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6話 束の間の休暇

 

 風舞



 時間が経つのは早いものでアメネアさん処刑まで残り7日なのだが…



「オホホホ。今日はご主人様のやる事はありませんわ」

「フーマはんだけここで留守番してても仕方ないんやし、数日ぶりに戻ったらええんやない?」



 –––とエルセーヌさんとボタンさんの2人に戦力外通告されてしまったため、俺は朝から一人でラングレシア王国に戻って来ていた。

 昨日までの俺は何の為になるのか首を傾げつつも物陰からこっそり暴動を鎮圧したり、暴漢に襲われそうになっている人を助けたりとそれなりにカッコ良い仕事をしていたのだが、あの二人に今日はする事がないと言われたら仕方ない。

 そうだ、どうせだからシルビアかアンにでも遊んでもらおうと思っていたのに…



「って、誰もいないんかーい!」



 自分の部屋、舞の部屋、会議室に食堂と順に回って最終的に訓練場まで来たのだが、舞やアン達どころか勇者の1人もいなかった。

 なんだよなんだよ、エルセーヌさん達と言い、舞達と言い、俺は除け者なのかよ。

 そんな女々しい事を考えながら訓練場に座り込んで地面にのの字を書いていると、俺の大事なパートナーであるフレンダさんがやって来てくれた。



『おはようございますフーマ。昨晩はしっかりと眠りにつけましたか……って、こんな所で何をやっているのですか?』

「みんなに要らないもの扱いされたんで拗ねてました」

『そうですか。それでは私は白い世界に戻りますね』

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

『ふふ。冗談ですよ』

「…………さてと、それじゃあ腹も減ったしもう一回食堂にでも行きますかね」

『おい! 他人にやられて嫌な事はやってはいけないと教わらなかったのですか!?』

「………」

『あぁ、そうですかそうですか。常々思っていましたがフーマは私に対して敬意が足りないと思います』

「………」

『ははぁん。フーマがそのつもりなら良いでしょう。もう本当に白い世界に戻りますからね!』

「……………………」

『おい、なんとか言ったらどうですか?』

「……………………………………」

『お、おい。もしかして聴こえていないわけではありませんよね!? おい! フーマ! フーマ!?』

「あぁ、はいはい。なんですか?」

『おい! ものすごく焦ったではありませんか! 聴こえているのならしっかりと返事をなさい!』

「おういぇ」

『返事は「はい」でしょう!』

「はーい」

『「はい」は短く!』

「Hi」

『なんだか馬鹿にされた気がしますが、まぁ良いでしょう」



 なんて小学生じみた安心感のある会話をしながら食堂に向かって朝食をもらった俺は、広い食堂で一人ボッチ飯を食べ始めた。

 いつもは誰かしらここにいるはずなのに、みんなで遠足とか社会科見学にでも出かけてしまったのだろうか。

 すごく寂しい。



「うふふぅ。それなら、私が遊んであげても良いわよぉ〜?」

「ぬわっひょい!?」



 いつの間にとか、気がついたらとか、そんなレベルじゃない。

 もしかしたら俺がここに座る前からそこにいたんじゃないかというぐらいなんの前触れもなく、女王様が急に現れた。

 ていうか女王様はあの部屋から出て来ないものだと思っていたのに、なんでこんなところにいるんだ?



「そ、れ、は〜。もちろん貴方に会いに来たからよぉ」

『おいフーマ! 敵です! 今すぐ逃げなさい!!』

「失礼しちゃうわねぇ。ねぇ、高音風舞くん?」

「そ、そんな事はないですけど」

『おいフーマ! こんな売女の言うことに唆されてはいけません! 耳が腐ります!』

「ふふふ。そんな事より、早くご飯食べないと冷めちゃうわよ? ほら、あ〜ん」



 淫乱女王様が俺のオムライスもどきをスプーンですくって差し出して来る。

 その女王様のワザとらしく胸を寄せながら俺に近づいて来るものだから、思わずそっちに目がいってしまった。

 だって、女王様のおっぱいすごく大きいんだぞ!?



「もしかして〜。こっちが食べたいのぉ?」

「そ、それは……」

『おいフーマ! 肉の塊ごときに騙されてはいけません! そんなもの脂肪です! 脂身だけなんて焼いて食べても美味しないですよ!』

「ちなみに〜。出そうと思えば出るわ〜」

「で、出るって何がでしょうか?」

「それはね〜。ふふ、自分で試してみたらどうかしら〜?」



 お、おおう。

 なんてダイナマイトおっぱい。

 このハリとツヤで子持ちだなんて、女神様は凄いなぁ。

 まさしく神秘のおっぱいだ。



『おいフーマ。仮にそれに少しでも手を触れたらお前の魂をいじって両腕が二度と動かない様に細工しますよ』

「……こほん。女王陛下、何かご用ですか?」



 今のフレンダさんの声のトーンはマジだったし、流石にこれ以上は控えておこう。

 思い出すんだ俺。

 目の前の女王様は俺の初めてを食い散らかそうとした極悪人だぞ!



「ふふ。今日は前よりもお話し出来たからよしとしておくわぁ。今日高音風舞くんに会いに来たのは、そうねぇ………近況を聞くためかしらぁ」

「近況、ですか?」

「そう。何やらよく知らないけれど、最近はあの黒いドレスの子と一緒に行動しているのでしょう? 2人でどこで何をしてるのかなぁって」



 この女王様はローズの正体にもフレンダさんの現状にも気がついているだろうし、アメネアさん救出の為に動いていると言ってしまっても問題はないのだろうが、なんとなくこの女王様に真実を話すのは良くない気がする。

 相手は一応神様なのだし、気まぐれでも起こされた日には想像を絶する様な災害を直接投げ込まれ兼ねない。

 ここは誤魔化しておくか。



「2人で遊んでるだけですよ。別に大したことはしてないです」

「ふふふ。嘘が下手ねぇ。貴方は土御門舞ちゃんを放ってそんな事はしないでしょう? つくならもう少しマシな嘘をついてちょうだいよぉ〜」

「聞かないでくれって遠回しに言ってるんです。神様なんだったらそのぐらい察してください」

「つれないわねぇ。あぁ、つれないわぁ〜」



 俺の隣に座っていた女王ソフィアはそう言って立ち上がると、俺の後ろをゆっくりとうろつき始めた。

 背後で彼女のハイヒールの音がカツカツとなり続ける。

 女王様の気配が先程までの甘ったるい雰囲気から、飲み込み圧する様な嫌な雰囲気へと変化したのを感じさせられた。



「高音風舞くん、勘違いしてはいけないわぁ。私と貴方は大変対等な存在ではないのよぉ〜」

「何も勘違いなんてしてないですよ。俺は初めてソフィアさんに会ったあの時から、貴女にビビりっぱなしです」

「ふふふ。そう、それが神と人の間の正しい関係よぉ。この前は紅血の邪魔が入ってしまったけれど、その点だけは分かっていてもらわないと困るわぁ」

「今日はその忠告に来たんですか?」

「そうと言えばそうねぇ〜。でも、高音風舞くんはもう少しぐらい大胆に行動しても良いかもしれないわねぇ。それと、私が後ろから抱きしめでもしたらそのテーブルの下のナイフで反撃するというのは、まだまだ貴方には似合わないわぁ〜」

「なんだ、てっきり抱きつく為に立ち上がったんだと思ったんですけど」

「ふふ。小うるさい娘が来たから逃げるだけよ。それとこれは私のからのアドバイス……いいえ、私は神だから天啓かしらぁ」

「知りませんよ。それで、ありがたいお告げってなんですか?」

「神様っていうのは意外とどこにでもいるものよぉ〜。貴方がどこで何をしているのかは本当に知らないけれど、少しでも違和感を感じたら大胆に動く事を勧めるわぁ。そうすれば運が良ければ生き残れるかもしれないものねぇ」

「…………分かりました。ありがとうございます、優しくて美人な女神様」

「ふふ。気にする事はないわぁ……無知蒙昧な勇者くん」



 ソフィアさんがそう言い残し、以前の様に光の胞子になって姿を消した。

 ちっ、最後に嫌味で優しくて美人な女神様だなんて言ったのに、瞬時に嫌味を返されてしまった。



「はぁ。情けねぇ」

『そんな事はありません。あの淫売相手にフーマはよくやりましたよ。特にこうしてナイフを瞬時に手にとった事などは高評価です』

「これは結局バレてましたけどね。それにあの女神様が引き返したのだって…」

「あら、高音様ではございませんか。ご無沙汰しております」

「あのお姫様のおかげですしね」



 ため息をつきつつナイフをテーブルの上に戻した俺の元へ、セレスティーナ第一王女がヒルデさんと共にやってくる。

 このお姫様はソフィアさんの娘なだけあってけっこう顔の造形が似ているのに、なんだかホッとする純朴さを持ってるんだよな。

 多少顔に貼り付けた笑顔が怖いけれど、あの女神様に比べれば大分マシだ。



「お久しぶりですね姫殿下」

「はい。近頃はあまりお見かけいたしませんでしたが、お忙しいのですか?」

「まぁ、そんなところです」

「そうですか。どうぞご無理はなさらないでください。そうそう、それと砦の奪還作戦の件もありがとうございます」

「あぁ、舞からの伝言になっちゃってすみませんでした。本当は俺が直接殿下にお伝えするつもりだったんですけど…」

「いいえ。私は形式や格式にこだわらないタチですし、どうかお気になさらないでください」



 あぁ、お姫様のこの気遣いが心にしみる様だ。

 ソレイドでアメネアさんの救出が決まった日は、ローズ達をラングレシア王国まで送ったらすぐに旅立つ事になったから砦の奪還作戦の件は舞に伝言を頼んだんだけれど、このお姫様は気にしなくて良いと言ってくださった。



『おいフーマ。今の会話で感動するところなどありましたか?』

「けっ、この良さが分からないとは薄汚れてますね」

『聞き捨てなりませんね。この私が薄汚れているですって?』



 薄汚れているは言い過ぎかもしれないけれど、そこそこ露出のあるコスプレ衣装を進んで着る吸血鬼が果たして清純無垢かと言われれば、少し怪しいかもしれない。

 昨日の夜なんていくつかコスプレ衣装を用意した試着室を置いてみたら、雑談をしながら試着室に入って行ってミニスカナースになって出てきたし……フレンダさんは何かに染まりつつある気がする。



「あの、薄汚れているとは?」

「あぁ、いえ。なんでもないです。ただ、お姫様は純粋な感じがするなぁと思いまして」

「え!? そ、そうですか!?」

「え? あぁ、はい?」

「聞きましたかヒルデ! 高音様が今私のことを純粋だと言ってくださいましたよ!」

「姫様。そう大声で話してははしたないですよ。それにタカネ様がおっしゃったのは子供に対する社交辞令の様なものです」

「いいえそんな事はありません! 目の動きや呼吸のリズムから高音様が嘘をおっしゃっている様子はありませんでした!」

「お忘れですか? タカネ様は複数の女性、それも異様な程の美女を率いるジゴロなのですよ? 彼の世辞や口説き文句が嘘であるかを見抜くなど、例え姫様でも不可能です」



 なんとなくヒルデさんがイキイキとお姫様をいじりつつ俺までからかっている気もするが、それは放っておいてそろそろ帝都に戻るとしよう。

 つい今しがた女王様に言われてしまったからではないが、なんとなくエルセーヌさん達が心配になってきたのだ。



「高音様? もうお出かけになるのですか?」

「はい。ちょっとやる事があるんで失礼します。それと、舞達に会ったらよろしく伝えておいてください」

「それは構いませんが……大丈夫ですか?」

「大丈夫とは?」

「いくらかお疲れの様な顔をしていらっしゃいます。そうですね……おそらく血を見過ぎた顔でしょうか」



 確かにここ数日は毎日というか、毎時血を見て生活をしていた。

 帝都は朝も昼も夜も叫び声と怒声が鳴り止まないし、意識的に視界に入れない様にしようとしても嫌でも聴こえてくる。

 夜はボタンさんとエルセーヌさんがそばにいてくれたためなんとか眠りにつけていたのだが、今日こうしてボタンさんとエルセーヌさんが俺に休みをくれたのは、俺が疲れた顔をしていた事も原因なのかもしれない。

 疲れ切った果てに集中が途切れるのを防ごうとしてくれたのだろう。



「……高音様?」

「あぁ、すみません。いや、本当に大したことはないんです。ただちょっと見ない様に遠ざけていたものがいきなり目の前に出てきたからちょっとビックリしているだけで、このぐらい大したことはありませんよ」

「……高音様。もしよろしければお時間をいただけませんか?」

「少しなら構いませんけれど、一体何を?」

「ふふ。ついてからのお楽しみです」



 そう言っておそらく無邪気な笑みを浮かべたお姫様が連れて来てくれたのは、涼しい風の吹き込む城の上層階の一室だった。

 そしてその部屋の中央には、真っ白なグランドピアノが悠然と佇んでいる。



「ピアノですか?」

「はい。こう見えて、ヒルデの演奏は中々のものなんですよ」

「あぁ、お姫様が弾くんじゃないんですね」

「はい。私は楽器を使うよりも歌う方が得意な様でして…。どうぞ高音様、そちらにお腰掛けください」



 お姫様に言われたとおりの椅子に座って眺めの良い窓の外に目を向けていると、ヒルデさんが冷たい紅茶をすぐそばのサイドテーブルに置いてくれた。



「ありがとうございます」

「はい。どういたしまして」

「最近の舞達の様子はどうですか?」

「日々楽しそうに勇者様方と過ごしていらっしゃいますよ」

「……そうっすか」

「ふふ。ご心配なさらずとも、皆様が高音様の事を心配していらっしゃいます。もちろん私も」

「……ど、どうも」

「お気になさらず。社交辞令ですので」

「えぇぇ……」

「私も日々勇者様方のメンタルチェックや諸侯への印象操作で疲れているのでこのぐらいさせてください」

「はいはい。お疲れ様です」

「ふふ。代わりにと言うわけではありませんが、姫様の歌はお世辞抜きにかなりのものですよ。元はソフィア様から男を落とすために習ったものだからとあまり人前では歌いませんが、講演会でも開けば歌姫と呼ばれること間違いないでしょう」



 ヒルデさんはそう言うとピアノのそばで喉の確認をしていたお姫様に軽く会釈し、ピアノチェアに腰掛ける。

 こうして見ているとなんて事のない光景に見えるのだが、お姫様とヒルデさんの信頼関係がそう見せるのか、なんだか少し眩しい光景だった。



「……ふぅ。それではどうぞ心安らかにお聴きください」



 セレスティーナ第一王女は歌った。


 聴き終わってみればなんて事のない、誰にでも帰りを待つ人はいますというごくありふれた内容の曲だったのだが、俺は思わず涙を流していた。

 もともと涙腺の弱い方の俺ではあるのだが、お姫様とヒルデさんの奏でる曲は、俺の心に確かに響いたのだ。

 さほど音楽に精通しているわけではないためお姫様の歌がどれほどのものなのかは分からないが、凄く良かった。

 自然とそう思えるほどに、彼女の歌声は素晴らしかった。



「如何でしたでしょうか?」

「なんかこう、テンションが上がったとかそういう感じじゃなくて、心の奥が軽くなったというか、色々スッキリしたと言うか……………ハーブティーみたいな感じでしたね!」

「ハーブティーですか?」

『ぷぷぷ。上手いこと言おうとして失敗しましたね』



 う、うるさいよ!

 なんとなく上手いこと言いたい気分だったんだよ!

 ていうかヒルデさんも何で笑いを堪えてプルプル震えてるんだよ!



「ふふ。何はともあれ、お気に召していただけたのでしたら幸いです」

「は、はい。すごく良かったです」

『初めからそう言えば恥をかかずに済んだものを。やはりフーマは愚昧ですね』

「……それじゃあ、そろそろ俺は行きます。今日は本当にありがとうございました」

「いいえ。私の務めは勇者様方を支え導くこと。私が歌うことで高音様に安らぎを与えられるのでしたら、いつどこでも歌いましょう」

「姫様。その様な事を言っては寝室に呼ばれてしまいます」

「呼びませんよ! まったく、ヒルデさんもありがとうございました。今度機会があれば連弾でもしましょう」

「ええ。お誘いをお待ちしております」

「それじゃあ、今度こそ行きますね。あぁ、そうそう。今日の歌、もし良ければ皆にも聞かせてやってください。きっとあいつらなら喜ぶと思います」

「ふふ。それでは一区切りがついたときにでも演奏会を催しましょう」

「はい。楽しみにしてます。では、皆を頼みます。テレポーテーション!」



 そうして、俺は取り敢えずラングレシア王国の遥か上空に転移した。



『おいフーマ。かなり上機嫌ではないですか』

「まぁ、そうっすね。なんとなくですけど、今なら大抵の事は出来る気がします」

『良い休暇になりましたか?』

「途中までは余計疲れましたけど、トータルで見るとかなりプラスですね」

『それは何よりです。それでは今日も一日頑張りましょうか』

「はい。今日もド派手に行きましょう!」



 スカーレット帝国の帝都では今もエルセーヌさんとボタンさんが血と煙の中で戦っている。

 俺だけいつまでも休んでいられないし、勇者としてやるべきをやるとしよう。


 俺はそんな事を考えつつ帝都への侵入ルートに転移した。

次回、4日です

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[一言] 頑張れフーマ!終われば(多分)イチャイチャな展開が待ってるから!
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