40話 休日のお父さん
風舞
お姫様に任務完了の報告を済ませてその後、すっかり日も落ちて城内の灯りが灯り始める中、俺とシルビアは二人揃って城内を彷徨っていた。
「おーい。アンちゃんやーい」
あんまり大声出すと恥ずかしいため隣にいるシルビアにしか聞こえていないぐらいの声量だが、様式美として一応声は出しておく。
先程俺の寮の部屋も確認してみたのに姿が見えなかったのでどこかに出かけているのだろうが、書き置きもなかったため行き先が分からない。
「なぁ、シルビア。アンがどこにいるか心当たりはないか?」
「城内でいるとしたら書庫か厨房でしょうか。あぁ、でも城下町に降りている可能性もありますね」
「んー。城下町にまで探しに行くとなるとかなり大変そうだな」
『エリスに聞いてみれば良いではありませんか。呼び出せばすぐ来るのではありませんか?』
「あぁ、それもそうですね。出でよ我が眷属! エルセーヌ!!」
フレンダさんの提案に従って早速エルセーヌを呼んでみる。
しかし、エルセーヌさんは俺の呼びかけに応じてくれなかった。
「来ませんね。もしかしてお昼寝でもしているのでしょうか?」
「ああ。エルセーヌさんに限ってピンチにはなっていないだろうし、もしかすると…ん?」
城に仕えるメイドさんが俺とシルビアの元へ正面から走って来る。
また舞が何かやらかしたのか?
「高音様………ですよね? 少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん? あ、はい。それは構いませんけど、何かあったんですか?」
「高音様の従者であるアン様の身元を保証していただきたいのです」
「アンのですか?」
「はい。実はつい先程スライス伯爵家のご息女であるシャリアス様が国王陛下への謁見のためにこちらへ到着されたのですが、偶然にもアン様と鉢合わせてしまい……その」
メイドさんが話しづらそうに言葉を濁す。
「もしかしてアンが何か粗相でも?」
「い、いえ。ただ、シャリアス様は人間至上主義のお方でして、獣人であるアン様が城内に一人でいるのを見咎めた様なのです」
「あぁ、なるほど」
この世界の対立構造として人族と魔族の対立があるが、人族の中でも人種問題はあるのか。
思い返してみれば国王やお姫様の周りには人間の従者が多かった気がするし、この国の中心の多くは人間が担っているのかもしれない。
まぁ、お姫様や王様は獣人やエルフであるアンやシルビアやトウカさんを見ても嫌な顔をしていなかったし、勇者達の指導役であるサーディンさんも獣人だから人間中心という考え方は形而上のものなのだろうが、その中にガチで人間中心主義の人がいたとしても何ら不思議ではない。
「それじゃあ、アンがどこにいるか教えてもらっても良いですか?」
「はい。ご案内いたします」
足早に案内してくれるメイドさんの後を追ってアンの元へ向かう。
聞いた感じだとスライス伯爵っていう人は人間中心主義でもそこまで過激な人ではなさそうなんだけど、アンは無事だろうか。
「フーマ様…」
「心配するな。お前達は何があっても俺が守るから」
「はい。ありがとうございます」
不安そうな顔で俺の後を付いて来るシルビアにそう言って先を急ぐ。
そうして俺達が案内されたのは城の一階の正面玄関の近くの一室だった。
豪華さには数段の違いがあるが、雰囲気的には学校の警備員室に似ている気がする。
「お待たせいたしました。勇者、高音風舞様をお連れしました」
「入れ」
中から厳しそうな女の人の声が聞こえて来た。
俺はここまで案内してくれたメイドさんにお礼を言って一人で部屋の中に入る。
「お待たせいたしました。高音風舞と申します」
「そうか。お前が…」
そう言って俺をジロリと見物し始めたのは30代半ばぐらいの鎧を着た女の人だった。
目つきこそ鋭いが、白い肌は張りもあり鮮やかな金髪は美しく、ぶっちゃけ美人さんである。
ソレイドで今日も働いているであろう変態女騎士シャーロットが真面目に年を重ねたらこうなるだろう…そんな見た目だ。
「この度は私の従者がご迷惑をおかけした様で申し訳ございません」
「ああ。ここは陛下のおわすラングレシア城だ。次からは亜人の類を放し飼いにしない様に気をつけろ」
「はい。ご指導感謝いたします」
「指導か。そういえばお前達勇者は姫殿下が召喚される以前は学徒だったのだな」
「はい。まだまだ学ぶべき事の多い身だと心得ております」
「そうか。ではもう行ってよいぞ。そこのお前、良い主人を持ったな」
「はい。失礼いたします」
まるで説教を受けるかの様に立たされていたアンが頭を下げながらシャリアスさんにそう言う。
あれ? シャリアスさんは伯爵家の令嬢なんだよな?
って事は伯爵はどこにいるんだ?
「どうかしたか?」
「い、いえ。なんでもありません。それでは」
未だ頭の中に疑問が残ってはいたが、アンが一刻も早くこの部屋を後にしたそうにしていたため、俺はもう一度頭を下げてアンを連れて部屋を後にした。
俺はそのままアンとシルビアを連れて警備員室からいくらか離れた廊下で立ち止まる。
そんな折、俺の後ろをトボトボと歩いていたアンが呟くように言葉を発した。
「ごめんなさいフーマ様」
「謝るよりも先に、何か酷い事はされなかったか? 今ならすぐにあの女騎士をくっころさせられるぞ?」
「ううん。亜人である事を弁えろとかお説教はされたけど、殴られたりとかはされてないよ」
「そうか。アンが無事で良かった」
俺はそう言ってアンを抱きしめる。
アンは一瞬驚いて俺を押しのけようとしたが、すぐに力を抜いて俺を受け入れてくれた。
「今回の事はこの国の文化とか風習に気を使いきれてなかった俺のミスでもある。だから気にすんなよ」
「でも、私が城の外に出かけたりしないで部屋で大人しくしてればこんな事にはならなかったし」
「部屋で待ってるだけってのも退屈だもんな。ただ、次からは書き置きぐらいしてってくれると助かる。多分俺より先に戻って来るつもりだったんだろうけど、また今回みたいな事があるかもだろ?」
「うん。ごめんねフーマ様。ありがと」
「まったく、そんなに悲しそうな顔するなよ。アンがそんな調子だったら誰がシルビアを慰めるんだ?」
そう言ってアンを解放してシルビアに目を向ける。
シルビアは涙をポロポロとこぼしながら、困った様な顔をするアンを抱きしめた。
「良かった。アンが無事で良かった」
「あぁ、はいはい。心配かけてごめんね」
「すごく心配だったんだよ? アンがいなくなったら私、私…」
「本当にごめんね。ほら、シルちゃんはフーマ様の筆頭従者なんだからこんな所で泣いちゃダメでしょ?」
アンがそう言って泣いているシルビアの頭をポンポンしながら穏やかに尻尾を揺らす。
やれやれ、ひとまずはこれで一件落着だな。
「さてと、エルセーヌさんは何してたんだ?」
「お、オホホ。申し訳ありませんわご主人様」
「あ、フーマ様。エルセーヌさんは今日一日私の護衛をしてくれていたの。だから怒らないであげて」
「それじゃあなんでさっきまで姿を見せなかったんだ?」
「オホホ。万が一シャリアス様がアン様に暴力を振るおうとした際にひっそりと (息の根を)お止めするためですわ」
「んん? それがどうしてアンの横にいない理由になるんだ?」
「オホホ。シャリアス様のお止めするところを誰かに見られたら困るではありませんの。彼女の気配は遭遇する前に掴んではいましたけれど、いきなり進路を変えるのも不自然なため、気配を消していた私は普通に城内を歩いていたアン様にその場をお任せしたのですわ」
「あぁ、なるほど。疑って悪かったな。エルセーヌさんもお疲れ様」
「オホホ。可愛いご主人様にそう言っていただけるといつもより嬉しいですわね」
「そうだったアン。俺の化粧を落としてくれ。あとこのカツラ取れないんだけど、どうやって……あ、終わった」
『どうしたのですか?』
「伯爵家の令嬢に女装したまま会いに行っちゃいました」
「「あぁぁ」」
シルビアとアンが二人揃ってやっちゃいましたねみたいな顔でそう言う。
さっきはアンの事で頭がいっぱいだったから女声を出そうと思ってなかったし、絶対女装野郎だと思われた。
ていうか、なんでシャリアスさんは俺を見ても顔色一つ変えなかったんだよ。
好きなのか? 女装。
「はぁ、帰るか」
「はい。そろそろ汗を流したいです」
「オホホ。ご主人様のお背中は私がお流しいたしますわ」
「え、普通に嫌だ」
「オホホホ。普通に悲しいですわ」
シルビアとエルセーヌさんとそんな事を言い合いながら寮へ向かうために俺達は歩き始める。
ふと気づいたらアンは俺達のそんな様子を後ろから眺めていた。
「アン? 帰るぞ」
「うん。あ、私がフーマ様の背中を流してあげようか?」
「おー。それじゃあお願いするか」
「オホホ。普通に悔しいですわ」
さて、今日は久しぶりに長時間外出して疲れたし、ゆっくり風呂に入りますかね。
◇◆◇
風舞
お姫様の依頼を済ませた次の日、ダンジョンに入ることも出来ずに暇になってしまった俺はベッドの上でゴロゴロしていた。
なんか俺の異世界生活、今までラノベで見た主人公よりも怠けている事が多い気がする。
気のせいか?
「なぁ、シルビア。どっか行きたいとこあるか?」
「いえ。外は暑いですし、特には」
「アンは行きたい場所あるか?」
「ううん。私も今日は特にないかな」
「そっかぁ」
「オホホ。私には聞いてくださいませんの?」
「エルセーヌさんは行きたいとこあるのか?」
「オホホ。ありませんわ」
「なんやねん」
部屋の隅に立つエルセーヌさんが俺のジト目を受けてニマニマと笑う。
まったく、相変わらず何を考えてるのか分かりづらいな。
「そういえば、アンは昨日どこに行ってたんだ?」
「あぁ、そういえば結局話してなかったね」
昨晩は部屋に戻った後、何故か舞がものすごく落ち込んでいて、夕食がてら舞に励ましの言葉をかけつつ戦利品のワインを飲ませてみたら、今度は笑い上戸になって俺にべったりだったため、アンの話を聞くどころではなかったのだ。
一応風呂でアンに背中を流してもらった時に二人っきりになったのだが、幼い頃のシルビアの話を聞いていたらその時間は終わってしまった。
ちなみに、俺の背中を流しに来たアンは服を着ていた。
舞やボタンさんと風呂に入った時は緊張で胸がいっぱいだったが、小さい手でアンが俺の背中を流してくれる様子は微笑ましかったとだけ言っておこう。
「確かエルセーヌさんも一緒に出かけたんだよな。買い物か?」
「ううん。昨日は冒険者ギルドと情報屋さんへの顔通しに行ったの」
「冒険者ギルドと情報屋? なんでまた?」
「ほら、最近ダンジョンの中で殺人事件があったでしょ? その犯人がどこから王都に入ったのかとか気になってね」
「ふーん。それで何か分かったのか?」
「ううん、あんまり。少なくとも貴族街の入り口には門兵がいるし、そこの人達のところには時々お姫様が視察に行ってるから賄賂とか汚職はなさそうだって事ぐらいかな」
ラングレシアの王城は貴族街の中心にあり、その周りに商業区や平民区や貧民区があって、貴族街の周りと王都の外周は分厚い壁が立っている。
ちなみに商業区は貴族街に沿うように広がっており、貴族や平民が入り混じりやすくそこの人通りは昼夜問わず多いらしい。
「それじゃあ魔族がそこを通ってくるのは難しそうか」
「そうだねぇ。でも、犯人がフーマ様みたいに転移魔法が使えるんだったら話は変わってくるけど、多分どっかに王城に通じる抜け道があると思うんだよね」
「なるほどなぁ。アンはその抜け道が物理的なものじゃなくて人の隙間を縫うものだと思ったわけか」
「うん。あのお姫様が城の中に通じる通路を把握していないとは思えないし、となると誰かが手引きしたか魔族がどうにかして警備の目を掻い潜ってるんじゃないかな」
「それじゃあ今日はその調査の続きに行くか? どうせ暇でする事もないし」
「うーん。フーマ様も一緒にやってくれるならありがたいけど、今日外に出ても情報屋の人達に依頼した調査も終わってないと思うんだよね」
「それじゃあアンの秘密調査の手伝いはできなさそうか。はぁ、マジで暇だなぁ」
「そうだねぇ」
「そうですねぇ」
髪型を変えて遊んでいたアンと遊ばれていたシルビアが二人揃って頷く。
さて、本格的に暇になったしそろそろ散歩にでも出かけようとしたその時、誰かが俺達の部屋を訪ねてノックしてきた。
舞とかローズとかトウカさんだったら律儀にノックしたりしないんだけど、一体誰だろうか。
「私が」
「あぁ、うん。頼んだ」
アンに遊ばれていたシルビアがパッと立って来客を迎えに行く。
「誰だと思う?」
「お姫様の使者とかじゃないかな?」
「オホホ。どうやら違うみたいですわ」
アンとエルセーヌさんの意見を聞きながら入り口の方を向いてみると、シルビアが二人の来客を連れて俺の元へやって来た。
「やぁ、高音くん。調子はどうかな?」
「うわぁ。また女の子に囲まれてる」
そんな対極ともとれる挨拶しながら俺たちの部屋を訪れたのは、天満くんとまゆちゃん先生だった。
うわぁ、なんか嫌な予感がする。
◇◆
天満くんとまゆちゃん先生を招き入れて彼らの要件を聞く事数分。
話の内容を理解した俺はベッドに腰掛けたままウンザリとした顔で口を開いた。
「えぇぇ。普通にやだ」
「そこをなんとかお願いできないかな?」
天満くんがキラキラな笑顔を俺に向けてそんな事を言う。
彼らの話というかお願いをまとめると、こうだ。
勇者達の実戦はダンジョンのみに限られていて、現状では経験不足としか言いようがない。
そこで城を自由に出入り出来て各地に度々冒険に出かけるであろう俺達に勇者を2人ずつ同行させる事で、経験を充足させよう………というものだ。
「ちなみに誰の入れ知恵なんだ?」
「入れ知恵と言ったら外聞が悪いけど、セレスティーナ様の提案だよ」
「やっぱり」
あのお姫様、自分で勇者達の面倒を見るのが面倒だからって俺に丸投げしやがったな。
確かに昨日お姫様に勇者達に実戦を積ませてあげてほしいってお願いしに行ったけど、これはいくらなんでも酷いと思う。
まぁ、勇者達をどこに連れて行くかは俺達の自由みたいだし、ある意味では昨日の俺の要望が受け入れられたという事なのだろうが…。
「めんどくさい」
「あ、言い忘れてたけど、勇者の指導役としてお給料が出るよ。1日二人の面倒を見てこの国の金貨で2枚」
「マジで!? エルセーヌさん。換金レートってどのぐらいだっけ」
「正確な変換率までは把握していませんが、こちらの方が貨幣価値は高いはずですわよ」
俺達が最初に生活していたソレイドとラングレシア王国では使われている貨幣が違う。
国や地域によって通過が違う事は当たり前っちゃ当たり前なのだが、ラングレシア王国に来るまでその事が頭から飛んでいたのだから我ながらに抜けていると思う。
ちなみに、舞とデートに行った時のお金は俺の財布を管理してくれているアンがいつの間にか用意してくれていたこの国の貨幣を持って行った。
「それじゃあ良いぞ。俺達はいつも通りの生活をしてても良いんだよな?」
「基本的にはそうだけど、お給料を出すのはお姫様だから私達の報告によっては給金も変動すると思うよ」
「じゃああれか? 休日のお父さんみたいに子供を遊園地に連れて行けば給料も増えるのか?」
「私の方が高音くんよりも歳上だからね?」
「それじゃあまゆちゃん先生は放置で良いですね。あ、出口はあっちですよ」
「くそぅ。なんでこんなのがお姫様直々に指導役に選ばれたんだか」
まゆちゃん先生が俺を睨みながら苦言をこぼす。
やれやれ、大人を引率しなくちゃいけない俺の身にもなってほしいものだ。
「それで、僕達のお願いは聞いてもらえるという事で良いのかな?」
「ああ。ちなみに勇者達の引率ってのは毎日やんないとダメなのか?」
「いいや。そこは高音くん達の都合に合わせるよ。例えば1日僕達を引率し終わった後に、次回の日付を言ってくれれば僕達も都合を合わせやすいかな」
「あくまで歩合制って事か。ちなみに最初の日程は決まってるのか?」
「今日だね」
「は? 今日?」
「うん。最初は僕と真弓先生だよ」
「あぁ、そっか。悪いんだけど今日は忙しいからまた今度な」
いきなり働けと言われても心の準備が出来ていないし、いくら給料が良くてもやる気が出ない。
今日は一日シルビアやアンとダラダラ過ごして昼寝ついでにフレンダさんとオセロでもする予定があるのだ。
俺は結構多忙な勇者なのである。
「フーマ様。借金あるんだから頑張って働こうよ」
「え? 高音くん借金あんの?」
「気安いですよまゆちゃん先生。これは俺達の話なので踏み込まないでください」
「高校生のくせに借金あって女の子に囲まれてダラダラ過ごしてるとか、普通にダメ人間じゃん」
「ちっ。それじゃあ今からエルフの里にでも行きますか」
「あぁぁ。ごめんなさい! もう見世物みたいに戦うのは嫌です!!」
「はぁ。天満くんは行きたいところあるか?」
「どこかに連れて行ってくれるのかい?」
「ああ。金が欲しいのは事実だしな」
「それじゃあ……」
◇◆
「というわけで久しぶりのソレイドです」
天満くんの要望を聞いてローズと合流した俺達は久しぶりにソレイドにやって来ていた。
愛馬ファイアー帝王の世話やら、洋服を取りに行ったりやらで何回か足を運んではいたのだが、こうしてソレイドで本格的に活動するのは久しぶりな気がする。
ちなみに、舞はダンジョンの前から動こうとしないフレイヤさんを放ってはおけないという事で、トウカさんとともに今日はラングレシア王国で留守番をするそうだ。
あのお姫様がダンジョンの騒動を早く解決するのを願うばかりである。
「それじゃあ先ずはどこに行く?」
「細かい行き先は先に言った通り高音くんに任せるよ」
「ん? ソレイドで何か見たいものがあったんじゃないのか?」
「僕は街並みやそこに住む人に触れる事が出来ればそれで十分だね」
なんか優等生みたいなセリフだな。
いや、実際に天満くんは優等生なんだけど、男子高校生なんだからもう少しはしゃいだ事を言ってもいいと思う。
「それじゃあ冒険者ギルドなどどうじゃ? 最近はミレイユに会ってなかったじゃろ?」
「あぁ、そういえばミレイユさんは俺達の専属受付嬢だったな。俺はダンジョンも全然潜ってなかったし、たまには冒険者っぽい事するか」
こうして俺達の大まかな方針は決まった。
後は…
「二人ともその格好じゃ目立つから着替えてくれ」
「え? 何かおかしいところでもあるかな?」
「そんな高そうな鎧着たままで歩いたら一般人には見えないぞ? まゆちゃん先生もその無駄に高そうなローブは脱いでください」
「まぁ、あんまり人に囲まれても面倒だし」
「なるほど。それじゃあ言う通りにさせてもらうよ」
そんなこんなで二人の鎧やらローブやらなどを預かり、ついでに高そうな服から庶民の服へと着替えさせて15分。
俺達はようやく街へと繰り出した。
ソレイドもラングレシアと同様に夏真っ盛りではあるのだが、やはりこちらの方が湿度が低いため不快指数はあまり高くない。
「そういえば、ミレイユさんとはどんな人なんだい?」
ぞろぞろと街を歩いている間に天満くんがそんな事を聞いてきた。
先程からローズや俺にあれは何これは何と聞いてきたりして、なんとも勉強熱心な事である。
「ミレイユさんは冒険者ギルドに勤める兎耳の獣人さんで、舞の性奴隷だ」
「性奴隷? ははは。高音くんの冗談は面白いね」
強ち冗談とも言い切れないのだが、天満くんが爽やかに笑い飛ばしてくれたからそれ以上は深入りしないでおいた。
ごめんなミレイユさん。
今日はモフリスト舞はいないんだ。
「あ、そのデッカい建物が冒険者ギルドだな」
「へぇ、結構人の出入りが盛んなんだね」
「今はもうすぐ昼だから少ない時間帯だと思うぞ。それじゃあ行こうか」
人通りの少ない道を通ってようやく冒険者ギルドに着いた俺達はそのままギルド内に入って行く。
こうして冒険者ギルドに来るのも討伐祭以来だな。
ってあれ?
いつの間にかエルセーヌさんがいなくなってる。
また気づかない内にどっかに出かけたのか?
「なんか目立ってない?」
「ここらで黒髪は珍しいですからね。あ、勇者って事は一応伏せといてください」
「わかった」「了解だ」
そんな話をしながらカウンター向かうと、俺達に気がついたミレイユさんが嬉しそうに声をかけて……くれなかった。
代わりにおかっぱ頭のマシューくんがカウンターに立つ。
「やぁ、マッシュルームくん。久しぶり」
「そうですね。フーマさんにミレンさん、それにシルビアさんにアンさんとそちらの方達は?」
「ユーキです」
「えっと、マユです」
二人がパッと決めたのであろう偽名で名乗る。
察しが良くて好都合だ。
ていうか、天満くんもいつの間にか共通語を覚えたのか。
もしかしてまゆちゃん先生あたりが覚えさせたのか?
「そうですか。それで今日は何の用で?」
「ミレイユさんに会いに来た」
「ミレイユさんは現在忙しいので諦めてください」
「嘘つけ。こっちの話を聞きながらチラチラこっち見てるぞ」
カウンターの奥のデスクに座って書類仕事をしている様だが、意識は完全に俺達に向いている。
なんでこっちに来てくれないんだ?
「ふむ。もしかしてマイムに怯えているのではないかの? マイムは今日は連れて来ておらぬぞ」
「というわけなんで少しお話ししませんか? ほら、シルビアも」
「え? えぇっと、ミレイユさんとお話したいです」
「というわけだマッシュルームくん。そこを代わってくれ」
「見てわかりませんか? ミレイユさんは傷心中なんです」
「なんだ? もしかしてマシューくん振られたのか?」
「ち、違いますよ! 僕は振られてませんし、仮に僕が振られたとしてもミレイユさんは傷心中にはならないでしょう!」
マシューくんが顔を真っ赤にしながらワタワタと否定して自分で言ってガッカリする。
そんな中、ようやく俺達の熱意を組みとってくれたのか、ミレイユさんが困った顔をしつつようやくカウンターに立ってくれた。
「お久しぶりですミレイユさん」
「はい。およそ10日ぶりでしょうか」
「なんか機嫌が悪そうですけど、どうしたんですか?」
「フーマさん。私は皆さんの専属ですよね?」
「ん? そうですよね?」
「あぁ、そういう事か。すまなかったのミレイユ。お主にも事情を話しておくべきじゃった」
「全くですよもう!」
ミレイユさんがプンプンと怒りながら頰をプクーっと膨らませる。
え? どういう事だ?
「もしかしてフーマさん。なんで私が怒っているのか分かって無いんですか?」
「い、いや。もちろん分かっていますよ。あれですよね、あれ」
「あぁ、分かってないんですね。はぁ」
「えぇ。何もため息をつかなくても」
「おいお前! ミレイユさんを悲しませるな!」
「良いんですマシューさん。フーマさんはこういう人なんです。いきなり何日も顔を見せなくなりますし、ボタンさんには行き先を教えているのに私には教えてくれなかったりする酷い人なんです。あのマイムさんの仲間なんですから」
なんだか舞の評価が物凄く低い気もするが。
なるほどそういう事か。
「要は寂しかったんですね」
「うわぁ。流石無神経王だ」
「はぁ、もう良いです。フーマさんがそういう人だっていうのはよーく分かりました。もう、皆さんご無事な様で何よりですよ。それで本日はどういったご用件で?」
あれ? なんだかミレイユさんの好感度が下がった気がする。
一体どこで選択肢を間違えたんだ?
やっぱり舞も連れて来た方が良かったのか?
次回22日予定です。




