29話 エルセーヌ帰還
風舞
ソレイドで昼飯を済ませた俺達一行はラングレシア王国に戻り、お姫様と直近の予定の確認をしていた。
ちなみに、アンのお許しが出たため俺は既に執事服から普段の格好に着替えている。
「おや、高音様が給仕の格好をしていると耳に挟んでいたのですが、お着替えになったのですか?」
「ええ。まぁ、そんなところです」
お姫様の前では流石にふざけた格好は出来ないし、この会談までにアンに許してもらえて本当に良かった。
舞やトウカさんからはもうやめてしまうのかと苦情も入ったが、コスプレはたまにするぐらいがちょうど良いだろう。
「それで、今日はスケジュールの確認という事でしたが…」
「はい。以前お話しした通り我々はまず第一にグルーブニル砦を奪還しなくてはなりません。そこで皆様にはまず、砦から離れた周辺の村々を焼いて回っていただきたく思います」
「なるほど。確かにそれは必要な事かもしれませんね」
え? なるほどなのか?
俺には村を焼くなんてそんな酷い事出来ないんですけど。
『確かグルーブニル砦はラングレシアの最北端にある砦で、その南にはスエズス河が流れています。ジェイサットが砦を落としておよそ2か月弱でしょうから、砦の周囲に陣を張り終えたジェイサットが次に行う行動は砦の目の前のダンダール大橋を攻め込むか、それ以外の場所から川を渡るかのどちらかです』
フレンダさんが何やらヒントをくれた。
ジェイサットはスエズス河を越えて南下したい。
いくら魔法があるこの世界でも全員が空を飛んで河を渡れるはずもないし、おそらく一般的な兵士は四大属性の魔法を一つか二つ使えるかどうかと言った程度だろう。
となると、橋を飛んで渡れない兵士のためにジェイサットはダンダール大橋を攻略するか、新しく橋を建設する必要がある。
新しく橋を建築するのなら出来るだけ邪魔をされ辛い場所…この場合ならダンダール大橋から離れた場所に橋をかけるはずだ。
ダンダール大橋から離れた場所という事は、必然的にグルーブニル砦からも離れた場所となる。
あぁ、そういう事か。
「ジェイサットに村の設備を使わせない様にするためですか」
「はい。ジェイサットが現在攻め込んで来ていないのは砦に控えている兵の数が少ないというのもありますが、スエズス河を安全に越える足掛かりが無いというのも一つの理由です。ジェイサットが新たに橋をかけるにしろそうで無いにしろ、これ以上河の向こうに陣を広げられない様に、もしくは陣を簡単には敷かせないために周辺の村を使わせない様にします」
「その周辺の村にはもう人は住んでいないのですか?」
「はい。グルーブニル砦に攻め込まれる前からスエズス河よりも北の村の住民は避難させていましたからそのはずです」
「ふむ。それではそこまで面倒な仕事ではなさそうじゃな」
「こちらがグルーブニル砦周辺の地図です。砦に一番近い村は既にジェイサットの軍が陣を敷いているという情報を掴んでいますので、そこを除いた4つが今回の目標となります。期限は特に設けませんが、遅くても一月の間に、そして一度の作戦で全ての村を焼いていただきたく思います」
お姫様の広げた地図には赤く印のつけられた点が四つある。
その全てが川に近い位置にあり、確かにジェイサットの軍に占拠されたら面倒ではありそうだ。
ただ、これなら俺の転移魔法を使えば数分で終わりそうだし、敵と遭遇する可能性もそこまで高くない。
仮に遭遇したとしても舞とトウカさんとローズの大火力でワンパンすれば敵を倒せなくても村を潰す事はできるだろう。
舞とローズも頷いてるし、今回の仕事は引き受けても良さそうだな。
「分かりました。今回の依頼、引き受けさせていただきます」
「ありがとうございます。作戦のタイミングはお任せいたしますが、転移魔法の堪能な高音様なら周囲に警戒のしやすい昼間の決行が良いかと」
「あ、変装とかはした方が良いですか?」
「そちらはお任せいたします。どうせこのタイミングで村を焼くとあれば我が陣営以外にはありませんし、既にジェイサットとは敵対していますからね」
まぁ、多分変装するんだろうな。
舞が変装と聞いてピクッとしてたし…。
「それじゃあエルセーヌさんが帰って来たら準備をして行きたいと思います」
「黒の貴婦人様はご無事なのですか?」
「契約はまだ切れてませんし、多分無事だと思いますよ」
そう、エルセーヌさんは多分無事だ。
あの掴み所のない俺の最強の従者ならそこんじょそこらのやつに負けるはずはないし、きっと今にもいつもみたいに不敵な笑みを浮かべて現れ……
「ってぬわおっ!?」
「オホホホ。ただ今戻りましたわご主人様」
気がついたら目の前にエルセーヌさんがいて、いつの間にか俺の膝の上に座っていた。
「お、おかえり」
「オホホ。戻るのが遅くなってしまい申し訳ございませんでしたわ」
「い、いや。よく無事に帰って来たな…………って、腕! 右腕をどこに落としてきたこのアホ!!」
「オホホ。必死に戦って帰って来たのにアホは酷いですわ。いくら私でもアホは傷つきますの」
「そんな事より腕だ腕!」
「オホホ。腕ならここにありますわ」
エルセーヌさんが俺の前で結界から右腕を取り出して左手で掴んでぷらぷらと振るう。
俺はそれをエルセーヌさんの左手からひったくり、エルセーヌさんの肩口に当てて……
「治れこのアホ!!」
ギフトの力で無理矢理回復魔法を発動させて、エルセーヌさんの腕を繋げた。
エルセーヌさんを含む全員が驚いた様な顔をしている。
いや、一度俺の回復魔法を受けた事がある舞はそれほどでもないな。
「どうだ? 痛くないか?」
「お、オホホホ。完璧に繋がっていますわ。それに全く痛みもありませんの」
「違和感とかもないか?」
「オホホ。完璧に元通りになっていますわ」
「そうか。ふぅ、良かったぁ」
『何もよくありません。内蔵が破裂して口から血がこぼれているではありませんか』
「あ、ホントだ」
手の甲で口元を拭ってみたら真っ赤な血がついてしまった。
それに、全身の力が入らなくて視界がチカチカする。
焦ってたから体への負荷を考えずにギフトを使っちゃったのか。
「トウカさん。風舞くんに回復魔法をかけてちょうだい」
「は、はい。かしこまりました」
「もう、無茶しすぎよ風舞くん」
「あぁ、ごめんな。トウカさんもありがとうございます」
「いいえ。それより、今は喋らないでください」
ソファーの背もたれに体重を預けている俺をトウカさんが回復してくれている。
これなら焦って一瞬で腕を繋げないで、初めからトウカさんに頼んでおいた方が早かったかもな。
そんな事を考えながらトウカさんの魔力を受け入れる事数分、内臓の穴が塞がったのかようやく体調が良くなってきた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「はぁ、いきなり血を吐くから驚きましたよ」
「殿下もお見苦しい物をお見せして申し訳ございませんでした」
「い、いえ。それよりも、高音様がこれ程までに高度な回復魔法が使えたとは…いえ、回復魔法の行使で自らが傷つくなど聞いた事がありません。もしかして回復魔法以外の魔法なのですか?」
「あぁぁ、えぇっとですね」
ギフトは俺の切り札だし、あまり他人にその内容を教えたくはない。
使いたい魔法を反動こそあれどなんでも使えるなんて知られてしまっては、このお姫様に悪意がなかったとしても使い潰される可能性が無いとは言えない。
そう思っていたその時、エルセーヌさんが俺を助けてくれた。
「オホホ。私は今からご主人様と久方振りの再会を楽しみたいのですの。その話はまたの機会にお願いいたしますわ」
「これは気が回らずに申し訳ございませんでした。それでは、私はこれで失礼いたしますので、作戦の方よろしくお願いいたします」
お姫様はそう言うと、ヒルデさんを連れて部屋から出て行った。
どうやらこれ以上俺の能力に関して深入りはしないでくれるらしい。
ふぅ、一先ずは安心だな。
「改めておかえりエルセーヌさん。生きて帰って来てくれて本当に良かった」
「オホホ。ご主人様に愛されて私は幸せですわ」
「はいはい。それより、エルセーヌさんが腕を落とされるなんて何があったんだ?」
「風舞くん、ちょっと待ってちょうだい」
「ん? どうしたんだ?」
「いつまでエルセーヌを膝の上に座らせておくつもりなのかしら?」
「オホホ。私とご主人様の愛に割り込もうだなんてマイ様は野暮ですわね」
「表に出なさいエルセーヌ! その腕、もう一度落としてあげるわ!!」
「オホホホ。ご主人様、もしもまた腕を落とされたらもう一度繋げてくださいまし」
「ああ。当たり前だろ」
「ムキィィィ!!!」
「おい、うるさいぞマイ。室内で暴れるでない」
「だって! エルセーヌが風舞くんを独り占めするんだもん!!」
「今日ぐらいは大目に見てやっても良いじゃろう」
「むぅぅぅ。あ、そうだ風舞くん! エルセーヌ汚いわよ! 多分ずっとお風呂に入ってないからばっちいわよ!」
「オホホ。私、ご主人様に触れることもできないほど汚いのですの?」
「いや、全然そんな事ないぞ。むしろなんか花みたいな良い匂いがする」
「カッッ!!」
「マイ様の完敗ですね」
硬直してしまった舞をトウカさんが慰めている。
いやでも、実際エルセーヌさんは汚くないから仕方ないじゃん。
「オホホ。城下町でお湯を借りた甲斐がありましたわ」
「あぁ、そう言う事だったのか」
「オホホホ。乙女たるもの身だしなみは大事ですの」
「へぇ。さて、そろそろ疲れて来たから膝の上から降りてくれ」
「オホホ。もうよろしいのですの?」
「ああ。エルセーヌさんも疲れただろうから今はベッドにでも入ってゆっくり休んでくれ。話はやっぱり今晩か明日にでも時間を取れば良いや」
「オホホ。それではそういたしますわ」
エルセーヌさんは最後に俺を軽く抱きしめてから立ち上がると、現れた時と同様に一瞬で姿を消してしまった。
おそらく自分の周囲に結界を張って寝床にでも向かったのだろう。
『エリスは完全にフーマに飼い慣らされたのですね』
「そんな事無いと思いますよ。さて、それじゃあエルセーヌさんも帰って来た事だし、ちょっと修行にでも行ってくるわ」
「どこに行くんじゃ?」
「クラスメイト達はラングレシア王国にあるダンジョンでレベリングしたらしいから、そこに行ってみるつもりだ」
「ふむ。それでは妾も付いて行くとするかの」
「昨日の疲れは残って無いのか?」
「昨日はマイとトウカがほとんどの魔物を倒してしまったから妾は大して戦闘に参加していないのじゃ。それに、力の調整はこまめに行っておきたいからの」
「それじゃあ一緒に行くか」
「私もお供いたします」
「よし、それじゃあまずはダンジョンの場所を聞きに行こうぜ。アン、マイとエルセーヌさんを頼むな」
「うん。気をつけて行って来てね」
「あいよ。それじゃあ行って来ます」
こうして俺とローズとシルビアは会談部屋を出て、クラスメイト達がレベリングに使っていると言うダンジョンの情報を聞きに行く事となった。
なんだかんだこの3人で戦闘に行くのは初めてだし、レベリングのついでに連携の練習でもするかね。
『なんだか楽しそうですね』
「そうですか?」
『はい。無自覚かもしれませんが口角が上がっていますよ』
フレンダさんにそう指摘されて自分の口元を触ってみる。
触ってみてもやっぱり自分では分からないが、エルセーヌさんが帰って来てくれたお陰でここ最近の不安が取り除かれたのが上機嫌になっている原因なのかもしれない。
「帰りにみんなにお土産でも買って来てやるかね」
俺はそんな事を独り言ちながらテンポ良く廊下を歩くのだった。
次回30日予定です




