67話 粘液ロマン
風舞
虫と言っても昆虫やら多足類やら様々な種類がある。
詳しく話を聞いてみたところリリエルさんは虫全般が苦手らしいが、中でもミミズみたいな環状動物、俗に言うワームを大の苦手にしているらしい。
「そういうわけで私達一行はリリエルさんの依頼のもと、遺跡の外にやって来たのです!」
俺とは別にモノローグをしていた暗黒騎士さんが空を見上げながらそんな事を言っている。
あの暗黒騎士さんは先ほど鎧袖一触という黒い鎧を手に入れてからかなり上機嫌で、俺のオルトロスの鎧も黒いからか「お揃いね!」なんて言ってはしゃいでいた。
いや、今もはしゃいでいると付け加えるべきかもしれないな。
「それで、リリエルさんに虫の退治を頼まれたけど肝心の虫はどうやって見つければ良いんだ?」
「私達が外に出たらおびき寄せてくれると言っていたから待っていれば良いんじゃないかしら?」
「おびき寄せるってどうやって?」
「それは分からんが、神の力でなんとかするのではないか?」
「なんとかって……」
そんな話をしながら放ったらかしにしていた魔石を回収しつつ小金を稼いでいると、遺跡の方からソナーの様な謎の波動が響いてきた。
「今のは?」
「超音波でも魔力でもないわね。これが神の力なのかしら?」
「分からぬ。分からぬが、神の使う技は妾達の理を外れた術じゃ。今のもおそらく魔法でもスキルでもない未知の技能なのじゃろう」
「リリエルさんって、ああ見えて本当に神様なのね。神様っぽいところを生で見れなくて残念だわ」
「妾としてはあやつの神秘を直で目にしなかった事にホッとしておるがの」
「どういう事かしら?」
「神なんぞに関わっても碌な事など無いと妾の経験にあるだけじゃ」
ローズが歯噛みしながら言う碌な事というのには、フレンダさんが神の一柱に殺されかけたという過去も入っているのだろう。
つい数日前に淫乱女神様に性的に襲われかけた俺もローズの意見に賛成である。
触らぬ神に祟りなしだ。
「ってそれより、今ので目当ての魔物がおびき出されるのか?」
「多分…………見つけたわ! 地中からこの遺跡の方にものすごい速度で移動して来てる!」
「砂の中の魔物って、どうすれば良いんだよ」
「む? もう一発来るみたいじゃぞ!」
「来るって何が!?」
「神の一撃じゃ!」
ギィィィン!!
ローズの声とともに空間そのものを引っ掻いた様な音が鳴り響き、先程のソナーと似た様な波動が俺達に伝わる。
しかし俺達が受けたのはあくまで余波でしかなく、その本流は俺達の正面の地中、高速で移動していた魔物に直撃した。
ジュリュアウアアァァァ!!
「来たぞ!」
「初撃は私に任せておき……ろ、ローズちゃん。頼んだわね」
「お、おいマイ!?」
先程までやる気満々だった舞が萎えてしまっている。
一体何が…そう思って地中から現れた魔物をに目を向けたらその理由が分かった。
た、確かにこの魔物は斬りかかりたくなくなるぐらいにキモいな。
「おい! 触りたくないのは分かるが、せめて魔法を打ち込んでくれ! あれの魔法耐性はさほど高くない!」
「嫌よ! 攻撃したらなんか汚い汁を飛ばして来そうだもの!!」
「あぁ、分かるわー」
現れた巨大虫の魔物は、体表をヌメヌメと謎の粘液で光らせ、そのミミズみたいな環状の体からは奇妙に蠢く触手と気持ちの悪いイボみたいな謎の噴出口がついている。
なんというか、人間が不快感を得るものを混ぜ合わせたみたいな魔物だ。
これは虫嫌いなリリエルさんが、出来れば間接的にでも触りたくないし絶対に目にしたくないと言った理由が分かるな。
超キモい。
「ちっ、フウマ! お主の空間魔法なら一撃で仕留められるじゃろ! なんとかせい!」
「このサイズの魔物を一撃で倒すのは無理だって!」
おそらく地表に出ている部分は魔物の一部だ。
地中には地上に出ている何倍もの長さの体があると思う。
一撃で倒すにはあまりにも大きすぎるのだ。
『おいフーマ。あれはただのミューカスワームです。 毒はないのですから、さっさと攻撃しなさい!』
「ただの魔物があんなにデカくてキモいわけないじゃないですか!」
『ここまで大きくなった個体は初めて見ましたが、ただ大きいだけです! 今はリリエルの攻撃で気絶しているのですから、今のうちに仕留めてしまいなさい。目を覚ましたら粘液を撒き散らして暴れ初めますよ!』
「それは嫌だ! 舞! 目を覚ましたら粘液を撒き散らすらしい! 今のうちに仕留めるぞ!」
「え、ええ! 分かったわ!」
よし。舞もやる気を出してくれたし、今のうちに最大火力で一撃で倒そう。
まずはこんな事もあろうかと思って作っといた超特大の石の棒を取り出してっと。
「フウマ、マイ! 妾に合わせてくれ!」
「おう! いつでもいけるぞ!」
「私もいけるわ!」
空間断裂は空間そのものを切り裂く魔法だ。
だからあのデカ物を倒すための刃と考えるよりは、あいつを含む空間を丸ごと切り裂くための刃と考えた方が魔法が使いやすい。
魔法攻撃力と知能が変わらず込める魔力が同じならば同じ強さの魔法を行使できるのだが、こういう魔法に対する一つ一つの意識が魔法のキレや冴えに繋がる………………気がする。
「それでは行くぞ! ヴィクトリアンオース!!」
「土御門舞流剣術 奥義の壱 燦き!!」
「ディメンションブレード!!」
ローズの雷を纏った斬撃が、舞の居合の閃きが、俺の空間を切り裂く斬撃がミューカスワームの肉体を捉え、ド派手なダメージを与える。
リリエルさんの一撃により意識を失っていたミューカスワームは叫び声をあげる事なく絶命し、その体を黒い霧に変えて魔石を落とした。
そう、俺達は無事にミューカスワームを一撃で仕留める事に成功したのだ。
成功したのだが………
「ちょ、ちょっと風舞くん! 粘液が! ヌルヌルが!」
「お、俺に言うな! ぬあぁぁぁ!!」
「にょあああぁぁぁ!!」
絶命と同時に風船が破裂する様に、間欠泉のごとく飛びたした粘液が洪水となって俺達を襲い、生臭い粘液が俺達を押し流す。
万全の状態なら皆が避けられた洪水だったが、それぞれが必殺技の反動で身動きがとれなくなっていたため、為すすべもなくヌルヌルまみれになってしまった。
「あぁ、もう。最悪」
『最悪なのは私の方です。生臭くて鼻が曲がりそうです』
「俺に文句を言わないでくださいよ。3人で本気を出してもこうなったって事は、どうしようもなかったんです」
『別に文句を言っているわけではありませんが、早く遺跡の上に移動してください。粘液の中を漂いたくありません』
「………今晩はローション相撲でもやりますか」
『はぁ!? 正気ですか!?』
「そうでも思わないとこの生臭さとヌルヌルは耐えられません」
『はぁ。全くもって意味が分かりませんが、ローション相撲には付き合ってあげますから早く粘液から出てください。ほら、お姉様達は先に脱出していますよ』
「うぃーっす」
そんなこんなで俺は粘液風呂から出て、遺跡の上に這いずり登った。
遺跡の上では俺と同じ様に粘液地獄から脱出した舞とローズがうんざりした顔で座り込んでいる。
「あら、粘液まみれの風舞くんはなんだかいやらしいわね」
「本気で思ってるのか?」
「そうでも思わないとやってられないのよ。ラノベではよく魔物の粘液でヌルヌルであはぁんな展開があったけど、実際にくらってみると臭すぎて全く興奮できないわ」
「あはぁんな展開が何かは分からぬが、魔物の粘液をくらって喜べる事などまず無いじゃろうよ。少なくとも妾はもう二度とこんな目にはあいたくない」
「俺もだ。とりあえずこの粘液を洗い流そうぜ」
「そうね。はぁ、粘液がこんな調子なら触手もきっとダメなんでしょうね。異世界は世知辛いわ」
「ああ。まったくだ」
そんな話をしながら互いに水魔法で粘液を洗い流して不快感を取り除き始める俺達3人。
そういえば、遺跡の中にまで粘液が流れ込んでるけど、リリエルさんは大丈夫なのか?
床上浸水ならぬ、床上浸粘液状態だと思うんだけど……。
「びばばん、びぼいべぶよ!!」
「うわっ、びっくりしたぁ」
遺跡の中から粘液まみれのリリエルさんが遺跡の上にいる俺達に文句を言いに来た。
案の定無事では済まなかったみたいだな。
既に間欠泉の様に吹き出した粘液は収まって、遺跡が浸かりそうな程だった粘液も周囲に広がって水かさを下げているが、それでも遺跡の内部は全てヌルヌルのベトベトになってしまったのだろう。
「とりあえず軽く洗い流させてもらうわね」
「ぶばばば。皆さん酷いですよ!」
舞に顔面の粘液を洗い流されたリリエルさんがプンプンとそう言う。
びぼいべぶよって、酷いですよって言っていたのか。
「すみません。でも、この事態は俺達にも予想外で…」
「フウマさんは転移魔法が使えるんですから、無理に倒さなくても遠くに転移させれば良かったじゃないですか!」
「あぁ、言われてみれば確かに…」
「もう! あの吸血鬼の姉妹にお家を壊された時の次ぐらいにショックですよ!」
リリエルさんはお怒りのようだし、これは依頼失敗か?
いや、遺跡を粘液まみれにするなとは言われてないし、依頼自体は成功で良いか。
「まぁまぁ。私達も悪気があったわけじゃないんだから」
「主犯格が言うセリフじゃないです! 粘液まみれになりたくないから遺跡の中にいたのに、遺跡を粘液まみれにするなんて最悪です! チョベリバです!」
「す、すまぬ。一撃で倒そうとしたのは妾じゃ。どうか許してくれ」
ローズがかなり申し訳なさそうな顔をしながらそんな事を言う。
なんというか、ローズにだけ謝らせるのは気がひけるな。
俺も一緒に謝るか。
「俺ももうちょっと遺跡の事も気にするべきでした。すみません」
「わ、私も…悪かったわ。ごめんなさい」
「え、えぇ!? 皆さん、そこまでしなくても良いですよ! 粘液ぐらいすぐに洗い流せますから! ほら、早く頭を上げてください! 私は尊敬されるのは好きですけど、謝られるのは苦手なんです!!」
「しかし…妾は以前にもお主に迷惑をかけておるし…」
「え? 以前にもですか?」
まさか、自分の正体を明かすつもりなのか?
もしかしてまたリリエルさんの家をむちゃくちゃにしちゃって、良心が痛んだのだろうか。
なんだかローズらしいな。
「先程はミレンと名乗ったんじゃが、妾はローズ。ローズ・スカーレットじゃ」
「え? ま、まっさかー。確かになんか似てるなぁとは思ってましたけど、流石に冗談ですよね?」
「いや。今はこの様な姿になっておるが、妾は間違いなくローズじゃ。勘違いとは言え、あの時はお主の家を破壊してすまなかったのじゃ。今回の事と合わせて詫びをさせてくれ」
「あ、あははは。嫌だなぁ。私を驚かそうったってそうはいきませんよ? 吸血鬼が小さくなるだなんて聞いた事ありません」
なんてリリエルさんは口ではそう言っているが、先程からガクブル震えているし、信じたくないだけでローズが自分の知っている吸血鬼の姉妹の一人だという事は察しているらしい。
なんだかローズもリリエルさんも両方気の毒だな。
「謝って済む事ではないという事は重々承知じゃ。お主が償いをせよと言うのなら何でもする。じゃからどうか妾を許してはくれぬかの?」
「そ、そそそ、それはもちろんです! はい! もう許しました! ですから頭を上げてください!」
「許して、くれるのかの?」
「ひゃ、ひゃい! もちろんです! それと、先程まで無礼な口をきいてすみませんでした!! それでは私は用事があるので失礼します! では!」
「お、おい! ちょっと待っ……行ってしまったか」
キンッと音を立てて砂嵐を消しとばしながらリリエルさんが飛んで行った方向を見て、ローズが悲しそうにそう呟く。
あまりにも急すぎて誰もリリエルさんを止められなかったし仕方ないと言えばそうなのだが、なんだかやるせない気分になるな。
「ま、まぁ。またその内また会えるって。とりあえず、今回は謝れたんだからそれで良しとしておこうぜ」
「そうね。リリエルさんも許すと言ったくれたし、次に会った時はもう少しお話しできるわよ」
「うむ。そうじゃな……」
ローズ、明らかに落ち込んでるなぁ。
なんとかして励ましてやりたいが、何か良い方法は………
お、舞が「任せてちょうだい」って言って口パクで言っている。
よし、ここは舞に任せてみるか。
「それよりローズちゃん。折角だし今日はソレイドに泊まっていくのはどうかしら? 久しぶりに3人で横になって寝たいし、雲龍で夕飯でも食べてゆっくりしましょう。そうだわ! み、みんなで一緒にお、おお、お風呂に入っても良いかもしれないわね!!」
風呂に『お』をつけすぎだろ。
どんだけ風呂を丁寧に表現したいんだよ。
「ほ、ほら! 風舞くんもローズちゃんとお風呂に入りたいらしいわよ!」
「そうなのかの?」
「いや、別に俺は…」
「ふ、う、ま、くん?」
こ、怖いよ舞。
一文字ずつ俺に近づいて来て、最後に肩に手を置くってどんだけ本気なんだよ。
そもそも3人で一緒に風呂に入りたいのは舞なんじゃ………
「風舞くんとお風呂に入りたいわ♡」
こ、怖っ!?
信じられるか?
語尾にハートがついているのに、ドスが効きすぎててまったくときめかなかったんだぜ?
かなりゾクゾクしたわ。
「ろ、ローズさんのお背中を流したいです!」
「ほら、風舞くんもこう言っている事だし、今日は3人でソレイドで過ごしましょう。 ね?」
「うむ。分かったのじゃ」
「よし! そうと決まれば善は急げよ! さぁ、早速ソレイドへ行くわよ!」
「あいあい。ほらローズ。いつまでも俯いてないで早く行くぞ」
「やれやれ、仕方ないのう。たまにはお主らのワガママに付き合ってやるとするかの」
「そりゃどうも。ほら、転移するから捕まってくれ」
「ええ!」「うむ!」
舞とローズがいきなり俺に抱きついて来た。
足元がヌルヌルで軽く躓きかけたが、二人の可愛い笑顔に免じて小言は漏らさないでおこう。
さて、いささかに懐かしのソレイドに行きますかね。
「テレポーテーション!!」
かくして俺達はソレイドに転移した。
次回16日予定です




