108話 初めて
ユーリア
父さんと母さんと再会した後、僕達はハシウスのいる救護室の一室に足を運んでいた。
ハシウスは里長という事もあり、救護室の中でも周りとは少しだけ離れたこれまた少しだけ豪華なところで寝ている。
一応看護婦のエルフがハシウスが起きた時のために救護室の側で待機していたけれど、僕が言ったら席を外してくれたし、今から僕達が話す内容をほかの人に聞かれる事は無いだろう。
そんな事を考えながらハシウスのいる救護室のドアを開けて中に入ると、母さんがツカツカと歩いて行って持っていた錫杖でハシウスの腹を殴った。
「起きなさい愚弟。いつまで寝ているのですか」
「ぐほっ!? 一体何事だ!」
「何事とは何ですか。態々私が会いに来てやった事ぐらいすぐに察しなさい」
「お前は! ぐへっ!」
あ、またハシウスが殴られてる。
母さんは随分と容赦無いな。
「実の姉に向かってお前とは何ですか。以前のように姉上と呼びなさい」
「うるさい! 何故お前がここに…ぐべっ!」
「姉上です。次間違えたら容赦しませんよ?」
「何故姉上がここにいる! お前達は死んだはずじゃ…」
「愚弟には私が死んでいる様に見えるのですか? 相変わらず愚かですね」
「誰に向かって口を利いている! 俺はこの里の長だぞ!」
「あぁ、その件ですが、愚弟は本日付で里長を辞任してもらいます。それに伴い、私が次期里長としてターニャが成長するまでこの里を治めていきます」
「なっ!? その様な勝手な事この俺が許すと思うか!!」
「別に愚弟が許さなくても私が里長となる事は確定しています。血筋を考慮するならば長女である私が序列1位ですし、適性を判断するならば愚弟は今回の一件で責任問題に問われますからこのまま里長を続ける事は出来ません」
「ぐっ、しかし元はと言えばフーマという人間が勝手な事をしたからであって…」
「あぁ。そういえば言い忘れてましたが、今回の迷宮氾濫の鎮圧に際して類稀なる活躍をしたフーマ様は私の娘トウカの婚約者です。愚弟は巫であるトウカの未来の夫と争う覚悟があるのですか?」
「なんだと!?」「なんだって!?」
あぁ、やっぱり父さんはフーマとトウカ姉さんが恋仲になる事を認めてないのか。
父さんは僕達が幼い時から姉さんにベタ甘だったし、これはフーマも苦労しそうだな。
「それと、貴方達の娘であるターニャもフーマ様を師匠と呼び尊敬しています。今やフーマ様は全てのエルフから一目置かれる存在なのですよ」
「そんな事知るか! 今まで誰がこの里を治めて来たと思っている! そんなどこの馬の骨かも分からんやつにこの里の命運を左右されてたまるか!」
「そうだよ! いくらあの人間が迷宮王を何体も倒したとは言え、流石にトウカはあげられないよ!」
「何っ!? 迷宮王を何体も倒しただと!?」
「はぁ、トウカの恋人はトウカ自身が決める事ですし、里長もまた民が決める事です。そこに私達の意思が介在する余地は無いのですよ」
「だったらお前が…姉上が里長になれるとも限らないだろ!」
「そこは演説で何とかします。私は愚弟とは違って民意の操作は得意ですし、あと数日もすれば以前の美貌を取り戻せますからね。正直里長として認められる事など造作もありません」
「この魔女め! お前はこの里を滅ぼすつもりか!」
「里を滅ぼす? それは愚弟だけには言われたくありませんね。愚弟は里という名目に縛られて民の生活を考慮した統治を出来ていません。民無くしては里は立ち行かない事ぐらい分からないのですか?」
「里が無くては民の生活も成り行かないではないか!! 失踪していた女が知った風な口を利くな!」
「少なくとも愚弟よりは私の方がこの里について知っていますよ。例えば近年の出生率が年々減少傾向である事や、農作物の不作、及びそれに伴う貿易利益の減少。細かいところですと、里一の武具職人が毎晩酒を飲みながら愚弟の愚痴を零している事や、ファーシェルがスーシェルに対して愚弟が夜の相手をしてくれないと愚痴っている事。知っていますか? 愚弟の所為で年々ファーシェルの下着が派手になっているのですよ? このままではフーマ様に寝取られるのも時間の問題でしょうね」
「何だと!? あの人間、私の妻にまで手を出そうというのか!」
「やっぱりあの人間はトウカの相手に相応しくない! 人の嫁に手を出すなんて言語道断だ!」
あらら、フーマが自分のいない場所であらぬ罪を着せられてるよ。
ハシウスはともかく、父さんの好感度が下がりすぎるのはマズそうだね。
まぁ、これはこれで面白そうだから黙って見てるけどさ。
「もちろん愚弟の汚職の数々も知っていますよ。まさか暗殺にまで手を染めるとは見損ないました」
「な、何を根拠に言っている!」
「根拠が必要ですか? 愚弟が私の娘を未だ暗殺していなかったからお前の首は繋がっていますが、仮にトウカを殺していたら既にお前は死んでいましたよ?」
母さんが途轍もない殺気を放ちながら低い声でそう言った。
僕自身が殺気を向けられている訳では無いにも関わらず震えが止まらない。
父さんはそんな僕の肩に手を置きながらハシウスと母さんの様子を黙って見守っていた。
「まぁ、愚弟が愚かなのは今に始まった話ではありませんし、起きてしまった事についても起きていない事についてもとやかく言うつもりはありませんが、今をどう生きるのが自分にとって里にとって、そして家族にとって一番良いのかよく考えなさい。ハシウスがこれまでやってきた事は到底許される事ではありませんが、お前はこの私の弟で偉大なる父上の息子です。これ以上私に叱られなくても既に正しい道が判っている筈です」
「俺は!………」
「別に今すぐに答えを出す必要はありません。当分は戦勝パーティーと事後処理でお前の出る幕はないでしょうから、ゆっくりと考えなさい。行きますよサラム、ユーリア」
「うん」
父さんと母さんはそう言うと、振り返る事もなく部屋から出て行った。
僕とハシウスだけになった部屋の中で僕はハシウスに背を向けて呟く。
「僕は勇者ハヤトに会った事は無いけれど、本物の勇者達を知っている。もしも自分の考えに確証が持てないなら彼等に相談してみると良いよ。それがハシウスの為になるかは知らないけれど、きっと刺激にはなる筈だよ」
ハシウスは僕の独り言をただ黙って聞き、結局僕が部屋を出て行くまで口を開く事はなかった。
部屋の外で僕を待っていてくれた母さんと父さんが僕に穏やかな笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「さて、面倒な用事はこれで済みましたし、後はのんびりと過ごす事にしましょう。久し振りに何か美味しいものを食べたいです」
「そうだね。ここ数百年は世界樹の葉だけで生きてきたから、何かまともな料理が食べたいよ」
「それじゃあ、フーマに作ってもらったらどうかな?」
「確かに世界を狙えるというフーマ様の料理には興味があります。ソレイドから戻って来たらお願いするとしましょうか」
「そうだね。僕が直々にあの人間の料理の腕を見極めてやろう」
「うん。それが良いと思うよ」
僕達3人はそんな事を言いながら救護室を後にして、宮殿の大広間へと向かった。
◇◆◇
風舞
よっす!
俺の名前は高音風舞。
突如異世界に転移して来た勇者だ。
そんなどこにでもいるとは言い難い男子高校生の俺だが、今現在俺は夢にまで見たエロフ (吸血鬼)と混浴している。
それもただの混浴じゃないぞ。
何とそのエロフが俺に全裸で抱きついてくるのだ。
これはもう、最高ですね!
「あぁぁぁ、超幸せだ」
「何じゃ? お主はこの程度で満足なのかの?」
「ああ。まさかローズがこんなに早くナイスバディになってくれるとは思いもしなかったからな。普段のちびっ子ローズもあったかくて良いけど、今のローズも超良いぞ」
「全盛期の妾はこの程度のお子様ボディとは比べ物にならんぞ。胸も脚も顔も今よりも格段に上じゃ」
「へぇ、俺は見たことしかないから実際にそのローズに会えるのが楽しみだな」
今のローズは既に舞とタメを張れるぐらいの大人の身体なのに、全盛期はこれよりも上を行くのか。
それはきっと背中に当たっているおっぱいの感触も上なんだろうな。
そんな事を考えていると、ローズが俺の肩に自分の顔を乗せながら腕を回して来た。
「しかし、今の未成熟な身体も中々に捨て難いのではないか?」
「ああ。確かに今のローズもかなり良いと思うぞ」
「それではその、何じゃ。アレじゃ。アレをしてくれても良いのじゃぞ?」
「アレ?」
「じゃから、アレはアレじゃ。裸の男女がする事と言えば分かるじゃろ?」
ローズが言葉尻を凋ませながらボソボソとそう言った。
裸の男女がする事か。
もちろん分かる。
俺は鈍感系主人公じゃないかよく分かる。
さっきから異様なぐらいムラムラするし、このままローズを押し倒したいのは山々なんだが…。
「誘ってくれるのは嬉しいんだけど、また今度な。今の俺は何か普通じゃないし、心のどこかでローズを抱く事に抵抗がある」
「むぅ、何じゃい! 折角妾がここまで恥ずかしい思いをして初めてをお主にやろうと言っておるのに、お主はまたマイの事を考えておるのか!」
「いや、マイがどうって言うよりも………え? お前、初めてなの?」
「あ、いや…その、あの…じゃから、その…」
うわぁ、あのローズが物凄い取り乱して口をパクパクさせてる。
俺からスススって離れてるし、顔も真っ赤だからバレバレだぞ。
「まぁ、その…なんだ。別に俺はローズが例えそうでも良いと思うぞ。むしろそんなローズが俺を選んでくた事が凄い嬉しい」
「そ、そうか。嬉しいのか。それは良かったのじゃ。マイの言っておった事は本当だったんじゃな」
ローズが自分の髪の毛の毛先を弄りながらエヘヘと微笑む。
え? 何この可愛い生き物。
これで千年を生きてるとかヤバくない?
「な、なぁローズ。やっぱり抱いて良いか? 今のお前は抵抗感とか吹っ飛ぶくらい可愛い」
「ほう、それは本当かの?」
「ああ。もう自分の気持ちを抑えられそうにない」
「そうか。妾もどうやら限界の様じゃ。もう少しでお主を押し倒してしまうところじゃった」
ローズがそう言いながら俺の元へ這って来て、そのまま正面から抱きしめてくる。
ローズが俺の額に自分の額を当てながら目を潤ませて微笑んだ。
「妾は初めてじゃから、優しく頼むぞ」
「ああ。俺も初めてだけど、出来るだけ優しくするからよろしく頼む」
「そうか。お主も初めてなのか。妾と一緒じゃな」
「ああ。そうだな」
俺がそう言いながら微笑むと、ローズが俺をより一層強く抱き締めて俺の唇に自分の唇を近づけて来た。
あぁ、母さん。
俺は異世界で最高に可愛い吸血鬼の女の子と大人になるみたいだ。
異世界万歳!
ローズ万歳!
そんな事を考えながらローズとキスをしようとしたその時、抱きしめていたローズが急激に小さくなった。
それと同時に、俺の頭の中を支配していた欲情が少しだけ薄れる。
あれ? これってもしかして……。
「なぁ、ローズ。もしかして俺の血を飲んだ効果が切れたのか?」
「…………」
あれ?ローズが俺の胸板に顔を埋めたままちっとも動かない。
いや、正確にはプルプルと震えている。
「…すれてくれ」
「え?」
「忘れてくれ! 今の妾はいつもの妾じゃなかったんじゃ! 頼む! 後生じゃから忘れてくれ! あぁぁぁぁぁぁぁ!! 妾は何という事をしておるんじゃ!!!」
「あ、ああ。分かったから落ち着いてくれ。まだ俺の内臓は治ってないからそんなに抱きしめらると凄い痛い」
「第一、風呂で雰囲気に流されてまぐわうとは何事じゃ!! 高貴さもムードも何も無いではないか!! それに、フウマもフウマじゃ! 妾が少し誘惑しただけでコロッと靡くでないわ!! もっとマイを大事にせんか!!」
「分かった。分かったから離して。ほら、口の端から血が出て来た」
「そんなんじゃからお主は鬼畜王などという異名を付けられるんじゃ!! これに懲りたらもっとマイを大事にするんじゃぞ!! そしてマイとある程度仲が進んだら次は妾と……ってそうじゃない!! まだ催淫効果が残っておるのか!!?」
「もう、ムリ」
「あぁぁ! おい! 大丈夫かフウマ! おい!」
こうして、俺はローズに抱かれたまま内臓を潰されて気絶した。
きっとこれは雰囲気に流されてローズに手を出そうとした俺への罰なのだろう。
今度からもっと誠実に生きよう。
俺が今回の件から得た教訓はそんな浅いものだった。
次回は8月19日です