14話 笑顔のお姫様
風舞
明日香に剣で吹っ飛ばされて暗殺者の集団に突っ込んだ後、俺は気絶したふりをしながら周囲の話を聞いていた。
このままのこのこと起きて行けばまた明日香に殴られてもおかしくはないし、幸いにも明日香の攻撃は剣の側面で俺を殴り飛ばしただけであったため多少痛くても大した怪我はない。
「久し振りね。篠崎さん」
「そうだね。土御門さんは元気だった?」
「ええ。私と風舞くんはある人に保護してもらってたから無事だったわ」
「ある人って?」
「今は私の話よりも先にあそこの賊の始末をつけた方が良いんじゃないかしら? 王女殿下と国王様の御前にあんな無粋な人達をいつまでも置いておくわけにはいかないでしょう?」
「あ、そうだった」
明日香がそう言ってお姫様の元へ走って行く。
一方の舞はシルビアとトウカさんを視線で指示を出して自分の周りに集め、その場で片膝をついて首を垂れた。
『あそこにいる娘は誰ですか?』
「あぁ、どうやらクラスメイトの前なので化けの皮を被ったみたいですね」
『化けの皮とはよく言ったものですね。今のマイは普段のマイと完全に別人ではないですか』
俺とフレンダさんがそんな話をしているうちに、先程王様に指示を貰ったのであろう騎士が数名の騎士を連れて玉座の間にやって来た。
その内の一人…一番豪華な鎧を来た人が舞達が頭を下げる横で片膝をついて王様に話しかける。
「ご無事ですか国王陛下、第一王女殿下!!」
「ええ。そちらの皆様が私達を救ってくださいました」
「そうでしたか。そこの者、礼を言うぞ」
「いいえ。偉大なるお方の御身が危機に晒されているとなれば当然の事をしたまでにございます」
舞が頭を下げたままそう言う。
どうやらもう完全に役に入っているらしい。
フレンダさんはそんな舞が信じられないのか、再び同じセリフをつぶやいた。
『誰ですか』
「今の舞は化けの皮を被りつつガチモンの王様の前にいるこの状況を楽しんでるみたいですね。ほら、微妙に口元がピクピクしてます」
『あぁ、その様ですね。安心しました』
そんな話をトウカさんの水魔法で縛り上げられた暗殺者の集団に紛れながらしていると、豪華な鎧の騎士が再び王様達の方へ向き直って口を開いた。
「しかし、まさか我が国の重鎮がこの様な暴挙に出るとは」
「はい。私も未だに起こった事を把握しきれていません。彼らは国のため民のために心から尽くしてくれていたと思うのですが…」
お姫様がそう言いながら暗殺者の方を一瞥する。
へぇ、このおじさん達は国の重鎮だったのか。
それで信頼している人達が相手だから護衛が二人しかいなかった…と。
「この人達、本当に国の重鎮なんですか?」
『どういう事ですか?』
「だって、普通権力争いで暗殺する時って誰かを雇うなり自分の部下にやらせたりしません?」
『………確かにそうですね』
「それに、この人達はシルビアが腕を切り落とした奴も含めて戦闘中に全く魔力の動きを感じなかったんですよね」
普通誰かが魔法を放とうとすればその前に魔力の流れが分かるものだし、両手を国王達に向けていた男が魔法を放つつもりがなかったとは考えられない。
おそらく魔力の流れを周囲に漏らさない魔道具か何かを持っているんじゃないか?
そう思っていたその時、俺の手元にいきなり一枚の紙が現れた。
俺はその紙を他の人達には見つからない様に暗殺者の背中に隠しながら開いて中を見てみる。
◇◆◇
我が愛しのご主人様へ
ご主人様の予想通り彼らはこの国の重鎮ではありませんわ。
少し離れた位置から様子を見ていた者を捕まえて情報を話させたところ、その者達は呪術で操られたラングレシアの文官数名と残りは姿を変えた魔族でしたの。
私は引き続き周辺の調査とこの国の暗部との接触をして来ますので、そちらはお任せいたしますわ。
ご主人様の最愛の従者より
◇◆◇
頼りになる従者からの手紙を読んだ俺はその手紙をアイテムボックスに突っ込み、再びフレンダさんと話を始める。
「ですって」
『なるほど。それではこの者達はなんらかの方法で魔力の流れを隠蔽し、今現在も姿を変えているという訳ですか』
「そうっすね。でも、こいつら気を失っているのに姿が戻らないってどういう事ですか? 姿を変える魔法って気を失ったら元に戻りますよね?」
『確かにお姉様がよく使っている周囲の認識に作用して姿を変える魔法ならそうですが、肉体そのものを変質させておけば気を失っていても姿は元に戻りません』
「それじゃあ、魔力の流れを隠すのは何のためなんでしょう?」
『戦闘時に有利になるというのもありますが、呪術にかかっている者がいる事を気取られない様にするための工夫でしょうね』
「ふーん。魔力を完全に隠蔽するんじゃなくて流れを隠すだけだから周囲にはまず不審に思われないでしょうし、よく出来た魔道具もあったもんですね」
『はい。我が国でもその様な魔道具の開発をしていましたが、まさか完成させている国があったとは…』
フレンダさんやローズの国であるスカーレット王国は魔族国家の中で一番の列強だと聞いていたが、まさかその技術力を上回る国があるとはかなり意外だ。
この魔族達がどこの手の者かは確証はないが、あのお姫様達が相手にしようとしている国はかなり強力な国家なのだろう。
フレンダさんと話をしてそんな事を考えている間に、騎士とお姫様の話は終わったのか数名の騎士が何やら拘束具を持ってこっちにやって来る。
さて、このまま暗殺者達と一緒に牢屋に連れて行かれたら嫌だし起きるとしますかね。
「あ、あいたたた」
「貴様! 暗殺者風情が動くな!」
「え? な、なんですかいきなり!?」
「今更しらばっくれるつもりか! お前達が何をしたのか分かっていないのか!」
「か、勘違いです! 俺はそっちの人達の仲間で、あそこに立っている明日香に吹っ飛ばされて気を失っていただけです!」
『フーマもそれなりに道化ではないですか。マイの事を言えたものではありませんね』
いやいや、こうでもしないといきなり斬りかかられるかもしれないし仕方ないじゃないですか。
そんな事を考えながらオドオドとしつつ両手をゆっくりとあげると、騎士が俺を暗殺者達の中から引っ張り出して素早い動きでそのまま組み伏せた。
わお、普通に強そうだな。
「明日香様が理由もなく何者かに危害を加える訳がない! 吐け! 一体何をした!!」
「ですから何もしてないですって!」
「そちらのお方も私を救ってくださった恩人ですよ。無礼な働きをする事はこの私が許しません」
「そ、そうなのですか?」
「はい。ですので、即刻そちらの御仁を解放して謝罪しなさい」
「はっ! すまなかったな少年。私の思い違いで酷いことをしてしまった」
「い、いえ。それが皆さんのお仕事ですから…」
俺はそう言いながら立ち上がって首を軽く左右に振る。
ふぅ、かなり痛かったけど特に怪我はなさそうだな。
それにしても……。
『あの小娘、フーマがどの様な対応をするのか観察していましたよ』
やっぱりか。
この騎士を止めに入るのが遅かったから薄々そんな気はしていたが、フレンダさんも俺と同じ印象を抱いたらしい。
ボタンさんやキキョウの調査によるとこの国の王族に後ろ暗い事はないらしいし、人の本質を見抜く事に優れた明日香が信用しているみたいだがら悪い人では無いのだろうが、それなりに注意しておいた方が良いかもしれないな。
俺はそんな事を考えながら舞達の方へ歩いて行った。
「フーマ様、お怪我はありませんか?」
「ああ。特に問題はないぞ」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
シルビアがホッとした顔でそう言いながら逆立てていた尻尾をゆっくりと弛緩させて行く。
もしかすると俺が拘束されているのを見てかなり怒っていてくれたのかもしれない。
「あの騎士、命拾いしたわね」
わお、こっちにもブチギレる寸前の人がいたよ。
あ、トウカさんが舞の背中をつねって抑えておいてくれたのか。
いきなり犯罪者にならなくて良かったな。
そう考えているうちにお姫様が王様と数名の騎士を連れながら階段から降りて来て俺達に話しかけて来た。
「高音風舞様、土御門舞様。この度は我が国の問題に巻き込んでしまい申し訳ございませんでした。つきましてはその謝罪を含めて別室にていくつかお話をさせていただければと思うのですが…」
「はい。私共としましても第一王女殿下とお話しさせていただきたい事がいくつかありますので是非もありません」
「そうですか。それでは国王陛下、暫しの間お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「うむ。儂は賊の後始末の指揮をするとしよう。お主は帰還していただいた勇者様方に粗相が無い様にな」
「ええ、心得ております。それでは皆様、早速参りましょうか」
こうして、俺達はお姫様の後の続いて謁見の間を出て別の部屋へと向かった。
………、明日香も付いて来るのか。
はぁ、さっきから物凄い睨まれてるし心象悪いんだろうなぁ。
◇◆◇
風舞
お姫様に連れられて移動した後、俺と舞は揃ってソファーに座っていた。
シルビアとトウカさんはそんな俺達の後ろに控え、明日香とお姫様は俺達の正面のソファーに座っている。
ちなみに、つい先程暗殺未遂事件があったためか護衛の騎士は室内に5名、外に2名と割と多めだ。
「まずは皆様。改めましてこの度は私どもの窮地を救っていただきありがとうございました」
「いえ、俺達はそこまで大した事はしていませんよ」
「あそこまで的確な指示を素早く出せる者は我が国にもそういません。何も謙遜する事はございませんよ」
お姫様がそう言ってふんわりと微笑んだ。
ぐっ、この笑顔はボタンさんやエルセーヌさんに女性と会話する心得を教わっていなかったら落ちていたかもしれない。
このお姫様、中々やるな。
そんな事を考えながら後ろに立っているトウカさんに白い目を向けられていると、明日香が腹だたし気に机を叩いて立ち上がり怒鳴りかかって来た。
「そんな事より今までどこで何やってたの!?」
「だから…ソレイドで冒険者をやってた」
「それじゃあその2人はどこであったの!?」
「二人ともソレイドで…」
トウカさんと出会ったのはエルフの里なのだが、エルフの里まで行った経緯を説明するとなると面倒だし、ここは別に誤魔化しても良いだろう。
俺達の行方を把握できていなかったお姫様達にもこの嘘はバレないはずだ。
そんな事を考えながら明日香の険しい視線から目を逸らすと、俺の横で紅茶に口をつけていた舞がティーカップを置いて軽く殺気を混ぜながら明日香に話しかけた。
「篠崎さん。そう興奮していてはまともに話も出来ないわ。まずは落ち着いて話をしましょう?」
「でもっ……!」
「それに、篠崎さんは第一王女殿下と良いお付き合いをしている様だけれど、こういった場で殿下を蔑ろにして自分の話したい事を話すのはどうかと思うわよ?」
「っっ……ごめんお姫ちん」
明日香はそう言うと顔を伏せ、そのまま椅子に腰掛けた。
さ、流石舞さん。
やっぱりこういう時は頼りになるんだな。
そんな事を考えている内に舞がお姫様に軽く頭を下げて謝罪する。
「申し訳ございません殿下。お見苦しいところをお見せしました」
「いいえ構いませんよ。明日香様も皆様の事を深く心配していらっしゃいましたから、思うところもあるのでしょう」
「…………」
その言葉に明日香は黙ったままで特に何の返事もしなかった。
お姫様はその様子を見て少しだけ笑みを浮かべ、再び俺達に話しかける。
「さて、私からもいくつかお聞きしたい事がありますので聞いてもよろしいですか?」
「はい。俺達に答えられる事であるのなら」
「それではあの日、高音様と土御門様がこの城から出て行ってしまわれた原因をお聞きしてもよろしいですか?」
いきなりその質問が来たか。
さっきはテンパっていたから何も考えずに土下座してペラペラと話してしまったが、今後のこのお姫様との付き合いを考えるとあまり下手な事は言えない。
「それは、俺達が勝手な勘違いで殿下の言葉を疑ったためです」
「勘違い…とは?」
「その…殿下が俺達を洗脳して馬車馬の様に使い潰すつもりなのではないかと…」
「お姫ちんはそんな事しない! いつも私達の事を思って大事にしてくれてるもん!!」
「篠崎さん? 私に同じ事をもう一度言わせるのかしら?」
「でも!!」
「良いのです明日香様。元はと言えば私に至らぬ点があったために起こった不幸なすれ違いです。この件において、高音様と土御門様に一切の非はありません」
一切の非はないか。
となると、俺達にその件で何かを求めるという事は無いと考えて良いだろう。
一先ずは金を払わなくても済みそうで安心だな。
って………あれ?
ていうか、よくよく考えてみたら捜索隊の運用費を俺達が払うって事は普通なくね?
金がかかりすぎるって言うのなら俺達が野垂れ死ぬ事を想定しつつ放置するだろ……普通。
けど、この何を考えているのかわからないお姫様は俺達の身を案じて捜索隊を出してくれた可能性が高いと……。
……ますます訳が分からなくなってきたな。
「寛大な御処置、感謝いたします」
「良いのです。しかし、参考までにお二方が洗脳をされるのではないかと考えた要因をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「えぇっと、その指輪です」
「これ…ですか?」
「はい。俺達の世界にはその様に光を発する宝石はないので、怪しい道具かと思ってしまいました」
「そうでしたか。もしよろしければ、確認なさいますか?」
お姫様がそう言いながら指輪外し、俺達の前にコトリと置いた。
このお姫様がここまで言うという事は本当に洗脳の道具ではないのだろう。
『見たところ怪しいところもありませんね』
よし、フレンダさんがそう言うのなら大丈夫そうだな。
「いえ、俺達はもう殿下を疑ってはいませんので…」
「そうですか。それは何よりでございます」
お姫様が全く表情を変えないままそう言い、再び指輪をはめる。
このお姫様、ずっと笑顔を浮かべてるけれど普段からこうなのだろうか?
いや、明日香はかなり心酔しているみたいだし、俺達の前だからか?
「それでは誤解も解けたところで次の質問に参りましょう」
「はい。何でしょうか?」
「高音風舞様と土御門舞様がこうして我が国に戻って来て下さったのは、我が国とジェイサット魔王国の戦争にお力をお貸しいただけるためと考えてもよろしいのでしょうか?」
お姫様、もといセレスティーナ第一王女はより一層深い笑みを浮かべながらそう言った。
その笑顔はまるで、彼女の武器であるかの様に俺達に強い衝撃を与えるのだった。
◇◆◇
風舞
お姫様との会談を済ませた後、俺達4人はあてがわれた部屋で戻って来たエルセーヌさんに遮音結界と認識を誤認させる結界を張ってもらいながら話をしていた。
先程のお姫様の戦争に力を貸してくれるのかという質問にはかなりの衝撃を受けたが、俺の出した答えは少し時間をくださいという保留の一手だった。
「で、俺はちょっと待ってって言ったわけだな」
「その様なお話をしていたのですか。初めて聞くことばでしたので、私には全く理解できませんでした」
「まぁ、あれは俺達の世界の言葉だからな。聞いたことないのも無理はないだろ」
そう、先程の会談での俺達の会話は全て日本語で行われていた。
あのお姫様がどうやって日本語を覚えたのかは謎だがローズやフレンダさんも日本語を話せるし、そこまで異常という程でもない。
もしかすると明日香達クラスメイトはランバルディア大陸の共通語を覚えてないのかもしれないな。
「それにしても、フーマ様があのお姫様に現を抜かしていた時は冷やっとしましたよ」
「そうなのですか?」
「い、いや、そんな事ないぞ。俺はただ顔が良いだけの女に惚れたりなどしない硬派な男だからな」
『フーマが硬派なわけないでしょう? いかれましたか?』
「流石にいかれたは酷くないですか?」
だってあのお姫様、話してるだけで信頼して良い気になって行くんだぞ。
ちょっとぐらい唆されそうになっても仕方ないじゃん。
それにちょっと…いや、結構可愛いし。
「でも、風舞くんがあのお姫様の最後の質問に頷かなかったのは凄いと思うわ」
「だろ? 俺だってやる時はやるんだよ」
『やる時はやると言っても保留にしただけではないですか』
「だって、ちょっと考える時間が欲しかったんですもん」
『ですもんって、何を情けない事を言っているのですか。あんな誘い断って仕舞えば良かったでしょうに』
「でも、クラスメイトを盾にされたら嫌ですし」
『ふん。どこぞの馬の骨とも知らない人間の事など放っておきなさい』
「どこぞの馬の骨か知ってるから困ってるんですよ!」
そりゃあ俺だってクラスメイト達がこの国で暮らしてなかったらその場で断っただろうけど、ここには明日香を始め俺のクラスメイト全員がいる。
仮にあのお姫様がとんでもない悪党でクラスメイト達を無理やり働かせていたら助けてやろうとも考えていたが、どうやらそうでは無いらしいし今後の方針は俺の雑な独断で決める訳にはいかないだろう。
「はぁ、せめてあのお姫様の本心さえ分かればもう少し楽なんだけどなぁ」
「本心ですか?」
「ああ。あのお姫様が俺達勇者をどう思ってるのかってところだな」
「そうね。私もそこが気になったけど、最後まで分からなかったわ」
「まぁ、超能力者じゃあるまいしちょっと話しただけじゃ分かんないよな」
「ええ。それにあのお姫様、政治家としてかなり優秀みたいなのよね。今までそういった人と何人か話した事はあるけれど、あの年であそこまでのカリスマを持っている人間はそういないわ。あのお姫様と話している間、風舞くんが骨抜きにされたらどうしようって冷や冷やしたもの」
「まぁ、俺はそこの辺りかなり優秀だからな」
「ふふ、そうですね」
『天邪鬼なだけでは無いのですか?』
「流石ですフーマ様!」
どうやら俺を心から褒めてくれるのはシルビアだけらしい。
フレンダさんは論外だし、トウカさんはその微妙なニヤケ面じゃあからかってる様にしか見えないぞ。
そんな事を考えながらため息をつきつつ背もたれに体重をかけると、俺の側に立っていたエルセーヌさんと目があった。
「そういえば、この国の暗部と接触してきたのか?」
「オホホホ。一先ずは顔合わせだけ済ませて参りましたわ」
「そうか。どうだ? 強そうだったか?」
「オホホ。どうやらこの国の暗部はかなり優秀な様ですわ。私が少し探りを入れようとしただけで姿を現しましたし、この国の機密を知る事はそこそこ難しそうですの。おそらくキキョウが潜入に来た際には大した諜報力は無いと見逃されていたのですわね」
「マジか。エルセーヌさんがそう言うならよっぽどだな」
「実際この国は一部の王族のカリスマとエルセーヌみたいな暗部の人間の力を上手く駆使して国を守って来たのでしょうね。少なくとも玉座の後ろにいた人に私は勝てそうにないわ」
「え? 玉座の後ろに誰かいたのか?」
「ええ。何回か私達を試すみたいに薄く気配を飛ばしてたわ。おそらく私が気づいている事も向こうに気づかれているでしょうね」
「マジかよ。そんなに強い人がいるなら勇者なんていらないんじゃないのか?」
「オホホホ。いくら一騎当千の兵が数人いるとは言っても万の軍隊には敵わないでしょうし、私達の様な者は正面切って戦う事に向いていないのですわ」
「それであのお姫様は勇者を沢山並べて戦争しようって事か? 実際それで上手くいくもんなのかね」
「オホホ。少なくとも今のままでは無理ですわね。先ほどの明日香という勇者を見る限り師団長クラスには勇者の皆様が何人集まっても勝てないと思いますわ」
「ちなみに、俺達が師団長クラスとか言うのと戦ったらどうなる?」
「オホホ。相性にもよりますが、ミレン様とマイム様とご主人様が限界まで力を使えば勝てるかもしれませんわね」
「マジかよ。やっぱり魔族って強いんだな」
師団長がどの程度の階級なのかは分からないが、少なくとも魔王よりも数段下の強さである事は間違いない。
俺達もそれなりに強くはなって来てはいるが、やはりこのままでは戦争に参加した場合無事に帰って来られる保証はなさそうである。
「はぁ、これはどうしたもんかね」
「そうねぇ。相手がただの盗賊とかだったら力を貸しても良いとは思うけど、全盛期のミレンちゃんに匹敵する様な相手と戦うのはかなり厳しいと思うわ」
「それでは、マスターは戦争に参加する事に反対なのですか?」
「うーん。正直なところ私はクラスメイトよりもトウカさんやフレイヤちゃん達の方が大事だし、あまり気乗りしないわね」
「それでは、フーマ様も同じお考えなのでしょうか?」
シルビアが真剣な表情で俺にそう問いかけてきた。
シルビアは物語の中の困っている人がいれば誰でも助ける勇者に憧れがあって、ありがたい事に俺をそんな立派な勇者だと思ってくれている。
俺としては出来るだけシルビアのその期待に応えてやりたくはあるのだが、それは俺や舞やシルビアの命をかけてまで守ってやりたい憧れではない。
「そうさなぁ、俺はクラスメイト達がこのまま戦死しても嫌だし、自分達の安全を十分に確保できるなら戦争に参加しても良いって感じだな」
「それは…どういう事でしょうか?」
「えぇっと、俺はラングレシア王国や勇者達と肩を並べて戦わない。俺がやる事は補給物資を横取りしたり、相手の行軍を邪魔したりとかそういうサポートだけだな」
「オホホ。まるで盗賊の様ですわね」
「そうか? でも、俺もマイムと同じで今の生活とシルビア達が大事だし、自分の出来ない事に手を出して無駄死にさせたくもしたくもない。それに、あんまり守りたい奴が増えすぎても俺の手の届く範囲はそこまで広くはないから、正面切って魔族の軍勢と戦うってのは多分無理だろうな。ごめんなシルビア、俺が弱いばっかりにこんな中途半端な事しか言えなくて」
「い、いえ! フーマ様が私達を大切にしてくださっている事は重々承知しておりますので、どうか謝らないでください!」
「ふふ。シルビアちゃんはフーマくんの事が本当に好きなのね」
「ま、マイム様!? け、決してその様な事は…」
「まぁ、どちらにせよミレンちゃんにも相談しないとだし一度ソレイドに帰りましょう。戦争が始まるまではまだ時間があるでしょうし、今焦って決めても仕方ないわ」
「それもそうだな。マイムも真面目モードでそこそこ疲れただろうし、今日は帰ってゆっくり休もうぜ」
「むぅ。私はいつだって真面目に生きているわよ?」
「はっはっは。ご冗談を」
そうして一度ソレイドに戻る旨を部屋の外に立っている見張りに伝えるためにエルセーヌさんに結界を解いてもらったその時、ノックとともに部屋の外から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「高音くんと土御門さんはいますか?」
この聞き取りやすくて爽やかなイケボは間違いない。
俺達のクラスメイトである天満勇気だ。
はぁ、超会いたくねぇ。
次回10月1日予定です。




