11話 情操教育
風舞
シルビアと雑談をしつつローズを探していたら、あまり人気のない城の一角でローズとエルセーヌが遮音結界を張ってコソコソ話をしていた。
ん? 何か紙を持って話してるけど、何を見てるんだ?
あ、エルセーヌが俺たちも結界に入れてくれた。
「ミレン? 何してるんだ?」
「おお、フーマか。この様な場所までどうしたんじゃ?」
「どうしたって…ミレンを探しに来たんだけど、何してたんだ?」
「べ、別に何でもないぞ。のう?」
「オホホホ。城の修繕費の話などしていませんわ」
エルセーヌめ。
ワザと話していた内容をバラしたな。
隣でローズがかなり焦った顔しちゃってじゃん。
「城の修繕費って、さっきの騒ぎで出来たやつか?」
「な、何の事じゃ?」
「大方、舞が城の壁をぶち壊しながら走ってたから、その修繕費を請求されたんだろ? 俺も他人事じゃないし、正直にいくらか教えてくれよ」
「しかし……」
「オホホホ。金貨400枚ですわ」
「は? ごめん。ちょっと聞き間違えたみたいだ」
「金貨400枚じゃ」
「それって銀貨の間違いじゃなく?」
「この国の金貨で400枚じゃ」
なるほどなるほど。
この国の金貨で400枚か。
ボタンさんへの借金は今回のアメネアさん救出の後に、ボタンさんの仕事をお手伝いすればチャラにしてもらえる事になったけど、ここで金貨400枚か。
「無理やん」
「お、おいフウマ! どこに行くんじゃ!」
「ちょっとアンに慰め…もとい相談してくる」
「待つのじゃ。何も払えないとは言ってはおらん」
「そうなのか?」
金貨400枚なんて大金、パッと用意して払える様な金額ではない。
俺が勇者2人を遠足に連れて行っても金貨2枚しかもらえないのだ。
金貨400枚なんて尋常じゃない額、それこそ非合法な稼ぎ方をしないと……
「駄目だぞミレン! 体を売るのは駄目だ!!」
「お主は一体何を想像しておるんじゃ。妾がそんな事するわけなかろう」
『そうですよフーマ。というより、お姉様がその様な事をすると想像するなど万死に値します』
「………すみませんでした」
「よいよい。それより、金貨400枚なら妾の手持ちで支払える」
「は? 何でまた?」
「忘れておるのか? ほら、お主らと初めて会った日にエンシェントドラゴンのピアスを売って金に換えたじゃろう?」
「あぁ、そういえばそうだったな。そんな事もあった」
「うむ。そういう訳で、向こうの金貨で420枚程度なら妾の蓄えの百分の一程度を切り崩せば余裕で支払う事が出来るのじゃ」
「おぉ、流石はミレン様」
そういえば初めてソレイドに行った日も舞と一緒にローズの財力に敬服した気がする。
我らがお代官様は今も尚健在らしい。
「ん? それじゃあ何で2人はこんなところで密談をしてたんだ?」
「オホホホ。ご主人様とマイ様の教育のためですわ」
「教育? どういう事だ?」
「別にそこまで大した話ではないんじゃが、お主らは色々と物を破壊するクセがあるじゃろう?」
「そんなクセあるか?」
「はい。先日フーマ様のお部屋をお掃除した際に、床がヘコんでいるのを見つけました」
あぁ、そう言えば部屋の中で手持ちの石の確認をしようとして落としたんだっけ。
そのうち直せば良いやと思ってほったらかしにしてた。
「何も道具や建築物に限った話ではないんじゃ。お主らは基本的に敵に容赦はせんし、自分の体が傷つく事も厭わぬ。それが悪い事とは一概には言えないんじゃが……ほら、道徳的にはかなりアレじゃろう?」
「まぁ、確かに……」
言われてみれば確かにそうだ。
この世界に来てから色々ありすぎてかなり麻痺しているが、普通の人はこんなにしょっちゅう気絶しないし、草花を踏み荒らして戦いもしないし、建物をぶっ壊したりもしない。
言われるまで気にしてこなかったが、これはかなり由々しき事態かもしれないぞ。
「オホホホ。ご主人様とマイ様は勇者という事もあり成長速度が異常に早いため自分の力の大きさに気がついていないのですわ」
「え、ありがとう」
「オホホ。褒めていませんの」
『まったく、何を本気で照れているのですか。そういうところですよ』
いや、どういうところやねん。
もうちょっと具体的に指摘してくださいよ。
「お主もマイも人の命を大切にするし根はかなり良いヤツじゃと思うんじゃが、保護者である妾達からすれば草花を愛で自然を愛し物を大切にする様な落ち着いた生活をしてもらいたいのじゃ」
「返す言葉もありません」
「うむ。お主は言えば分かるじゃろうと思っておったから、まぁ良い。問題はマイの方じゃ」
「舞の?」
「オホホホ。マイ様は一度その気になると止まらない節がありますでしょう?」
「あるな。大いにある」
「それでたまには痛い目にあって、落ち着きというものを覚えてもらおうと思ったのじゃ」
「なるほど。それでこんなところで話し込んでたのか」
俺としては彼女である舞がのびのびと生活している事を好ましく思っているが、確かに今の舞はのびのびしすぎている気がしなくもない。
日本にいた頃の抑圧された生活からの反動だとは思うのが、それでも少しはっちゃけすぎなのだろう。
「それではマイ様に城の修繕費の件をそのままお伝えするのですか?」
「うむ。妾はそうしようと思う」
「分かった。それじゃあ俺とシルビアは聞かなかったことにする」
「うむ。それではそういう事で一つ頼むのじゃ」
◇◆
という事でところ変わって医務室にて、俺とシルビアとエルセーヌは真剣な顔で請求書を舞に渡すローズを部屋の隅で眺めていた。
ちなみに舞の隣で添い寝してやるんだよ! と息巻いていたアンは、仕返しに散々尻尾をモフられたらしく、今はトウカさんに扇子で扇がれながら近くのベッドの上で伸びている。
おそるべしモフリストであった。
「なるほど。つまり城の修繕費として金貨400枚が必要なのね」
「うむ。そういう事になるの」
「そう。これは面倒な事になったわね」
「じゃろう? これに懲りたら当分は大人しく……」
ローズがベッドに腰掛けるローズにクドクドとお説教をしている。
一方の舞は…
「オホホ。聞いていませんわね」
「ああ。数秒後には立ち上がってとんでもない事を言い出すぞ」
『お姉様のお説教を聞き流すとは不遜な娘ですね』
せっかくここ最近では珍しくローズが俺たちの保護者役をしてくれているのに、舞は何を考えているのだろうか。
まさか金貨400枚を稼ぐ方法を真剣に考えているのか?
「という訳でしばらくの間は自然を愛でて芸術を理解する心を大事にするんじゃぞ? 今回の修繕費は妾が出してやるから…」
「分かったわ! それじゃあ金貨400枚をきっちり耳を揃えて払うために準備してくるわね!」
「じゃから今回は……」
引き止めるローズの声虚しく、舞は窓から飛び降りてどこかに出かけてしまった。
やっぱり一切話を聞いてなかったな。
「オホホホ。どういたしますの?」
「どうって言われてもな……舞の後を追うか?」
「もう放っておいて良いよ! どうせマイ様の事だから日が暮れるまでには金貨400枚稼いできちゃうもん!」
おぉ、珍しくアンが毒舌だ。
よっぽど尻尾をモフられまくったのがこたえたみたいだな。
『アンはマイが金貨400枚を稼いで来れると思っているのですね』
「言われてみれば確かに。アンはどうして舞が金を用意出来ると思うんだ?」
「だってマイ様ってば、凄く頭が良いんだもん。この前なんか私が3時間も悩んでいた数学の問題を3分で解いちゃったんだよ?」
「そう言えば何やら騒いでおったの。確か偏微分の問題じゃったか?」
「うん。連立偏微分方程式の問題だよ」
「何それ?」
「相対性理論を勉強してたら出て来たんだけど、フーマ様は知らない?」
「知らない」
なんでアンは相対性理論の勉強なんてしてるんだ?
ていうか、この世界にも相対性理論が知られてるのかよ。
大方アインシュタインのファンのどこぞの勇者が広めたんだろうけど、いくらなんでもこの世界の学問事情は尖りすぎだろ。
「マイ様はフーマ様の方が数学は得意だって言ってたよ?」
「高校で習った範囲ならな。正直なところ、舞の知識に比べたら俺の数学なんて大した事ないぞ」
「なんだ。てっきりフーマ様の世界にはとんでもなく頭の良い人しかいないのかと思ったよ」
「マイの頭の出来が良すぎるだけだ。それより、舞はどうやって金を稼いでくると思う?」
「うーん。即日で金貨400枚となるとお金を貸しているところにそこで借金をしている人と乗り込んで、無理矢理返金させた過払金の一部を報酬として貰って来るんじゃないかな?」
「あぁ、やりそう」
そう言えばつい最近も土御門舞法律相談事務所がどうとか言っていたし、そのぐらいの事はやりそうな気がする。
PCがない商人には帳簿のミスなんてしょっちゅうあるだろうし、そこにスパコンレベルの計算能力の舞が投入されるのか。
商人さんが可哀想だな。
「しかし、いくらマイ様でも過払金を即刻返金させるのは厳しいのではありませんか?」
「そうかな? あのマイ様なら商館に行く前に評判だとか不審な資金の流れはないかとか調べちゃうと思うよ? もしもマイ様に目をつけられた商館に後ろ暗い事がなければこんな優良店が国に定められた法律を違反しているのかって脅せば良いし、逆に後ろ暗い事があれば多少強引に話を進めても問題はない。既に王都では勇者様達が召喚された事は周知の事実になってるし、マイ様がこの国の法律を使おうと思ったらやりたい放題だろうね」
「オホホホ。ミレン様のお説教は全く響いていませんわね」
「うむ。なまじ…いや、やたらに頭が回るせいで大抵の壁は自力で乗り越えてしまうから中々反省させられん」
「まぁ、地道にやっていくしかないんじゃないか?」
「お主の恋人じゃろう。しっかり躾をせんか」
「保護者はミレンだろう? しっかり教育をしてくれ」
「オホホホ。まるで夫婦の様な会話ですわね」
「そ、そんな事ないわい!」
いや、今のは照れるところではないと思うぞ?
指摘したら薮蛇だろうから見ていなかったふりをするけどさ。
「それじゃあ、マイの後は追わなくて良いか?」
「そうですね。夕食の時間になっても帰って来なかったら探しに行くくらいで良いと思います」
「そうだよ! せっかくフーマ様とエルセーヌさんが帰って来てくれたんだから、今日は皆でゆっくり過ごしちゃお!」
というトウカさんとアンのセリフが決め手となり、俺たちは久しぶりに皆で紅茶を飲んだりお菓子を食べたり尻尾をブラッシングしたりトランプをやったり穏やかな時間を過ごした。
アンやシルビア達とは久しぶりに会ったが、皆元気そうで何よりだったな。
◇◆
「てな具合で1日のんびり過ごした」
「あらあら。それはなんとも楽しそうやなぁ」
ラングレシア王国でのんびりした次の日の早朝、エルセーヌを連れてボタンさんの待つ激狭隠れ家へ戻って来た。
アメネアさんの救出作戦の前に皆の顔を見れて、ヤル気十分である。
「だったらボタンさんも来れば良かったのに」
「うちが行ったら色々とややこしい事になるやろ?」
「それはそうだけど……いや、近いうちに一緒にラングレシア王国に行こうな」
「あらあら、フーマはんたらタラシやねぇ」
「はいはい。俺は女好きですよー」
「オホホ。それより、例の話はしなくて構いませんの?」
「例の話? お金を稼ぎに行ったマイはんがその後どうなったかやろか」
「違う違う。舞はアンの言う通りに返金された過払金の一部を元手に綿花の交易ルートの一つを買って寡占市場の競争力がうんたらで価格決定がうんたらだからボロ儲け出来たわ! とか言って無駄に金を持って帰って来たけどその話じゃなくて…」
「うちはその話も十二分に気になるんやけど…」
「オホホホ。例の話というのは今朝方ラングレシア王国の女王様にいただいた謎の魔導具の事ですわ」
「魔道具? どんな魔導具なん?」
「ああ。言うより見せた方が良いだろ。これだ」
幸せそうな顔で俺に抱き着きながら眠る舞をこっそり剥がして部屋から抜け出した後に、女王様から人伝に渡された黒い首紐のついた歪な形のドッグタグもどきをボタンさんに手渡した。
エルセーヌやフレンダさんが言うには魔道具らしいのだが、この魔道具は形もさることながら色々と奇妙な点があるのである。
「ネックレスやろか? ただ、材質は木製みたいやね。それと僅かな魔力の他にも別の力を感じるなぁ」
「試しに魔力を流したりとかしてみたんだけど、特に何も起きないんだよ」
「そうなると魔力を流して使うと言うよりは、身につけておくことで効果があるものやろうなぁ」
「ふーん。効果は分かるか?」
「そうやねぇ……防御力を上げる護符に似てるんやけど、それにしては作りが複雑すぎる。その女王はん…ソフィアはんやったっけ?」
「ああ。そうだ」
「ソフィアはんはこの魔道具について何か言うてなかったん?」
「持って来てくれた渋い執事のおっさんが女王様の伝言できっと助けになるって言ってたな」
「助けに、なぁ……」
ボタンさんはそう言うと手のひらの上に乗せたドッグタグもどきを見つめながら何やら考えこんでしまった。
エルセーヌでも具体的な効果までは分からなかったけど、こういうのに詳しそうなボタンさんでも厳しいのか…。
「分からなそうか?」
「そうやねぇ。見たところ呪いの道具とかではないとは思うんやけど、イマイチピンときいひんなぁ」
「そっか。ま、あの女王様が渡してくるもんだから普通の魔道具じゃないだろうし仕方ないか」
「力になれなくてすまないなぁ」
「いやいや。ボタンさんが謝る事じゃねぇよ。なんかの護符だって分かっただけで重畳だ」
「あらあらあら、フーマはんは優しいなぁ」
ボタンさんがそう言ってスススッと肩を寄せて来る。
ここ最近は普段の着物ではなく黒い旅装束みたいなものを来ているけど、相変わらず良い匂いだな。
思わず鼻の下が伸びてしまう。
「だろ?」
『調子に乗るんじゃありません』
「あらあら。フレンダはんに怒られてしもうた」
「オホホホ。相変わらずですわね」
「そうだな。フレンダさんは相変わらず心が小さい」
『おい。今私の胸の事を思い浮かべましたか?』
「浮かべてませんよ。気にしすぎです」
『それなら良いのですが……』
まったく、心が小さいと言っただけで貧乳と結びつけるなんて、いくらなんでも気にしすぎだろ。
今はボタンさんも聞いてるんだから気をつけないと、口元をニヨニヨされちゃいますよ?
「それより、これはどうしたら良いと思う? 念のため捨てとくか?」
「オホホホ。せっかくですし身につけておいたら良いと思いますわ」
「えぇ……こんな得体の知れない道具を?」
「ソフィアはんは腐ってもあのラングレシアの王族なんやし、フーマはんに害を与えるものは渡さないんと違う?」
「そうは言っても、あの女神は俺を襲おうとしたド痴女だぞ? もしかしたら催淫の道具かもしれない」
「オホホホ。それはそれで面白そうですし、身につける事をオススメしますの」
「おい。お前の主人は自分の従者がひどい事を言うから傷ついたぞ」
「オホホ。メンタルが弱いですわ」
「反省の色が見えない……」
「エルセーヌはんの言い草はともかく、うちも身につけておくことには賛成やね」
「えぇ〜。ボタンさんまでそういう事言うのか?」
「基本的に神を名乗る人物は意味のない行動はしないものやし、今は少しでも安全を確保する要素が欲しいから、多少催淫されるリスクは背負ってでも身につけておいた方が良いと思うんよ」
「ボタンさんがそう言うならそうするけど、でもなぁ…」
「それでも不安言うなら、仮にその護符が原因でフーマはんがソフィアはんに襲われたら、うちが直々にフーマはんを癒してあげるんよ。フーマはんが望むなら、上書きまで含めてなぁ」
「……し、仕方ないなぁ」
『おいフーマ。そのニヤケ顔をやめなさい。今、それもそれでアリだなとか思ったでしょう』
「お、思ってないですよ? 少しでも安全を確保するためですもんね!」
「ふふふ。そうやねぇ」
「オホホホ。相変わらずご主人様はチョロいですわね」
エルセーヌがなんか言っている気がしたが、紳士な俺は聞こえないフリをしておいた。
断じてボタンさんが慰めてくれる事につられてこの護符を身につけたのではない。
そう、これはあくまで少しでも防御力を上げるためなのだ。
アメネアさん救出作戦まで残り3日。
気を引き締めていかないとな!!
次回14日予定です




