1話 一応
第5章スタートです!
ジェイサット魔王国及び周辺地域の調査報告書
現在ラングレシア王国と戦争中であるジェイサット魔王国には数々の不審な点が見られる。
まず第一に、魔王及び国家上層部の所在が不確かであること。
聞き込みや国家からの報道によると彼らは城内で公務に励んでいるとされているが、ここ数ヶ月は謁見やスピーチを一切行わず、城外での魔王の目撃情報も一切ない。
また、王族や国家上層部が衆人の前に顔を出さなくなった時期と、ラングレシア王国によって多数の勇者が召喚された時期が重なるが、そこに因果関係があるのかは不明。
そして第二に、ラングレシア王国への侵攻に積極的ではないこと。
ジェイサット魔王国がグルーブニル砦を攻略して久しいが、ジェイサット側にそれ以降の動きが見られない。
予想される魔族国家間の戦争に向けた準備は進めているようだが、ラングレシア王国に対して積極的に攻め込もうとしない点から、物資及び人員の確保の他にラングレシア王国へ戦争を仕掛けた理由があると考えられる。
第三勢力の介入の可能性もあるため、潜入部隊の増員を求む。
そして第三に、ジェイサット魔王国内において麻薬が流通され始めている。
未だ貧民街までは流れておらず、貴族を中心に広まっている様だが、その詳細は『祝福』という通称を除いて不明。
以上が現在我々がジェイサット魔王国について掴んでいる情報の全てである。
未だ十分な調査は出来ていないが、それでもジェイサット魔王国に不審な点が多数あることには間違いない。
引き続き調査を続け、更なる情報を掴み次第報告する。
◇◆◇
封筒に入った一枚の報告書を読んだボタンは、側においてあったキセルを一吸いしてから深く息を吐く。
「はぁ、なんや面倒なことになってきたなぁ」
そう言う彼女の視線は窓の外の東の空に向けられ、その視線は遠い彼方の国を視野に入れていた。
普段風舞達と接する時とは違う、どこかもの寂しげなボタンはもう一度キセルを吸ってから立ち上がり、封筒に報告書を閉まってそのまま燃やし尽くす。
「さてと。そしたらうちも、そろそろ動かんとなぁ」
そう言った彼女の瞳はやはり少し寂しげで、冷たい憂いを帯びていた。
◇◆◇
風舞
最近、俺には悩みがある。
私生活では舞と恋人になれたり、ローズとデートをしたり、トウカさんやフレンダさんに遊んでもらったり、アンやシルビアやエルセーヌさんみたいに頼りになる従者がいたりと順風満帆な日々を送ってはいるのだが、悩みというものは幸せな生活の中でも生まれるものらしく、俺は大いに頭を悩ませていた。
「お疲れ様ですフーマ様」
「ああ、ありがとう」
シルビアの手渡してくれたタオルを受け取り、早朝の稽古でかいた汗を拭う。
ローズとのデートから数日経った今でも俺の訓練意欲は保たれ続け、今日も異世界に来たばかりの頃の様に転移魔法と片手剣の基礎訓練に勤しんでいた。
女の子とのデートでやる気が保たれるとは我ながらに自分の単純さに辟易したが、これで少しでも強くなって舞やローズ達を守れるのならば儲けものである。
そのため、一先ずはまたヤル気がなくなるまでは変な意地を張らずに頑張ってみることにしたのだ。
「とは言え…なんだかなぁ」
「フーマ様? いかがなされましたか?」
「あぁ、ちょっとな」
「もし何かお悩みでしたら、どうか私に教えてくださいませんか? 私はフーマ様の筆頭従者です。浅学な私ではフーマ様のお力になれるか分かりませんが、少しでもフーマ様の一助になりたいのです」
「あぁ、そうだな。それじゃあ、少し聞いてもらっても良いか?」
俺の悩みの内容がシルビアに話すには少し個人的すぎる気もしたため、彼女に俺の悩みのタネを教えるか少し悩みもしたが、俺の大事な従者であるシルビアが聞きたいと言ってくれているのだから、その信頼に頼ってみることにした。
俺はカクカクシカジカとシルビアに説明する。
「……という訳なんだ」
「なるほど。つまり、フーマ様は失われた記憶を取り戻したいという事ですね?」
「そこまで大層なもんじゃないけど、まぁ、言われてみればそうっちゃそうかもだな」
「しかしこれは一筋縄にはいかない問題ですね」
「そうなのか?」
「はい。本来失われるはずのない記憶を取り戻す事は、かなりの労力を要します」
「そうなのか」
「そうなのです」
なんて、シルビアは真剣な表情で言うが、ぶっちゃけてしまうと俺の悩みはそこまで大層な話ではない。
俺がこの世界に来る前に体験した高校一年生の冬休みの最終日、誰もいない学校の教室で俺は舞と出会っている。
しかし俺はその後舞と何をしたのか覚えておらず、舞の話を聞く限りだとそれは俺と舞にとってどうやら大切な思い出であるそうだから、是非とも思い出したいというだけの悩みなのだ。
だけと言うと舞に申し訳ないかもしれないが、少なくとも失われた記憶を取り戻すためにかなりの労力を要さずとも、舞に事情を説明して真摯に聞き出せばきっと何があったかは教えてくれると思う。
つまり俺の悩みの本質は、舞が大切にしてくれている思い出を俺は覚えていないと改めて説明する勇気が出ないという、些細なものに過ぎないのだ。
しかし目の前のシルビアは真剣な顔で、俺の悩みを解決しようと必死に頭を回しているらしい。
折角シルビアがヤル気を出してくれているのに水をさすのは忍びないし、もう少し詳しい話を聞いてみよう。
「それで、俺は記憶を取り戻すためにどうしたら良いんだ?」
「そうですね。記憶を取り戻すための方法は色々あると思いますが、やはりお魚を食べるのが一番ではないでしょうか」
「魚? 魚を食べると記憶が戻るのか?」
「はい。以前お魚を食べと頭が良くなるとアンに聞いた事があります。フーマ様もお魚を食べればきっと記憶を取り戻せるはずです!」
俺の記憶が抜け落ちているのは決して頭が悪い事が原因ではないのだが、もしかするとDHAや何かが俺の脳細胞を刺激して記憶を呼び起こしてくれるかもしれない。
よし、取り敢えずシルビアの言う通りにしてみるか。
なんとなく魚を食べたい気分だし…。
「よし、それじゃあ早速シャワーを浴びて食堂に行ってみるか」
「はい! それでは参りましょう!」
こうして、早朝稽古を終えた俺とシルビアは魚を食べるために訓練場を後にしたのだった。
………ちなみに、俺達と同様に早朝訓練をしていた明日香が「何言ってんだあいつら」みたいな視線を向けていたが、シルビアは気づいていない様子だったので、俺も気がついていないフリをしておいた。
よーし、シルビアの言う通りお魚を食べて賢くなるぞ!
◇◆◇
舞
「ふぅ。ざっとこんなものかしらね」
朝の瞑想を終えた私は一つ息を吐き、坐禅を解いて軽く肩を回す。
あと1カ月と少しでお姫様の計画するグルーブニル砦の奪還作戦の時期が来る。
その作戦に私達も協力すると正式にお姫様と契約した訳ではないのだが、風舞くんは頼られたら断れないタチだし、きっと今回も協力することになると思う。
「マイ様、どうぞお水です」
「ええ。ありがとう」
トウカさんが手渡してくれたグラスを受け取りながらステータスカードを取り出して自分のステータスを確認する。
◇◆◇
マイ ツチミカド
【レベル 】98
【体力】929/929
【魔力】829/831
【知能】623
【攻撃力】903
【防御力】852
【魔法攻撃力】730
【魔法防御力】726
【俊敏性】943
【魔法】
風魔法LV5、水魔法LV4、土魔法LV2、火魔法LV3、雷魔法LV4
【スキル】
身体操作LV4、ランバルディア共通語、剣術LV5、見切りLV4、槍術LV3
格闘術LV2、縮地LV7 、威圧LV3、内丹術LV2 、魔力操作LV4、毒耐性LV1、
麻痺耐性LV1、呪耐性LV1、弓術LV1
【称号】 異世界からの来訪者、勇者、阿修羅の使徒
【ステータスポイント】332
◇◆◇
「どうですか? 新しいスキルは覚えられましたか?」
「ええ、今日は弓術を覚えたわ」
ここ最近の私は毎日瞑想を繰り返して、新たなスキルを習得する様にしている。
一先ず今分かっている目先の大きな戦闘は、砦の奪還作戦だが、それが終わった後はジェイサット王国からの防衛戦やら、魔族領域内での大きな戦争の飛び火からの防衛やらと、色々と戦う機会が増えて来る筈だ。
よって戦力の増強はもはや急務とも言えるだろう。
「マイ様? 難しい顔をなさってどうしたのですか?」
「少し気になる事があるのよね」
「気になる事ですか?」
「ほら、この前風舞くんが夜会に行った時に悪魔に会ったって言っていたでしょう?」
「はい。確かそれと同時に城内にも悪魔が出現したという事でしたね」
「そうね。それでなのだけれど、悪魔ってこうも頻繁に現れるものなのかしら?」
「と言いますと?」
「ソレイドには自分の力を増やすために悪魔の祝福という薬で人体実験をしていた悪魔がいて、今回は勇者を狙ったと思しき悪魔の犯行。考えすぎなのかもしれないけれど、なんだかこの二つが繋がっている気がするのよね」
「しかしソレイドからここ、ラングレシア王国まではかなりの距離がありますし、それこそフーマ様の様に転移魔法が使える悪魔がいるか、大陸中に悪魔が存在していないとマイ様の説は成り立たないのではありませんか?」
「そうなのよ。そこがネックなのよねぇ。でも、転移魔法云々は置いておいても、大陸中に悪魔がいるっていうのは存外的外れでもない気がするわ。まぁ、その悪魔同士が協力関係にあるかどうかは別の話になってくるのだけれど……………。はぁ、ダメね。考えていても何も分からないわ」
考えを言葉に整理してみようと思ったが、情報が少なすぎて自分の頭の中でパズルの全体像が見えてこないのか、うまく思考がまとまらない。
情報が集まっていないうちから考えを固めるのは良くないのだけれど、こうしてちっともまとまらないのもなんだか気持ち悪くて嫌なのよねぇ。
「珍しいですね。マイ様でも頭を悩ませることがあるとは」
「そりゃあ完璧美少女の私だって人間だもの、悩みの一つや二つあるわよ」
「そういう意味で言ったのではありませんが、それはもう良いでしょう。それより、そろそろ朝食に行きませんか?」
「それもそうね。それじゃあ軽く顔を洗って来るから待っていてちょうだい」
「はい。分かりました」
そう、私にだって悩みの一つや二つあるのだ。
例えばどうすれば風舞くんの下着をゲット出来るのかなとか、どうすれば大人バージョンのローズちゃんのおっぱいを触らせてもらえるかなとか色々あるのである。
あぁ、どこかにお願いしたら風舞くんのオパンツをくれるドラゴンさんとかいないかしら。
◇◆◇
風舞
「おはよう風舞くん。あら、今日はお魚なの? 珍しいわね」
「おはようございますフーマ様。確かに珍しいですね」
食堂で朝食を食べていたら、舞とトウカさんがやって来て声をかけてきた。
俺は朝食は軽めで済ませる事が多いため、朝から魚のムニエルを食べていた事に驚いたらしい。
「あぁ、おはようさん。ちょっと色々あってな、今日は魚を食べる事にしたんだ」
「色々って?」
「いや、別に大した話じゃないぞ」
そう、別に大した話ではない。
というより、元々俺は舞に過去の話を聞くことを躊躇っているのだから、舞には俺が魚を食べる様になった原因を話すわけにはいかない。
「そうなの? それなら良いけれど、シルビアちゃんも今日はお魚なのね」
「はい。記憶を取り戻すために…」
「ちょ、ちょっとシルビア!」
「はっ、そうでした。何でもありませんマイ様。実は私、お魚が好きなんです」
「そう。知らなかったわ」
あぁ、舞が完全に怪しんだ顔をしてるよ。
事前にシルビアには俺の記憶が抜け落ちている事は秘密だって言っておいたのに、上手く行かなかったか。
「まぁ、あれだ。必要な時が来たら話すから今はそっとしておいてくれ」
「むぅ、風舞くんがそう言うのならそうするわ」
「ああ、助かる」
「それより、今日は何か予定はあるかしら?」
「ん? なんでだ?」
「なんでだって、今後の方針をそろそろ固めないとでしょう? あまり姫殿下をおまたせする訳にもいかないじゃない」
「あぁ、すっかり忘れてた」
「やれやれ。フウマは相変わらず抜けておるのう」
「上着が裏表逆のミレンに言われたかないけどな」
「なっ!? 気づいておったなら早く言わんか!」
ローズが慌てて羽織っていたジャンバーを裏返す。
脱いだらすぐにハンガーにかけておかないからそういう事になるんだぞ。
「それで、今日の予定は何も無いのかしら?」
「ああ。仮に予定があっても舞と一緒にいるためならなんでもするぞ」
お姫様に砦の奪還作戦の参加可否の返事を返し忘れていた事をフォローするために、無駄にキザなセリフを吐いてみた。
無論、歯をキラリと輝かせるのも忘れない。
「そ、それなら良いのよ。それならねっ」
よし、効果はあったみたいだな。
真面目な顔をしていた舞の口角がヒクヒクしている。
「でもフーマ様。最近エルセーヌさんを見かけないけど、今後の方針を決めるなら帰って来てからの方が良いんじゃない?」
「ん? エルセーヌさんなら呼べば出てくるだろ。出でよ、エルセーヌ!!」
「オーホッホッホッホ! ご主人の求めによりエルセーヌ、ただいま参上いたしましたわ!!」
「な?」
「な? って……まぁ、帰って来たから良いんだけどさ…」
アンがなんとなく腑に落ちないといった顔をしているが、エルセーヌさんは呼べばいつでも来てくれるぞ?
それも俺の呼ぶ時のテンションに基本的に合わせてくれるし。
「オホホホ。そんなに見つめられると照れてしまいますわ」
「はいはい。それじゃあもう見ないようにするな」
「オホホ。相変わらずつれないですわね」
よし、エルセーヌさんは今日も変わりないな。
いつも通りゴシックドレスにステキなドリルヘアだ。
「よし、それじゃあこれで全員ね。朝ご飯を食べ終わったらみんなでソレイドに行くわよ」
「ん? フレイヤさんは連れて行かないのか?」
「私も最初はそのつもりだったのだけれど、今朝方話しかけたら怒られたのよ」
「そうなんですか?」
「はい。寝てるんだから起こすなと言っていましたね。一応」
一応なのか。
トウカさんの証言により、舞が容疑者として浮上した。
「ねぇ風舞くん? 何でトウカさんに確認を取るのかしら?」
「いや、一応だ」
「そう。彼女である私のことが信じられない訳じゃないのよね?」
「ああ。勿論だ」
「むぅ、釈然としないわ」
「それと一応ついでに、ミレン。一応ミレンからもフレイヤさんを誘ってもらえないか?」
「やっぱり私を信用していないんじゃない!」
だって舞がフレイヤさんにちょっかい出してしょっちゅう殴られてるって何度もローズに聞いてるしなぁ。
ていうか、時々舞の部屋から物凄い大きな打撃音が聞こえることあるし。
「………それじゃあ聞くが、フレイヤさんに声をかける時に余計な事はしなかったか?」
「し、してないわよ?」
「へぇ…それじゃあトウカさん。一応聞いておきますけど、舞はどうやってフレイヤさんに声をかけたんですか?」
「コホン……ドーラちゅわぁぁん!! って言いながら器用に空中で服を脱いで、寝ているフレイヤに跳びかかりました」
あぁ、俗に言うルパンダイブか。
そう言えば、舞はそういう古典的なボケが好きだよなぁ。
「余計なことしてんじゃん」
「よ、余計な事じゃないわよ! スキンシップ…そう、これは主従関係なら普通のスキンシップなのよ!」
「って舞は言ってるけど、アンはどう思う?」
「少なくとも私はフーマ様にそんな事された事はないし、されたら流石に怒るだろうね」
「オホホ。私はフーマ様がベッドに飛び込んで来てくださったら優しく受け止めますわ」
「って、アンは言ってるけど?」
「オホホホ。無視されてしまいましたわ」
いちいちエルセーヌさんのボケに突っ込んでいたら話が進まないから勘弁してくれ。
シルビアも「流石はエルセーヌ」みたいな顔しないの。
シルビアとエルセーヌさんが俺の従者繋がりでライバルなのは知ってるけど、そういうところは真似しなくて良いからな。
って、それよりも今は舞が先か。
「そ、それはあれよ」
「どれだよ」
「きょ、教育方針の違い的なアレよ」
「へぇ………トウカさんも大変ですね」
「分かりますか? マイ様のぶぶごっ!? という呻き声で起こされる私の身にもなってほしいです」
「もう! 風舞くんは誰の味方なの? 私の味方なのよ!?」
「質問をしておいて自己完結するな。それと舞の味方だから言うけど、ルパンダイブはやめておいた方が良いと思うぞ。……ベッドチキンなんだし」
「そ、それとこれとは関係ないじゃない! 良いわ! そこまで言うならもう風舞くん以外にルパンダイブはしないわよ!」
「いや、俺にもすんなよ」
「何か言ったかしら?」
「いや、いつでもお待ちしております」
おっかねぇ。
相変わらず舞の笑顔での威圧は恐ろしいな。
まぁ、舞がルパンダイブしてくれる日をとりあえず楽しみにしておくか。
その日の朝はいつも通りにそんな感じで始まったのだった。
次回は25日を予定してます




