8話 舞の従魔
風舞
舞達と合流してからおよそ1時間後。
俺は家の庭から持って来たベンチをソレイドの草原の上に置き、ある程度離れた位置から棺桶の側に立つ舞の姿を眺めていた。
ベンチに座る俺とローズとシルビアとアンのそこそこ後ろには沢山の人がおり、舞とドライアドの戦闘が始まるのを今か今かと待ちわびている。
「なぁ、なんで俺達だけこんな特等席なんだ?」
「うん。私達だけあっちの線からかなり出てるけど、良いのかな?」
「ギルドの職員がここで見ろと言ったんじゃし、別に構わないじゃろう」
「それって、体良く壁にされただけだよな」
「御安心下さいフーマ様。フーマ様は例え命に代えてもお守りいたします」
「いやいや。こんなので死ぬなんてアホらしいから、危なくなりそうだったらすぐに逃げるぞ」
「まぁ、舞の話じゃと近接戦しかしないそうじゃし、そこまで危ない事もなかろうよ」
「だと良いんだけどな」
俺達の位置から舞のいるところまでおよそ20メートル。
そのさらに20メートルほど後ろには見物人の皆さんが芝に座ったり、お高そうな椅子に腰掛けて執事の作り出した影の下で団扇を仰いだりと、それぞれで見物の準備をしている。
あ、ボタンさんと公爵さん達もあっちにいるのか。
どうせなら俺達の横で見ていけば良いのにな。
「む。そろそろ始める様じゃぞ」
ローズのセリフに導かれて後ろの観客席から舞の方に視線を戻すと、舞が妖刀星穿ちを抜いて側に立っていたトウカさんに鞘を渡していた。
トウカさんはその鞘を受け取り、舞から距離を取り始める。
いよいよか。
頑張れよ、舞。
◇◆◇
舞
「すぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ」
妖刀星穿ちを右手で握り、一度目を閉じて深呼吸をした。
ドラちゃんとは既に何回か戦っているため、決して油断して良い相手では無い事は分かっている。
「さて、始めましょうかドラちゃん。心ゆくまで斬り結びましょう!!」
私はそう言いながら一気に棺まで詰め寄り、星穿ちを振り下ろした。
睡眠を邪魔される事を嫌うドラちゃんは棺の蓋を勢いよく吹き飛ばし、私の刀を素手で受け止める。
だが、ここでこの攻撃を止められる事は想定済みだ。
「果断!!」
私は素手で止められた刃をそのまま横に滑らす様にズラし、肩を回す様に動かす事で振りかぶらずに高威力の攻撃を繰り出した。
今までの魔物との戦闘では如何に高威力の攻撃を正確かつ鋭く当てるかを重視して来たが、人型で知能がかなり高いドラちゃんを相手にするには、より戦闘の流れというものが重視される。
そこで私が新たに習得した技が、ゼロレンジコンバットだ。
ゼロレンジコンバットとはその名の通り相手とゼロ距離でも攻撃を繰り出す技術で、日本の古武術やタイのムエタイなどを組み合わせて練り上げられた近代格闘術である。
私の家は日本において古くから存在する名家であるため、古武術など日本で生まれた武術を幼少から叩き込まれたが、一度だけお爺様がゼロレンジコンバットを使ったのを見た事があった。
その時はお爺様が一体何をしたのかは分からなかったが、今の私なら肩甲骨や腰骨など身体の一部の回転を利用した攻撃だという事は理解できる。
近頃の私はそのゼロレンジコンバットの練習をドラちゃん相手に行い、昨日はそれを一度だけ成功させた事でドラちゃんに一撃を入れる事が出来た。
私がドラちゃんと戦うのは討伐するためではなく、能力を認めさせるためであるから、高威力な技よりもより高度で緻密な技をドラちゃんに見せつける方が効果的だろう。
「さぁ、私をもっと理解してちょうだい!!」
素手のドラちゃんと絶え間なく攻撃を打ち合っていた私はそう言いながら一歩踏み込み、星穿ちを持っていない方の手でドラちゃんの腹に発勁を放った。
この世界には魔力という便利な力が存在しているし、体内の気もスキルのお陰で元の世界よりもかなり使いやすい。
一撃一撃に魔力や気を乗せやすい分、当然ゼロレンジコンバットの威力も格段に上がる。
「ふっふっふ。これでドラちゃんに攻撃を当てられたのは2回目ね。私の攻撃のお味はどうだったかしら?」
私に攻撃されたドラちゃんは無表情ながらも私により強い殺気を飛ばして来ているし、それなりに効果はあったらしい。
一応内臓を搔きまわすつもりで攻撃をしたのだけれど、流石ね。
「ねぇドラちゃん。そろそろドラちゃんも武器を出してくれないかしら? 貴女、一番得意なのは槍を使った戦闘なのでしょう?」
ドラちゃんは今まで徒手格闘でしか戦ってこなかったが、足捌きや重心のズラし方が槍使いのものに似ている気がする。
これは私の勘でしか無いのだが、ドラちゃんは世界樹というダンジョンが出来た時に元々存在した人族を元に作られた魔物ではないかと思う。
おそらく、あの第50階層にあった教会に祀られていた聖女か何かなのだろう。
「私は魔物ではなく人として戦おうとする貴女は素敵だと思うわ。でも、私は全力の貴女と戦いたいの。今の私ならドラちゃんをしっかりと受け止めてあげられる。貴女の魔物としての力も、鋭く研ぎ澄まされた武術も、武人としての矜持を忘れない貴女の強い心も、全てよ。だから、全力でかかってらっしゃい!! 私が貴女の主人に相応しい存在であると証明してみせるわ!!!」
ふふっ。
ここまでは前哨戦。
長い長いウォーミングアップに過ぎないわ。
さぁ、血湧き肉躍る真剣勝負の開始よ!!
◇◆◇
風舞
「私が貴女の主人に相応しい存在であると証明してみせるわ!」
舞が高らかにそう宣言した後、ドライアドと舞が2人揃ってその場から姿を消し、気がついた時には切迫していた。
舞は全身に黒いオーラと迸る雷を纏い妖刀星穿ちを黒く染め、一方のドライアドは樹で出来た槍を持ち、背中から4本の枝を蜘蛛の脚の様に伸ばして4本全てで舞の身体を貫こうとしている。
「すげぇな」
「うむ。どうやら先程のマイムの攻撃によってドライアドに火がついた様じゃな」
「ねぇシルちゃん。マイム様とドライアドさんの姿が時々しか見えないんだけど、2人とも転移魔法は使って無いんだよね?」
「うん。物凄い速さで移動してるだけだよ。私も目で追うのが限界だね」
シルビアの言う様に、今の舞はそこそこステータスが上がった俺でも時々姿が掻き消えて見える。
ドライアドは世界樹の第50階層の迷宮王だからステータス的にあの速さで移動するのは理解できるが、舞があのスピードで移動出来ている事には驚きしかない。
「なぁ、ミレン。マイムがどうやって高速移動をしているか分かるか?」
「おそらくじゃが、先程の攻撃と同じ技を移動でも使っているのじゃろう」
「さっきの技って、あの手で触れただけで吹っ飛ばしたやつだろ?」
「うむ。あれはおそらくお主らの世界の技術だと思うのじゃが、心あたりは無いかの?」
「多分、ゼロレンジコンバットだな。確か身体の回転を利用して攻撃する技だ」
「ふむ。マイムはその技と縮地を混ぜて常に高速移動できるような移動法を身に付けた様じゃな。それに、雷魔法を自分に通して無理矢理身体を動かしてもいる様じゃ」
「あぁ、だから修羅モードにしてるのか」
舞の妖刀星穿ちが黒く染まる修羅モードは舞に破壊衝動を与える代わりに攻撃力と防御力の大幅な上昇をもたらすと言っていた。
おそらく雷魔法や高速移動の負荷を修羅モードになる事で軽減しているのだろう。
そう考えながらドライアドと舞の激しい攻防を見守っていると、2人が同時に距離をとって体勢を整えた。
舞は妖刀星穿ちを腰だめに構え、ドライアドは木の槍を重心を低くして構えている。
「なぁこれ、少し下がった方が良くないか?」
「うむ。先程から攻撃の余波が届いておったし、もう少し下がった方が良いじゃろうな」
「アンとシルビアも下がって良いか?」
「うん! 今すぐ下がろう! すぐ下がろう!」
「フーマ様。ベンチは私がーー」
「お、サンキュー」
転移魔法はあまり人前で使えないし、こうしてシルビアが持ってくれるのは助かる。
あんまり女の子に重い物を持たせるのもどうかと思うけれど、シルビアが持つと言ってくれたのだし有り難くお願いしよう。
そんな事を考えながら早足で観客席の方に向かうと、ちょうど今し方到着したらしいミレイユさんが俺達の方にパタパタと走って来た。
「お疲れ様ですミレイユさん。ちょっとマイムが本気を出しちゃったんで、防御力に自信の無い皆さんには下がってもらった方が良いかもです」
「分かりました。事前にトウカさんからお話を聞いていたので観客席をかなり離したのですが、流石はマイムさんですね!」
「今は2人とも本気の一撃のために力を溜めておるが、いつ動き出すのかは妾にも分からぬ。出来るだけ急いだ方が良いじゃろうな」
「了解です! それじゃあ失礼しますね!」
ミレイユさんがそう言って俺達に軽く会釈をし、観客席のすぐ側で控えていたギルド職員に指示を出し始める。
各地のお偉方さん達は強そうな護衛がついているから大丈夫だろうが、普通の街人達は万が一に備えた方が良いだろう。
「のうフーマ。あまり被害が出る様じゃったら妾があやつらを止めに入るから転移を頼むぞ」
「あいよ。まぁ、後一撃で決まるだろうからそれさえ防げれば大丈夫だろうけどな」
舞は性格的に派手な大技を好むし、ドライアドとの戦闘は実戦というよりは力の見せ合いだと言っていたから、次の一撃で決まると思う。
あの2人の技の準備が異様に長いのもその証拠だろう。
無表情で眠そうな顔をしてはいるが、ドライアドも戦闘においては舞と似た様なタイプなのかもしれない。
「ねぇ、シルちゃん。マイム様ってどのくらい強いの?」
「うーん。ステータス的には私とミレン様の間ぐらいかな。でも、マイム様は鍛え上げられた独自の戦闘技術と圧倒的な才能を持ってるから凄く強いよ。多分今の私がマイム様に勝とうと思ったら、まずマイム様のステータスの10倍ぐらいは必要かな」
「へぇぇ。マイム様ってそんなに凄い人だったんだね」
「じゃが、あのドライアドも中々のやり手の様じゃ」
「そうなのか?」
「うむ。あやつはそこらの魔物とは違い確かな理性と技術を持っておる。これはどちらが勝っても不思議では無いの」
マジか。
俺は身内贔屓かもしれないが何だかんだ舞が勝つと思っていたが、ローズの判断では互角であるらしい。
俺にはそうは見えないんだけど、あのドライアドはそんなに強いのか?
そう思っていたその時、ドライアドの背中から生やした樹の足の先から鋭い槍が出現した。
ドライアドはその槍に魔力を注ぎ込み、大きさと硬度をガンガン上げていく。
「うわぁ。あれは食らいたく無いな」
「おそらくあれはマイムを挑発しておるのじゃろう。本命は奴自身の握っておる槍の筈じゃ」
「でも、マイムはそういうの好きそうだからなぁ。ほら、やる気出しちゃったみたいだ」
舞の周りの雷がより一層激しく嘶き、暴風が吹き荒れる。
それと同時に舞の周囲の黒いオーラが消え、妖刀星穿ちが真っ白い刀身へと姿を変えていった。
「そろそろですね」
「ああ。そうだな」
俺はシルビアに短くそう返し、固唾を飲んでじっと舞を見守った。
◇◆◇
舞
私もドラちゃんも必殺の一撃の為の準備がもうすぐ終わる。
ドラちゃんのあの頭の上の大きな石の槍はおそらくブラフで本命はドラちゃん自身の握る槍だとは思うが、これは私を主人と認めさせるための戦いなのだからブラフごと叩き潰さなくてはならない。
初めは数日かけて私の実力を認めさせるつもりだったけれど、こうなってしまってはもう我慢できない。
折角風舞くん達も見に来てくれた事だし、最高の一撃で持ってドラちゃんを正面から圧倒して見せよう。
「行くわよドラちゃん。これは正真正銘私の全力の一撃………土御門舞流剣術 天の型 壱の奥義 風雷ノ舞!!!」
オーキュペテークイーン戦の時の生み出した奥義を数段昇華させた渾身の一撃と共にドラちゃんに向かって一気に跳ぶ。
私の身体が自分の技の負荷に耐えきれずに壊れていくのを感じる。
だが、これで良い。
身を焦がす様な雷と共に私は世界を置き去りにする様に翔け、ドラちゃんの放った石の槍を一閃した。
しかし、分かっていた通りこれで終わりでは無い。
真っ二つになった石の槍の間からドラちゃんの鋭い刺突が大気を切り裂きながら飛んでくる。
「ふふっ。これから沢山遊びましょうね」
私はそう言いながら居合のトップスピードを維持したまま刀を返し、ドラちゃんの槍を切り払って深い一撃を叩き込んだ。
◇◆◇
風舞
ズガァァァン!!!
舞とドライアドが肉薄した直後、舞の後ろが深く抉られ、ドライアドの後ろに二筋の深い斬撃跡が出来た。
俺には舞が刀を振ったのは一回に見えたのだが、どうやら舞は二度刀を振っていたらしい。
「見事じゃ」
俺の隣に立っていたローズが腕を組みながらそう言った。
土煙が立ち込めていてよく分からないが、おそらく舞が勝ったのだろう。
「それじゃ、土煙が晴れる前に舞のとこに行って来るわ」
「うむ。ドライアドと契約するのなら話ぐらいはつけておいた方が良いじゃろう」
ローズがそう言ったのを聞いた俺は、舞のいる方向に向かって走って行く。
俺は従魔契約のやり方を知らないからフレンダさんに聞きたいんだけど、フレンダさんは何をやってるのかね。
まぁ、最近は暑いからって言ってあまり感覚共有をしたがらなかったから、今回もそれだと思うんだけど。
そんな事を考えながら土煙の中に入って行くと、地面に倒れ伏している舞とそれを治療するトウカさんを見つけた。
ドライアドは土煙の中で立っているが背中に生えていた樹の脚は消えているし、戦意は感じない。
「お疲れマイム。中々凄かったぞ」
「ふふ。それなら頑張った甲斐があったわ」
「ドライアドさんもお疲れ様です。うるさくしちゃってすみませんでした」
俺達の方を見ていたドライアドは無表情のまま頷く。
どうやら今日から始まったお祭りで騒がしくなっていた事はそこまで怒っていないらしい。
「我が主。従魔契約をなさるのなら早くした方が良いかと」
「そうしたいのは山々なのだけれどやり方も分からないし、体が動かないのよね」
そう言って苦笑いを浮かべる舞の元へ、ドライアドさんが寄って行って膝を曲げて腰を下ろす。
「あら、どうしたのかしら?」
「十分な睡眠と魔力。それさえあれば契約しても良い」
「えっ!? 本当!!?」
「………」
ドライアドは無言のまま舞をジッと見つめている。
どうやら本当に契約をするつもりらしい。
「それじゃあ、取り敢えずうちに移動しようぜ。ここじゃあお偉いさん達が沢山いて落ち着かないし」
「そうですね。一部の地域では従魔契約は禁忌とされているところもありますから、それが良いかと」
「分かったわ! ふふっ、それじゃあ行きましょうドラちゃん!」
「フレイヤ」
「フレイヤって何かしら?」
「名前」
「名前?」
「ドラちゃんじゃなくてフレイヤって呼べって事だろ?」
「………、そう」
ドライアドさん改めフレイヤさんがそう言って頷く。
まぁ、ドラちゃんって微妙にダサいし、その方が良いよな。
「むぅ。ドラちゃんじゃダメ?」
「………」
「ダメみたいだな」
「はぁ。それは後でゆっくりお話ししましょう。さて、もうそろそろ行きましょうか。トウカさんもありがとうね」
「はい。この程度なら大した事ありません」
「なぁ。流石にフレイヤさんをこのまま連れて行ったら騒ぎになりそうだから、一応拘束している風に見せた方が良くないか?」
舞とフレイヤさんの試合は魔物と冒険者の戦いって事で広まっているし、このまま家に行くにしてもフレイヤさんがそのまま歩いて行くというのはマズい気がする。
「それじゃあドラ…じゃなくてフレイヤちゃん。ちょっとだけ失礼するわね」
「………」
舞がそう言ってフレイヤさんの手を掴んだ。
まぁ、流石にロープとかで縛るのも可哀想だし手を繋ぐだけでも良いか。
難癖つけられても舞ならとんでも理論で論破するだろう。
「じゃ、行くとしますかね」
「ええ! ドラ…フレイヤちゃん初訪問よ!!」
こうして、無事にドライアドのフレイヤさんに認められた舞はフレイヤさんと手を繋ぎながら満面の笑みで歩いて行った。
良かったな舞。
そんな事を考えながら先を行く舞の背中を眺めていると、俺の横にいたトウカさんが小声で耳打ちしてきた。
「ふぅ。これで少しは我が主が私への過度なスキンシップを抑えてくれるはずです」
「あぁ、最近はマイムにさわさわされっ放しでしたもんね」
「はい。別にそこまで嫌では無いのですが、流石に毎日は体にきます」
へぇ、嫌じゃないんだ。
とは思ったが、それは口にしないでおいた。
そんな快楽漬けにされかけているトウカさんの横顔から舞の方へ視線を戻すと、舞がフレイヤさんに腕を組みながら何やら話をしている。
「ぐふふふ。これで金髪貧乳のエルフのお姉さんと褐色銀髪のお姉さんと一緒にめくるめく夜を過ごすという夢が叶いそうだわ」
「………」
「あ、ごめんねフレイヤちゃん! 痛い! 痛いからそんなに腕を締めないでちょうだい!」
「良かったですね。仲間が出来て」
「はい。力を合わせて我が主に対抗していこうと思います」
ため息混じりにそう言うトウカさんがなんとなく印象的な昼下がりであった。
遅くなり申し訳ありません。
次回9月19予定です。
※ドライアドの名前をフレイ→フレイヤに変更しました(2019,9,19)