18話 身請けの印
風舞
奴隷……奴隷かぁ。
折角異世界に来たんだから可愛い奴隷の1人でも欲しいと思ってはいたけれど、よりにもよってローズかぁ。
「はぁぁ」
「おい、その溜息はなんじゃ。もしや妾を奴隷にしたくないのかの?」
「まぁ、そうだな。それって俺じゃないとダメか? 舞でも良いと思うんだけど…」
ローズの言う奴隷とは名目上のものではなく契約魔法とかを使った本物の奴隷って意味だろうし、何だかんだ保護者になってくれているローズを奴隷にするのはちょっと気が引ける。
それに仮にローズを奴隷にでもした日にはシスコン吸血鬼のフレンダさんが暴れ出さない訳がないし、今の俺にはシルビアとアンという愛すべき従者がいるのだから、リスクを負ってまでローズを従僕にしたくはない。
「そうよミレンちゃん! 私がミレンちゃんのご主人様になってあげるわ!」
「あぁ……。マイはその…色々とアレじゃからな」
「確かにアレですね」
「アレって何かしら?」
「言ってもよろしいのですか?」
「え、遠慮しておくわ」
トウカさんに凄まれた舞が興奮を収めソファーにポスリと座る。
近頃みんな舞の扱いに慣れてきたからか、比較的舞が大人しい気がする。
しょんぼりしてる舞はちょっと可愛いな。
「しかし、マスターもフーマ様もミレン様と契約しないというのは困りましたね」
「そうだね。勇者であるフーマ様かマイ様と契約しないと、ミレン様が奴隷になる意味はないだろうし…」
「のうフーマ。どうか引き受けてくれんかの?」
『おいフーマ! 絶対に引き受けてはいけませんよ! お姉様を奴隷にするなど万死に値します! ……あぁあぁぁ、しかし、お姉様を奴隷にすればあんな事やこんな事も!!』
俺の脳内で1人問答をしているフレンダさんはともかく、俺しかいないのであればローズと契約するのも止むなしかもしれない。
だが、ローズが魔族であると確実にバレない方法があるのなら俺の奴隷になってもらう必要もないわけで……。
あぁ、誰かそういう変装に詳しそうな人はいないかなぁ………………あ、いるじゃん。
「とりあえずボタンさんのところに行ってみるってのはどうだ? もしかすると何があってもミレンが魔族だとバレない方法を教えてくれるかもだぞ」
「うぅぅむ。あまりボタンに世話になりすぎるのも悪い気もするが、一先ずは致し方ないかの」
「あ、あのー。私の奴隷になるというのは?」
「それだけは無いから安心して良いぞ」
「むぅ、私だって立派なご主人様できるのに…」
はいはい、舞が立派なご主人様なのは知ってるから俺の背中を突かないでな。
トウカさんも「本当ですか!?」みたいなわざとらしい驚いた顔しないの。
舞がまた拗ねちゃうでしょ。
そんな感じで、俺と舞とローズは雲龍へ向かう事になった。
なんか最近しょっちゅう雲龍に行ってる気がするな。
◇◆◇
風舞
「…て事で来たんですけど、何か良い方法ないか?」
ローズが魔族だとバレない完璧な偽装工作を行う方法を求めて雲龍までやって来た俺と舞とローズの3人はカウンターに横並びになってラムネを飲みながらボタンさんに話を聞いていた。
ちなみにローズは炭酸がそこまで得意ではないらしく、チビチビと口をつけては顔をしかめている。
なんかロリ可愛いな。
「そうやなぁ。いくつか方法が無いわけやないんやけど…」
「おお、流石ボタンさん」
「そのほとんどがかなり貴重な素材が必要だったり、副作用や後遺症が残る可能性のあるものなんよ」
「ちなみに後遺症って?」
「大した事ないものやとミレンはんがかなり弱体化してしもうたり…」
「それは困るの。これ以上は弱体化したくないのじゃ」
「人間になったまま元の肉体に戻れなくなったり…」
「それは駄目ね。ミレンちゃんのこの耳がなくなっちゃうのは嫌よ」
「あぁあと、髪の毛が全部抜けてしまう事もあるなぁ」
「それは駄目だ。ミレンの綺麗な髪がなくなるのは俺が辛い」
「となるとやっぱりミレンはんを完璧な人族に見せるのは無理やろうなぁ」
「マジかぁ」
ボタンさんなら何かしらの良い方を知っているかもと思ったけど、副作用なしとなるとそう上手くはいかないか。
やっぱりローズに俺の奴隷になってもらうしかないのかねぇ。
そう思っていたその時、ボタンさんがふと思い出した様に口を開いた。
「そういえば、フーマはんはミレンはんを奴隷にするのが嫌なんよね?」
「まぁ、そうだな。なんとなくミレンを奴隷にするっていうのは気が引けるっていうか、奴隷にした後が怖いっていうか……そんな感じだ」
「それなら、ミレンはんに遊女になってもらうのはどうやろか?」
「遊女? それってあのエッチなお姉さんみたいな、あの遊女か?」
「ウチが言うてるんはソレイドにいる様な大衆化されたものやなくて、火の国にいる様な格式高い花魁の事やよ」
「遊女って格式高いのか?」
「ええ。日本の遊女にも沢山のしきたりがあって、風舞くんが思ってるよりもかなり厳しい世界だったそうよ。例えば男の人は馴染みの遊女が出来た後に、他の遊女のところに行った事がバレたら頭を半分だけ坊主にしたり、高額なお金を払って詫びを入れないといけなかったらしいわ」
「へぇ、全然知らなかった。キャバクラとは全然違うんだな」
「火の国の遊女はフーマはん達の世界のものとこの世界の風習が混ざって独自のものになってるんやけど、そのしきたりの一つに身請けいうものがあるんよ」
「身請けって言うと、遊女の借金とか身代金を払ってお勤めを終わらせてあげる事よね?」
「そうやね。ただ、この世界の身請けはお客と遊女の特殊な契りとして互いの体にその印を入れるんよ」
「印ってどんなのだ?」
「一番多いのは花の印やね。せやから遊女は身請けしてくれる人が現れるのを願うて花の名前を名乗る事が多いんよ」
「ん? それじゃあボタンさんも遊女だったのか?」
「そうやよぉ。まぁ、もう随分と昔の話なんやけどなぁ」
ボタンさんがそう言って俺に流し目を送ってくる。
なんだ? 俺は別にボタンさんの昔の男に嫉妬したりしないぞ。
しないからな!
『おいフーマ。胸が苦しいので動揺を抑えてください。ボタンの歳は700を超えるのですから、男の10人や100人いて当然でしょう?』
「べ、別に動揺してないです。それより、ミレンを俺が身請けした遊女だって事にすれば魔族でも城に入れるのか?」
「火の国の遊女は人族も魔族も両方いてるし、多分それで問題ないはずやよ。ラングレシアのお姫はんは勇者であるフーマはんが身請けした相手を魔族だからという理由で処罰したら、火の国に悪く思われると考えるやろうからなぁ」
「ふーん。ミレンちゃんとフーマくんにお揃いのマークをつけて、擬似的に火の国の庇護下に入るみたいなものかしら」
「そうやね。火の国の武力はこの世界でも有数やし、いくらラングレシアのお姫はんの底が見えない言うても、フーマはんとミレンはんが火の国と交流があるかもしれないと思えばそう易々と手出しはできないんよ」
なるほど。
ローズと俺が火の国のしきたりに基づく関係である事をアピールして、あのお姫様に俺たちの裏には火の国がいるかもしれないと思わせるのか。
そうする事で、もしもローズが火の国で特殊な立ち位置にいる遊女だったりしたら下手に手を出したら大変な事になるかも…とあのお姫様に勘違いしてもらえれば重畳と…。
確かにそれならローズを奴隷にするよりもラングレシア王国ではそれなりに丁寧に扱ってもらえるかもしれないな。
「しかし、火の国の遊女の身請けの印を入れるのは専門の者にしか出来ないと聞いた事があるぞ。確か印を重ねると特殊な光が出るんじゃろう?」
「あぁ、それならうちが印を入れられるから何の問題もあらへんよ」
「ボタンさんは何でも出来るんだな」
「身請けの印を消す方法を探しているうちに覚えただけやから、このぐらいなんでもあらへんよぉ〜」
そう言ったボタンさんが愉快そうな顔でコロコロと笑う。
身請けってよく分からないけど、愛し合った男女がするもんじゃないのか?
その印を消すって事は………いや、これ以上考えるのはやめておこう。
これ以上は今度ボタンさんに記憶を読まれた時にどう思われるか不安になってくる。
「ふむ。それでは早速お願いしても良いかの? その印はどこに入れるのが一般的なんじゃ?」
「身請けの印は言わば愛の印やから人それぞれやね。自分達の仲を周囲に知らせたいなら目立つ所やし、2人だけの密かな関係にしたいなら目立たない位置に入れるんよ」
「愛の印…なんだかロマンチックね。私も風舞くんとお揃いの印を入れたくなってきたわ!」
「舞まで入れたらややこしくなるからまた今度な」
「むぅ、風舞くんとお揃いなんてミレンちゃんばっかりズルいわね」
舞が唇を尖らせながらブーブーと文句を言ってくる。
しかし俺と同じ勇者である舞まで身請けの印があったらややこしすぎるし、今回は控えてもらうべきだろう。
…って、なんでおデコを出してるんだ?
もしかしてそこに印を入れるつもりだったのか?
「それじゃあ、俺は肩にするかな。手の甲とかはもうお姫様に見られてるから怪しまれるだろうし、その辺りが無難だろ」
「ふむ。それでは妾もフーマと同じ位置に頼む。べ、別に深い意味はないぞ。ただ場所を考えるのが面倒なだけじゃからな!」
ローズが聞いてもいない事を一人で言い訳し始めた。
おい、俺の方をそうやってチラチラ見るとその度にフレンダさんから呪詛が飛んでくるし、横の舞から小突かれるから止めてくれないか?
そう思ってもローズの視線に気がついていないフリをしないと余計に面倒になるので、特に何も言い出せないのが物悲しい。
「あらあらあら、それじゃあ場所は決めたみたいやし早速始めるとしましょか。印はどんなデザインが良いやろか?」
「それでは薔薇と鋏で頼む。これならば妾達の事を表していると分かりやすいからの! のうフウマ!?」
「あぁ、はいはい。ミレンの好きにしてくれ」
「それじゃあ少し準備するから待っててなぁ」
その後普通に絵が上手かったボタンさんと印のデザインについて話し合ったり、特殊なインクに俺とローズの血を入れたり、そのインクに軽く魔力を通したりと色々やった結果、無事に俺とローズの肩には薔薇と鋏をあしらった身請けの印が入れられた。
この印はタトゥーシールの様なものを使って肩に入れたため俺とローズの肩の印は寸分違わず同じものであり、身体に直接彫り込んだ訳ではないから消したくなったら傷跡も残さずに消せるらしい。
アフターサポートまでしっかりしているとは、さすがはボタンさんと言ったところだろうか。
「はい。これで完成やね。二人とも肩を寄せて印に魔力を流してみてくれへん?」
「ああ。こんな感じか?………っておお! 空中に同じ印が立体投影されるのか! めちゃくちゃスゲェな!」
「あらあら、こんなんで喜んでもらえるなんて嬉しいわぁ」
「ふふ。フウマとお揃いの印………愛の印か…」
「ミレンちゃん? 何をカッコつけて窓の外を覗いてるのかしら? もしかしてそんなに嬉しかったの?」
「べ、別にそういう訳ではないぞ! ただ、こういうのは初めてじゃったから……こう、少しだけ感慨深く思っておるだけじゃ!」
「ふぅーん。ねぇ、風舞くんはその印どう思う?」
「普通にカッコ良いと思うぞ。こういうのを肩に入れるのってやっぱり少し憧れてたからな」
「そう、これなら別に目くじらを立てる事も無さそうね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ。とてもよく似合っていてカッコいいって言ったのよ」
「そうか? やっぱり舞は話が分かるなぁ」
舞は結構俺と感性が似ているところがあるし、このカッコ良さを分かってくれるらしい。
ラングレシア王国に足を運ぶ用がなくなっても、オシャレとしてこの印を残しておくのはアリかもな。
『おいフーマ。ボタンにこのデザインを残しておく様に頼んでくれませんか? 私も体を取り戻したらその印を入れたいです』
「おお、フレンさんにもこの良さが分かるんですね」
『はい。特にお姉様の気高さをしっかりと表現したこの薔薇がステキだと思います』
「そうなんですよねぇ。あぁ、やっぱりローズは良いよなぁ。カッコいいし凛々しいし、まじ最高」
「な、なんじゃいきなり!?」
「だ、大丈夫よね? 今のローズは薔薇って意味で言ったのよね?」
なんだか舞とローズが騒いでる気もするが、俺はボタンさん監修のこの印の格好良さをもう少し味わっていたいし放っといても良いか。
いやぁ、やっぱりカッコいいなぁ。
次回、再びラングレシア王国へ…。
10月8日投稿予定です。




