63話 冒険前昼
風舞
ローズ主導の訓練が始まって早3日。
前日までと同様に午前中に舞とローズによる戦闘訓練とトウカさんとエルセーヌさんによる座学を終えた俺は、アン先生とシルビア先生による一般常識の授業を受けていた。
とはいえアンとシルビアの受け持っている授業は、授業とは言っても二人のこれまでの思い出を聞かせてもらって、その間に気になった事があったら質問をするという形式なので、他の二つに比べるとあまり疲れはしない。
むしろアンとシルビアについてより一層知れるのだから、俺にとっては訓練漬けの日々の中で唯一の癒しの時間となっていた。
「とまぁ、こういう感じでパン屋を始めたんだよ」
「なるほどなぁ。まさかパンの焼き方を独学で学んだとは思わなかったぞ」
「調理法はお店にとっては大事な財産ですし、本を買うお金もありませんからそうするしかなかったのです」
「でも、なんとなくだけどパンの焼き方を孤児院で聞いた事があったから、お店に並べられる様になるまでそこまで時間はかからなかったかな」
ソファーに座ってお気に入りの紅茶を飲みながら可愛い従者二人の思い出を聞く。
めっちゃ幸せだわぁ。
戦闘訓練や座学は結構集中しているから、自分のためになっているという爽快感はあってもやっぱり疲れるからなぁ。
「フーマ様? もしかして疲れてる?」
「いや。そんな事ないぞ?」
「しかし少し眠そうですよ? この後にもマイ様達の戦闘訓練があるのですし、やはり少しお休みした方が良いと思います」
「いやいや。折角二人が授業してくれてるんだから、もうちょっと話を聞かせてくれよ」
『そうですよ。眠いからと言って怠けていては立派な大人になれません』
フレンダさんにそう言われると急に休みたくなってきたな。
勉強しようと思っていた時に勉強しろって言われると急にやる気がなくなるのと同じ感覚だ。
「でもフーマ様。やっぱり無理は良くないよ。最近は夜遅くまでお勉強してるんでしょ?」
「確かにそうだな。よし、休もう。お休みー」
あぁ、ソファーが柔らかい。
部屋は紅茶の良い香りに包まれて空調も程よく効いているし、よく眠れそうだ。
『おいフーマ! そいやってすぐにサボるからお前はいつまでたってもダメなのです!』
「そうは言ってもあんまり無理してもパフォーマンスが落ちるだけですって」
『大した無理はしていないでしょう! 一日7時間も寝ているのですから、むしろこれ以上寝ては体に悪いですよ!』
「でも、寝ている間はフレンさんと一緒にいるからなぁ」
『おい。それは私がフーマの睡眠を妨害しているという意味ですか?』
実際、寝ている間に白い世界に行くか行かないかで睡眠の質は大きく変わる。
当然行かない方が睡眠の質は良いのだが、それを正直に言うとフレンダさんが可哀想だし、少し遠回りな表現をするとしよう。
「確かに白い世界に行くと睡眠の質は落ちますけど、それでも俺はフレンさんと会える白い世界の時間を削りたくないんですよ」
『そ、それは…』
よし、もう一押しだな。
って、アンは「やれやれ。またやってるよ」みたいな顔をしないでくれ。
「それに、寝不足で訓練に臨んでミレンを含めてみんなに迷惑をかける訳にはいかないんです。だからちょっとで良いので昼寝させてください」
『そ、そう言う事なら仕方ありませんね。でも、少しだけですよ? 必要以上の昼寝は却って体に悪いですから…』
「分かってますって。ありがとうございますフレンさん」
『まったく、フーマは仕方ありませんね』
チョロいよフレンダさん。
ローズは昔のフレンダさんを思い浮かべて俺の根性を叩き直す役目を彼女の与えたのかもしれないけれど、フレンダさんは今や甘いお菓子とジュースと日本の娯楽によってダメ吸血鬼になりつつある。
ふっふっふ。白い世界では絶対に太る事は無いからと安心していたのかもしれないが、心の贅肉は気づかないうち内に増え続けていたのだ!
「フーマ様。毛布をお持ちいたしました」
「おう。ありがとうシルビア」
「いいえ。滅相もございません」
ふぅ。頼りになる従者も見守ってくれている事だし、これはゆっくり休めそうだな。
あぁ、疲れた疲れた。
惰眠をむさぼるとしますかねー。
そうして快適なシエスタでも楽しもうかと思った矢先、何者かが俺たちのいる部屋のドアを叩き始めた。
「お客様でしょうか?」
「みたいだな。この気配は……シルビア。俺は不在だと言ってくれ」
舞やローズやトウカさんなら普通に迎え入れたのだが、こいつを部屋に招き入れるのはかなり面倒な事になりそうな気がする。
それにドアを叩く力が異常に強いし、厄介事に巻き込まれる可能性はかなり高いはずだ。
「ちょっと! いるのはわかってるんだから早く出て来い! これ以上待たすとドアをぶち破るよ!?」
「フーマ様。いかがなさいますか?」
「俺は何としても寝るからシルビアの好きにしてくれ」
「それではアスカ様をお迎えしますね」
あ、迎え入れるんだ。
それだと俺の安眠は遠ざかるのだが、真面目なシルビアに居留守という考えはないらしい。
「シルちゃんは真面目だから、そういう期待をしても無駄だよ?」
「本当にな。あんなに真面目だと将来…」
「禿げません!」
玄関前まで行ってもどうやら俺たちの話は聴こえていたらしい。
流石は耳の良い獣人である。
そんな事を考えている内にシルビアが戸を開け、礼儀正しい挨拶を始めた。
「お待たせしましたアスカ様、ユウキ様」
「あ、シルビアさん。風舞いるよね?」
「はい。ちょうどお休みになろうとしていたところです」
「それなら暇っしょ?」
「まぁ、そうですね」
そんな事ないぞ。
お昼寝をするという大事な用事があるだろう?
「それじゃあちょっと入るね」
「はい。どうぞこちらへ」
うわぁ、これは間違いなく面倒事が来る気がする。
だって明日香が俺を見る前から怖い顔してるんだもん。
やっぱりギャルの怒った顔は怖いな。
「ちょっと風舞! あんた、舞っちとミレンちゃんをもっと構ってよ!」
「は? いきなり何の話だよ」
「あんたが舞っち達を構わないからウチが迷惑してんの!」
「意味が分からん」
何で俺が舞とローズを構わないと明日香が迷惑するんだ?
というかそもそも、俺は舞やローズとしょっちゅう一緒にいるし、構っていないという事は無いぞ?
「土御門さんやミレンさんは高音くんともっと一緒に遊びたいけれど、高音くんが真面目に訓練に取り組むものだから、鬱憤がたまっているらしいよ?」
「何だそれ? ていうか天満くんも一緒なのな」
「うん。僕は恋を知りたいからね」
おい、その少女漫画のイケメンが言いそうなセリフはなんだよ。
というかただでさえイケメンなんだから儚気な雰囲気を出すなよ。
うちの女性陣が天満くんに惚れでもしたら…
「ねぇねぇシルちゃん。ユウキさんってかっこいいね?」
「うん。フーマ様とは違ったミステリアスな雰囲気がある気がする」
「あぁ、確かにそうかも。フーマ様は暗い感じでミステリアスだけど、ユウキさんは明るくミステリアスって感じ?」
…………。
よし、処刑だな。
「おい天満。ちょっと面貸せよ。俺の可愛い従者達に色目を使った報いを受けさせてやる」
「え? 僕は色目なんか使ってないよ?」
「うるせえ! イケメンは生きてるだけでも許さん!」
「ちょ、ちょっとフーマ様! 私達はフーマ様が大好きだから大丈夫だって! ね? シルちゃん!?」
「はい。私の主人はフーマ様ただ一人です」
「そうか。二人ともありがとうな。でも、念のためにこいつは今のうちに釘を刺して…」
『醜い嫉妬ですね。外見だけならまだしも内面まで醜いとはタチが悪いです』
「あんた、ダサいのは見た目だけにしときなよ。天満っちに嫉妬してんの丸わかりなんだけど」
くそう!
これだからイケメンは嫌いなんだ!
ただ普通に生きているだけで女性陣が味方してくれるなんてズルすぎる!
非常に羨ましい!
『はぁ。そう歯ぎしりをしなくても大丈夫ですよ。フーマの良いところは外見や内面の綺麗さではありませんから。たとえどんなに醜くくてもフーマはフーマです』
フレンダさん、それじゃあ全然フォローになってないよ。
「はぁ、もういいや。で、何で舞とミレンに鬱憤が溜まると明日香が迷惑するんだ?」
「あの二人が篠崎さんに毎日相談しに来るんだって」
「相談なんてもんじゃないし。風舞が構ってくれない、風舞が料理を作ってくれない、風舞がカッコ良かった、風舞が私との出会いに興味を持ってくれない、風舞が風舞が風舞が風舞が」
明日香が壊れたレコードみたいに同じことをぶつぶつ繰り返している。
こ、怖すぎるよ篠崎さん。
「お、おい。明日香?」
「風舞がカッコ良い? 風舞が構ってくれない? 知らんわ! なんでウチが毎日毎日毎日遅くまで聞きたくもない話を延々と聞かなきゃいけないんだよ!」
「おい。落ち着けって」
「大体、全部あんたが悪いんでしょうが! ハネムーンだかハーレーだか知らないけど……」
もしかしてハーレムと言いたいのだろうか。
相変わらず明日香の学は浅いらしい。
って、そんな事考えてる場合じゃないか。
「自分が相手にしきれないほどの女の子と付き合うなこのアホ!」
「べ、別に付き合ってる訳じゃ」
「そう言うならウチを巻き込まないで! あんたにどうでも良い奴との出会いの話を延々と聞かされる辛さが分かる? あの冬の日があったからこそ今の私と風舞くんは一緒にいるのよ……って、知らんわ! ていうか二人して冬休みの学校に来るとかアホか!!」
「まあまあ。少し落ち着きなよ篠崎さん。ほら、アンさんが紅茶を入れてくれたよ?」
「う、うん。ありがとう天満っち」
そう言って明日香がずずずっと紅茶を啜る。
さて、それにしてもこれはどうしたものだろうか。
明日香は一度文句を言い始めるとなかなか止まらないしなぁ。
ん? アンが俺の服の裾を引いて小声で話しかけてきた。
「ねぇフーマ様。とりあえずマイ様とミレン様を呼んだら?」
「あの二人を呼んだら余計にややこしくならないか?」
「でも、そうしないと解決しないと思うよ?」
「それもそうだけど……」
「でしょ? それじゃあシルちゃん。マイ様たちを呼んで来てもらえる?」
「うん。それではフーマ様、失礼します」
「あ、ちょっと待っ」
俺の従者が優秀すぎて辛い。
俺はまだ心の準備が…………
「風舞く…高音風舞。何の用かしら?」
「妾達を呼び出すとはもしかしてあそ……訓練の続きをしたいのかの?」
あちゃー、もう二人とも来ちゃったよ。
ていうかシルビアが呼びに行ってまだ3秒も経ってないのに、来るの早すぎだろ。
「えぇっとだな。実は明日香からちょっとお願いがあって…」
「は? ウチは別にお願いとかしてないんだけど?」
どうやら明日香は話に加えないで欲しいらしい。
面倒な事この上ないな。
「…………実はちょっと二人にお願いがあって…」
「私達にお願い?」
「ほう。言ってみるが良い」
さて、何と言ったものだろうか。
舞とローズが本当に俺が構っていないのが理由で毎日明日香に相談しているというのなら、3人で遊びにでも行けばそれで済むのだろうが、特訓期間中の今、この二人が俺が遊びに誘っても受け入れてくれるかはかなり怪しい。
おそらく最低限の建前は必要な気がするのだ。
「えぇっとだな。たまには3人で冒険にでも行かないか?」
「冒険…」
「じゃと?」
この二人は何でさっきからステレオチックに話すのだろうか。
セリフを分割する必要なんてなくないか?
「ああ。ほら、この世界に来て始めのうちは3人でダンジョンに潜ったりしただろ? でも、最近は未知の敵に挑んだりしてないなぁと思って」
「そ、そうかしら? つい最近未知の魔物と戦ったばかりじゃない」
「キングアクアエレメンタルウルフの事を言ってるなら、あれは冒険とは言えないだろ? 移動はほとんど転移魔法だったし、魔物の情報も事前にあったんだから」
「そ、それではお主は何の予測もつかないところに身をおいて修行をしたいというわけじゃな?」
「まぁ、そういう事になるな」
「ほう…」
「なるほどね」
だからセリフを分ける事に意味はあるのか?
いや、二人がそれで良いなら良いんだけどさ。
それと二人ともソワソワしすぎじゃないか?
あんまり手櫛を使いすぎると髪が傷むぞ?
「それでどうだ? 俺としては久しぶりに野宿でもしつつ冒険したいんだけど」
「ま、まぁ!? 私は風舞くんがやりたいというのなら良いわよ!?」
「そうじゃな。妾もお主がそういった訓練をしたいと言うのなら付き合ってやっても良い!」
「それじゃあ早速行き先を決めて行こうぜ。何ならこの際別大陸でも良いぞ?」
「別大陸ですか!?」
シルビアが驚きを隠せないといった表情で俺を見つめている。
もしかして何かマズかったか?
「フーマ様。別大陸はやめておこうよ。もしもフーマ様達に何かあっても私達じゃ、別大陸まで行けなさそう」
「そう言うならやめておくけど、別大陸って危ないのか?」
「別大陸って言うより、海が危ないんだよ。たくさん魔物がいるし船が壊されちゃったらどうしようもないもん」
「それに別大陸へ向かう船に乗るのはかなりお金がかかります。私達ではとても…」
「分かった。別大陸には行かないからそんなに悲しそうな顔しないでくれ。長くても3日ぐらいで帰って来るから」
「はい。無事なお帰りをお待ちしております」
危なかった。
もうちょっとでシルビアを泣かせてしまうところだった。
シルビアを泣かしてしまうと罪悪感が半端無いから、極力気をつけないとな。
「明日香もそれで良いか?」
「良いかって何が?」
「何がって元はと言えばお前が…」
「は? ウチがなんだって? もしかして自分が原因だって分かってないの?」
「すみません。なんでもないです」
「あっそ。ウチは風舞の事なんかどうでも良いけど、女の子を泣かしたらマジで怒るから覚悟しときなよ。じゃ、ウチはもう行くから」
「うっす。おつかれ様です」
「ん。またね舞ちんミレンちゃん。訓練気をつけて」
「ありがとう明日香ちゃん。やっぱり明日香ちゃんは頼りになるわね」
「別にそんなんじゃないし。でも、色々頑張んなよ」
「ええ。明日香ちゃんも……いや、何でもないわ」
「なにそれ? 言いたい事があんなら言ってよ。そこまで言われたら気になるっしょ?」
「そうね…頑張れと言おうと思ったけれど、明日香ちゃんはもう頑張ってるからやめただけよ」
「ふ、ふーん。まぁ、何でも良いけどね」
『照れてますね』
照れてるな。
舞に頑張ってと言われたのが嬉しかったらしい。
実際明日香はクラスを纏めたり朝早くから自主トレしたりと本当に頑張っているから、褒められればそれだけ嬉しいのだろう。
「それじゃ、今度こそウチは行くわ。天満っちはどうする?」
「僕もそろそろ失礼するよ。お邪魔したね高音くん」
「本当にな。お前、何しに来たんだよ」
「さっきも言った通り、恋を知りに来たんだよ」
「だから、なんだよそれ。天満くんのマイブームか何かか?」
「まぁ、そんなところだね。とある人に恋は良いって教わったんだよ」
「変な人もいたもんだな。ちなみにそのとある人って?」
「女神様と言えば分かるかな? そう言えばこの前はやりすぎてごめんなさいだって」
「あ、あの人か」
まさか天満くんと淫乱女王様が知り合いだとは思わなかった。
純粋な天満くんはあの女王様のアドバイスを素直に聞いているみたいだが、流石にあの女王様の指示に従うのはマズイんじゃ………
いや、あの女神様の目が天満くんに夢中になってくれれば俺への攻撃が減るかもだし、天満くんには人柱になってもらおう。
頑張れ天満くん。
目指すは淫乱女神様の使徒だ。
「それじゃあ、用も済んだし僕も行くよ」
「ああ。また今度な」
「うん。またね」
ふぅ、明日香に釘を刺されまくったけれど、一先ずはなんとかなったな。
それじゃあ今度こそ安らぎのシエスタを………
「のうフウマ。冒険に行くのならどこが良いじゃろうか? 妾はやはり火山口の中にあると言う極炎の迷宮が…」
「いいえミレンちゃん! そろそろ私も自分の鎧が欲しいし、伝説の鎧が眠る未踏破ダンジョンが良いわ!」
そう言えばそうだったね。
明日香と天満くんを追い払うために舞とローズを呼んだんだった。
それもとんでもなく危険そうなダンジョンを行き先に決めてるし、これは昼寝をしている暇なんかないか。
「ねぇねぇ、 風舞くんはどんなところに行きたい!?」
「そうじゃ! 妾達3人の冒険なんじゃから、お主もしっかりと意見を出さぬか!」
「俺は綺麗なお花が咲く安全なお花畑が良いなぁ」
「ほう、安息の地獄を望むとは、良いセンスをしておるではないか」
「安息の地獄…ふふ、腕がなるわね」
何故綺麗な花が咲く安全なお花畑を望んだら地獄を紹介されるのだろうか。
この二人は危険と隣り合わせどころか、危険そのものの中を進む冒険しか知らないのか?
「やっぱりお花畑はやめておこう。舞は鎧が欲しいんだろ? なら鎧が封印されてるところとか、鎧の素材の魔物が出るところに行こうぜ」
どうせこの二人と冒険をするなら危険地帯に行く事からは逃れられないし、少しでも俺たちにメリットがあるところを所望しておこう。
しかし、修行という建前が必要だったために冒険を提案したが、他にもうちょっと楽な選択肢もあったんじゃないか?
そう思えてしまってやまない昼下がりの眠たい俺であった。
次回7日予定です。
あと、最近新作を始めたのでよろしければそっちもどうぞ!!
『美人で魔王な先輩を救うために勇者な俺は魔王と戦う』というタイトルで、もうちょっと下の方にリンクがあります!!




