51話 全女性の敵
舞
ミレンちゃんやトウカさん、ヒルデさんと共にドラちゃんを探し求めて魔物がひしめき凶悪なトラップが数多く待ち受けるダンジョンにやって来た私は、無事にドラちゃんと再会を果たす事が出来た。
その後、何やかんやあった後で篠崎さんやドラちゃんと共にダンジョンの異変を解決するシャリアスさんの軍隊に同行する事となったのだが…
「突如現れた不死の軍団に襲われ窮地に陥るシャリアスさん達! しかし、ミレンちゃんはお腹を空かせてパンを食べていたため動けない! トウカさんもヒルデさんと香水に関する雑談に興じていたため戦闘には参加できなかった。そんな危機的な状況を救ったのは美少女戦士土御門舞! 美少女戦士土御門舞は押し入る敵をちぎっては投げ、投げてはちぎり、不死の軍団を次々に追い払って行く! そうして美少女戦士土御門舞の奮闘により不死の軍団を壊滅させる事に成功したのが……」
「やかましい!!」
「あだっ!?」
むぅ、折角気持ちよくナレーションごっこをしていたのにローズちゃんに怒られてしまった。
正確に小さい拳を鳩尾に入れられたためかなり痛い。
「な、何も殴らなくたって良いじゃない」
「何度も声をかけたのにお主が止めないからじゃ」
「声なんてかけられてないわよ?」
「いいえ。マイ様がいきなり立ち上がって大声で演説を始めてからミレン様はずっと声をかけていましたよ」
「そうなの? 全然気付かなかったわ」
「まったく…何が不死の軍団じゃ。たかだかリビングアーマーやスケルトンが数匹群れて湧いた程度であったじゃろうが」
「それに美少女戦士土御門舞は如何なものかと…」
「え? カッコいいわよ美少女戦士土御門舞。ねぇ! みんなもそう思うわよね!!?」
「「「「おぉぉぉ!!!」」」」
「やかましい!!」
シャリアスさんの配下の兵士達が私に賛同して大声を上げてくれたのにシャリアスさんに怒られている。
やれやれ。
シャリアスさんったら、部下は締め付けるだけじゃ付いて来てくれないのよ?
「何故したり顔をしておるのかは分からぬが、大人しくしておらんか」
「えぇぇ…だってかれこれ3時間近くここにいるのよ?」
「それはそうですが、何度も扉を破ろうとしてそれも叶わず、大人しく開くのを待つしかないと結論を出したではありませんか」
「それはそうだけど、やっぱり暇なのよ!」
私達はシャリアスさん達と合流してからその行軍の最後尾に加わって特に何事もなく第100階層まで到達した。
道中に魔族の影はなかったし、後は迷宮王の部屋の奥にあるという宝物庫に潜む魔族をふん縛って今日の探索は終わりになると考えていたのだが、迷宮王の部屋の扉は固く閉じられていた。
迷宮王の部屋の扉が閉まっている理由など一つしかなく、中で誰かが迷宮王と戦っているとしか考えられないのだが、私達が扉の前に到着してからかれこれ3時間以上が経っても扉が開く様子は全くない。
シャリアスさんはとりあえず日付が変わる頃までここで待つつもりらしいが、私としては暇で暇で仕方ないのだ。
「まったく、一体中の人達は何のつもりなのかしらね」
「それは妾にも分からぬが、考えられるとすれば時間稼ぎじゃろうな」
「何のために?」
「……分からぬ」
「ぬあぁぁぁ……」
中で迷宮王と戦っているのは十中八九、神殿の警備兵を殺したとされるジェイサットの魔族だ。
ドラちゃんが言うにはダンジョンに作用する何かがこの先にあるらしいのだが、ダンジョンには未だ大きな異変は起きていない。
「はぁ、スタンピードを起こすなら起こすでサッサとしてくれないかしら。何をモタモタやっているのよ」
「縁起でもない事を言わないでください。マイ様もスタンピードがどれほど危険な現象であるかはご存知でしょう?」
「それはそうだけど、ドラちゃんは篠崎さんと楽しそうにしてるし、ミレンちゃんはさっきから大人しくしろって怒るし、トウカさんはおっぱい触らせてくれないしで暇なのよぉぉ」
「あ、あの…それでいきなり私の胸に飛び込まれても困るのですが…」
「ヒルデさんってなんだか良い匂いがするわね。なんかこう……エッチな匂いがするわ」
「はしたないですよマイ様。我が主がとんでもない阿呆で申し訳ございません」
「それは構わないのですが、実際のところどう致しましょうか。ここでこうしていても仕方ありませんし、城に引き返しますか?」
「でも、ドラちゃんは篠崎さんを気に入っちゃったみたいだし、その篠崎さんは帰るつもりがないみたいだし……。ぬぉぉぉぉ」
「これマイ。あまり人様に迷惑をかけるでない。そんなに暇なら扉を破る方法でも考えれば良いじゃろう」
「はぁ、仕方ないわね。こうなったら禁断の術を使うわ」
「またおかしな舞でも踊るのかの?」
「そんな事しないわよ。アリババさんが生み出したという伝説の呪文を使うだけよ」
「誰じゃそれは」
物理攻撃も魔法攻撃も試すだけ試したし、あと出来る事と言えば呪文でも唱えるしかない。
かの『千夜一夜物語』で有名な「アリババと40人の盗賊」の主人公であるアリババさんは「開けゴマ」と唱えて石の扉を開いたらしいし、私もそれにならってこの目の前の鉄の扉を開けてやるとしよう。
「ぬぅうおぉぉぉ!! イフタフ ヤー シムシム!!」
「なんじゃそれは」
「やっぱり開きませんね」
「おかしいわねぇ。折角アラビア語バージョンで唱えたのだけれど…」
そう言って再びヒルデさんの胸に顔を埋めようかと考えたその時、今までうんともすんとも言わなかった扉がゴゴゴと鈍い音を立てて開き始めた。
「総員整列!! 扉が開いたぞ!!」
シャリアスさんの指示に従って各々休憩していた兵士達が隊列を組み扉が開くのに備える。
扉の目の前に立っていた私はそんな気配を背中で感じながら、扉に向けていた手で髪をかきてクールに呟いた。
「ま…まぁ、ざっとこんなもんよ」
「お主、おかしいわねぇと言っておったじゃろうが」
「たまたまタイミングが良かっただけですね」
「結果が全てと言いますし、私は素晴らしいと思いますよ」
ヒルデさん以外の身内のセリフがいささか厳しい気もするが、やっと全力で体を動かせるわけだし、今は聞こえないフリをしておいてあげましょう。
そんな事を考えながら迷宮王の部屋の中に感じる複数人の気配を感じつつ妖刀星穿ちを抜くと、部屋の中の黒いローブの集団の一人が私達に声をかけてきた。
「ご苦労諸君。よくぞここまでたどり着いたな」
「はっ、白々しい! お前達の目的は何だ!!」
シャリアスさんが剣を構えたまま部屋の中の魔族に声をかける。
部屋の中の魔族は皆一様にローブを深くかぶっているためどの様な顔をしているのかは分からないが、全員がそれなりの実力者である事が窺えた。
少なくとも10人にも満たない人数で第100階層の迷宮王を倒さない様にしつつ数時間この部屋にとどまるだけの実力はあるのだから、生半可な実力ではないだろう。
「私達はとあるお方の指示でこのダンジョンにスタンピードを起こすためにここにいる! 現在奥の宝物庫からこのダンジョンに干渉しているが、果たしてお前たちに止められるかな!」
何なのかしらあのテンション。
あれだと私達にスタンピードを止めて欲しいみたいに聞こえるし、何時間も待たせた事も含めて正直意味が分からないわ。
シャリアスさんも私と同じ様に考えてこれ以上の会話は意味がないと考えたのか、リーダーと思しき男に剣を向けて声を上げた。
「お前達の目的が何であれここで捕えさせてもらう! 総員かかれぇ!!」
「うおぉぉぉ!!」
そうしてシャリアスさんの軍隊と数名の魔族による乱戦が始まった。
そんな中で扉に一番近い位置に立っていたはずの私達は取り残され、部屋の中の戦闘に目を向ける。
「それじゃあ私達は宝物庫にいる魔族を捕まえに行きましょうか」
「そうじゃな。ここは奴らに任せて大丈夫じゃろう」
「ええ。それで、篠崎さんはどうするのかしら?」
兵士達が部屋の中で魔族との戦闘を始めた中、ドラちゃんと共に私達の元へやって来た篠崎さんに声をかけた。
「シャリアスが土御門さん達と行動しろって」
「そう。おそらく一番激しい戦闘になるけれど、大丈夫かしら?」
仮に魔族の目的が本当にスタンピードを起こす事なら、宝物庫にいる魔族が一番強い可能性が高い。
永続的にスタンピードを起こすことが相手の作戦の要なのだから、当然と言えば当然だ。
「もち。むしろ望むところだわ。あぁ、あと…よろしく土御門さん」
「えぇ…ええ! こちらこそよろしくお願いするわ! ドラちゃん、篠崎さんを頼んだわよ!」
「もち」
「……ね、ねぇ、トウカさん。ドラちゃんが私といるよりもイキイキしている気がするんだけど、気のせいかしら?」
「気のせいではありませんね。いつもは眠たげな表情ですが、今日はヤル気に満ちている気がします」
「ね…ねぇ、ドラちゃん。篠崎さんの従者になるのは今日だけなのよね?」
「わら」
「ちょっと篠崎さん! ドラちゃんに変な事教えないでよ!!」
「し、知らないよ。勝手に覚えたんだからウチのせいじゃないっしょ」
「ぬぅぃぃ…ミレンちゃんも何とか言ってちょうだい!」
「……アスカ。一気に突っ切るからしっかりついて来るのじゃぞ」
「うん。よろしくねミレンちゃん」
「あれ? なんかこれデジャヴじゃないかしら? あ、ちょっと待ってちょうだい!!」
もう、折角私が扉を開いたっていうのにみんな私への敬意が足りない気がするわ。
って、本当に置いて行くの!?
◇◆◇
風舞
いささか手間取りはしたものの、ハーバード・エルバハムさんを襲っていた悪魔を無力化した俺とエルセーヌさんは転移魔法でホールへ向かった。
それと同時にホールの中央で戦っていたのであろうシルビアが敵の攻撃を受けて俺達の方へ吹っ飛んでくる。
敵はおそらく俺とエルセーヌさんが転移して来た事に気が付いてシルビアを蹴飛ばしたのだろう。
「よっと、大丈夫か?」
転移魔法でベクトルを殺しシルビアを受け止め、容体を確認する。
シルビアの体は至るところに傷をつけられ、意識も朦朧としているのか目の焦点が合っていないが、命に別状は無いようであった。
「申し訳ありませんフーマ様。私ではあの鬼に敵いませんでした」
「いや、シルビアは良くやってくれた。あのクソジジイは俺たちで何とかするから今はゆっくり休んでくれ」
「はい…ありがとうございます」
最後に軽く微笑んで気絶したシルビアをアンのすぐそばに転移させて立ち上がる。
以前勇者を殺すために城に来た鬼の男は相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべながら何も言わずに立っていた。
「よう、久しぶりだな。クソジジイ」
「えぇっと。おじさんは君みたいなタイプの美人な知り合いはいないはずなんだけど、その声はこの前城であった変な勇者で間違いないかな?」
ホールにいた人々が鬼の男のセリフを聞いてざわめき出す。
確かお姫様は国民に対して勇者の存在を正式に公表していなかったみたいだし、この反応も当然と言えば当然か。
「いや、人違いだろ。俺はただの女装が好きな変態だ」
「あれ? そうなの? おっかしいなぁ…」
「そんな事より、そっちのデブがハーバードさんの息子で間違いないか?」
「僕を誰だと思っている!! 口を慎め変態!!」
「誰が変態だオラ!!」
『はぁ…自分で変態と言っておいて何故怒るのですか』
だって勇者だと明かすのは色々マズイかと思って思いつきで適当な事言ったのに、あいつ俺を変態とか言うですもん。
そりゃ怒りますって。
「お坊っちゃん。あそこの美人な変態さんはかなりの転移魔法の使い手です。正直なところあの髪の毛クルクルな美人さんを相手にしながらお坊っちゃんを守り通せる自信はありません」
「なっ!? おい魔族!! 話が違うじゃないか!!」
「おいクソジジイ。何でお前はそこのデブに手を貸してるんだ? 聞く限りだとそいつは親の脛をかじって暮らすど阿呆で、大した権力も力もないだろう」
「それはそうなんだけど、お坊っちゃんはおじさん達魔族とでも手を組んでくれるんだよねー。ほら、例えば香油の樽におじさん達を入れて王都に手引きしてくれたりさ」
「おい魔族!! 貴様、僕を裏切るのか!!」
「だってこれ以上お坊っちゃんの言う事聞いててもおじさん達に利益が無さそうなんですもん。おじさん達の命はかなり軽い方ですけど、それでも捨てられる様なものじゃあないんですよ」
「金が欲しいのか!? いくらだ! いくら欲しい!!」
「あぁ、はいはい。それじゃあお坊っちゃんの命をもらいます」
「な?」
鬼の男が一息でハーバードさんの息子さんの首を撥ねようと凶刃を振るう。
薄々そんな気がしていた俺は知らない美人さんを抱えていた息子さんをイースーの目の前に転移させてそれを防いだ。
「あれ? 変態さん、この前よりも強くなった?」
「知らねぇよ。誰か別人と間違えているんだろ」
「ふぅん。でもそっちの髪の毛クルクルの美人さんは見覚えあるんだけどなぁ」
「オホホ。気のせいですわ。私、尻尾を巻いて逃げ出す弱者の顔など一々覚えていられませんの」
「やれやれ。おじさんも随分と嫌われたもんだなぁ」
「グダグダうるせぇよ。それでお前はどうするんだ? このまま逃げ出すってんなら俺は追わねぇが、戦うってんならシルビアを痛めつけた報いを受けてもらうぞ」
「あぁ、なんか怖い顔してると思ったらそういう事か」
「おい、質問に答えろ。戦うのか? 戦わないのか?」
「そりゃもちろん戦わないよ!」
鬼の男が足元に小さな小包を投げつけ、その小包からとんでもない量の光と音が漏れ出す。
鬼の男の気配は感じ取れているため追おうと思えば追えるが…
『やめておいた方が良いですね。逃げるあの男を追うにはそれこそ腕を落とす覚悟が必要です』
「分かりました。エルセーヌさん、あの悪魔を監視しに行ってくれ。あいつが殺されたら色々と困る」
光と音に目と耳がやられてしまっているが、隣からエルセーヌさんの気配が動いたし俺の指示を聞いてくれたのだろう。
「さてと、今のうちに息子さんをふん縛っておきますかね」
未だ目と耳がやられてはいるが、イースーの目の前に転移させたハーバードさんの息子さんの気配は掴んでいる。
って、あらら。
目を押さえて転げ回ってるよ。
そんなに悶えるほどの光じゃなかったと思うんだけど、ステータスの差なのか?
『国の衛兵が来るまで少しは時間があるでしょうし、あの醜い男を拷問するのなら手早く済ませましょう』
「俺は文明人なんですから拷問なんてしませんよ。あぁ、やっと見えるようになって来た」
そんな事を話しながらぼんやりとした視界で歩いていると、聞き覚えのある変な口調の人に声をかけられた。
「拷問をするのなら僕が立会人になるんだね」
「スライス伯爵…目は大丈夫なんですか?」
「たまたまよそ見していたから大丈夫だったんだね」
『この男、怪しさだけで言ったらトップクラスですよね』
俺もそう思う。
変態ロリコン女騎士シャーロットのパパさんだから悪い人では無いと思うんだけど、どうにも信用しづらいんだよなぁ。
「心配しなくても手出しも口出しもしないんだね。この国は最低限の人権を守る法律があるから、第三者で貴族である僕が立会人になった方が君達にとっても都合が良いと思うんだね」
「分かりました。そういう事ならお願いします」
「あぁ、そうそう。ハーバード氏の奥方は私の妻が治療しているんだね。その後に君の従者も治療するから安心すると良いんだね」
「何から何までありがとうございます」
「この程度なんでもないんだね」
『やっぱり怪しい男ですね』
本当にね。
そんな事を考えながら普段通りに戻った視覚を感じつつ、俺はハーバードさんの息子さんの元へたどり着いた。
「おつかれ様ですイースーさん」
「あぁ、ありがとよ」
ハーバードさんの息子さんは既にイースーに絞め落とされて気を失っていた。
イースーならそうしてくれると思って彼の目の前に転移させたんだけど、上手くやってくれたみたいだな。
「この後そいつから事情聴取するんですけど、一緒に来ます?」
「いや、俺はイッシュが心配だからここにいる。お前のデカイ方の獣人も見といてやるから、こいつは任せるわ」
『意外ですね。てっきり俺もこいつの内臓を引きずり出したいぜ!! ぐらい言うと思ったのですが…』
「そうですね…」
「あァ? なんだよ」
「いや、何でもないです。シルビアをよろしく」
「あいよ。あぁ…それと、助かった」
「お礼ならシルビアに言ってあげてください。俺は何もしていませんから」
「そうかよ」
「はい、そうですよ。さて、アン。よく頑張ったな」
目をこすりながら近づいて来ていたアンの手をとって褒めてやる。
いきなり派手な実戦に巻き込まれて大変だったろうに、本当によく頑張ったな。
「ううん。私も何もしてないよ」
「そうか? まぁ、ご褒美は後でやるから話は後でゆっくり聞かせてくれ。それで疲れてるとこ悪いんだけど、こいつから話を聞き出すから一緒に来てもらって良いか?」
「うん、分かったよ。でも、他の人達はこのままで良いの?」
「それなら私が纏めておくわ」
「エルサさん。無事でなによりです」
「ええ。ありがとう。それにしてもフーリさん、男の人だったのね」
「……変態じゃないですからね」
「仮に変態でもそんなにドレスが似合っているのだから文句はないわ。それと…お久しぶりですスライス伯爵。私では貴族の皆様を纏めるにはいささか力不足ですので、治療が終わり次第奥様のお力をお貸しいただけませんか?」
「分かったんだね。ここは君に任せるんだね」
「はい」
今日夜会であったばかりの人だけど、エルサさんはかなり頼りになるな。
母は強しと言ったところだろうか。
「あ、そうそう。お子さんとイッシュ様が落ち着いたらこれをあげてください。ソレイドの砂糖菓子です」
「ありがとう。ほら、お兄さん? にお礼を言いなさい」
「ありがとうございます」「あ…ありがとう」
イッシュちゃんとエルサさんの息子さんがおずおずと礼を言う。
よしよし、二人とも特に怪我とかはないみたいだな。
「二人とも怖い思いをさせて悪かったな」
「いえ。フー様が謝る事ではありません」
「イッシュ様のお兄さんは悪いようにはしないから安心してください。これ以上の怪我を負わせる事はないと誓います」
「ありがとうございます!」
イッシュちゃんは優しい子だな。
この男のせいでお母さんがボロボロになったのに、お兄さんが傷つくのは嫌らしい。
「さてと、それじゃあ俺たちは失礼します。何かあったら適当な攻撃魔法を軽く放ってくれれば跳んできますので、よろしくお願いします」
「分かったわ」
「さて、それじゃあスライス伯爵。転移するのでお手を」
「転移魔法を体験するのは生まれて初めてなんだね」
「ははは。一瞬ですから多分がっかりしますよ。テレポーテーション」
「オホホ。お待ちしておりましたわ」
スライス伯爵とアンとエルバハム家の息子さんを連れてハーバードさんの執務室に転移して来ると、エルセーヌさんが迎えてくれた。
悪魔を入れた結界は廊下からこの執務室の中に転移させたらしく、部屋の隅の結界に閉じ込められている。
「あ、ハーバードさん。もう動いて大丈夫なんですか?」
「あ、ああ。それより君は…」
『声が変わっているから誰か分からないのではありませんか?」
「ああ、なるほど。ううんっ、お怪我はありませんか?」
「これは驚いた。一瞬で声を変える事が出来るとは恐れいったよ」
「僕も初めて聞いた時はすごい驚いたんだね」
嘘つけ。
夜会の前に話しかけて来た時に眉ひとつ動かしてなかったじゃねぇか。
「ううんっ……さて、俺の声の話はこのぐらいにして憂鬱な仕事をそろそろ始めるとしましょう。ハーバードさん、彼は貴方の息子さんで間違いありませんか?」
「ああ。その子はゲディス。間違いなく私の息子だ」
「そうですか。彼は魔族や悪魔と結託していたため、事情を聞き出さなくてなりません。話を聞く許可をいただけますね?」
「当然だ。ゲディスのした事は謝って済む範囲を大きく超えている。しかし…」
「心配ありませんよ。イッシュ様とゲディスは傷つけないと約束しましたから」
「そうか。ご厚情感謝する」
「いえ、お礼なら心優しいイッシュ様にお願いします。さてと、エルセーヌさん。準備を頼む」
「オホホ。椅子と縄ですわね。承知しましたわ」
エルセーヌさんが俺の取り出した椅子と縄を使って気絶しているゲディスを椅子にくくりつけ、身動きを取れないように拘束する。
俺はその間にきつけ気付け薬になりそうなものをアイテムボックスから取り出し、拘束の終わったゲディスにそれを嗅がせた。
「ぬわっ!?」
「ようゲディス。気分はどうだ?」
「おいお前!! 僕を誰だと思っている!」
「知ってるよ。お前はゲディス。そこにいらっしゃるハーバード・エルバハムさんの息子だ」
「ゲディス…」
「な、何故お前が生きている! お前は悪魔に殺されて…」
「よく見ろよ。悪魔はそこにいるだろ」
「なっ!? まさか悪魔を捕らえたと言うのか!」
「いちいち声がデカいんだよ」
「そんな、まさかこんな事になるとは…」
「状況は理解できたな? 今からお前にいくつか質問する。命が惜しければ正直に答えろ」
「誰がお前の様な変態の言う事など聞くか!!」
「そう言うと思った。ううんっ…それでは空の旅をお楽しみくださいませ。お坊っちゃん」
ゲディスを空高く転移させ、俺はその間にアンに話しかける。
ハーバードさんはいきなりゲディスの姿が消えて驚いていたが、スライス伯爵が俺の代わりに説明してくれた。
「なぁアン。俺達はエルバハム商会が魔族を王都に連れ込んでいる証拠を求めてここに来たけど、ハーバードさん達は悪魔や魔族と手を組んだゲディスに襲われた。これは何が起こっているんだ?」
「その声でいつもの口調で話されると違和感が凄いね」
「ううんっ…これで良いか?」
「あぁ、ごめんごめん。それで何が起こっているのかだけど、一番確率が高そうなのは魔族を王都に連れ込んでいたのがエルバハム商会じゃなくてゲディス一人の犯行だったって線かな」
「そうか。ハーバードさん。ゲディスって香油の商売に一枚噛んでたりします?」
「あ、ああ。香油は元はと言えばゲディスの提案で仕入れ始めたものなんだ。あいつが珍らしく自分から商売の話を持って来て、仕入れ先も特に問題無さそうだったから私は手を貸す事にしたのだが、それがどうかしたのかい?」
「ホールにいた魔族が香油の樽に魔族を詰めて王都に運び込んだと言っていたんだね」
「そんなはずはありません。香油の樽は商会の倉庫に届いた時点で品質を確認するために確認しています。私も検品に何度か立ち会っていますが、魔族が入っていた試しはありませんよ」
「とあるスジによると王都に運び込まれた量と流通量に大きな差があるらしいですが?」
「それはゲディスが香油を使って新たな商品を創り出したいと言うから自由にさせているだけで、それ以上の理由はありません」
「そうですか…」
どういう事だ?
香油の樽に魔族を詰め込んで王都に侵入させたという予想は間違っていないと思っていたのだが、ハーバードさんの話を聞く限りだとそれは違うらしい。
まさか香油を練り固めて魔族に変えたという訳でもあるまいし、ゲディスは何のために香油を仕入れていたんだ?
「ねぇ、フーちゃん。そろそろゲディスの回収に行かなくて良いの?」
「あ、そうだった。それじゃあちょっと行って来ます」
俺はそう言って屋敷の屋根に上がり、夜闇の中を落ちてくるゲディスを探す。
時刻はおそらく19時半過ぎで、城下町はかなり賑やかだ。
「あ、いた」
『おや、何か叫んでいるようですよ』
フレンダさんのセリフを聞いて耳をすませてみる。
本当だ。
ゲディスが何か叫んでるな。
「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛〜〜!!!」
「うわぁ、泣きながら謝ってますよ」
『どこまでも小物ですね。おいフーマ。おそらく糞尿にまみれているでしょうから、触る前に水魔法で洗い流しなさい』
「それもそうですね。くらえ、ウォーター」
落下を続けるゲディスを目の前に転移させて回収し、そのまま水をぶっかけて汚れを落とす。
よし、多分これで大丈夫だろ。
『やっぱり触りたくありません』
「はぁ、仕方ないですね。槍」
「ヒィっ!? ご、ごろざないでくれ!!」
「殺さねぇよ。ただいま戻りました」
「オホホ。その槍はなんですの?」
「ばっちいから触りたくなかっただけだ」
俺はそう言ってアイテムボックスに槍をしまい、荒い呼吸をするゲディスに話しかける。
よっぽど縛られたままの自由落下が怖かったのか、完全に怯えきった顔をしていた。
「さて質問なんだが、香油の樽を何に使ってたんだ?」
「な、何にも使ってない!」
「おい、もう一度空を飛ぶか?」
「ち、違うんだ! 娼婦で遊んでいたらあの魔族の男が来て、香油を仕入れろって言って僕はそれに従っただけだ!」
「お前、商品開発を理由に香油を何樽も使っていたらしいな。何に使ってたんだ?」
「な、何にも使ってないって言ってるだろ! ちょっとだけ娼婦にやったりもしたが、ほとんど捨ててしまった!」
「はぁ? 何の為に?」
「知らない! あの魔族がそうしろって言ったんだ!」
「あの魔族ってホールにいたあの鬼の事だよね?」
「そ、そうだ! 僕はあいつの言う事に従っていただけだ!!」
「はぁ。それで、お前は代わりに何をもらってたんだ?」
「それは……金と…」
「おい、渋るようなら東京湾に沈めっぞオラ」
「ヒィっ!? 言う! 言うからそのトーキョーワンとか言うのはやめてくれ!」
『トーキョーワン。火の海か何かの名前でしょうか…』
適当に雰囲気で言っただけですから、そんな真面目に考えないでくださいよ。
「それで、あの男に金の他に何をもらったんだ?」
「金以外はもらってない。ただ、協力すれば魔族の女を抱かせてくれるって…」
「ねぇ、フーちゃん。この人殴って良い? 多分、全女性の敵だ」
「気持ちは分かるけどもうちょっとだけ堪えてくれ」
「本当にもう! 汚らわしい!!」
おぉ、珍しくアンが心の底から軽蔑した様な視線をゲディスに向けている。
まぁ、魔族の女を抱くために父親を殺そうとして母親を痛めつけてたんだから、そういう顔にもなるか。
「おいゲディス。次の質問だ。そこの悪魔について知っている事を全て話せ」
「そいつはあの魔族の仲間だ! それ以外は何も知らない! 本当だ!」
「オホホ。嘘は言っていませんわね。おそらく本当に何も知りませんわ」
「ちっ、こいつの頭は性欲しかねぇのか」
「ほんっとサイテー。ねぇ、フーちゃん。もうこいつ要らないし、どっかに連れてってもらお?」
「というわけですみませんハーバードさん。ちょっと濡れちゃってますけど、ゲディスをお願いして良いですか? 部屋の外までは運ぶので…」
「私もゲディスと二人で話したかったところだ。お願いして良いかい?」
「はい。それじゃあ…えぇっと、色々頑張ってください」
「ああ。ありがとう」
俺が執務室の外に転移させてゲディスを追ってハーバードさんが部屋を出て行く。
何と言うか、無理矢理に作った様な笑顔が見ていて痛々しかったな。
「はぁ、なんかドッと疲れた」
「ね〜。もう本当に嫌になっちゃうよ」
「オホホ。しかし悪魔は話していてもっと疲れますわよ。アン様はご主人様の手を握っている事をオススメしますわ」
「え? どういう事?」
「悪魔は話してるだけで感情を悪い方に揺さぶる特性があるんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「それじゃあ僕の手も握ってもらっても良いんだね?」
「え、えぇっと……はい」
「はっはっは。冗談なんだね。辛くなったら退室するから心配いらないんだね」
「そ、そうっすか」
冗談だったらもっと冗談っぽく話してくれないかな。
スライス伯爵が何を考えているのか分からなすぎてかなり辛い。
「オホホ。それでは遮音結界だけ解きますの。準備は良いですわね?」
「ああ。任せた」
さて、ゲディスの方は期待外れも良いとこだったけど、この悪魔はどうかね。
次回15日予定です。




