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クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...  作者: がいとう
第4章 微妙にクラスメイト達と馴染めていない気がするんですけど…
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71話 Re,初めて

 


 風舞



 改めてこの異世界生活を振り返ってみて分かった事なのだが、俺がこの世界で一番一緒に風呂に入っているのはローズだと思う。

 この世界に転移したての頃にローズが風呂に侵入してきたところから始まり、そこからはなし崩し的に何度も一緒に風呂に入った。

 エルフの里での決戦の後に俺の血を飲んだローズと裸で抱き合って以来、互い妙に気まずくて昨日まで混浴はしていなかったのだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるなのか、二日連続でローズと一緒に風呂に入っている。

 いや、熱さは全く忘れてないな。



「熱い」

「もうのぼせてしまったのかの?」

「ああ。そうみたいだ」

「やれやれ。修行が足りんのう」



 ローズが先程のエルサさんの店の時と同じ様に俺の膝に乗りながら、俺の前髪をかきあげつつそう言う。

 裸でこういう体勢になるのはやはりローズも恥ずかしいらしく、頰を赤く染めて呼吸も少し乱れていた。



「さて、ここならもう誰の邪魔も入らぬぞ」

「ああ。そうだな」

「なんじゃ? 緊張しておるのか?」

「ああ。かなり緊張してる」

「そうか。妾もじゃ」



 また少し会話が途切れ、俺とローズは見つめ合う。

 今度は俺がローズの前髪を触りながら、話を続けた。



「なぁローズ。今日はありがとな。凄い楽しかった」

「急になんじゃ。まだ昼過ぎじゃぞ?」

「あぁ、そうだな」

「おかしなやつじゃのう」

「悪い」

「良い良い。妾も今日は楽しかった。お主のおかげじゃフウマ」

「そっか」

「そうじゃ」



 そうして俺とローズはどちらからともなくキスをした。

 互いに感情を抑えられなかった、溢れ落ちる様なキスだった。



「のうフウマよ」

「ああ、どうした?」

「初めは言葉の限りを尽くそうと思っておったんじゃが、経験の浅い妾には無理みたいじゃ」

「そうか」

「うむ。じゃから今思っておる事をそのまま口に出そうと思う。心するが良いぞ」

「ああ」



 ローズは俺がそう言うのを聞いて少し呼吸を整えた後で、俺の顔を両手で支えながら笑みを浮かべつつ口を開いた。



「フウマ、妾はお主の事が好きじゃ。妾に救いの手を差し伸べ共に道を歩んでくれるお主を愛しておる。こんな気持ちは生まれて初めてじゃ。あぁ、そうじゃな……妾はお主の事を愛しておるぞ。大好きじゃ!」

「……ありがとう。俺は、俺もローズの事が…」

「良い良い。結論はそう焦って出すものではないぞ。どうせ今もマイの顔が浮かんだんじゃろう?」

「それは……ああ、そうだな………悪い」

「やはりの。お主の世界では多妻はそう無いそうじゃから気持ちに整理がついていないのも理解しているつもりじゃ」

「悪い」

「そう申し訳なさそうな顔をせんでくれ。妾はそれが分かった上でお主が好きじゃと言ったんじゃ。本当はお主とマイの関係が安定するまで待っていようと思ったんじゃぞ? じゃが、妾はトウカとは違ってそう辛抱強い方ではないから我慢できんかったのじゃ」



 ローズがわざとらしく舌を出しながら子供の様に笑う。



「じゃから妾はお主の言葉を急かしたりせぬ。お主がマイとの関係に一区切りつけられるまでゆっくりと待つつもりじゃ。少なくとも、お主とマイが体を重ねるまではの」

「そう言われると出来る事も出来なくなるんだが…」

「お主は天邪鬼じゃのう。初めての夜に気絶してしまった事をマイは気にしておるんじゃから、お主の方から誘ってやらねばじゃぞ? 男の甲斐性の見せ所じゃ」

「は、はい。分かりました」

「うむ。良い子じゃ。さて、そろそろこの体を維持するのも限界じゃしこのまま言ってしまうが、妾は首筋が弱い。妾を押し倒すときは首筋を重点的に攻めるのじゃ」

「おい、何言ってんだよ」

「そうじゃったな。一度妾に夜這いをかけて来たお主は知っておった事じゃの」



 エルフの里でフレンダさんと初めて感覚共有をした日に言いなりになっていた事を言っているのだろう。

 ローズにはあの後散々怒られたんだからもう勘弁してもらいたい。



「その節は本当に申し訳ございませんでした」

「ふふ。何も謝る事はないぞ? 妾とて中々に良い気分じゃったしのう」

「それならもう一回やってやろうか?」

「調子に乗るでない」

「あだだだだ」



 ローズの首筋にキスしようとしたら鼻を摘まれてしまった。

 どうやら今日はここまで、そう言う事らしい。



「じゃが。まぁ、あれじゃな。一先ずはお主に妾の気持ちを伝えて、お主の中に妾を感じられた事に満足はしているんじゃが、どうにも消化不足というか体が疼いて仕方ないの」

「それじゃあ、もう一回キスをしないか?」

「なんじゃ? お主は妾の唇が気に入ったのかの?」

「ああ。ダメか?」

「やれやれ。悪い男じゃ。そんな顔をされたら断れ…むぐっ!?」



 折角だから先程エルサさんの店でローズにされたみたいに話を遮ってキスをしてみた。

 ローズはそんな状態にいくらか驚いたみたいだが、すぐに俺に体を寄せてローズの方から俺に身を預け始める。



「ぷはぁっ………名残惜しいが、どうやらもう限界みたいじゃ」

「そっか。ローズの方は今のうちにやっておきたい事とかないか?」

「そうじゃのう……では、妾を優しく抱きしめてくれぬか?」

「ああ。お安い御用だ」



 ローズの背中に手を回して優しく抱きしめる。

 ローズは「ふわぁぁ」と気の抜ける声を出しつつ俺の背中に両腕を回してきた。



「のうフウマよ。妾が望んだらまた、こうして妾を抱きしめてくれぬか?」

「ああ。ローズが望むならいつでもどこでも」

「それは何とも素敵じゃのう…」



 そこまで言ったところでローズの体が縮み始め、いつもどおりのロリボディーに戻った。

 血の効果がいくらか薄れたのか、俺の頭も少し軽くなっている。



「の、のうフウマよ。恥ずかしくて今にも逃げ出したいんじゃが、もう少しこのままでいさせてはくれぬかの?」

「ああ。もちろんだ」

「うむ。ありがとうなのじゃ」



 俺とローズの関係は少したどたどしくも、どこかでしっかり繋がっていて解ける事はない。

 自然とそう思えるほどに腕の中のローズが暖かくて、絶対的な信頼感を感じさせるほどに………(いとお)しかった。




 ◇◆◇




 舞



 風舞くんとローズちゃんがデートに出かけている間に雲龍に赴いた私はそのまま雲龍でバイトをしていた。

 何もしないでいると退屈だしもし良ければという事で、ボタンさんに誘ってもらったのである。



「ボタンさん。出来たわ」

「あらあら。マイはんは料理が上手やねぇ」

「風舞くんほどじゃないわ。このぐらい普通よ」

「マイはんはこう言いはるけど、キキョウはどうなん?」

「ぬ、ぬぅぅ。もう少し待ってくれ!」

「はいはい。慌てんとゆっくり正確になぁ」



 ボタンさんが包丁を使っていたキキョウちゃんに優しく声をかける。

 こうしていると二人とも親娘みたいね。

 なんだか微笑ましく感じるわ。



「マイはんはどこかで料理を習っとったん?」

「ええ。習い事の一環として幼少にね。それ以降も料理は基本的に私の仕事だったから、厨房に立つことはそれなりに多かったわ」

「なるほどなぁ。どうりで上手なわけやねぇ」

「そう言うボタンさんだって中々のものじゃない。おそらくこの世界で風舞くんの胃袋を一番掴んでいるのはボタンさんよ」

「あらあら。それは光栄な事やねぇ」



 事実かなり悔しいのだが、ボタンさんの料理を食べる風舞くんの箸は普段の食事の時よりも一割増しぐらい俊敏に動いている。

 風舞くん本人はそれに気が付いていないみたいだが、いつも横にいる私にはその違いがかなり大きいものに感じられた。



「さて、これで仕込みは十分やし、マイはんは先に休んどってええよ」

「ええ。それじゃあそうさせてもらうわ」



 そう言った私は厨房を出て客席に向かい、掘りごたつに足を入れながら窓の外をボンヤリと眺め始めた。

 窓の外は少しずつ陽が傾き始め、ちらほらと酒場にオレンジ色の光が灯りつつある。



「はぁ。風舞くん達、どこまでやっているのかしら」



 先程キキョウちゃんに励ましてもらったおかげでいくらか感情的には落ち着いたのだが、それはそれで別のことが気になり始めてしまった。

 ぶっちゃけた話、風舞くんとローズちゃんがどこまで進むのか気が気でないのである。



「あぁ、少なくともキスまではするわよね? ローズちゃんはともかくとして風舞くんの方もローズちゃんが好きみたいだし、それは間違いないわ。風舞くんはああ見えて私達の気持ちを大事にしようとしてくれているし、きっとミレンちゃんが少しでもそういう態度を見せたら汲み取ってキスするはずよ。問題はそこからね。万が一、いいえ。百が一ぐらいの確率で一緒にお風呂に入るぐらいの事はすると思うわ。だって昨日も一緒に入ったわけだし、私と風舞くんでデートした時も入ったのだからローズちゃんもきっとそうするはずよ。問題はそこから先、先なのよ! つまり風舞くんのお……男の子の部分をローズちゃんの女の子の部分に………ぬああぁぁぁっっっ、気になる!! 感想を聞いてみたいからローズちゃんに先にそこまで行って欲しい気持ちもあるけど、風舞くんの初めてはやっぱり欲しい!! ぬぉぉぉぉっっ」



 そうして頭を抱えながらこたつの上に片足を乗せて悶えていたその時……



「よっと。あれ? 何してるんだ?」



 風舞くんとローズちゃんが二人揃って転移してきた。

 あら? てっきり今日一日デートするつもりだと思っていたのに、何故ここへ?

 はっ! もしかして…



「もしかして子供が出来ちゃったの!?」

「は、はぁ!? いきなり何を言い出すんだ?」

「その慌てよう、やっぱりそうなのね!?」

「お、落ち着くのじゃマイよ。妾とフウマの間にいきなりこ、ここ…子供が出来るわけなかろう!」

「私を騙そうったってそうはいかないわよ! 二人から同じシャンプーの匂いがするのが良い証拠よ!」

「落ち着けって。舞も同じシャンプー使ってるんだから同じ匂いだろ?」

「え!? それじゃあ私にも風舞くんとの子供が!?」



 お腹に両手を当てて私と風舞くんの愛の結晶の鼓動を探してみる。

 ん? ちょっとお腹が鳴った気がするわね。

 もしかしてこれが赤ちゃんがお腹を蹴る感覚なのかしら。



「おい、なんでそんなに真剣に自分の腹をさすってるのか分かんないけど、そこに俺の子供はいないと思うぞ」

「え!? そ、それじゃあまさか……ローズちゃんとの?」

「のうフウマよ。妾にはもうどうすれば良いのか分からんのじゃが」

「ええ。私もよ。でもローズちゃん。私達二人で生まれてくる子供を一生懸命育てていきましょうね」

「はぁ、もう子供の話からは離れてくれ。妾とフウマはお主と共に過ごそうと思ってお主を呼びに来たんじゃ」

「え? 私を? 二人は今日一日デートをする予定だったでしょう?」

「そのつもりだったんじゃが、妾もフウマもお主がいないとどうにも寂しくての。それで二人の時間は早めに切り上げる事にしたんじゃ」

「念のため聞いておくけど、やる事は全てやったから私を呼びに来たわけじゃないのよね? ローズちゃんはまだ処、ぶべらっ!?」

「お、おお、お主! それは秘密じゃと言ったじゃろう! 万が一フウマ以外のやつに聞かれでもしたら……」

「なるほどなるほど、ローズはんはまだ処女と。これは世界がひっくり返るほどのニュースやなぁ。まさかあの大魔帝が生娘やったなんて」



 あら、ボタンさんが何かメモをしているわね。

 あのメモ帳、表紙にマル秘と書かれているけれど、一体何が書かれているのかしら。

 少し覗いてみたいけれど、なんだか恐ろしいわね。



「お、おお…おいボタン! 違うからの? 妾は千年を生きておるんじゃぞ? 男の一人や百人優に相手しておるわ!」

「あらあら。そんな事言って良いん? 確かフーマはんは生娘が大好きや言うてはったはずなんやけど…」

「ち、違うんじゃぞフウマ! 妾はまごう事なき生娘じゃ! お主もよく知っておるじゃろう!?」

「ま、まさかフウマくん。ミレンちゃんの女の子の部分をじっくり観察したんじゃ…」

「し、してない! してないから! ていうかそういう話は俺がいないところでやってくれ! 話題が生々しすぎる!」

「あらあら。すぐ赤くなるなんて、フーマはんもウブやなぁ」

「そ、そうじゃぞフウマ。お主もいっぱしの男なら堂々としてないとダメじゃ。やれやれ、お主もまだまだじゃのう」

「しょ、処女に言われたくないわ!」

「なっ…ぬあぁぁぁぁっっ!! 上等じゃ! そこまで言うのなら妾の初めてを今ここでお主にくれてやる!!」

「あぁ、ごめん! ごめんって! 脱ぐな! 脱がすな!」

「待ちなさいローズちゃん!」

「舞!」



 ええ、もちろん分かっているわ風舞くん。

 つまりそういう事よね?



「私も今ここで風舞くんに初めてをあげるわ! 私達はどんな時でも三人一緒よ!」

「このすっとこどっこい! ぼ、ボタンさん助けて! 俺の童貞が踏み荒らされる!」

「あらあら。うちまで誘ってくれはるなんて、嬉しいわぁ」

「そうだった! この人はこういう人だった!」

「ふふふ。風舞くんってば暴れちゃって大胆ね」

「お前が言うな!」

「のうフウマよ。妾は初めてじゃからその、優しく頼むぞ?」

「だからお前が言うな! おい、今すぐに離れないと酷い目に合わせるぞ!」

「あぁ、風舞くんってば激しいのが好きなのね。彼氏の新たな一面 ♪ 」

「のうフウマ? 妾は既にお主の女じゃから、たくさん可愛いがっての?」

「あぁ、そうかい! テレポーテーション!!」



 ふふふ。

 もう風舞くんは上半身裸だし、後は下を脱がせば……ってここは?



「ちょ、ちょっとアンタ達、何してんの?」

「よし、作戦どおり! 明日香! 俺ごとやって良いからこの二人をぶっ飛ばしてくれ!!」

「え? ちょ、ちょっと待って!」

「お、おい待つのじゃアスカ!」



 ここはラングレシア王国の王城の訓練場で、皆の訓練が終わった後で一人で素振りをしていた明日香ちゃんが怒った顔をして私達に剣を向けている。

 ふっ、魔法の多重展開だなんて、明日香ちゃんも強くなったのね。



「この二人は俺が押さえておく! ぶっぱなせ明日香!!」

「言われるまでもないわこのど変態どもがぁぁ!!」



 そうして私達3人は仲良く明日香ちゃんの魔法を食らい続けて動けなくなり、その後数時間にも及ぶお説教を受けてその日は終わった。

 明日香ちゃんには怒られちゃったけれど、やっぱり3人一緒が一番ね!!




 ◇◆◇




 風舞達が組んず解れつし明日香に説教されていた頃、魔族領域に一人で出向き情報収集をしていたエルセーヌは彼女の祖国、スカーレット帝国の情報を入手していた。

 エルセーヌの服装はいつも通りに黒いゴシックドレスだったのだが、顔を黒いベールで隠していたためにいくらか喪服にも見える格好であった。

 そんな一見人の目を引きそうである彼女は薄暗い酒場の中で交渉相手の男以外にその存在を知られずに、数枚の金貨が入った皮袋を情報屋の魔族の男に手渡した。



「オホホ。それではこれが今回の報酬ですわ。情報の提供に感謝いたしますの」

「あ、ああ。分かった」

「オホホ。それでは私はこれで失礼いたしますわ。どうぞご機嫌よう」

「お、おいアンタ、ちょっと待ってくれ。俺が語ったわけじゃねぇが、アンタが帝国内で行方不明になっている事はこっちの世界の奴らはほとんどの奴が知っている。そのアンタがスカーレット帝国の情報を集めているって事も俺が知っているぐらいなんだからそれなりに周知の事実だ。ってことはよ、大魔帝はまだ生きて…」

「オホホ。アウル様。そろそろお帰りになった方がよろしいですわよ。貴方様の御息女は言葉を覚え始めたばかりでしょう?」



 立ち去るために席を立とうとしていたエルセーヌは男を見下ろしながらそう言った。

 それは言葉の意味とは外れて、それ以上踏み込んで来たらタダでは置かないという警告だった。



「あ、ああ。悪い。別にアンタの事情に深入りしたいわけじゃねぇんだ。だが、こっちだって命を張って商売している。もしも帝国の連中が大魔帝の件で接触してきたら、アンタの事を漏らさない保証はできねぇ」

「オホホホ。どうぞお好きになさってくださいまし。引き際ぐらいは自分で決めてくださらないと私とて迷惑ですわ」

「ああ。悪いな。アンタは得意先だから俺だってこういう話はしたかねぇんだ。ただな」

「オホホ。早めに足を洗う事をオススメしますわ。貴方の様な魔族にこっちの世界は向いていませんもの」

「…………黒い貴婦人に言われたらそうなんだろうな。あぁ、そうさせてもらうよ。引き止めて悪かった」

「オホホホ。それではそろそろ失礼いたしますの」

「ああ。それじゃあな」



 そうして今度こそ酒場を出たエルセーヌは暗い路地を進みながら一つため息をつく。

 そしていつもの調子で上品な笑い声をこぼしながらヒールの音を立てつつ口を開いた。



「オホホ。まさかアメネア様が処刑されるとは予想外でしたわね」



 アメネア。

 正確にはアメネア・スティンバーソンはラミアという下半身が蛇の魔族であり、ローズが皇帝であった頃のスカーレット帝国にて序列第6位の座に就き、政治面で度々ローズと争っていた帝国内の有力者である。

 アメネアも他の有力者と同様に謀反を企てた者の一人ではあるのだが、ローズは苛烈ながらも民草を第一に考えるアメネアにそれなりの信を置いていた。


 だが、今回エルセーヌが掴んだ情報はアメネアの処刑が現帝国の上層部によって確定事項となったというものだ。

 千年以上も王の座についていたスカーレット帝国の皇帝が崩御したというニュースは魔族領域のみならず人族にまでも大きな影響を与えているが、今回の人民第一主義のアメネアの処刑によってスカーレット帝国が本格的に分裂していく事は想像に容易い。

 もともと魔族は強い者の下に弱い者がつくという常識とも言える風習があるため、トップを失った状況で論理的に動く者を失えば誰が一番上に立つかを決めるために争いを始める可能性は限りなく100に近いと言える。



「オホホホ。しかし困りましたわ。この様な情報を黙っておくわけにはいきませんが、今の陛下の耳に入れるには少々酷ですの」



 エルセーヌ自身、魔王という立場から離れた今のローズが幸せそうである事をよく知っているからこそ、アメネアの処刑をローズに聞かせるか逡巡する。

 ローズが自分の国を離れて自由な生活を送れていたのは、妹であるフレンダの一先ずの安全と、国民を第一に考えるアメネアという存在が帝国にあるという二つの理由がかなり大きい。

 エルセーヌにはその二つの理由のどちらか一方でも失われれば、ローズが風舞や舞の前から姿を消す可能性は十二分にあると考えていた。



「オホホ。ともかく先ずはご主人様に相談ですわね。あまりこういった話には関わらせたくはありませんでしたが、僅かばかりの忠誠心に従って今回はご主人様にはお伝えしておいた方が良さそうですわ」



 エルセーヌにとって風舞は意外にも忠誠を捧げるに値する人物であるらしく、彼女は彼女で主人の事をそれなりに買っていた。

 エルセーヌが風舞を主人と認める理由はその実力によるものかその人望によるかは彼女のみぞ知るところではあるが、風舞とエルセーヌの主従関係は良好と言って差し支えがない。


 そんな主従の従者の方であるエルセーヌが風舞の事を思い出して少しだけ笑みを浮かべながら揚々とヒールをカツカツと鳴らしながら歩いていると、正面から数人の魔族が現れた。

 彼らはどこにでもいそうなチンピラ然とした格好をしているがその身のこなしや目つきからエルセーヌは同業者であると判断する。

 尾行されていた時点で訝しんではいたが、これで本格的に敵と断定した。



「オホホホ。私、今晩は先約がありますの。無粋な真似はよしてくださいまし」

「つれない事言っちゃいけないぜ姉さん。俺たちが姉さんの今晩の相手だ。姉さんの先約がどこのどいつかは知らねぇが、俺達が朝まで姉さんを可愛がってやるよ」

「オホホ。お前らごときでは役者不足ですわ。大人しくお家に帰って床相手に腰を振る事をオススメいたしますの」

「ちっ、噂通り可愛くねぇヤロウだ。おい女、ケツをローストされたくなかったらさっさと飼い主を吐きな! 俺達は一流ではねぇがこの距離で外すほど目が腐ってるわけじゃねぇ。姉さんだってこんなところでおっ死にたくはねぇだろ?」



 エルセーヌを阻む魔族達が魔法を展開しながらジリジリと距離を詰め始める。

 一方のエルセーヌは特に何の魔法も展開している様子は見せずに再びヒールの音を鳴らしながら歩き始めた。



「おい! 止まれ!!」

「オホホホ。自分が一流ではないとは謙虚ですわね。その謙虚さに免じて一つだけ教えて差し上げますわ」

「ちっ! お前ら撃て!! 多少痛めつけても死ぬ玉じゃねぇ! 思いっきりやっちまえ!!」



 暗い路地裏で襲撃者達の魔法が炸裂し、周囲に轟音と瞬い光を散りばめる。

 確かに並みの者であればあの弾幕で死んでいたかもしれない。

 それほどの密度と威力を兼ね備えた魔法ではあった。

 だが……



「オホホホ。確かにそれなりに良い腕の者を集めた様ですが、殺意を出しすぎですわ。この程度の密度では穴を見つけて体を滑りこませるぐらい訳がありませんのよ」



 エルセーヌの姿は襲撃者の後ろにあり、当然のごとく無傷であった。

 襲撃者達はその声に反応して振り返ろうとするが、もう遅い。



「オホホ。暗闇での戦闘は夜風が頰を撫でる様に。それが出来てこその一流ですわ」



 エルセーヌはそう言い残しながら、首筋から血を噴きあげる男達をその場に残して去って行く。

 そこには彼女の主人でさえも知らない、酷く冷徹な世界が広がっているのであった。

これにて第4章は終幕です。


第4章は風舞と舞やローズとの仲が進展したり、明日香を含めクラスメイト達と交流を持ったりと風舞や舞を含め周囲の人間関係にスポットライトが当たった章でしたが、第5章ではジェイサット王国やラングレシア王国、果てはスカーレット帝国を含んだ世界情勢にライトが当たっていきます。

第5章でも引き続き風舞や舞やローズの活躍を楽しんでいただければ幸いです。


それと、第2部分にキャラ紹介を追加しました。

定期的にキャラを追加していく予定ですので、目当てのキャラが出るまでは気長にお待ちください。

最初は風舞とともに冒険をする愉快な仲間たちが載っています。


次回更新は21日にSSの予定です。



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