7話 主従関係
風舞
「まぁ、誰もいないわな」
ラングレシア王国からスカーレット帝国帝都まで戻って来たのだが、もちろん隠れ家には誰もいなかった。
おそらくエルセーヌさんもボタンさんも出かけてしまった後なのだろう。
『どうしますか? 昨日までの様に暴動の鎮圧に向かいますか?』
「いや、それは一応やめておきましょう」
エルセーヌさん達はおそらく今日一日俺が戻ってくるとは思っていないだろうし、仮に事件にでも巻き込まれたら彼女達に迷惑がかかる。
自分で考えて動くこともできないのかと我ながらに辟易するが、未だ2人から計画の全貌を聞けていないこの状況で動くのはいくらなんでもアホすぎる気がする。
「さてと、昼寝でもするか」
『おい、先程までのやる気はどうしたのですか?』
「冗談です。今日はそうですね……観光にでも出かけますか」
『は?』
◇◆
というわけでブラフウマ、スタートである。
今日のロケ地はここ、スカーレット帝国帝都だ。
『おい、事件に巻き込まれたら面倒だから隠れ家から出ないのではありませんでしたか?』
「私には危機感知系のスキルもありますし、危なくなったら転移魔法で逃げることも出来ます。人通りの多い所を通って、騒ぎを避けて歩けばそうそう大した問題には巻き込まれませんよ」
『それはそうかもしれませんが、呉々も気をつけてくださいよ』
「分かってますって」
さて、そんなこんなで帝都に出てきた俺の現在地は王城が真ん前に見える帝都のメインストリートだ。
近頃は帝都の有力者がここで演説をするという情報を小耳に挟んでやって来たのだが、どうやら今日は運が良かったらしい。
城の門の前に建てられた演説台の前に沢山の魔族が集まっている。
「すみません。今日はどなたが演説をなさるのですか?」
「あ? リライズ辺境伯に決まってんだろうが!」
「そうですか。ありがとうございます」
ちょっと質問をしただけなのに、ものすごい剣幕で怒鳴られてしまった。
やはり現在の帝都は初対面の美少女(笑)に怒鳴ってしまうぐらい誰もがピリついているんだな。
通り魔とかにも気をつけておいた方が良さそうだ。
「さて、演説の内容は後で誰かの話を盗み聞くとして、リライズ辺境伯って誰ですか?」
『リライズはアメネアの一つ下の序列第7位のセリアンスロープの男です。臆病な男でレイザードとも繋がりがありますし、今日はその代理演説でしょうね』
「ふーん。ちなみにリライズさんは犬ですか? 猫ですか?」
『狸の様な狐です』
「はい? それって結局どっちなんですか?」
『太った狐を想像してみてください。どうです? ほとんど狸でしょう?』
「まぁ、言われてみれば確かに」
そういえば日本にいたころに見た狐は丸くてコロコロしていて、ほとんど狸みたいな見た目だった気がする。
おそらくリライズという男の毛はボタンさんの様な綺麗な金色ではなく、茶色い縮れた毛なのだろう。
まぁ、相手はおっさんだしどうでも良いか。
『しかし、この城を見るのも久しぶりですね』
「フレンダさんって城のどのあたりに住んでたんですか?」
『上から2番目の部屋が私の居室で、その上がお姉様のお部屋です。ちなみに、執務室はお姉様共々一階でしたね』
「あぁ、それは聞いたことあります。なんでも襲撃者から民を守るために、人族の領域に一番近いところに執務室があるとかなんとか」
『お姉様の部屋は確かにそこにありましたが、私の部屋はその反対側、こちらから見える玄関を入ってすぐのところでした』
「ふーん。それにも意味があったりしたんですか?」
『民の声が一番よく聞こえる位置を私にという事らしいですよ。お姉様らしいですよね』
「…そうですね」
ちょっとした雑談のつもりだったのに、なんだか暗い雰囲気になってしまった。
話題を変えるか。
「そういえば、アメネアさんが投獄されてるのってあの城の中なんですか?」
『おそらくそうでしょう。一般の犯罪者を収監する監獄は別で帝都にも建設しましたが、重犯罪者は城の地下牢に投獄します。あそこはかなり厳重な警備機構が備わっていますし、レイザードがアメネアを収監するならその他には考え辛いですね』
「ちなみになんですけど、転移魔法で今からその地下牢に潜り込む事は…」
『不可能です。地下牢の一帯はあらゆる魔法もスキルも使えなくしてあります。一部のスキルは影響を受けない事を確認していますが、地下牢へ転移する事も逆に転移魔法で外に出ることも出来ないでしょうね』
つまりこの前エルフの里でカグヤさんに付けられた手枷で作った牢獄みたいなものか。
それなら確かに転移して中に入る事は出来なさそうだな。
なんて事を考えながら城への侵入経路はないか軽く見回していると、俺が隠れていたメインストリートのよく見える路地裏にエルセーヌさんがやって来た。
そういえばエルセーヌさんには俺の居場所と会話内容が全部筒抜けなんだったっけ。
「オホホホ。ご主人様も諜報員らしくなって来ましたわね」
「そりゃどうも。それより、首尾はどうだ?」
「オホホ。まずまずと言ったところですわね。ボタン様もお待ちですし詳しくは部屋に戻ってからお話ししますの」
エルセーヌさんがそう言って付いて来る様に会釈して路地の奥に進み始める。
しっかりしろ。
もう覚悟は済ませたはずだろ。
「エルセーヌさん」
「オホホホ。なんですの?」
「俺にもエルセーヌさん達の仕事を手伝わせてくれ」
「オホホ。既にご主人様には十分に手伝っていただいていますわ」
「違う。俺が言いたいのは…」
「オホホホ。私もボタン様もご主人様がこちらに来る事は望んではいませんわ。悲劇のヒロインぶるつもりはありませんが、悪意なんてものに底はありませんの。生きながらに死んでいる者達は生者を引きずり落とし、死者へと変えていく。勇者であるご主人様には縁のない世界なのですわよ?」
そう言って俺を見るエルセーヌさんの目は冷え切っていて、まるで死者の様だった。
フレンダさんに育てらて諜報員として使われてきたエルセーヌさんだが、俺の従者になった今でも彼女のいるところは暗いままなのかもしれない。
「あぁ……違うな」
「オホホ。何がですの?」
「エルセーヌさんは根本的に勘違いをしている。俺がエルセーヌさんやボタンさんの力になりたいって言ったのは、勇者だからとかそんなチャチな理由じゃない。勇者だなんて与えられたものじゃなく、俺自身がエルセーヌさんとボタンさんが背負ってるモノを、俺にも背負わせて欲しいと思ったからだ」
「オホホホ。では言い方を変えますの。ご主人様には無理ですわ。こっちの世界でご主人様は生きられない。自分が力のある人間だと思っていたのなら大間違いですわ」
「へぇ、それじゃあエルセーヌさんにはその力ってのがあるのか」
「オホホホ。当然ですわ。私がこれまでに何人の魔族や人族を殺してきたと思っていますの?」
「知らない。興味ない」
「オホホホ。なら…」
「俺は興味が無いと言ったんだ。エルセーヌさんがどこの誰で何してようが俺の知った事じゃないし、エルセーヌさんが過去に何人殺してようがそんなのは関係ない。俺に力がないだって? 知ってるよ。ついさっきも同じことを別の人に言われたばかりだ。確かに俺はろくに戦う力もないし、取り柄と言えば転移魔法が使えて可愛い彼女と頼りになる従者達がいるぐらいだ。でもな、それでも俺は普通に生きたいって言ってた女の子を見捨てられるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!」
「オホホホ。覚えていましたの?」
「大事な従者の事なんだから当然だ。で、お前はどうなんだよ。俺はエルセーヌさんが止めようが止めまいが、いつかエルセーヌさんをそこんじょそこらにいる普通の女の子にしてやる。仮にエルセーヌさんにその気があるなら、少しでも俺に頼って辛い事から逃げるべきなんじゃねぇのか? いつまでも同じ面子で同じ事繰り返してウジウジウジ言いやがって、女子中学生じゃねぇんだからちっとは自分の輪を広げろこのドリル女が!!」
「オホホ。何故私が怒られなければならないのか意味が分かりませんわ」
「高校生ってのは思春期真っ盛りなんだよこの野郎。せっかく俺が覚悟を決めて帰って来たっていうのに、エルセーヌが年上目線で俺に偉そうな事言うから逆ギレしたくなったんだ。良いか? お前なんて、多少長生きしてるだけのただの根暗女だ。10年も真っ当に学生やって人生経験積んできた男子高校生様を舐めんじゃねぇ!」
「オホホ。無茶苦茶ですわね。それに今、呼び捨てにしましたの?」
「ああ。よくよく考えてみればエルセーヌに敬称なんて要らなかったな。今日からお前はエルセーヌ。ただのエルセーヌだ。人生経験豊富なこの俺が何にも知らないお前に超普通な生活を教えてやるかろ覚悟しろ! 分かったらさっさとついて来い! いつまでもこんな薄暗いとこにいたら気が滅入るわ!!」
「オホホ。仕方ありませんわね。ワガママなご主人様の言うことを聞いてあげるといたしますわ」
「おう。頼りにしてるから、存分に頼りにしろよ」
「オホホホ。まるでプロポーズみたいですわね」
「言ってろバカ」
そうして俺とエルセーヌは暗い路地を抜けて日の差し込む大通りに出た。
さて、多少遠回りしたがこっから巻き返してハッピーエンドを掴みに行くぞ!
◇◆◇
風舞
ローズが失踪してからのスカーレット帝国はそれぞれの有力者達がそれぞれの思惑の下に手を組み策を弄する混沌とした状況ではあるのだが、俯瞰的に見下ろしてみると日本の戦国時代の様に何人もの武将がしのぎを削っているのかと言われればそうではない。
ローズがこの国を統治していた時期の序列がそのまま現在のパワーバランスに繋がっているらしく、序列第3位の宰相レイザードと序列第4位のセイラム将軍を中心にこの国は回っていたらしい。
そして現在、俺とエルセーヌとボタンさんの動きによって宰相レイザードとセイラム将軍はお互い疑心暗鬼に陥り、序列上位の者達はどちらの派閥に入るかを検討する様になっていた。
「さっき演説を開こうとしていたタヌキツネオヤジは宰相の方に付くとして、パワーバランス的にはどうなんだ?」
「オホホ。今のところは何とも言い難いですわね。陛下が玉座を離れてすぐに自分の領地に戻り独立を宣言した方々も少なくはありませんし、レイザード様とセイラム将軍の協力体制が崩れた事で帝都を出て行く方もそれなりにいると思いますわ」
「なるほどな。誰がどっちにつくかは予想できても、そもそも帝都からいなくなるやつもいるのか」
「とはいえ今の帝国にこれ以上付き合うとっても利益を出せるかは微妙なところやろうし、前から2人に付き合いのある者以外はほとんど故郷に帰ると思うんよ」
エルセーヌとボタンさんが真剣な顔でそんな事を言う。
現在合流した俺とエルセーヌとボタンさんは3人で作戦会議をしていた。
場所はエルセーヌとフレンダさんが以前から用意しておいたとある酒場の中にある隠れ家である。
エルセーヌ曰く酒場の店主はこの建物のオーナーの倉庫だと思っているらしくここに入って来る事は無いそうなのだが、遮音結界を張っていないと酒場の声が聞こえて来るぐらいに壁が薄い。
「フーマはん?」
「なぁ、今更なんだけどここが隠れ家って本当なのか?」
「オホホ。本当ですわよ。その証拠に入り口に厳重な鍵がかかっていたでしょう?」
「確かにかなりごつい南京錠がついてたけど、壁もドアもめちゃくちゃ薄いじゃん。それに」
「それに?」
「狭すぎやしない?」
俺達のいる部屋はベッドが一つ置いてあるのだが、それ以外のスペースは人が1人通れるくらいのスペースしかない。
そして現在は3人でベッドに座って壁に貼った帝都の地図を見ているのだが、2人の肩やら胸やら太ももやらがさっきから俺の肩にくっつきっぱなしである。
昨日は色々と疲れていたため狭いこの部屋のベッドを3人で使った事に何の疑問も持たなかったが、いくらなんでもここを隠れ家と呼ぶのは間違っている気がする。
どう見てもここは酒場の姉ちゃんとお客さんがよろしくする専用のスペースにしか見えない。
「オホホ。もしかして緊張していますの?」
「そりゃそうだろ。なんでこんないかにも部屋に美女2人と一緒に入んなくちゃいけないんだよ」
「あらあらあら。フーマはんはまだまだウブやねぇ」
「ウルセェやい! それより、そろそろアメネアさんの具体的な救出方法を教えて…」
「オホホ。話を逸らしましたわね」
「あらあらあら」
「親戚のお節介な叔母さんみたいな雰囲気出すのやめて! エルセーヌもドレスのスソをゆっくりめくるな!」
ちくしょう、この2人は隙あればすぐに俺をからかいやがって。
気にしたらダメだと分かっているのに、どうしても胸やら太ももやらが気になってしまう。
「はぁ。俺がウブなのは認めるから、さっさと話を進めてくれ」
「オホホホ。こちらに関しては私の方が詳しい様ですわね」
「はいはい。俺が悪かったから頼むぞ」
「オホホ。アメネア様の具体的な救出方法でしたわね」
「ああ。宰相やら将軍やらを対立させたのは良いとして、それだけでアメネアさんを救出できるわけじゃ無いだろ? 今日城に行って見てきたけど庭はバカ広いしメインストリートの反対側は高い壁があるし、中に入り込むのはかなり苦労しそうだったぞ」
「転移魔法を使えば難しくないんやない?」
「転移魔法を使った後の硬直で気配を消すまでに時間がかかるから無理って言ったじゃん」
「あらあら。そうやったっけ?」
「まだボケるには早いんだから勘弁してくれ。それで、どのタイミングでアメネアさんを救出しに行くんだ? 流石に断頭台に繋がれる前には何とかするんだろ?」
「オホホ。そうですわね。今のところはアメネア様が処刑される2日目には救出して帝都から出るつもりですわ」
「それじゃあその方法は?」
「オホホ。既に布石は打ち終わっていますの。後は最後の仕掛けを動かすだけですわ」
最後の仕掛けか。
ここまで俺達は有力者達の仲を荒らし周り、宰相と将軍の仲を悪くした。
それで作戦の決行日は処刑日の2日前。
アメネアさんが投獄されているのは城の地下牢で、城の警備はかなり優秀。
その上、地下牢では転移魔法を使えない。
「アメネアさんの処刑がレイザード主導って事は、城には現在レイザードがいるはず。城に忍び込むにしても、レイザードの警備を超えないといけない。城に入るには転移魔法を使えば楽だけど、監視の目が光る城内に入ると転移魔法の硬直で気配を隠す前にバレる可能性がある。仮にエルセーヌさんだけ城内に侵入して転移先に結界を張ってもらったらそもそも転移魔法自体が使えない。となると取れる方法は…………あぁ、そういう事か」
「オホホ。どうやら答えに辿りついたみたいですわね」
「エルセーヌが最初から教えてくれたら考える必要はなかったんだけどな」
「オホホホ。人から聞くよりも自分でたどり着いた答えの方が頭に残るのですわ」
「エルセーヌはんはスパルタやねぇ」
「ボタンさんだって言う気は無かったくせによく言うよ。まぁ、ヒントは言ってたけど」
「あらあら。そしたらフーマはんの考えた策を教えてくれへん?」
「ああ。そうだな」
俺はエルセーヌとボタンさんが考えてくれた策を話し当てた。
かなりリスキーで乱暴な策ではあるのだが、おそらくこれが現状取れる最善の一手であると言えると思う。
後は作戦の成功確率を上げるために協力者を用意出来るかどうかにかかっているのだが……そこはエルセーヌとボタンさんと力を合わせて何とかするとしよう。
それより、さっきから黙り放しの吸血鬼さんをそろそろ何とかしないとだよな。
次回6日予定です




