24話 無口な二人
風舞
「ほへぇぇ。疲れた」
お姫様との会談を済ませた後、俺達一行は間借りしていた部屋でのんびりしていた。
なんでもお姫様が俺と舞の部屋を用意してくれるらしく、今はその手配待ちだ。
「のうフウマ。お主、あれをどうにかせんで良いのか?」
「あぁ…まぁ、良いんじゃないか?」
「確かに、今フーマ様が話しかけたら余計泣いてしまいそうですものね」
トウカさんがアンに世話されながら泣いているシルビアを見てそう言う。
シルビアはさっきのお姫様との契約からずっとこの調子で、俺の顔を見ては泣いてを繰り返しており、全く泣き止みそうな様子はない。
なんとなく感動して泣いているのは分かるのだが、シルビアがここまで勇者に対して思い入れがあったとは少しだけ予想外である。
「そういえば風舞くん。シルビアちゃんと戦ったってさっき言ってたけど、どうしてそうなったのかしら?」
「ああ。実はな…」
先程中庭に行ってから訓練場に移動してのあれやこれやをかくかくしかじか説明した。
舞は腕を組んでふむふむ聞いているだけで、特に質問などはしてこない。
これは「私も戦いたかったのに!」とか言う雰囲気か…?
そう思っていたのだが…
「なるほど。私もシルビアちゃんと風舞くんの試合を見たかったわ」
意外にも舞のセリフは冷静なものであった。
あれ? 見た感じ真面目モードでは無さそうなんだけど、いつもみたいに奇行に走らないのか?
「………? どうしたのかしら?」
「あぁ、いや。なんか舞が大人しいなと思って…」
「私にだって少し考え事をしたい時もあるのよ」
「あぁ、そう」
そう言って腕を組んだまま目を閉じる舞を見て、俺とローズとトウカさんは思わず互いの顔を見合わせてしまった。
舞の考え事か………凄い気になる。
『聞いてみないのですか?』
確かに聞いてみたくはあるのだが、あの舞がこうして目を閉じて考え事をしているという事は一人で考えたい内容なのだろう。
ここはそっとしておいてあげた方が良い気がする。
よし、ここはぐっと我慢だ、俺。
「それにしても、意外とミレンに関する話はなかったな」
「そうじゃな。トウカやシルビアについてもあまり触れておらんかったし、おそらくフウマとマイの従者という大きいくくりで扱う事で、あまり妾が魔族である事に触れん様にするつもりなのじゃろう」
「やはり人族の長としては魔族は歓迎し辛いですし、見て見ぬフリをするという事ですか」
「ふーん。じゃあミレンは出来るだけ一人で行動しない方が良いかもな」
「ま、まぁ? お主がそう言うのじゃったら共に行動するのもやぶさかではないの」
ローズがそう言って自分の肩に付いている身請けの印を俺にチラチラと見せてくる。
そうだな。
折角ボタンさんが入れてくれたんだし、もうちょっとこのカッコいい印を見せつけても良いかもな。
そんな事を考えながらすり寄って来たローズの頭を軽くポンポンしてやると、トウカさんが軽く部屋を見回してふと気がついた様に口を開いた。
「そういえば、フレイヤ様はどちらに?」
「あれ? 言われてみればいないっすね」
「む? さっきまでそこで寝ておったと思ったんじゃが…」
3人揃ってキョロキョロと見回してみるが、フレイヤさんの姿は見えない。
どうやら俺が魔力感知で追える範囲内にもいないみたいだ。
そんな事を考えながら感知できる範囲内をもう一度確認していると、アンがシルビアの鼻をチーンしながら俺に声をかけてきた。
「フレイヤさんならさっきちょっと出かけて来るって出てっちゃったよ?」
「マジかいな。あの人だけで出歩かせちゃまずくないか?」
「うむ。あやつは魔物じゃし、一人でウロついていてはその場で殺されてもおかしくないかもしれぬ」
「なぁ、舞。フレイヤさんの位置分からないか? 舞なら契約魔法を駆使して従魔の位置を探れたりしないかと思ったんだけど…」
「ん? そうねぇ………あ、見つけたわ。多分中庭のあたりかしら」
「よし、それじゃあ早速捕獲しに行くぞ!」
「うむ」「はい」
そうして俺とローズとトウカさんはフレイヤさんを探しに行くために立ち上がったのだが、 舞は座ったまま動こうとはしなかった。
「舞?」
「ごめんなさい。私は少しシルビアちゃんと話したい事があるからドラちゃんの事は任せても良いかしら?」
「別に良いけど、大丈夫か?」
「ふふっ。別にシルビアちゃんをとって食おうとは考えてないから大丈夫よ」
「その心配はしてないけど、悩みがあったら相談しろよ?」
「ありがとう。でも、本当に大した事じゃないから心配はいらないわ」
「どちらにせよ城の者が来るまではフウマかマイのどちらかはここにいないとマズイじゃろうし、マイにはここにいてもらった方が良いじゃろ」
「そう言う事よ。だからドラちゃんをお願いするわね」
「あ、ああ。それじゃあ行ってくる」
いささか舞の様子が気になりもするが、俺がここにいてはシルビアとの話というものも出来ないみたいだし、ここは大人しくフレイヤさんの捜索に当たるとしよう。
でもなぁ、なんか凄い心配なんだよなぁ。
◇◆◇
舞
風舞くん達がドラちゃんを探しに行ってくれた数分後、私はようやく落ち着いてきたシルビアちゃんにハンカチを渡しながら話しかけた。
シルビアちゃんはお礼を言ってから私のハンカチを受け取ると、頰についていた涙を拭きながら私の顔を見上げる。
「シルビアちゃん。風舞くんに試合で勝ったというのは本当?」
「は、はい。大変恐れ多い事ですが、今回は勝ちを譲っていただきました」
「そう。これなら風舞くんを任せても大丈夫そうね」
「マイ様?」
「え!? もしかしてマイ様どこかに行っちゃうの!?」
アンちゃんがそう言いながら驚いた顔を見せる。
あぁ、少し言葉足らずだったかしらね。
「もちろんどこにも行くつもりはないわ。でも、ラングレシア王国と共に戦うことになったのだし、もしかすると私達を2組に分けて行動する事もあるかもでしょう? だからシルビアちゃんにはこれまで以上に風舞くんの補佐をお願いしたいのよ」
「私がフウマ様の補佐など…。マイ様の方が適任ではないですか?」
「いいえ。戦力的な話をするのなら私とトウカさんとドラちゃんで1チーム、風舞くんとシルビアちゃんとミレンちゃんで1チームとした方が、チーム内のバランス的にも戦力を公平にする意味でも最善だと思うの」
「確かに、ミレン様と風舞様はラングレシア王国で戦う時はセットにしておいた方が良いだろうし、それが最善だろうね」
「ええ。だから、私がいない時のフウマくんはシルビアちゃんに任せたいの。ミレンちゃんはほら…相手が魔族だと色々あるでしょうし…」
いくらローズちゃんの体が縮んで元の姿からかけ離れた背格好であるとは言っても、以前の面影はかなり残しているだろうし、ローズちゃんが戦闘に参加出来る機会はそれなりに限られてくると思う。
相手が現役時代のローズちゃんと面識のある可能性が高い魔族と戦う事になる今回の一件は、ローズちゃんの正体に関する警戒はしすぎてもしすぎるという事はないはずだ。
「ほらシルちゃん。あのフーマ様第一のマイ様がシルちゃんに直接お願いしてるんだから、ちゃんとお返事しないと」
「う、うん。マイ様、非才なる我が身ではございますが、慎んでお受けさせていただきます」
シルビアちゃんバッと私の前で片膝をついて頭を下げた。
この娘は本当に真面目なのね。
これなら風舞くんに真面目過ぎて禿げるぞと言われるのも頷ける気がするわ。
「もう、シルビアちゃんは非才なんかじゃないわよ。この短期間でそこまで強くなってるんですもの。貴女の風舞くんを思う気持ちは並大抵の才能を十分に凌駕するシルビアちゃんだけの絶大な能力である事は間違いないわ!」
「あ、ありがとうございますマイ様。このシルビア…今後とも我が主人のために日々研鑽を続けたいと思います!」
「もう! シルビアちゃんは可愛いわね!」
「ま、マイ様!?」
私に抱きつかれたシルビアちゃんが心から驚いたという様な声を上げる。
ちょっぴり悔しいけれどシルビアちゃんは私と同じくらい風舞くんを想っていて、そのために文字通り血の滲むよう様な修行で力をつけて私達に並ぶ力を身につけてきた。
この娘になら、私の最愛の人を安心して任せられる。
私はこんなに素敵なお友達が出来たことを心から誇りに思うわ。
「ふふふ。シルビアちゃんの尻尾はふわふわねぇ」
「ま、マイ様!? いきなり何をなさるのですか!?」
「そうだよマイ様! 私達はマイ様にだけは尻尾と耳を触らせちゃダメって言われてるんだから、フーマ様の許可なしに触っちゃダメだよ!」
「えぇぇ、ちょっとぐらい良いじゃないの。ねぇ、白銀の竜殺しちゃん?」
「ま、まま…マイしゃま!? どうしてその名を!?」
「どうしてって、普通に冒険者ギルドで話題になってたわよ?」
「あ、あ……アン〜!!」
「あぁ、はいはい。シルちゃんはその名前で呼ばれるのが恥ずかしいんだよね。フーマ様にだけは絶対に秘密なんだよね」
「あら、そうなの? でも、風舞くんも…」
「マイ様?」
「ふ、風舞くんもシルビアちゃんの事可愛いって言ってたわよ?」
風舞くんもシルビアちゃんが白銀の竜殺しって呼ばれていることを知っているわよ? と言おうとしたらアンちゃんに物凄い顔で見つめられてしまった。
普段は身長や雰囲気的にシルビアちゃんの方がお姉さんに見えるけど、こうして話してみるとアンちゃんがかなりしっかりしているからか、シルビアちゃんの面倒をちゃんと見てあげているお姉さんって感じが結構するのよね。
ほら、今だってシルビアちゃんの頭を優しく撫でてあげてるし、かなりのバブみを感じるわ。
「ね、ねぇアンちゃん。ちょっと試しに私の頭も撫でてみてくれないかしら?」
「別に良いけど、どうして?」
「だってほら、シルビアちゃんの目がトロンってしちゃってるし、どんなものなのか少し気になるじゃない」
「う、うーん。言うほど大したものじゃないと思うんだけどなぁ」
そう言いながらもシルビアちゃんと反対の太ももに乗せた私の頭を撫でてくれるアンちゃん。
お、おぉぉ。こ、これはかなりヤバイわね。
「私、将来はアンちゃんの娘になるわ。それで毎晩こうして頭を撫でてもらいながら、眠りにつくの」
「えぇぇ。私、こんなに大きな娘は二人もいらないよぉ〜」
アンちゃんは呆れた顔でそう言いながらも、私とシルビアちゃんの頭を優しく撫でてくれる。
シルビアちゃんまで娘換算されているのが少し気になったけど……確かに言われてみればシルビアちゃんはもう母親に甘える子犬にしか見えないわね。
ふわぁぁぁ。
風舞くんの従者は二人ともかなりの逸材だったわ。
◇◆◇
風舞
フレイヤさん捜索のために部屋を出て中庭に向かうと、意外とすぐにフレイヤさんの姿を確認する事が出来た。
フレイヤさんはベンチに座り…
「確かエスと呼ばれておったかの」
白髪のエス少年と一緒に中庭の植物を見つめている。
あの二人、何やってるんだ?
「どうやら二人で話をしているみたいですね」
「何の話をしているか分かります?」
「二人とも口数が極端に少ないので正確な事は分かりませんが、得意な武器に関する話でしょうか」
物陰から顔を出して様子を伺う俺にトウカさんがそう説明をしてくれた。
得意な武器の話か…別に話題としてはそこまでおかしくはないけど、フレイヤさんはあのエス少年と話すためにここまで来たのか?
「フレイヤが他人に興味を持つなど珍しいが、あの少年には何かあるのかの?」
「エスのプロフィールは私達にもよくわかりません。ある日、ヒルデが我が国を流れるとある川の畔で見つけて来て保護しました」
物陰から様子を伺っていた俺達の後ろからやって来たお姫様が、そう言いながら俺達と同様に無口な二人の様子を覗き込んだ。
どうやら俺達がここにいるのに気がついて、何をしているのか気になったらしい。
お姫様の後ろには書類を抱えたヒルデさんが立っているし、どこかへ向かう途中だったのかもしれない。
「ヒルデさんが保護を? それじゃあ、両親とかも分からないんですか?」
「はい。私がエスを拾ったのは3年前なのですが、彼の出生に関する情報は未だ何も掴めていません」
「ふむ。それではあやつの種族も分からんのか」
「え? 人間じゃないのか?」
「うむ。あれは人族でも魔族でもない。何やら特殊な気配をしておる」
「では、その辺りが従魔であるフレイヤと通じ合った要因なのでしょうか」
「確かにエスがあそこまで楽しそうにしているのは初めて見ましたし、彼にとってあのお方は受け入れ易い雰囲気だったのかもしれませんね」
あのエス少年、楽しそうなのか。
俺には無表情で虚空を見つめている様にしか見えないけど、お姫様には3年来の付き合いだから分かるのか?
フレイヤさんもいつも眠そうな無表情のままだし、俺にはなんとなく異様な光景に感じてしまう。
「それじゃあ邪魔してもあれですし、そっとしておいてあげた方が良いですかね?」
「はい。エスは城の者も既にほぼ全員が認知していますし、あのお方と二人きりにしておいても問題はないでしょう」
「ふむ。フレイヤもいきなり人を襲う様な事は無いじゃろうし、そうしておいてやった方が良いか」
こうして、当初の目的通り行方不明のフレイヤさん捜索任務を終えた俺達はお姫様達と共にその場を後にするのであった。
さてと、舞達は今頃どうしてるかね。
次回、21日予定です




