10話 これからの事
風舞
舞とドライアドのフレイヤさんの試合の翌日。
俺はブラックオーガの変異種と戦いたくないがために、起きているにも関わらず昼過ぎまでベッドの上でゴロゴロしていた。
この前ガンビルドさんから聞いた話によると、あと2時間ほどで俺の出番のためそろそろ準備しなくてはいけないのだが、全くやる気が出ない。
太宰治の言を借りるならトカトントンという音が聴こえてくるのだ。
「はぁ、フレンダさんが今日一日語尾にニャンって付けてくれたらやる気が出るんだけどなぁ」
『何を言っているのですか? 私がその様な頭の緩そうな事をするわけがないでしょう。そういった事はマイに頼みなさい』
「舞は昨日の晩からフレイヤさんに構いっきり……いや、絡みっきりなので無理ですね。はぁ、誰か俺の代わりに戦ってくれないかなぁ」
『あのむさ苦しいギルドマスターには恩があるのですからフーマがやるべきだとは思いますが、代わってもらうのならシルビアあたりではないですか?』
「はぁ、そう言う事じゃないんすよね」
『おや、ようやく起きる気になったのですか?』
「初めて俺に会った日に男なら意地でも何でも良いから戦えってフレンダさんが言ってくれましたからね」
『私、そんな事言いましたか?』
「えぇ、俺の中じゃ結構な名言なんですから忘れないでくださいよ」
『フーマとの話は半分以上がくだらない事なので覚えていられないのです。お姉様との思い出は中々忘れる事が無いのですが…』
「はいはい。フレンダさんは今日もシスコンですねぇ」
そんな事を言いながら自分の部屋を出ると、ちょうどシルビアが俺の部屋を訪ねるところだったのかバッタリと遭遇した。
「よう、おはよう」
「おはようございますフーマ様」
「もしかして俺を起こしに来てくれたのか?」
「はい。そろそろ準備をされた方が良いかと思いまして。それと、エルセーヌの姿が昨日から見えないのですが、心当たりはありませんか?」
「あ、完全に忘れてた」
そういえばエルセーヌさんを草原に放置したまま迎えに行ってなかったな。
流石に可哀想だし今すぐ迎えに行くか。
「ごめん。ちょっと迎えに行って来るから2人分の飯を用意ておいてもらって良いか?」
「フーマ様とエルセーヌの分ですか?」
「ああ。多分腹を空かせてるだろうから多目に頼む」
「了解しました。それでは、行ってらっしゃいませ」
「ああ。行って来ます」
こうして俺はソレイドから魔族領域のジェイサット王国東端の草原に転移し、エルセーヌさんの捜索を始めた。
翡翠馬の群れを倒す時に使った武器を海から回収しておけって言ったんだけど、もう終わってるのかね。
「おーい!! エルセーヌさんやーーい!!」
「オホホホ。お呼びですかご主人様」
「うわおっ!? 迎えに来るのが遅くなってごめんな。色々忙しかったんだ」
「オホホホ。昨日はアンやシルビアと討伐祭を楽しんでいた様ですが、忙しかったのなら仕方ありませんわ」
『おそらく従魔契約をする際にフーマの位置情報と会話内容を把握できる様な術を組み込んでいたのでしょう。そういうところはちゃっかりしている娘ですから』
なるほど。
それじゃあさっき忘れてたって言った事もバレてるのか。
それじゃあ………。
「マジすんませんでした!! 1つだけ出来る限りの言う事を聞くので許してください!!」
「オホホホ。頭をあげてくださいましご主人。エルセーヌはご主人様にお仕え出来るだけで幸せですわ。ああ、それとこちらがご主人様に命じられていた武具一式ですの。私の判断で完全に使い物にならなそうな物はこちらに纏めておきましたわ」
「や、やめてくれ! そんなに穏やかな顔で微笑まないでくれ! 俺が悪かったからいつものムカつくにやけ面に戻ってくれ!」
「オホホホ。ついでにジェイサットの手の者から聞き出してこの辺りの情勢を書き記しておきましたの。ご主人様のお時間がある時に一度目を通してくださると幸いですわ」
「お願いだからもう許して! 俺の従者が世界一優秀なのは分かったから許して!」
『はぁ、エリスに振り回されるとはフーマもまだまだですね』
そんな事言ったって今回は完全に俺が悪いのに、エルセーヌさんはそれを責める事なく、俺の役に立とうとしてくれてたんだぞ。
多分俺が罪悪感に苛まれる事を見越しての行動だろうけど、それでもエルセーヌさんに謝らずにはいられないじゃんよ。
「オホホホ。そういえば私、少しだけお風呂に入りたいですわ。海の中に入ったから髪がパサついていますの」
「よし、それなら俺が念入りにシャンプーしてやろう! もちろんブローとスタイリングも込みだ!」
「オホホ。ご主人様のお手を煩わせるなど大変心苦しいのですが、ご主人様がそう言ってくださるのでしたお願いしますわ」
「任せてくれ! 何ならマッサージもするぞ!」
「オホホホ。それではそちらもお願いしてよろしいですの?」
「おう! それじゃあまずは家に帰って風呂だな!」
こうして、俺はエルセーヌさんにヘコヘコと頭を下げながら帰宅し、そのまま風呂場で湯浴み着のエルセーヌさんの髪を洗ってやって、風呂場から出てきたところで髪を念入りに乾かして結ってやり、出来る限りのマッサージを施してやったりとご機嫌とりに心した。
最終的にエルセーヌさんのふくらはぎのマッサージをしていたあたりで、アンが時間がないから早く準備をしろとプンスカやって来た事で俺の奉公は中断されたが、あと数日はエルセーヌさんの小間使いになる事は必至であろう。
エルセーヌさん、ホントにごめんね。
◇◆◇
風舞
アンに急かされながらせかせかと準備を済ませた後、俺はダンジョン前の大広間のすぐそばの特設テントで待機していた。
テントの中には俺とローズと数人のギルド職員さんがいる。
ローズはセコンドというか、俺の保護者役だ。
「うわぁ。すげぇ人だな」
「昨日のマイムの試合が話題になっておったから、お主にもそれなりの期待がかかっておるんじゃろう」
「マジかよ。めちゃんこ緊張してきた」
「なに、今のお主ならそう苦戦する事は無いじゃろうよ。マイムがフーマにレベルを越されたと昨夜愚痴っておったぞ?」
「そうじゃなくて、俺はマイムやミレンと違って人前に立つのが苦手なんだ」
「ふむ。妾も特別得意ではないが、緊張を和らげる方法は知っておるぞ」
「手の平に人を書いて飲むのは無しだぞ?」
『なんですか? それ』
「俺の故郷のおまじないにそういうのがあるんですよ」
『効くのですか?』
「いや、毛ほども効きませんね」
「安心せい。妾の知っておる方法はそんなチャチなものでは無いぞ」
「へぇ、それじゃあお願いしても良いか?」
「うむ。それでは一度目を閉じてもらっても良いかの?」
「ああ。分かった」
俺はローズを信じ、素直に目を閉じる。
何か異世界独特のおまじないでもあるのだろうか?
そんな事を考えながら待っていると、フレンダさんが軽いネタバレをしてくれた。
『気をつけなさいフーマ。お姉様の願掛けはかなり過激ですよ』
マジかよ。
ちょぴっとだけほっぺにキスとかしてくれるのかと期待してたけど、バイオレンス方面か。
よし、折角だしカウンターを決めてやろう。
そう思いながらいつでも動ける様に身構えていると、特に何も無いままローズが話しかけてきた。
「よし、もう目を開けて良いぞ」
「あ、ああ」
恐る恐る目を開けてみる。
「あれ? 別に何ともないぞ?」
「そうかの? 妾にはそうは見えぬが。ほれ、お主の後ろに…」
言われた通り後ろを振り返る。
別に何も無いな。
そう思ってローズの方へ向き直った瞬間……
「どわっっひゃい!!?」
目にも留まらぬ速さで繰り出されたローズの手刀に前髪を数ミリ斬り飛ばされた。
「ふふっ。中々良い反応をではないか」
「そ、そりゃああんだけ凄い攻撃をとんでもない殺気と一緒にされたらビックリもするわ」
『これは私達が幼い頃に叔母様がよくやっていたイタズラです。一度警戒を裏切るところがポイントですね』
「あの叔母様ヤベェな」
「それでどうじゃ? 緊張はほぐれたかの?」
「いや、全然ダメだ。むしろ今ので余計に心臓がバクバク言ってる」
「じゃろう? 妾も幼い頃にはよくその状態で戦わされたもんじゃ」
「おい、俺は緊張を解す方法を聞いたつもりだったんだが?」
「まぁ、あれじゃ。緊張した状態でも戦える様になれば、その内緊張しなくなってくるじゃろ」
「あれ? それじゃあ今回はダメじゃね?」
「ふむ。言われてみればそうじゃな。しかし、妾は今晩お主とブラックオーガを無事に倒した打ち上げをするつもりなんじゃが?」
「あぁ、そういえばそうだったな」
「妾はお主との約束を楽しみにしておったんじゃが、お主は緊張がどうとか言ってブラックオーガと本気で戦ってくれぬのか…」
ローズはそう言い、ワザとらしいぐらいに落ち込んで見せる。
唇を尖らせ、足元の小さな小石を蹴飛ばすくらいの落ち込み様だ。
「はぁ、分かった。分かったからそうやって俺をいじめないでくれ」
「それでは、信じて待っておって良いんじゃな?」
「はいはい、ちゃんと勝ちますよ」
「そうか。妾はそれを聞いて安心したぞ!」
そう言ってにっこりと笑う千年を超える吸血鬼さん。
はぁ、これはいくらなんでも卑怯な気がする。
性経験は皆無らしいけど、男の扱いは上手なんですね。
『なるほど。今のお姉様との会話と言い、先程のエリスへの奉公と言い、フーマはこういった攻め方をされれば言う事を聞くのですか』
「………。うるさいですよ」
『ふふっ、小憎たらしいフーマにも可愛らしいところがあるのですね』
「ナイチチバニーのくせに……」
『ふん。今のフーマには何を言われても悔しくありません』
「くそっ」
フレンダさんとそんなやり取りをしながら微笑みを浮かべるローズに見守られていると、ギルド職員さんが俺の出番だという旨を知らせに来てくれた。
どうやら司会役のミレイユさんが呼んでいるらしい。
「それじゃ、行ってくるわ」
「うむ! お主の勇姿を楽しみにしておるぞ!」
「あいよ」
こうしてローズに背を向けてカッコつけながらテントから出て行った俺は、大歓声の中今回の試合のために用意されたステージへと堂々と歩いて行った。
よし、本気でやってやるとするかね!
◇◆◇
風舞
「全く。何でお主はいつもそうなんじゃろうな」
「すみません。マジすみません」
「はぁ。確かに妾もお主が圧勝する姿を望んではおったが、あれはないじゃろう。あれは」
「おっしゃる通りです」
ブラックオーガの変異種との試合を終えてその日の夜。
俺はとある高級な酒場の個室にて、向かいに座るローズに説教をされていた。
説教の原因は言わずもがな、昼間の試合の件である。
「まぁ、お主も反省しておる様じゃからこれ以上は言わぬが、一撃はないとは思わぬか?」
「はい。弁解のしようもありません」
そうなのだ。
俺は試合が開始してブラックオーガの変異種が檻から出て来た直後、一気にブラックオーガの懐に飛び込み、俺を殴ろうとしていた太い腕ごとその首を空間断裂で跳ね飛ばした。
ローズに言われた通り転移魔法は一切使わなかったし、空間断裂は派手なエフェクトもないから観客から見ても純粋な剣術に見えるだろうと思っていたのだが、俺の思惑通りに事は進まなかった。
観客の皆さんは俺がブラックオーガの首を跳ね飛ばしてもポカンと口を開けるのみで何も反応してくれなかったのである。
観客の皆さんがドン引きする中で、舞の大絶賛する声とブラックオーガの魔石がゴトリと地面に落ちる音は数時間経った今でも耳から離れてくれない。
『今回の相手はフーマにとって相性が良すぎましたね。魔法が使えなくて図体が大きい魔物などフーマにとって格好の餌でしかありません』
今日の夕方に一体どうやってブラックオーガの硬い皮膚を簡単に切り裂いたのか質問しに来たトウカさんにフレンダさんはそう説明していた。
だって、圧勝すれば褒めてもらえると思ってたんだもん。
それに空間断裂もブラックオーガを倒すために覚えた魔法だし……。
そうしてミレイユさんの困った顔での励ましや、ハイテンションの舞の賞賛を思い出してげんなりしていると、俺の正面でちびちびと酒に口をつけていたローズが一度大きくため息をしてグラスを置き、俺の隣にやって来てポスリと座った。
「まぁ、あれじゃ。結果はどうであれお主が着実に強くなっておる事は確かじゃ。以前までのお主じゃと正確な位置に刃を置くことすら出来なかったじゃろうからな」
「ああ。ありがとう」
「じゃが、多少強力なスキルや魔法を覚えても調子に乗ってはならぬ。上には上がいる。その事をゆめゆめ忘れるでないぞ?」
「はい。分かりました」
「うむ! これで説教はもう終わりじゃ。子細はどうあれ今宵はお主の武勇を讃えるための夜なのじゃから、目一杯楽しまなくてはの!!」
「ああ。ありがとな」
俺はそう言いながら、大人しくローズにわしゃわしゃと頭を撫でられる。
ローズには割としょっちゅう撫でられている様な気もするが、ひどく懐かしい気持ちになった。
『あぁ、お姉様に撫でていただけるとは、なんて幸せなのでしょう』
「そっすね。今日は俺もそう思います」
「なんじゃ? 何を話しておるんじゃ?」
「ミレンの手はあったかいなって話だ」
「そうかの? 妾は別にそうは思わぬが…」
「いや、別に気にしなくて良いぞ。それより、折角だし今日はミレンのちっちゃい頃の話をしてくれよ」
「ふむ。それでは妾がまだ叔母上様のところで修行をしておった頃の話でもするかの」
「ああ。それは俺も興味あるな」
『懐かしいですね。かれこれ900年以上前の事ですか』
「900年って言うと全然想像がつかないですね」
「今となっては割と短い時間に感じるがの。さて、先ずは妾とフレンが始めて叔母上様に会った日の話をするとするかの」
そうして、ローズやフレンダさんと一緒に肩を並べながら昔話に花を咲かせつつ酒を飲み、俺達は程よく酒が回って来たところで日が回る前に帰宅した。
特別な事など何もない普通の夜だったが、そんな穏やかな時間がとても心地の良いものに感じられたのは、相手が結構一緒にいるフレンダさんやいつもすぐそばで見守ってくれているローズだからかもしれない。
自然とそう思える気持ちの良い飲み会だった。
◇◆◇
風舞
ローズやフレンダさんと打ち上げをした後、しんと静まり返った家でフレンダさんやローズと別れてから風呂に入って自分の部屋に戻ると、舞が俺のベッドで寝ていた。
割と気持ちよさそうに寝ているし起こすのも可哀想だからリビングのソファーで寝るかと思い部屋を立ち去ろうとしたその時、舞が目元を擦りながらゆっくりと体を起こした。
「あら、おかえりなさい風舞くん」
「ああ、ただいま。起こしちゃったか?」
「そんな事ないわ。思ったよりも早く帰って来たのね」
「流石に3日で2回も朝帰りはあれだしな」
「そう」
舞は短くそう言うとベッドの淵に座り、そのままスリッパに足を入れる。
なんだか今晩の舞はやけに大人しいな。
「何かあったのか?」
「いいえ。特に何も無いわよ」
「そうか? 困ってる事とか悩みがあるなら聞くぞ」
「そうねぇ、困ってる事はトウカさんとフレイヤちゃんが私に冷たい事と、最近風舞くんが私を甘やかしてくれない事かしら」
「甘やかした事…あったか?」
「前は髪をブラッシングしてくれたり、膝枕したりしてくれたじゃない」
「あぁ。言われてみれば確かに最近はやってないかもだな」
「やりたくなってきたかしら?」
「まぁ、それなりに」
「ふふっ。仕方ないなわね。それじゃあ特別に私を膝枕させてあげるわ。こっちにいらっしゃい」
俺はそう言ってベッドを叩く舞のそばに行って、ベッドの上であぐらをかく。
舞は俺が少しだけ赤くなっている事に気がついて少しだけ微笑むと、何も言わずに俺の太ももに頭をのせた。
「最近のフーマくんはモテモテで忙しそうね」
「そんな事無いだろ」
「そんな事あるわよ。だって、一昨日の夜はボタンさんやエルセーヌさんと朝まで遊んでたみたいだし、昨日の夕方はアンちゃんやシルビアちゃんと遊んでたわ」
「なんだ。ボタンさんのところで遊んでたのバレてたんだな」
「だって書き置きが風舞くんの字じゃなかったんですもの。少なからず怪しいと思うわよ」
「そっか」
「あと、トウカさんやローズちゃんとはエルフの里から戻って来るちょっと前に何かあったみたいね」
「あ、ああ」
「あら、否定しないのかしら?」
「今更否定してもどうにもならないだろ?」
「ふふっ。その潔さに免じて私を不安にさせた罰はこれで許してあげるわ」
舞がそう言いながら俺の頰に右手を伸ばし、グネグネと軽くつねってきた。
俺は舞のその手を振り払う事なくされるがままになった。
「ねぇ風舞くん」
「どうした?」
「好きよ」
「あ、ありがとうございます」
「風舞くんの手も好きだけど、全部が好きよ」
「超ありがとう」
「ふふ。前にもこんなやり取りをしたわね。あの時は諸事情と恥ずかしさで言えなかったけど、今はいくらでも言えるわ」
「そっか」
舞が言っているのはエルフの里に向かう間で宿泊したキングサイズのベッドの宿屋での事だろう。
確かあれは、ユーリアくんと初めて出会った頃だったっけ。
「ふふ。好きよ。好きだわ」
「ああ、ありがとう」
「ふふっ。やっぱり風舞くんは変に取り繕ってるよりもそうやって素直に恥ずかしがってる方が素敵よ」
「それじゃあ、身内にはなるたけそうする様にするわ」
「ええ。それが良いわね。だから私の頭を撫でてちょうだい」
「はいはい」
話の脈絡が全くないが、舞がそうしろと言うのだから大人しくそうしよう。
そうして舞の頭を撫でるという幸せな時間をそこそこ長い間過ごした後、俺は気になっていた事をもう一度舞に尋ねてみた。
「なぁ、やっぱり何あったんじゃないのか?」
「どうしてそう思うのかしら?」
「なんとなく元気がなかった気がしたんだけど、気のせいか?」
「風舞くんにそう見えるのならきっとそうなのかもしれないわね…。少し……クラスメイト達の事を考えていたのよ」
「あぁ、その事か…」
「いくら何も言わずに城に残してきたとは言っても気にならないと言えば嘘になるし、出来る事なら助けてあげたい気持ちもあるわ」
「ああ」
「でも、正直なところ私にとって今の生活はクラスメイトの事よりも凄く大事なものなのよ。ボタンさんが私達にどんな話をするのかは分からないけれど、あまりクラスメイトに関する事には関わりたくないわ」
確かに今の生活はすごく幸せで、俺もこの生活を失うリスクを犯してまでクラスメイト達に関わろうとは思えない。
幼馴染の明日香の事が気になりはするが、仮に俺がラングレシア王国に行くと言った場合間違いなく舞はついて来ると言うだろうし、あまり我儘は言えないだろう。
しかし、そんな事を考えていた事が顔に出ていたのか、舞が身体を起こして俺の顔を真っ直ぐに見つめながら話しかけて来た。
その舞の顔はいつになく真剣で誤魔化せそうにない。
「風舞くんは、行きたいと思うの?」
「まぁ、そうだな。やっぱり今のままじゃ良くない気もするし、とりあえずはクラスメイト達がどうなってるのかを確認してから、関わるにしろ関わらないにしろゆっくり考えたい」
「そう。風舞くんはクラスメイトに関わる事をまだ視野に入れているのね」
「ごめんな」
「謝る事は無いわ。私も少なからずクラスメイトと関わりたいと思っているからこうして悩んでいたのでしょうし、私は風舞くんがいる所ならどこでも幸せだもの」
「ありがとう舞。やっぱり城から逃げる時に舞が一緒で良かった」
「当然よ。これから先もずっと風舞くんはそう思い続けるわ。何せ風舞くんは私の……ですもの」
「ごめん、全然聞き取れなかった」
「あら、風舞くんはやっぱりハーレム系難聴主人公なのね」
「いやいや。今のは舞の方が悪いだろ。多分カグヤさんレベルじゃ無いと聞き取れなかったと思うぞ」
「むぅ、もう良いから寝ましょう。今日はドラちゃんのおっぱいを揉もうとしたから凄い疲れたわ」
舞は唇を尖らせながらそう言うと、枕を背もたれにしていた俺の隣にやって来ていそいそと毛布にくるまり始めた。
「あのー、舞さんや?」
「何かしら? 早く寝ないと明日に響くわよ?」
「ええっと、そこで寝るのか?」
「ええ。今日は風舞くんと添い寝したい気分だし、ハーレム野郎の風舞くんには今更このぐらい大した事ないでしょう?」
「いやいや。流石に若い男女が同衾というのは…」
「へぇ、トウカさんやボタンさんとは一緒に寝るのに私とは寝てくれないのね」
舞がそう言いながら鋭い視線を飛ばしてきた。
私と寝ないとはどういう了見だとその鋭い眼光が語っている様な気がする。
「……………。分かりました。一緒に寝ます」
「ふふっ。初めからそういえば良いのよ」
「はぁ、舞は結構過激だよな」
「そうかしら? 私だって凄く緊張しているのよ?」
舞の横で毛布に入った俺にそう言いながら抱きついてくる舞。
確かに腕に感じる柔らかい胸の感触の奥にかなり早い鼓動の音が聞こえた。
「ねぇ風舞くん。もしもまたラングレシア王国に行ったらお城に入る訳よね?」
「まぁ、クラスの奴らは城にいるだろうからな」
「お城という事はもちろん立派なバルコニーもあるわよね?」
「そりゃあ、あるだろうな。あの城、かなり広そうだったし」
「それじゃあ私、そこが良いわ」
「……分かった。覚えとく」
「ふふっ。これでラングレシア王国に行くモチベーションが出来たわ」
舞はそう言うとモゾモゾと体を動かし、俺の脚に自分の脚を絡めて俺の胸に頭をのせて目を閉じた。
俺も舞の体温と匂いを感じながらゆっくりと目を閉じる。
ラングレシア王国に行ったらバルコニーで舞に告白をする。
そう思うと心臓が昂ぶるのを感じるが、やっと告白できると思うとそこまでプレッシャーを感じない。
ただ、すぐそばにいつもいてくれる舞を幸せにしたい。
俺は深い眠りに落ちつつそんな事を思った。
次回9月23日予定です