11話 素晴らしい朝?
風舞
舞と一緒のベッドで寝たその夜、俺は夢を見た。
あれは去年の冬、高校一年生の冬休みの事だったと思う。
あの日、俺は確か登校日を1日間違えて冬休みが終わっていないにも関わらず学校に向かった。
冬休みが終わっていないのだから出席しに来る生徒は誰もいないし、冬休みも最終日であるためか部活動で学校に来ている生徒も1人もいなかった。
もしかすると校舎内に文化部の生徒がいたのかもしれないが、少なくともグラウンドに生徒の姿は確認できなかったし、俺はその日文化部の生徒と出会う事は一度もなかった。
「はぁ、帰るか」
このまま誰もいない学校の門の前で立っていても仕方ないし、そこそこの時間をかけて登校して来たとは言っても学校でする事もない。
そう考えて来た道を戻ろうと思ったその時、俺はたまたま職員室の電気がついている事に気がついた。
曇っているとは言え昼間だったから、俺が職員室の明かりに気がついたのは本当に偶然だったのだろう。
「折角ここまで来たんだし、新年の挨拶でもしていくか」
なんとなくそんな事を思った俺は、鍵のかかっていなかった門を自分で開いて校舎内へと脚を運んだ。
今になって思い返してみれば、人の少なそうな職員室に入れば何か面白そうな物が見つかるかもしれないとか考えていた様な気もするが、特に何も考えていなかったと言った方が適切な気もする。
それはともかく、俺は当初の予定通り職員室へと脚を運び、特に何も考えずにドアを開いた。
職員室の中には誰の人影も見えず、ただ暖房の駆動音のみが聞こえる。
「ふーん。職員室って意外と広いんだな」
今まで数回ほど職員室に来た事はあったが、当時高校一年生だった俺の目には職員室はそれなりに新鮮に映った。
手始めに一番近くにあった机の引き出しを引いてみる。
「って、流石に鍵かかってるか……」
その後もいくつかの机を調べてみたがどの机も鍵がかかっていたし、机の上には面白そうな物は何ものっていなかった。
そんなコソ泥紛いの事をしつつ職員室をグルリと回ってみると、荷物が置いてある机を2つ見つけた。
「片方は位置的に偉い先生…多分教頭あたりだな。で、もう片方は確か俺のクラスの担任の席だったはずだ」
日直の日に職員室を訪れた時に、そこに担任教師が座っているのを見たから間違いない。
壁にかかっている各教室の鍵の中で俺のクラスの教室の鍵だけがかかっていないから、おそらく俺の担任教師はそこにいるのだろう。
「とりあえず教室に行ってみるか」
そうしていくつかの手がかりから次の目的地を決めた俺は、自分の所属するクラスの教室へと向かった。
校内は変わらずしんと静まり返っているため、出来るだけ足音を立てずに歩く。
窓の外はいつの間にか雪が降り始め、廊下はコートを着ているにも関わらずかなり寒かった。
「教室行って誰もいなかったらもう帰ろ」
そんな事を言いながら上の階にある教室に行くために南階段を登ろうとしたその時、上の階から男の話し声と足音が聞こえた。
そのうちの1人はすぐに自分のクラスの担任だと言う事は声を聞けばすぐに分かった。
「やべ」
当初の目的では先生に挨拶をしに来たつもりだったが、鍵がかかっていなかった門を開けて勝手に校内に入ったとあれば何を言われるか分からないし、厳しいと噂の教頭に見つかったら面倒な事になるかもしれない。
そう思った俺は引き続き足音には気をつけつつ、全速力で北階段へと向かった。
職員室は北階段と南階段の間にあるし、姿を見られずに逃げるにはこれしかなかったと思う。
「ふぅ、危なかった」
一度も後ろを振り返らずに走ったが俺を呼び止める声は聞こえなかったし、北階段へ近づいて来る足音も聞こえない。
どうやら無事に気づかれる事なく逃げ切れたみたいだ。
「さてと、教室教室」
教頭や担任が職員室に向かったのだから教室には誰もいないだろうが、折角バレない様に走ったのだからせめて教室の状態くらいは確認しよう。
その時の俺は特に何も考えていなかったし、ちょっとしたスパイごっこに夢中になっていた。
だからだろうか……
「土御門……さん?」
教室の真ん中で向かい合わせにされたいくつかの席の1つに座って静かに涙を流す土御門舞を見た時の俺は、彼女に声をかけられるまで呆然として全く動けなかった。
◇◆◇
風舞
討伐祭3日目の朝、俺は自分の頭を撫でる優しい感触を感じながら目を覚ました。
つい先程まで何か夢を見ていた気がするが、どんな夢を見ていたのか全く思い出せない。
「おはよ」
「ええ、おはよう風舞くん。良い朝ね」
「ああ。舞に変な起こし方をされないだけでこんなに気持ちよく起きられるとはな」
「変な起こし方?」
「自覚ないのか? 前は俺の頭の上で逆立ちしたり、シーツを持って吹っ飛ばしたりしてただろ?」
「そういえばそんな事もあったわね」
「あの時はなんで舞はこんなに残念なんだろうって思ったけど、やれば出来るじゃないか」
「むぅ、風舞くんは朝から偉そうね」
「俺は舞ちゃんが立派に成長して嬉しいぞ」
「まるで私の保護者みたいな事を言うのね」
「俺たちの保護者はローズだろ?」
「ふふっ、そうだったわね。さぁ、そろそろ起きて食堂に向かいましょう。もう皆も起きて食堂に向かっているはずよ」
「ああ、そうだな」
俺は舞の言う通りに体を起こしてベッドから出て、あくびをしながら廊下に出た。
舞がそんな寝ぼけ眼の俺の横を歩きながら、そのまま話しかけてくる。
「ねぇ、風舞くんはロングヘアとショートヘアどっちが好きかしら?」
「ん? いきなりなんだ?」
「ただの興味本位よ。それで、どうなのかしら?」
「似合うか似合わないかが一番大事だと思うけど、どっちかって言うとロングヘアだな」
「そう。それを聞いて安心したわ。それじゃあ、私は少し自分の部屋に用があるから失礼するわね」
「ああ。また後で」
俺がそう言って手を振ると、舞はふんわりと微笑んで足早に去って行った。
かわえぇなぁ。
好きな女の子が優しく起こしてくれて朝から微笑みかけてくれるだけでこんなに幸せなのか。
そんな事を考えつつ舞の後ろ姿を目で追っていると、廊下の突き当たりから舞と入れ替わりでシルビアが現れた。
シルビアは今日もピシッとしていて遠目にはクールビューティーなお姉さんに見える。
「よう、おはようシルビア。良い朝だな」
「はい。おはようございますフーマさ…ま!?」
「どうした? そんなアンがシルビアの身長を追い越したみたいな顔をして」
「その例えは今一分かりませんが、フーマ様の方がどうしたのですか!? フーマ様はいつから女性になったのですか!? 暑いからですか!?」
「は? 何を言ってるんだ?」
「だって、女性の服を着ていますし、髪も金髪で腰までありますよ!? もしかして夏バテですか!?」
「はい?」
シルビアにそう言われて自分の姿を触ったりして確かめてみると、確かに俺の髪の毛は金髪ロングで、その上膝ぐらいの丈の真っ白いワンピースを着ていた。
あれま。
マジで女性の格好してんじゃん。
「ふ、フーマ様? その、大変お似合いだとは思うのですが、どうして急に女性になってしまったのですか? 夏風邪ですか!!?」
「いや、ちょっと待て。俺も状況を理解できてないからちょっと待ってくれ。あと、夏バテでも夏風邪でもないから落ち着け」
えぇっと、確か昨夜は舞と一緒に寝て、今朝舞に優しく撫でて起こされたら女性の姿にさせられ…もとい女装させられていたと。
それで俺が今の今までそれに気がつかなかったのは、まだ寝ぼけていた事とフレンダさんの記憶の追体験で女性の服とロングヘアに対してそれなりに馴染みがあったからだろう。
なるほどなるほど……。
「あんの万能残念美少女がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そう叫んだ俺はシルビアを廊下に残して舞の気配を感知してトップスピードで走り出し、そのままリビングのドアを勢いよく押し開けた。
リビングではローズとトウカさんとエルセーヌさんが3人でお茶をしている。
「舞はいるか!!?」
「まったく、ドアはもっと静かに開けぬか。それでは立派な淑女になれんぞ」
「なるか!!」
「しかし、お化粧もよくお似合いですし見た目だけなら淑女のそのものではありませんか?」
「は? 化粧までされてんのか?」
「オホホホ。どうぞご自分で確認してくださいまし」
そう言ってエルセーヌさんが手渡してくれた手鏡を受け取って自分の顔を見てみると、確かにうっすらと化粧がされている。
マジかよ。
流石に化粧されたら起きろよ、俺。
「おい舞。これは一体どういう事だ?」
「これはその、なんとなく寝ている風舞くんが可愛いかったから試しにウィッグを被せてみたら凄くよく似合っちゃって、ついでに起きなさそうだったからお化粧もしてみたら凄く可愛くなって、もうどうせだから可愛い服も着せちゃおうって思ったらそうなったのよ」
舞がローズの座っているソファーの後ろからおずおずと出て来ながらそう言った。
マジでなんで起きなかったんだよ俺。
いや、俺が一度寝たら目を覚まさないタイプと言うより、舞の技術が高すぎるのか?
って、そうじゃなくて……。
「舞。俺は舞がついにまともな女の子になってくれたと心から感動していたんだぞ」
「え? 私はまともな女の子よ?」
「嘘ですね」
「うむ。未だ自分がまともじゃと思っていた事に妾は驚きを隠せぬ」
「え!? 私は普通の可愛い女の子よ!! ほら、ちゃんとおっぱいもあるわよ!?」
「確かに立派な胸をしておるが、どちらかというと今のフウマの方が普通の女子に近いじゃろうな」
ローズがティーカップを置きながらニヤニヤとした顔でそう言う。
ちっ、他人事だと思って楽しんでやがるな。
俺は舞がついに真っ当な女の子になったと心から信じていたんだぞ!?
「はぁ、もう着替えてくる」
「オホホホ。ご主人様が心から落ち込んでいる様ですわ」
「それほどマスターに裏切られた?…のがショックだったのでしょう」
「え? 私はいつだって風舞くんの味方よ? もちろんこの後も責任をとって風舞くんのコーディネートを担当するつもりだわ! 安心して風舞くん! 私がめちゃモテコーデで風舞くんを誰もが振り返る立派な女子にしてみせるわ!」
「……はぁぁぁぁぁぁ」
「なんでそこでこの世の終末を見た様な嘆息を!?」
「ごめんな舞。勝手に期待した俺が悪かったんだ」
「ついに謝られちゃったわ!?」
舞が心底驚いた様な顔でそう言う。
この娘はどうしてこうなってしまったのだろうか。
異世界に来るまでは眉目秀麗で清楚な女の子の筈だったんだけど、一体何が舞を変えてしまったのだろうか。
「恋をすれば世界が変わるとはよく言ったものじゃな」
「オホホホ。世界というよりはマイ様が日々変わっている様な気がしますの」
………。
なんとなく舞の残念美少女化の要因の1つになっている様な気がした俺は、ローズ達の話が聞こえなかったふりをしてため息をつきつつリビングを後にした。
あ、アンが廊下を走ってこっちに来ているな。
よし、ここはわりかし大人なアンに慰めてもらうとしよう。
「よう、おはようアン」
「うん。おはようフーマ様。ってそれより。シルちゃんがフーマ様が夏風邪で女の子になっちゃったって泣きながら食堂に来たけど本当!?」
「………。もういやだ」
「ふ、フーマ様!? 大丈夫? またマイム様にいじめられたの?」
その後、俺は唯一の理解者であるアンに化粧を落としてもらいながら涙を流し、しっかりと励ましてもらってから私服に着替えて食堂へと向かった。
食堂に入った時俺の姿を見たシルビアが心から安堵した様な表情をしていたが、本気で俺が女の子になったと思っていたのだろうか?
そう思うと微妙に微笑ましくて、舞に傷つけられた心が癒される様な気がするのだった。
◇◆◇
風舞
それなりに人数も増えてきて賑やかになった朝の食事を済ませた後、俺と舞とローズの3人は街に出て討伐祭の出し物や屋台を回っていた。
トウカさんはフレイヤさんが家で寝ているため留守番、アンとシルビアは二人でお出かけ、エルセーヌさんは…気が付いたらいなくなっていた。
何はともあれ、今日はこの3人でのお出かけである。
「はぁ、人が多すぎてうざい」
「なんじゃ? まだ家を出てから一時間も経っておらぬぞ?」
「そうは言うけど、これは人が多すぎだろ」
「それだけ沢山の人がソレイドまで来ているのね。ここまで人が多いとミレイユさん達も大変そうだわ」
舞が白い帽子を押さえつつ、人の流れを上手く避けてそう言った。
この帽子は先日の試合でそれなりに顔が割れてしまっている俺と舞の黒髪を隠すための変装道具である。
ちなみに、俺が被っているのは黒いキャップだ。
この世界、キャップまであるんだな。
やっぱりファッションに関してはかなり文化が発達している様だ。
「それじゃあ次は冒険者ギルドまで行こうぜ。もしかしたら何か手伝えるかもだし、オススメの屋台を教えてもらえるかもしれない」
『それはフーマが人混みの中を歩きたくないだけでは無いのですか?』
「そんな事ありませんよ」
『ふん、どうですかね』
フレンダさんからお小言が飛んできたが、俺と体を共有するフレンダさんもこの人混みにうんざりしているためか、それ以上口を挟んでくる事は無かった。
まったく、相変わらず素直じゃない吸血鬼だ。
「それじゃあ、フーマくんの言う様に一度冒険者ギルドまで行きましょうか。私もそろそろ買った物を一度整理したいわ」
「買った物って……お主、いつの間にそんなに買っておったんじゃ? というか、その悪趣味な仮面はなんじゃ?」
「え? さっき古物商みたいなおじいちゃんが売ってたから買ってみたのよ。似合っているかしら?」
「ああ。混沌を具現化したみたいで舞によく似合ってるぞ」
「ふふっ、ありがとうフーマくん!」
「お主…それで良いのか? いや、これ以上はとやかく言うまい」
ローズがやれやれとしながら溜め息をつき、俺は冒険者ギルドの方へ足を進めた。
両手に食べ物やらお土産やら、謎のオブジェやらを抱えた舞はローズに荷物の一部を持ってもらいながら俺の後をついてくる。
……楽しそうで良かったね舞ちゃん。
◇◆◇
風舞
沢山の荷物を抱えて歩く舞を連れて歩くこと十数分。
俺達はようやく冒険者ギルドへと到着した。
討伐祭の期間はより多くの人に冒険者ギルドを知ってもらうために、素材の買い取りやダンジョンへの入場証の発行などはギルドの前の広場で行われている。
そのため、建物の内部は休憩スペースとして解放されており、まだ昼まで結構あるこの時間帯は数組かのグループが座っているのみで、人は割りと少なかった。
「ふぅ、なんだか空気が美味しく感じるな」
「外は食べ物やら人の臭いやらが充満しておったから、確かにその通りかもしれんの」
「それで、ここにはガンビルドさんがいるのだったかしら?」
「この前話を聞いたときは見回りに行く以外はここにいるって言ってたし、多分いるんじゃないか?」
「ふむ。留守かどうかは上に行ってみれば分かるじゃろ」
「そうね。取り敢えず上に行ってみましょうか」
舞が持っていた荷物を近くの机に起きつつそう言った。
その木刀、一体何に使うんだ?
それを買ってる帰るのは男子中学生だけだと思うぞ。
そんな事を考えている間に舞は次々と荷物を置いていき、最後に不気味な笑みを浮かべる黒い猿の仮面を外し、被っていた白い帽子も外した。
それと同時に、帽子の中に納められていた舞の艶やかな黒髪がさらりとこぼれ落ちる。
『確かにこうして黙っていればどこかの国の王女にも見えなくはありませんね』
「でしょう? 日本にいた頃は立てば芍薬、座れば牡丹だったんですけどね」
「いつ聞いてもマイムが淑女じゃったという話は信じられんの」
「ああ。俺も最近はあの頃のマイムは夢かなんかだったんじゃないかと思ってる」
「ん? 私がどうしたのかしら?」
「いや、なんでもない」
「むぅ。朝からフーマくんが冷たい気がするのだけれど、気のせいかしら?」
「気のせいではないじゃろうな」
「フーマくん? 何か困った事があったらいつでも相談してちょうだいね?」
「ああ。実は俺の知り合いの子が最近ものすごく残念なんだけど、どうしたらいいと思う?」
ウンザリとした顔でそう質問すると、舞が顎に手を当ててしばしの長考の後、はっと気がついた様な表情を浮かべて解決案を提示してきた。
もしかして自分の事だとは気がついていないのだろうか?
「それじゃあ、フーマくんがその子の教育をしてあげれば良いんじゃないかしら。今はかなり残念な女の子でも、きっと磨きあげれば立派な女の子になれるわ! そう、私みたいに!」
「ダメだこりゃ」
「うむ。これはどうしようもなさそうじゃな」
『でも、フーマはそれでもマイを好いているのですよね?』
「……………。人生ってままならないもんすね」
俺はそんな事を言いながら、自分の胸に手を置いてドヤ顔をする舞に背を向けて階段を登り始めた。
確かに今の舞も好きだけど、出来ればもう少しまともな女の子になってくれないもんかね。
そう思って止まない今日この頃の俺である。
大変遅くなり申し訳ありません。
次回は26日予定です。




