26話 勇者再起への道
風舞
「おや、本日は高音様お一人ですか?」
「えぇ、まぁ」
ジェイサット王国との戦争に力を貸すと約束した2日後の昼過ぎ。
シルビアやアンと一緒に城の食堂で飯を食っていたら、メイドのヒルデさんを従えたお姫様に話しかけられた。
このお姫様は基本的に俺の従者や舞の従者には触れない様にしているため、シルビアやアンを人数としてカウントする事はない。
俺にはよくわからないが、貴族や王族などの身分が上の人達にとっては、他の人の使用人や従者と仲良く話すことの方が異常なのだろう。
「土御門様と共に行動していないのが珍しかったためお声かけさせていただいたのですが………土御門様はどちらに?」
「舞はミレン達と修行に行ってます」
「そうでしたか。修行に…」
正確にはローズの魔封結晶の回収に向かったのだが、舞やトウカさん達にとっては魔封結晶に群がる魔物を倒しに行くわけだし、修行と言っても語弊は無いはずだ。
本当なら俺も一緒に行きたかったのだが、先日ボタンさんのところで何も言わずに夕飯を食べてきた罰として、昨日からずっと城でお留守番である。
「ちなみに、どちらまで行かれたのですか?」
「レイズニウム公国の領内ですね。今朝方送り届けて、また日が沈む頃になったら迎えに行くつもりです」
ローズの魔封結晶は世界各地に飛ばされてしまったらしいが、もちろん回収が比較的簡単な場所に飛ばされたものも存在している。
ジェイサット王国との戦争が始まるまでの間は、ローズが自分の力の気配を感じて、そこまでの送迎を俺がするというスタイルで効率的に集めていくつもりだそうだ。
ローズは魔封結晶を集める度にステータスと一緒に身長も伸びていくし、きっと砦の攻略が始まる五ヶ月後ぐらいには俺の顎下ぐらいの身長が目線ぐらいまで伸びているのだろう。
なんか、もうすぐローズの可愛らしいつむじが見えなくなると思うと寂しくなってくるな。
………いや、高校生モードのローズもめちゃんこ可愛いんだけどさ。
「そうですか………」
「あのー、どうかしましたか?」
「いえ。何でもありませんよ。それではまた…」
「は、はぁ」
そうしてお姫様は優雅にお辞儀をした後、ヒルデさんを連れてスタスタと去って行く。
一体何だったんだ?
「多分だけど、エルセーヌさんが戻って来てるか確認しに来たんじゃ無いかな?」
「あぁ、そういう事か」
あのお姫様、エルセーヌさんのファンだし、気になって俺に話しかけて来たというのならそれも頷ける。
現在の時刻は俺がクラスメイト達に会いたく無いからという理由で正午から2時間ぐらい後で、あのお姫様が食堂に何の用で来たのか疑問だったが、そういう事だったのか。
「さてと、それじゃあそろそろ部屋に戻りますかね」
「転移用の部屋の方ですか?」
「いや、軽く部屋の整理もしたいし寮の方にしよう」
お姫様が俺たちのために用意してくれた部屋は全部で三部屋ある。
一部屋目は俺たちが一番最初に間借りしていた会談に使えそうな大きめの部屋だ。
ここは今後主に俺達とお姫様で話し合いをする時や、城外から城内に転移して来る時の転移スポットだったりする。
お姫様によると、警備の都合上転移する場所は出来るだけ一つに絞って欲しいとの事だったので、この部屋を使わせてもらう事となった。
二部屋目と三部屋目は俺と舞の個室、つまるところの寮である。
寮とは言ってもクラスメイト達全員に一人一部屋割り振られているし、別棟とかじゃなくて普通に城内の一区画だし、部屋も高級ホテルばりに豪華なのだが、あのお姫様が寮と言っていたのだからそうなのだろう。
ちなみに俺と舞の部屋はクラスメイト達が使っている寮の中でちょうど空いていたという向かいあっている二部屋だ。
どうやらお姫様が気を利かして場所の近い二部屋を用意してくれたみたいである。
そんなこんなでもらった部屋にソレイドから持ち込んだ家具でも置こうかと自室の前までシルビアとアンを連れてやって来たのだが、なんか隣の部屋の前で体育座りをして落ち込んでいる女の人がいた。
「ま、いっか」
俺としてはクラスメイトには未だ顔が合わせ辛いので放っておきたかったのだが…
「もし、大丈夫ですか?」
真面目なシルビアがいち早く声をかけに行ってしまった。
まぁ、困っている人を放っておくのは良く無いか。
「え、ええっと。貴女は?」
「私はシルビア。こちらのフーマ様の従者でございます。何かお困りですか、勇者様?」
「あぁ、貴方があの高音風舞くんか」
「はい。俺が高音風舞ですけど…」
この人、共通語が話せるのか?
俺もシルビアも普通に共通語で話してたけど、ちゃんと受け答えが出来ている。
クラスメイト達はみんな日本語しか話せないと思ってたけど、そうじゃないのか?
「久しぶりだね。私の事、覚えているかな?」
「……すみません。正直覚えてないです」
「あ、あははぁ。そうだよねぇ。私は教育実習であの日試験監督をしていただけだから、ほとんど接点ないもんねぇ」
黒髪セミロングのなんかよくいそうな見た目の女性が力なく笑いながらそう言った。
あぁ、そういえばこの世界に転移して来た時に、クラスメイト以外にも試験監督をしていた人がいたわ。
すっかり存在を忘れてた。
「すみません。すっかり忘れてました。えぇっと、まゆちゃん先生?」
「あ、覚えてくれたんだ。そうだよそう。山田真弓。通称まゆちゃん先生でーす」
明日香が時々廊下で大声で話していたから何とか覚えていた。
そうそう、そういえばこんな教育実習生いたよ。
教育実習ってことは大学3年生あたりか?
「それで、まゆちゃん先生は何してたんですか?」
「いや、別になんでもないよー。ただちょっと自分に嫌気がさしただけー」
「はぁ、そうっすか」
なんだこの途轍もなく無気力な人は…。
顔はまっすぐ俺の方を向いているのに、その目に俺が映ってる気がしないんですけど…。
そんな事を考えながら床に座り込むまゆちゃん先生を眺めていると、俺の横にいたアンが何かに気がついた様に口を開いた。
「もしかして、鍵をなくして入れないんじゃないかな?」
「おぉ、そうだよ。そう。魔法の授業なのに教科書を忘れちゃったから取りに戻って来たんだけど、ポケットに入れてたはずの鍵がなくて困ってたんだよねぇ。私、みんなよりも年上で先生だからしっかりしないとダメなのに、教科書は忘れるわ鍵は無くすわ、魔法の習得も遅いわで…あははははは……はぁ」
ヤバいヤバいヤバいヤバい。
この人、乾いた笑みしか出てこないし、どこか遠くを見つめてるし、もうすぐ自殺しちゃうんじゃないか?
「げ、元気出してくださいまゆちゃん先生! 鍵はなくても部屋の中には転移魔法で入れますから!」
「あぁ、そういえば高音くんは転移魔法が使えるんだったねぇ。難しい魔法使えてすごいねぇ。私とは違ってエリートなんだねぇ」
「そ、そんな事ないですよ。それじゃあ中に入りますよ?」
「あ、うん。よろしくー」
俺が手を差し出すとまゆちゃん先生は無気力な瞳のまま俺の手を掴んだ。
アンとシルビアもちゃっかり俺の背中に触れている。
よし、それじゃあテレポートっと。
「って、汚な!?」
「あははははぁ。普段は誰も部屋にあげないからこんな感じだねー」
元々の部屋が広いから足の踏み場がないという事はないのだが、入ってすぐのところには靴下やらストッキングやらが脱ぎ捨ててあるし、ベッドの周りにはおそらく酒の入っていたであろう瓶が落ちていたり、クローゼットの前には下着なんかも転がっていたりする。
これは…ローズ並みの部屋の汚さだな。
「こんな調子じゃ鍵も無くなって当然ですよ」
「あはは。私ってば、年下の男の子にまで呆れられて………死にたい」
「あぁ、すみませんすみません! 確か教科書を取りに来たんですよね!?」
「………たくない」
「は?」
「授業行きたくない」
「えぇぇ。そんな事言われても……」
「どうして行きたくないのですか?」
「だって………私は落ちこぼれだし、大人だからしっかりしないとと思っても天満くんとか、明日香ちゃんとかが凄いしっかりしてるからみんなを纏める必要もないし……それに落ちこぼれだし……」
「ふ、フーマ様…」
「頼むから理想の勇者と目の前の現実の乖離の答えを俺に求めないでくれ」
勇者至上主義のシルビアにとって、目の前のダメそうな人間は信じがたい存在である様だ。
きっとまゆちゃん先生にも色々と事情があるんだから、許してあげてくれよ。
大人にも色々あるんだと思うぞ。
「はぁぁぁぁ。辛い。みんなどんどん魔法を習得していくのに、私だけ聖魔法しか使えなくて辛い」
「聖魔法?」
『悪魔などの一部の魔物に対して効果的な攻撃をできたり、継続的な回復や味方の支援も出来たりする特殊な魔法です。転移魔法ほどではありませんが、それなりに習得の難しい魔法ですね』
ようやく白い世界からやって来たのか、フレンダさんがそう説明してくれた。
ここ数日のフレンダさんは戦争に向けて俺とのソウルコネクトの効率を上げる方法を研究したりと、静かな白い世界で考え事をしていたりするため、感覚共有でこちらの世界を覗きに来ることが以前に比べて少なくなっている。
昨日の晩に俺のために頑張ってくれてありがとうございますって言ってみたら、唾を吐きながら「もう痛いのはこりごりなだけです」と言っていたが、フレンダさんが曲がりなりにも俺のために動いてくれる事は素直に嬉しい。
今度お礼に新しいコスプレ衣装を着せてあげるね。
って今はそれよりも…。
「聖魔法…凄いじゃないですか」
「そんな事ないよ。攻撃も殆どの魔物に効かないし、回復は普通に回復魔法が使える子の方が便利だし……」
「で、でも、支援も出来るんですよね?」
「出来るけど、みんな私なんかの支援がなくても普通に魔物倒せるんだよね」
あぁ、確かにクラスメイト達はあまり危ない橋を渡る戦闘はしていないみたいだし、支援がないと勝てない様な魔物と戦う事はないか。
リジェネでの回復も格下と戦う時は普通に回復する方が何かと便利な気もする。
「ふーん。つまりこのダメな勇者様は活躍の機会がなくてこうなっちゃったんだね」
「こらアン。そういう事言っちゃダメでしょーよ」
「えぇぇ。でも、フーマ様は転移魔法と火魔法しか使えなかった時も、すっごく強い魔物を倒してたんでしょ?」
「それはそうだけど…」
「じゃあ、このダメダメな勇者様だって頭を使って頑張ればもっと強くなれるんじゃないの?」
どうやら孤児院暮らしの長かったアンにとって、目の前でウジウジしているまゆちゃん先生は許しがたいみたいだ。
アンが俺よりも年下なのにかなりしっかりしているのは、幼い頃から過酷な環境で知恵を振り絞って生きてきたためである。
そんなアンだからこそ勇者に対して強い憧れを抱いているシルビアの前で、一人の勇者が珍しい魔法を使えるのに活躍の場が無いからと腐っている事に、腹が立ってしまうのかもしれない。
「でもぉ…」
「はぁ、うちのアンがすみません。ほら、アンも謝れ。流石に言い過ぎだぞ」
「うっ…ごめんなさい」
珍しく感情的になっていたアンが気まずそうな顔をしながら頭を下げる。
後でアンの愚痴にはゆっくりと付き合ってやるか。
こればっかりは一概にアンを責める事も出来ないし。
「あのー、まゆちゃん先生。もし困っている事があれば何か手伝いましょうか?」
「困ってる事?」
「はい。こうしてここで会ったのも何かの縁ですし、ちょうど俺達は暇だったので」
「それじゃあ、魔法の授業をサボるから言い訳をでっち上げて」
「そんぐらいだったら良いですけど、まゆちゃん先生はどうするんですか?」
「………寝る」
まゆちゃん先生はそう言うとゆらりと立ち上がってベッドの方へふらふらと歩いて行き、そのまま突っ伏した。
おいおい、いくらなんでもだらしなさすぎだろ。
「ねぇフーマ様。ちょっと水でもぶっかけても良い? もしくは燃やしても良い?」
「落ち着けアン。俺は普段の冷静なアンの方が好きだぞ」
「しかしフーマ様。私達はどうしましょうか?」
「んー。そうだな…………まゆちゃん先生、どうせなんで部屋の掃除をしてっても良いですか?」
「あ〜、うん。ありがとー」
まゆちゃん先生が片手を上げてヒラヒラと振りながら返事をした。
さてと、それじゃあ始めますか。
「それじゃあシルビアは洗濯物、アンはゴミ捨てと床、俺は机周辺を担当する。頑張ってくれたら何かご褒美をあげるからよろしく頼む」
「えー、ちなみにご褒美って何?」
「何が良い?」
「それじゃあ、私もシルちゃんみたいに添い寝する権利が欲しい」
「別に良いけど、シルビアはどうする?」
「い、いえ! 私は既にフーマ様と添い寝する約束をしていただいているので十分です!」
「リア充爆発しろー」
「…………。それじゃあ、そんな感じで掃除開始!」
そうして俺とアンとシルビアの3人は小一時間ほどでまゆちゃん先生の部屋を掃除し、ついでにまゆちゃん先生の脱ぎ捨てたローブの中から部屋の鍵も見つけといてやった。
「先生、掃除終わりましたけど……って寝てるし」
「フーマ様も昼寝してばっかりだけど、もっとダメな勇者もいたんだね」
「それって俺もダメって事か?」
「滅相もございません! フーマ様は最高の勇者様です!」
「おぉ、シルビアは可愛いなぁ」
『まったく、年下の娘にチヤホヤされて鼻の下を伸ばすんじゃありません』
だって、シルビアは俺が何をしても好意的に捉えてくれるんだもん。
そんなん甘やかしたくなっちゃうじゃんね。
ほら、ご褒美のジュースだぞー。
アンとシルビアが俺の取り出したリンゴっぽい何かのジュースを飲み始める。
俺はその間に部屋の隅に置かれた机に向かい、自分で片付けた本の一冊を開いて軽く目を通してみた。
「それにしても、まゆちゃん先生が頑張ってるってのは本当みたいだな」
「そうなの?」
「ああ。ほら、こんな難しそうな本を何冊も広げて勉強してたみたいだし」
「ふぅーん。何々? これはどうやって体内の魔力が魔法に変換されるかの論文かな?」
「分かるのか?」
「まぁ、なんとなくはねー。シルちゃんが修行してた間私は暇だったから、ボタンさんに本を借りて読んでたんだよ」
「へぇ、アンはどんどん賢くなるなぁ。それじゃあ、こっちは何の本か分かるか?」
「これは人によって身体や魂の作りが違うのに、どうして同じ魔法を覚えれば同じ結果を導き出せるかの本だね」
『あぁ、それは私も読んだ事がありますね』
「それじゃあ、その答えも知ってるんですか?」
『いえ。それは一つの説を立ててそれの検証をするところまでで終わっているので、答えは未だ分かっていません』
「あ、ホントだ。端っこに結局分からんのかい! って書いてある」
こんなに難しそうな本を最後まで読んで、結局その答えが分からず終いじゃ腹が立ちそうだな。
まゆちゃん先生はこんな事を一人で延々と繰り返していたのかもしれない。
そりゃあ病みもするわ。
そんな事を考えながら持っていた本を棚に戻すと、シルビアがベッドの方を向いて口を開いた。
「おや、どうやら目を覚ましたみたいですね」
「んー? んん? あぁ、そういえば部屋の掃除をしてもらったんだっけ」
「おはようございます、まゆちゃん先生。部屋の鍵も見つかったので、ドアノブにかけておきましたよ」
「あぁ、ありがとー」
まゆちゃん先生が目をこすりながら毛布の中からモゾモゾと出てくる。
あぁ、この人は布団の中で服を脱ぐ癖があるタイプの人か。
「とりあえず、服を着て寝癖でも直してきてください」
「え? あ、あははは。これは失敬失敬」
俺が背を向けてベッドから離れ始めると、後ろでガサゴソと音がし始めた。
どうやらアンとシルビアもまゆちゃん先生の着替えを手伝っているらしい。
「もうこっち見て大丈夫だよ」
「分かりました」
「あはは。みんな掃除をしてくれてありがとね。すごく助かっちゃたよ」
「徹夜で勉強するのも良いですけど、あんまりやりすぎると体に悪いですよ」
「いやぁ。でも、私はみんなより役に立ってないし」
まゆちゃん先生が頰をポリポリとかきながら苦笑いを浮かべてそう言った。
なんか見ていて心が痛む笑い方だな。
「それじゃあ、まゆちゃん先生さえ良ければなんですけど…役に立ちに行きますか?」
「え? どういう事?」
「なぁ、シルビア。今の俺達がギリギリ勝てそうな魔物とかダンジョンとかってあるか?」
「フーマ様ならどの様な魔物でも勝てると思いますが…」
「……アンは何か無いか?」
「うーん。それじゃあエルフの里に行くのはどう? ターニャ様が軍のみんなで世界樹を定期的に攻略するって言ってたから、まゆちゃんの出番もあると思うよ」
「よし、それじゃあそうするか」
「あ、まゆちゃん先生って戦う時に鎧とか武器とか持つ派ですか?」
「ローブと杖だけだけど…」
「よし、それじゃあ行きますか。テレポーテーション!」
かくして、俺とアンとシルビアの3人はまゆちゃん先生に元気を取り戻してもらうためにエルフの里へ向かうのであった。
あそこの軍の指揮はこれぞ女傑って感じのファーシェルさんがとってるし、多分活躍する機会が無くて辛いなんて言ってられないぐらい働かせてくれるんじゃないかね。
次回25日予定です




