃すか!!」
後ろから魔法が飛んでくるが、俺達には頼りになる狐のお姉さんが付いている。
「あらあらあら。ここは通さへんよぉ〜」
「獣人か。剣の垢にしてやる!!」
「それを言うならサビなんやない?」
……本当にアホなんだ。
◇◆◇
ボタン
フーマはん達を先に送ってその後、うちはスカーレット帝国の序列第8位のメリーリスと相対していた。
メリーリスは全身を白銀の鎧で覆ったセリアンスロープなのだが、身長はうちよりもいくらか小さい。
放っておいたらフーマはんが気に入ってしまうかもしれへんし、この場でバラしておかんとなぁ。
「おいお前! 何故陛下の居城を荒らす!!」
「ローズはんはこの城にいなかったんと違う?」
「何!? 陛下は出かけていらっしゃるのか!?」
「出かけていると言いますか、何と言うか…」
「おい! はいかいいえで答えろ!!」
「は、はい!」
「よし。ではもう一度聞くぞ! 陛下は出かけていらっしゃるのか!?」
「えぇっと…はい!!」
「なるほど。それでは陛下がお帰りなるまでこの城をお守りしなくては!!」
なんやろうなぁ。
これなら家のキキョウの方が随分と賢い気がするわぁ。
「うちはローズはんと友達なんやけど、見逃してはくれへんの?」
「嘘だ! 獣人のお前が陛下の御友人なわけがないだろう!! 獣人は人族! 人族は敵だ!!」
「あぁ、なるほど。人族は全部敵やと思ってるんやね。これは……想像以上のお馬鹿さんやわぁ」
「くっ…怯むな!! 敵は1人だ!!」
あらあら。
ローズはんの国の序列8位と聞いてたから五本は必要やろうと思うてたけど、これなら三本でも十分そうやねぇ。
「総員構え!! 撃てぇぇぇ!!!」
「「「「サンダーレイ!!」」」」
雷魔法のLV5をこのぐらいの時間で放てるとは、部下はそれなりの様やね。
ただ、これぐらいではうちを止めるにはぬるすぎる。
「やったか?」
「恋焦がせ、三色菫」
「な…無傷だと!? それに、その尾はなんだ!!」
メリーリスが粉塵の中で一本から三本に増えたうちの尾を見て声を上げる。
正確にはうちの尾は一本で残りの二本は炎なんやけど、やはり誰が見ても尾が増えた様に見えるんやね。
「どうせ頭の出来の悪いあんたはんは覚えてられへんやろうけど、特別に教えたる。うちは繚乱の九尾ボタン。今はフーマはんの愛人でもあるさかい、綺麗に片付けてやるからかかって来いや。……なぁ、お嬢ちゃん?」
「ば、バカにするなぁぁ!!」
この程度の挑発にかかるとは底は知れている。
この頭で序列8位になるからには戦闘能力はそれなりなんやろうけど、こんなところで足止めをくらう訳にはいかへんし、短期決戦が望ましい。
頭が緩くそれなりの戦闘能力のある者はこちらの策を直感だけで回避する事はよくある事やし、純粋な力量の差で一気に詰めるのが最適やろうな。
さて、久方ぶりの戦さ場の始まりや。
次回、17日予定です




