64話 砂嵐の中心へ
ちょい短めです。
舞
あれは去年の冬休みの最終日の事だった。
他の生徒が誰もいない始業式前の高校で、私はお爺様と担任教師に教頭先生を加えた4名で三者面談ならぬ四者面談を行なっていた。
本来なら一年生のこんな時期に面談を行う生徒などいないのだが、私の家は昔からの名家でこの高校にもそれなりと言うには太すぎる繋がりがあったし、私は他の生徒に比べてかなり優秀だったからこんな時期に海外の大学への推薦の話をする事となったのだ。
私の両親は私が幼い頃に事故で他界した。
それからは私の祖父であるお爺様が私の育ての親となったのだが、お爺様は厳格な人だった。
常に礼節を重んじ、人のため世間のためとなるために己を鍛え己を磨く。
私はそんなお爺様の生き方を叩き込まれ、これまでずっと生きてきた。
今回の海外の大学への進学もその内の一環だ。
そもそも私には友人と呼べる知り合いがいるわけではないし、日本の大学に進もうが海外の大学に進もうが大きな違いは何もない。
私自身そう思っていたし、それが嫌だとも思っていなかった。
そう、あの時までは……。
「土御門……さん?」
「あら、高音くん。始業式は明日のはずだけれどどうしたのかしら?」
「いや…どうしたっていうか、土御門さんこそどうしたんだ?」
「私はどうもしないわ。おかしな事を言うのね」
私は何も変わらずいつも通り。
今日も今日とて『土御門舞』だ。
「どうもしないって言うけど、泣いてるぞ?」
同じクラスの男の子にそう言われて自分の目元に手をあててみると、確かに私は泣いていた。
特に悲しいこともないのに人は涙を流すものなのか。
そう疑問に思った事は今でもよく覚えている。
「何か嫌なことでもあったのか?」
彼とは数えられる程度にしか話したことがなかったはずだが、それでも彼は心底心配した様な顔をしている。
きっと彼は大して親しくもない私でも心から案じてくれる様な心優しい人なのだろう。
そんな心優しい人に迷惑をかけるわけにはいかない。
「いいえ。ちょっと目に埃が入っただけよ。何の心配もいらないわ」
「なら良いけど………いや、良くないな」
高音くんは緊張しているのか視線が僅かに揺れている。
それにいくらか呼吸も乱れているみたいだ。
「土御門さん。今日ってこの後用事あるか?」
「ええ。今日はこの後お花の稽古なの」
「そっか」
あら、今度は少しだけ残念そうな顔をしているわね。
私に用事があると不都合なのかしら?
「………なぁ、そのお花の稽古って休めないのか?」
「ええ。うちに講師の先生をお呼びしているのだもの、理由もなく休めないわ」
「それじゃあ、理由があれば休めるのか?」
「まぁ、そういうことになるわね」
事実お爺様の用事に付き添う日は稽古はお休みなのだし、当然と言えば当然だと思う。
「なら、この後俺と遊びに行かないか?」
「遊びに? どこへ?」
「どこでも良いけど、駅の方とか?」
「何故私と?」
「だって一緒に遊びたいし…」
「理由になっていないわ」
「…………土御門さんと仲良くなりたいからです」
あら、今度は恥ずかしそうな表情をしているわ。
高音くんはずいぶんとコロコロと表情を変えるのね。
普段は大人しくて真面目な雰囲気だから少し意外だわ。
「土御門さん?」
「何かしら?」
「それで、土御門さんは俺にご一緒してくれるのでしょうか?」
「いいえ。私の勝手な都合で稽古は休めないもの。お断りします」
「………死にたい」
「え?」
今、高音くんが死にたいと言った気がする。
俯いてはいるものの顔が真っ赤であることは見れば分かるし、もしかしてそんなに私と一緒に遊びに行きたかったのかしら?
この『土御門舞』と?
「ねぇ高音くん。少し良いかしら?」
「はい。なんでしょう?」
「高音くんはそんなに私と一緒に遊びに行きたいの?」
「はい。行きたいです」
「私と遊びに行けないと死にたくなるほどに?」
「現に今死にたいです」
「そう。それじゃあ一緒に遊びに行きましょう」
「は? なんで?」
あら、てっきり喜んでくれると思ったのだけれど、驚いた表情をしているわ。
社交界で会う大人の考えている事は手に取るように分かるのに、彼の事はよく分からないわね。
「だって、明日のホームルームで高音くんが自殺したなんて聞いたら驚くもの」
「いや、別に自殺するつもりはないですけど…」
「そうなの?」
「いや、死にます! 土御門さんが断った瞬間にそこの窓を突き破って飛び降ります!!」
「この高さから飛び降りて死ぬなんて高音くんは随分と軟弱なのね」
「普通この高さから飛び降りたら死ぬんじゃ?」
高音くんがあまりにもコロコロと表情を変えるものだから、少し驚かして見たくなった。
よし、下には邪魔な障害物も通行人もいないわね。
「ねぇ、高音くん。私はあなたと遊びに行くのよね?」
「そ、そうですね」
「それなら多少羽を伸ばしたって構わないのよね?」
「そりゃあもう、思う存分に伸ばしていただければ…」
「そう。ならそうさせてもらうわ」
私はそう言うや否やコートを羽織って鞄を手に取り、教室の窓を開けた。
本当は突き破りたかったけれど、学校の資材を壊すのは気が引けるし仕方ないわよね。
「ちょ、ちょっと土御門さん! 流石にそれは!」
「ふふ。下で待っているから私の靴を取って来てちょうだいね」
私はそう言って3階の教室の窓から飛び降りた。
◇◆◇
風舞
俺がこれまで冒険してきた場所は森の中がかなり多かった。
一番初めに転移して来た場所は魔の樹海だったし、エルフの里も森の中、つい最近ローズの魔封結晶を取りに行ったのだって渓谷の中とは言え森の中だった。
だから少しは違う雰囲気のところに冒険に行きたいなぁとか思ってもいた。
けど、けどさ……
「いきなり砂嵐の中には来たくなかったんですけ……エホッ、ゲェッホ、ゲホっ!!」
『汚いですよフーマ。砂嵐の中で叫ぶからそうなるのです』
俺たちが現在いるのはソレイドやラングレシア王国のあるランバルディア大陸の遥か西、どこの国の領土かも分からない砂漠のど真ん中だ。
ローズの指示に従って気まぐれ転移で移動して来たため、砂漠に転移して来た事は上空から分かっていたのだが、まさか砂嵐の中に転移しろと言われるとは思わなかった。
暑い。暑すぎるよ。
「風舞くん大丈夫? 風魔法で壁を作ったからもう深呼吸して良いわよ?」
「あ、ああ。ありがとう」
舞が俺たちの周囲を風魔法で生み出した障壁で囲ってくれたため、なんとか気管支に入り込んだ砂の粒を吐き出す事に成功する。
けど、口の中はまだジャリジャリするな。
「なんじゃい。この程度で音をあげるなど情けないのう」
「そうは言うけど、まさかいきなり砂嵐の中に転移させられるとは思わなかったんだから仕方ないだろ」
「何を言う。転移魔法を使ったのはお主ではないか」
「お前らが空中で俺を羽交い締めにするから仕方なく転移したんだ」
「ふふ。風舞くんったらおかしな事を言うのね。はい、お水よ」
「あれ? おかしな事を言ってるのは俺なのか?」
そう言いながら俺の出したコップに舞が入れてくれた異常に美味い水を使って口をすすぐ。
ふぅ、ようやく人心地ついた。
「それで、こんなところに転移させたからには何か理由があるんだろうな?」
「うむ。この砂漠の砂嵐の中には未だ誰にも見つかっておらぬダンジョンがあるそうじゃ」
「そっか。じゃ、俺は帰るから後はお2人でごゆっくり…」
「な、何故いきなり帰ろうとするんじゃ! この砂嵐の中のダンジョンじゃぞ? おそらく未だ手付かずの財宝が…」
「未だ手付かずなわけないだろ」
「あら、なんでそう思うのかしら?」
「本当に手付かずならダンジョンを見つけたところで引き返したやつがいる事になるだろ? そうでもなきゃダンジョンの噂が外に出るはずがない」
「でも、ダンジョンを作った誰かがローズちゃんの言う逸話を広めたのかもしれないわよ?」
「何のために?」
「それはほら、人をおびき寄せて…」
「おびき寄せて?」
「……美味しく食べるとか?」
「よし、やっぱり帰ろう」
いくら舞が可愛く小首を傾げながら言っても、美味しく食べられてはたまらない。
やはりこんな危険地帯からは引き返すべきだ。
「まぁ、そう慌てるでない。妾がこの話を聞いたのは叔母上様からだけじゃ。一般には広まっていない逸話ならば信じる価値はあるのではないかの?」
「確かに叔母様が言うならあり得るか」
「……風舞くんの中でローズちゃんの叔母さんは随分と信頼感があるのね」
そんなジト目を向けられても、あの叔母様は俺の貞操の恩人なのだから信頼して当然だろう。
だって叔母様はあの自称女神の女王様よりも格上みたいだし、それにノーパンだ。
俺の中では信頼どころか崇拝しているぐらいである。
「よし、それじゃあ早速探してみるか」
「うむ。そのいきじゃ!」
「仕方ないわね。私もお宝には興味あるし、早速そのダンジョンとやらを探すとしましょう」
そうして風の障壁の中で一先ずのやる気を俺たち3人だが、いきなり一つ目の問題にぶち当たった。
「それで、一体どっちに進めば良いんだ?」
「とりあえず砂嵐の強い方に行けば良いんじゃないかしら?」
「なぁローズ。叔母様は他に何か言ってなかったのか?」
「砂嵐の中に入れば分かると言っておった気もするが、大して覚えておらぬ」
「おい、ローズがこの砂漠に行きたいって言うから来たのに、そもそも違う砂漠でしたとか言ったら怒るからな」
『おいフーマ。流石のお姉様でも数百年も前の事を覚えておくのは難しいのです。あまり無礼な口は叩くものではありませんよ』
そうは言っても相手はあのローズだ。
うっかり勘違いじゃったとかありそうな気がしてならない。
「まぁ良いや。とりあえず舞の言う通りに風の強い方に進んでみよう」
転移魔法を使えば歩かなくて済むかもしれないが、砂嵐の中にでっかい石や建築物があった場合に転移事故を起こす可能性は十分にある。
最初にローズに砂嵐の中に転移しろと言われた時も出来るだけ隅っこの方に転移したし、ここは安全第一で引き続き徒歩で進むのが良いだろうな。
そうして何も考えずに砂嵐の中を歩き始めて早くも30分が経ち、ここまで何の成果もない俺たちは一度足を止めて再び作戦会議を始めた。
「なぁ、何か気づいた事とかないか?」
「外の風が大分強くなって来たわね。多分魔法を解いたら肌に傷が付くわ」
「そんなに強いのか?」
「ええ。少しずつウィンドウォールの強度を上げているけれど、さっきから魔力の消費が尋常じゃないもの」
「ふむ。ちなみにあとどれぐらいもちそうなんじゃ?」
「10分もすれば魔力切れになるわ」
「マジかよ。それじゃあ先を急いだ方が良いよな?」
「とは言ってもここまで何の手がかりもないとなると流石に厳しそうね」
「だよなぁ」
ただ闇雲に風の強い方に進んではいるがその方向に目当てのダンジョンがあるかは怪しいし、この砂嵐が渦を巻くようにしてダンジョンの外を囲っていた場合、同じ位置をグルグル回っている可能性もある。
始めよりも風が強くなっているらしいので中心に近づいてはいるのだろうが、それでもこのペースで進んでいては到底間に合わないだろう。
出来る事なら砂嵐の真上に転移してダンジョンの真上から降りたいけれど、この砂漠に転移して来た時に砂嵐の中に台風の目みたいな穴はなかったしなぁ。
なんて事を考えていたその時、腕を組んで考え込んでいたローズがパッと顔を上げて不敵な笑みを浮かべた。
「よし。この方法なら上手くいきそうじゃな」
『この窮地に妙案が浮かぶとは流石はお姉様です!』
「おい、その方法は安全なんだろうな?」
「当然じゃ。うまくいけば無傷でダンジョンに辿りつけるじゃろう」
不安だ。
特にうまくいけばという部分が不安だ。
うまくいかなかった場合はどうなるんだ?
「とにかく今は少しでも時間が惜しいし、一か八かローズちゃんの案に乗る事にしましょう」
「仕方ない。危なくなったら転移魔法で逃げれば良いしそうするか。で、肝心の方法は?」
「うむ。まずは……」
ローズはドヤ顔で自信満々に自分の案を披露した。
その案というのは多少強引ながらも意外にも有効で、結果を先に言えば俺たちは傷一つなく砂嵐を突破できたのだが………
「なぁ、それはやめておこうぜ? ほら、何もそこまでしなくてもさ?」
「いいえ。こうしてつべこべ言っている時間も勿体無いし、早速実践しましょう」
「うむ! では行くぞマイ! 目指すは砂嵐の中心点じゃ!」
「ええ! バッチ来いよ!!」
「ちくしょう! もうこんな目には遭わないと思っていたのになんでこうなるんだ!!」
俺は久方ぶりにあの屈辱を味わわされ、心の中に眠っていたトラウマを刺激されるのであった。
次回9日予定です。




